2023年4月26日水曜日

4月23日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)

「平和がある。平安がある」

聖書箇所 ルカ24:36-43

ウクライナ戦争が始まって、1年と2ヶ月程になります。私たちはロシアのプーチン大統領が兵を引き上げてほしいと思いますが、なかなかそのような兆しはありません。そうしたなかで、中国の習近平国家主席とロシアのプーチン大統領の首脳会談が、3月に行われました。私たちは中国の習近平国家主席に「おまえもうウクライナ戦争、やめろよ」とロシアのプーチン大統領に言ってほしいと思いますが、まあそんな感じにはなりません。「ロシアと中国は連携を強めている」(NATO事務総長)などと言われます。

中国はお隣の大国ですから、その動向は気になります。「中国が、中国が、・・・」というような、私たちを慌てさせるメディアの報道もあります。しかし「中国が、中国が・・・」と言いつつ、私たちはあんまり中国のことを知らないなあと思います。そんなときわたしは少しでも知るために、本を読むことにしています。本を読んで知識ができると、すこし落ち着いた気持ちになるということがあります。ですので、わたしは慶應義塾大学出版会から出ている高橋伸夫さんが書いた『中国共産党史の歴史』という本を読みました。知らないことが多くて、すこし取っつきにくい本ではありましたが、読んでみると中国共産党の歴史も理解でき、「ああ、そんな感じになっているのか」と思わされました。知識が増えると、またものの見方も変わり、いたずらに恐れることもなくなります。

今日の聖書の箇所は、「弟子たちに現れる」という表題のついた聖書の箇所の一部です。ルカによる福音書では、復活されたイエスさまは、エマオという村で二人の弟子たちにその姿を現されます。二人の弟子たちは、エルサレムにいる他の弟子たちのところに行って、自分たちがイエスさまに出会ったことを報告します。そして今日の聖書の箇所になります。

ルカによる福音書24章36−37節にはこうあります。【こういうことを話していると、イエス御自身が彼らの真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。彼らは恐れおののき、亡霊を見ているのだと思った。】。

イエスさまは弟子たちにその姿を現され、そして弟子たちの真ん中に立たれました。そしてイエスさまは弟子たちに「あなたがたに平和があるように」と言われました。イエスさまの姿を見た弟子たちは恐れます。そして自分たちがイエスさまの亡霊を見ているのだと思いました。イエスさまが復活されたということを信じることはできませんでした。

ルカによる福音書24章33−34節には、【そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた】とあります。それではどうして、今日の聖書の箇所では、イエスさまが現れた時に、みんな恐れおののき、亡霊を見ているのだと思ったりするのかというふうに思います。しかしまあ、そんなに細かくこだわるのは、私たちが現代人であるからで、少々、違っていても、まあいいわけです。ちょっと伝えられる過程で、若干、そんな話になっているんだなあと思えばよいわけです。

こういうことは私たちにだってあるわけです。安倍元総理大臣の時代、「首相夫人は私人」ということを閣議決定したわけですが、でもいま岸田総理大臣のお連れ合いがアメリカを訪問すると、「ファーストレディ外交」というようにメディアは伝えるわけです。「首相夫人は私人」だったはずなのに、「ファーストレディ外交」はないだろうと思うわけですが、まあ一般的にはそんな感じであるわけです。

ルカによる福音書24章38−40節にはこうあります。【そこで、イエスは言われた。「なぜ、うろたえているのか。どうして心に疑いを起こすのか。わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしだ。触ってよく見なさい。亡霊には肉も骨もないが、あなたがたに見えるとおり、わたしにはそれがある。」こう言って、イエスは手と足をお見せになった】。

復活されたイエスさまのことを亡霊だと恐れている弟子たちに対して、イエスさまは「まさしくわたしだ」と言われました。わたしが復活してあなたたちを訪ねているのに、どうしてあなたたちはうろたえるのか。どうして疑うのか。イエスさまは手と足をお見せになりました。亡霊だったら肉も骨もないだろう。しかし見てみなさい。わたしには手も足もある。そのように、イエスさまは言われました。

ルカによる福音書24章41−43節にはこうあります。【彼らが喜びのあまりまだ信じられず、不思議がっているので、イエスは、「ここに何か食べ物があるか」と言われた。そこで、焼いた魚を一切れ差し出すと、イエスはそれを取って、彼らの前で食べられた】。

イエスさまは手も足も見せて、ご自分が復活されたことを弟子たちに信じるように言うわけですが、しかし弟子たちはいまひとつ信じることができません。「喜びのあまり」とありますように、「いや、復活なんてそんなことは絶対にない。あなたはイエスさまの亡霊だ」というふうに感じているわけではありません。「えっ、どうしてイエスさまが。えっ、復活されたの。えっ、ほんとにほんとなの」というような感じで、不思議がっているということです。その様子をみられたイエスさまが、弟子たちに「何か食べ物があるか」と言われます。そして弟子たちが焼いた魚を一切れ、イエスさまに差し出しました。イエスさまはそれを弟子たちの前で食べられました。

イエスさまが魚を食べられたというのは、なにもイエスさまがお腹が空いていたから、弟子たちに「なにかないのか」と言ったということではありません。食べるという日常の姿を見せることによって、弟子たちが「あっ、やっぱりイエスさまなんだ」ということに気づくようにと、何かを食べてみられたということです。「あっ、この食べ方、この食べ方、イエスさまの食べ方だ。やっぱり亡霊じゃない、イエスさまだ」と弟子たちが気がつくということです。

よれよれのコートを着て「うちのかみさんがね」と言えば、刑事コロンボだとわかりますし、「君の瞳に乾杯」と言えば、ハンフリー・ボガートだとわかります。「tomorrow is another day」と言えば、スカーレット・オハラに扮するビビアン・リーだとわかります。まあ、一定の年代の人にしかわからないですが・・・。弟子たちはイエスさまの日常のしぐさを見て、イエスさまだとわかるのです。

日常に戻ると落ち着くということがあります。旅行に行って、あっちへいったり、こっちへいったりというのは、楽しいわけですが、でもお家に帰ってくると、「ああ、やっぱりお家が一番」と思えます。「ああ、なんか落ち着くわ」という感じになるわけです。

イエスさまのお弟子さんたちは、このときだけが不安であったということではなく、不安なことにいろいろと出くわします。それはお弟子さんたちがそうであるのではなく、私たちもまたいろいろなことで不安になったりするわけです。

ルカによる福音書8章22節以下に、「突風を静める」という表題のついた聖書の箇所があります。新約聖書の119頁です。ルカによる福音書8章22ー25節にはこうあります。【ある日のこと、イエスが弟子たちと一緒に舟に乗り、「湖の向こう岸に渡ろう」と言われたので、船出した。渡って行くうちに、イエスは眠ってしまわれた。突風が湖に吹き降ろして来て、彼らは水をかぶり、危なくなった。弟子たちは近寄ってイエスを起こし、「先生、先生、おぼれそうです」と言った。イエスが起き上がって、風と荒波とをお叱りになると、静まって凪になった。イエスは、「あなたがたの信仰はどこにあるのか」と言われた。弟子たちは恐れ驚いて、「いったい、この方はどなたなのだろう。命じれば風も波も従うではないか」と互いに言った。】。

この「突風を静める」という表題のついた聖書の箇所は、ルカによる福音書だけでなく、マルコによる福音書にも、マタイによる福音書にも書かれてあります。初代教会がいろいろな迫害を経験し、教会に集う人たちの不安が、イエスさまと弟子たちが乗っている舟が突風で沈みそうになる様子に表れているというふうに言われたりします。初代教会の人たちはなにかと不安でありました。この聖書の箇所など、イエスさまが一緒にいるにもかかわらず、自分たちの舟が沈むのではないかと、弟子たちは不安になっているわけです。しかしそうした弟子たちの不安にも関わらず、嵐を静められるイエスさまがおられるのです。イエスさまがいてくださり、嵐を静めてくださり、弟子たちは平安を得ることができるのです。

よみがえられたイエスさまは弟子たちの前にその姿を現され、「あなたがたに平和があるように」と言われました。そして恐れおののいている弟子たちに、「なぜ、うろたえているのか」と言われ、弟子たちを落ち着くようにと諭されました。

私たちは臆病な者ですから、いろいろなことで浮き足立ってしまい、こころを騒がせてしまいます。不安になってしまいます。そんな私たちに、イエスさまは「大丈夫だ。安心しなさい。わたしが共にいる」と力強く励ましてくださいます。「あなたがたに平和があるように」。わたしの平和が必ずあなたの世界を治めるから安心しなさい。そのようにイエスさまは私たちに告げておられます。

「平和」という言葉は、ヘブライ語で「シャローム」という言葉です。シャロームという言葉は、日常の挨拶の言葉でもあり、「こんにちは」というような言葉として使われます。ヘブライ語の「シャローム」は「平和」というだけでなく、もう少し広い意味をもつ言葉です。「救済」とか「健在」とか「順調」とか、そして「平安」です。神さまの平安がありますようにという意味の言葉です。

私たちの教会の名前は、「平安教会」です。日本基督教団のなかでも「平安教会」という文字がつく教会はいくつかあります。「近江平安教会」「世田谷平安教会」「はりま平安教会」「呉平安教会」「玉川平安教会」「天草平安教会」「大塚平安教会」「神戸平安教会」。

いろいろな平安教会がありますが、私たちは何も付かない「平安教会」です。ときどき間違って「京都平安教会」と言われたりしますが、そんなとき「何も付かない、ただの平安教会です」とお伝えします。「平安」という言葉は、キリスト教界において、とても愛されている言葉です。「皆様のうえに、神さまの平安がありますように」と記すたびに、わたしは平安教会の牧師として、「そうだよ。私たちは神さまの平安が満ちあふれた教会なのだ」と思います。

「平和がある。平安がある」。イエスさまは私たちの教会の歩みを祝福してくださり、そして私たちに神さまの平安のうちに歩むことを告げ知らせてくださいます。「あなたがたに平和があるように」「あなたがたに平安があるように」「うろたえることなく、神さまを信じて歩みなさい」「神さまはいつもあなたと共にいてくださり、あなたを祝福してくださる」。

イエスさまの招きに応えて、こころ平安に歩んでいきましょう。


(2023年4月23日平安教会朝礼拝式・教会定期総会)



2023年4月18日火曜日

4月16日平安教会礼拝説教要旨(内山宏牧師)

 「ディディモと呼ばれるトマス」


内山 宏牧師 ヨハネ20:24-29節

今日のみ言葉に「ディディモと呼ばれるトマス」が登場します。「ディディモ」とは「双子」という意味ですが、登場するのは一人だけです。
古来よりこの物語から、トマスは「懐疑家」、「実証家」と言われます。しかし、私はこの理解に違和感を覚えます。トマスは11章と14章にも登場し、特に11章16節「わたしたちも行って、一緒に死のうではないか」という言葉は、冷めた人間の言葉ではありません。ある人は、この言葉を「死の哲学を感じさせる言葉」と捉え、納得できる死に方によって自分の人生を意義づけようとしたが、結局、彼も主を捨てて逃亡した弟子のひとりであり、失意の内に他の弟子たちと共にいることさえできず、さまよい歩いたのではないかと考えました。内に熱い思いを秘めながら、イエス様の十字架の出来事によって挫折し、大きな矛盾を抱えた人間トマスです。彼には他の弟子の「わたしたちは主を見た」という言葉も心に響かず、「あの方の手に釘の跡を見…この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない」という挑戦的な言葉を吐くことしかできなかったのではないか。彼は「信じない」のではなく、「信じたくても、信じられない」のです。ここに「引き裂かれた人間トマス」がいます。彼の挑戦的な言葉に引き裂かれた人間の叫びを感じます。
ここに、ユダヤ教の会堂から追放され、脱落者も出る厳しい状況にあったヨハネの教会が重ねられているかもしれません。また、新型コロナによって交わりが揺ぐという体験や、プーチン政権によるウクライナ侵攻によって尊い命が奪われ、人々が引き裂かれ、分断された世界を重ねることができるかもしれません。
けれども、引き裂かれた人間トマスは、このまま捨て置かれることはありませんでした。深く傷つき、大きな愛を必要としたトマスのもとに復活の主は来られ、十字架の傷を差し出し、「私は、お前のためにもう一度あの十字架の苦痛を引き受けよう。」と言われたのだと思います。トマスの頑な心が解け、引き裂かれた人間トマスが復活の主によって回復された瞬間です。「傷ついた癒し人」として来てくださった復活の主によって、トマスは信じる世界へと連れ戻されました。福音書記者ヨハネにとって、トマスの双子のもう一人の姉妹兄弟とは他ならないヨハネの教会でありました。そして、私たちもまたトマスの姉妹兄弟となることがゆるされています。

2023年4月10日月曜日

4月9日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)

「立ち上がる力を与えてくださるイエスさま」

聖書箇所 ヨハネ20:1-18。326/327。

日時場所 2023年4月9日平安教会朝礼拝式・イースター礼拝

イースターおめでとうございます。主イエス・キリストのご降誕をこころからお祝いいたします。今日は先に天に召された方々のご家族と共に、イースターの礼拝を守ることができ、こころからうれしく思います。     

キリスト教には3つの大きなお祭りがあります。一つはイエスさまがお生まれになられたことをお祝いするクリスマス。そして二つ目は、十字架につけられて天に召されたイエスさまがよみがえられたことをお祝いするイースター。そして三つ目は、イエスさまのお弟子さんたちに、神さまの霊である聖霊がくだったことを記念するペンテコステです。

二つ目の大きなお祭りである、イースター。今日は、教会に来られた方々に、イースターエッグをお配りすることにいたします。教会の女性の会であります、野の花会の方々が昨日、作ってくださいました。ありがとうございました。

いまお読みいたしました聖書の箇所は、「復活する」「イエス、マグダラのマリアに現れる」という表題のついた聖書の箇所です。すこし長いですので、今日は「イエス、マグダラのマリアに現れる」という表題のついた聖書の箇所を中心にお話をいたします。

ヨハネによる福音書では、復活されたイエスさまが最初に姿を現されたのは、マグダラのマリアという女性であったと記しています。マグダラのマリアは、以前にイエスさまによって病気をいやされた女性でした。そしてそのあと、イエスさまに付き従って歩んでいた女性です。イエスさまは十字架につけられた殺され、ニコデモという人によってお墓に納められます。そのあと、マグダラのマリアは正式なイエスさまの葬りの準備をするために、イエスさまが納められているお墓にやってきます。しかしそのお墓には、イエスさまの遺体はありませんでした。マグダラのマリアは、「せめて、イエスさまの葬りの準備を丁寧に行なってあげたい」と思って、お墓にやってきたわけですが、しかしイエスさまの遺体は消えていました。

マグダラのマリアはそのことを、使徒ペトロに報告をします。それを聞いた、使徒ペトロともう一人の弟子が、イエスさまのお墓に行きました。使徒ペトロもイエスさまのお墓の中を確認するわけですが、イエスさまの頭を包んでいた覆いと、イエスさまを包んでいた亜麻布が置いてありましたが、イエスさまの遺体はありませんでした。マグダラのマリアが言ったとおりでした。

マグダラのマリアは、イエスさまの遺体が消えてしまったので、途方に暮れます。ヨハネによる福音書20章11ー13節にはこうあります。【マリアは墓の外に立って泣いていた。泣きながら身をかがめて墓の中を見ると、イエスの遺体の置いてあった所に、白い衣を着た二人の天使が見えた。一人は頭の方に、もう一人は足の方に座っていた。天使たちが、「婦人よ、なぜ泣いているのか」と言うと、マリアは言った。「わたしの主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしには分かりません。」】

マグダラのマリアは、イエスさまのお墓の外に立って泣いていました。マグダラのマリアが、お墓の中を見てみると、白い衣をきた二人の天使が見えました。天使はマグダラのマリアに、「どうして泣いているのか」と問いかけます。マグダラのマリアは、「わたしを救ってくださったイエスさまの遺体がだれかに取り去れてしまったのです。せめて、心を込めて葬りの準備をしてあげることができればと思っていたのに、イエスさまの遺体がどこに置かれているのか。わたしにはわからないのです」と応えます。

ヨハネによる福音書20章14−15節にはこうあります。【こう言いながら後ろを振り向くと、イエスの立っておられるのが見えた。しかし、それがイエスだとは分からなかった。イエスは言われた。「婦人よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか。」マリアは、園丁だと思って言った。「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。わたしが、あの方を引き取ります。」】。

マグダラのマリアが後ろを振り向くと、イエスさまが立っておられました。しかしそのとき、マグダラのマリアにはイエスさまだということがわかりませんでした。お墓の整備をしている人ではないかと、マグダラのマリアは思いました。マグダラのマリアはこの人が、イエスさまの遺体をどこかに運んでいったのではないかと思いました。イエスさまはマグダラのマリアに声をかけられます。「婦人よ。なぜ泣いているのか。だれを探しているのか」。マグダラのマリアは答えます。「あなたがイエスさまをどこかに運んでいったのでしたら、その場所を教えてください。わたしがイエスさまをひきとりますから」。マグダラのマリアは、まだこの人がイエスさまであることがわかりませんでした。

ヨハネによる福音書20章16−18節にはこうあります。【イエスが、「マリア」と言われると、彼女は振り向いて、ヘブライ語で、「ラボニ」と言った。「先生」という意味である。イエスは言われた。「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから。わたしの兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい。『わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る』と。」マグダラのマリアは弟子たちのところへ行って、「わたしは主を見ました」と告げ、また、主から言われたことを伝えた。】

イエスさまはマグダラのマリアに、「マリア」と呼びかけます。イエスさまはマグダラのマリアの名前を呼びました。「マリア」。そのとき、マグダラのマリアは、イエスさまであることに気づきます。マグダラのマリアは何度もイエスさまから「マリア」とその名前を呼ばれてきました。イエスさまは「おい」とか「ちょっと」とか「そこの人」というように、マグダラのマリアを呼ぶことはありませんでした。いつもイエスさまはマグダラのマリアを、こころを込めて、「マリア」と、その名前を呼んでいました。マグダラのマリアはいつものように、イエスさまから「マリア」と呼ばれたときに、それがイエスさまであることに気がつきました。

イエスさまはマリアに「わたしにすがりつくのはよしなさい」と言われました。マグダラのマリアは、イエスさまのお弟子さんたちに行って、この出来事を報告し、自分がイエスさまに出会ったことを伝えました。

イースターの出来事は、私たちに苦しいこと、つらいこと、悲しいことがあっても、よみがえられたイエスさまが私たちと共に歩んでくださり、私たちに立ち上がる力を与えてくださることを教えてくれます。

マグダラのマリアは、イエスさまを失い、悲しみで一杯でした。せめてイエスさまの葬りの準備をしたいと思ってお墓に行くと、イエスさまの遺体すら消えてしまっている。ただただもう泣くしかない。自分はもう何もできない。どうしたら良いのかわからない。この先、どのようにして生きていけば良いのかもわからない。もう立っていることさえおぼつかない。そのようなときに、マグダラのマリアはよみがえられたイエスさまに出会います。そしてイエスさまはマグダラのマリアに「わたしにすがりつくのはよしなさい」と言われ、そしてマグダラのマリアは、イエスさまの言葉通り、自分の足で立ち、そしてイエスさまがよみがえられたことを、イエスさまのお弟子さんに伝えました。

シンガーソングライターの中島みゆきの曲に、『時代』という曲があります。「今はこんなに悲しくて 涙もかれ果てて もう二度と笑顔には なれそうもないけど そんな時代もあったねと いつか話せる日がくるわ あんな時代もあったねと きっと笑って話せるわ だから今日はくよくよしないで 今日の風にふかれましょう まわるまわるよ 時代はまわる 喜び悲しみくり返し 今日は別れた恋人たちも 生まれ変わって めぐりあうよ」。

中島みゆきの『時代』は、1975年の曲です。中島みゆきが23歳のときの曲です。48年前の曲ですが、ずっと歌いつがれています。中島みゆきのお父さんは帯広でお医者さんをしていたのですが、脳溢血でたおれます。おとうさんが51歳のときです。中島みゆきはこのおとうさんが再び歩き出す日への祈りをこめて、この歌をつくったと言われています。しかしその日は来ることなく、翌年の1月にお父さんは天に召されました。

わたしは中高生のときに、わたしはこの『時代』という曲をよく聴きました。当時も良い曲でしたが、いま聴いたほうが良い曲だと思えます。当時は、「今日は別れた恋人たちも 生まれ変わって めぐりあうよ」という歌詞にもあるように、失恋の歌という印象を持ちながら、この曲を聴いたような気がします。失恋をすると、「今はこんなに悲しくて 涙もかれ果てて もう二度と笑顔には なれそうもないけど」という気がします。人から見たら、失恋など小さなことですけれども、本人にしてみれば、これほど大きなこともないわけです。

わたしも年を重ね、阪神大震災や東日本大震災、若くして母がアルツハイマー認知症になったりと、「こんなに一生懸命にやったけれども、この結果なのか」というような出来事とも経験し、「今はこんなに悲しくて 涙もかれ果てて もう二度と笑顔には なれそうもないけど」と思うこともありました。

もう自分の力ではもうどうしようもないと思えるときがあります。悲しくて、悲しくて、もう立ち上がることはできないのではないかと思うときがあります。

しかし、イースターの出来事は、私たちに苦しいこと、つらいこと、悲しいことがあっても、よみがえられたイエスさまが私たちと共に歩んでくださり、私たちに立ち上がる力を与えてくださることを教えてくれます。

悲しみの中にあるマグダラのマリアのところに、イエスさまは一番最初にやってきてくださり、「マリア」とその名前を呼んでくださいました。あたたかい声で、「マリア」と名前を呼んでくださり、マグダラのマリアに立ち上がる力を与えてくださいました。

私たちもまた、立ち上がる気力も失い、どうしたら良いのかわからないときがあります。そんなとき、イエスさまは私たちのところに来てくださり、聖書の御言葉を通して、私たちに立ち上がる力を与えてくださいます。

イースター、イエスさまが復活されて、私たちのところにきてくださいました。イエスさまと共に、希望をもって歩み始めたいと思います。皆様の歩みが、健やかな歩みでありますようにとお祈りしています。

(2023年4月9日平安教会朝礼拝式・イースター礼拝) 

2023年4月5日水曜日

4月2日平安教会礼拝説教要約(前川裕牧師)

 「声高らかに神さまを賛美して」

 「棕櫚の主日」はイエスのエルサレム入城の場面を記念する場面です。人々がシュロ(ヤシ科の植物)の枝を持ってきて、イエスが通る道に敷いたとされます。このことは他の3つの福音書に記されていますが、ルカ福音書では言及されていません。おそらくルカは枝のエピソードを知っていたはずで、敢えて削除したようです。それはなぜでしょうか。

枝を道に敷いてイエスを歓迎したのは、他の福音書によれば「大勢の群衆」「多くの人」でした。イエスに「ホサナ」と叫んだのもその人たちです。ところがルカ福音書では、「声高らかに賛美」したのは「弟子の群れ」でした。ルカ福音書の構成では、9章末から19章までイエス一行は長い旅をしています。その間に、イエスは多くの奇跡をなし、教えを語りました。弟子たちもまた、そこに忠実に付き従っていたのです。エルサレムに入城する際、弟子たちは「自分の見たあらゆる奇跡のこと」ゆえに喜びました。それは、自分たちが経験した、イエスによって生まれる新しい社会、いわば「神の国」の実現がいよいよ始まるという期待でもあったのでしょう。

 弟子たちの声には、「天には平和、いと高きところには栄光」というルカ独自のものがあります。ここからすぐ想起されるのは、ルカ2章において天使が羊飼いたちに語った「天には栄光、地には平和」という言葉でしょう。2章では天から、19章では地からと対照的な宣言がなされます。しかし19章で「地には平和」と語られていないことは、現実の状況を反映しています。弟子たちの賛美に対し、ファリサイ派から批判の声が上がります。またイエスはエルサレムへの嘆きを述べます。さらには神殿の境内から商人を追い出すのです。祭司長らはイエスへの敵意を高めていきます。地上の平和どころか、争いが渦巻いているのがエルサレムでした。

 ファリサイ派たちは、いわば「分かりやすい敵」です。ところで入城の際に熱狂的に迎えた弟子たちや群衆は、その後どうなったでしょうか。弟子たちはイエスのもとから逃げ去り、群衆はイエスを「十字架につけろ」と叫びました。それはたった1週間のあいだの出来事です。受難週は、人間の心がいかに変わりやすいものかをも告げ知らせています。私たちの心もまた同じ状態に陥りやすいものです。そのような私たちの内にある「分かりにくい敵」の姿を、受難週に、またイエスの十字架において改めて目に留めましょう。



3月26日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)

「人をさげすむ世界は消え去り」

聖書箇所 ルカ20:9-19。303/313

日時場所 2023年3月26日平安教会朝礼拝式・受難節5   

小野一郎牧師が、2023年3月19日(日)に、神さまのところに帰られました。悲しみの中にある方々のうえに、神さまの慰めがありますようにとお祈りいたします。今日は娘さんの高田みぎわさんと小野順さんが、礼拝に出席してくださり、礼拝後にご報告とご挨拶をしてくだいます。

小野一郎牧師は、私たちの平安教会の牧師として長い間、私たちのために牧会をしてくださいました。私たちを愛し、私たちのために祈ってくださいました。小野一郎牧師と親しく交わることができた幸いな方々もおられますし、また小野一郎牧師が平安教会におられたのは、20年ほど前のことですから、そのときはまだ教会に来ておられないという方もおられるだろうと思います。わたし自身も平安教会に来るまで、小野一郎牧師とお話をしたということはありませんでした。

わたしにとって小野一郎牧師は、わたしがまだ同志社大学神学部で学んでいたときに、平安教会で牧師をしておられた小野一郎牧師。そして小野一郎牧師はそのとき、部落解放運動に日本基督教団のなかで一生懸命に取り組んでおられた。それがわたしにとっての小野一郎牧師の一番の印象です。わたしはそのとき小野一郎牧師にお会いしたことがありませんでしたので、部落解放運動にも取り組んでおられる厳しい牧師先生というイメージを勝手にもっていました。しかし平安教会でお会いした小野一郎牧師は、みなさんもご存知のように、とてもやさしい方でした。それだけに、小野一郎牧師の内に秘められた神さまの義を求めるこころはとても強いものだったのだろうと思います。

差別というのは、人をおとしめる行ないです。その人に問題があるわけではないにもかかわらず、レッテルを貼って、人をおとしめる行ないであるわけです。ですからそれはとても恥ずかしい行ないです。そうした神さまの前にはずかしい行ないに対して、小野一郎牧師はなんとかしなければならないと思っておられたのだと思います。

2022年は日本初の人権宣言と言われる「水平社宣言」100年の年でした。ことしは101年の年です。1922年3月3日に京都市の岡崎公会堂に、部落差別に苦しむ人たちが集い、そして全国水平社を結成し、水平社宣言が読み上げられました。水平社宣言のなかの言葉に次のような言葉があります。「犠牲者がその烙印を投げ返す時が来たのだ。殉教者が、その荊冠を祝福される時が来たのだ。吾々がエタである事を誇り得る時が来たのだ」「犠牲者がその烙印を投げ返す時が来たのだ。殉教者が、その荊冠を祝福される時が来たのだ。吾々がエタである事を誇り得る時が来たのだ」。水平社宣言には、人をさげすむ社会との決別が謳われています。

今日の聖書の箇所は「ぶどう園の農夫のたとえ」という表題のついた聖書の箇所です。ルカによる福音書20章9ー12節にはこうあります。【イエスは民衆にこのたとえを話し始められた。「ある人がぶどう園を作り、これを農夫たちに貸して長い旅に出た。収穫の時になったので、ぶどう園の収穫を納めさせるために、僕を農夫たちのところへ送った。ところが、農夫たちはこの僕を袋だたきにして、何も持たせないで追い返した。そこでまた、ほかの僕を送ったが、農夫たちはこの僕をも袋だたきにし、侮辱して何も持たせないで追い返した。更に三人目の僕を送ったが、これにも傷を負わせてほうり出した。】。

イエスさまの時代は、広い農地をもっている人がいて、ぶどう園を農夫たちをやとって管理をするというようなことが行われていました。そうしたことがこの物語の背景になっているわけです。ぶどう園でまあ暴動が起きているということのようです。収穫の時期に、ぶどう園の主人が、僕を農夫たちのところに送るわけですが、袋だたきにあって返されます。一人、二人、三人と僕を送ったわけですが、みんな農夫に袋だたきにされて、ぶどう園の主人のところに帰ってくるのです。

ルカによる福音書20章13−16節にはこうあります。【そこで、ぶどう園の主人は言った。『どうしようか。わたしの愛する息子を送ってみよう。この子ならたぶん敬ってくれるだろう。』農夫たちは息子を見て、互いに論じ合った。『これは跡取りだ。殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる。』そして、息子をぶどう園の外にほうり出して、殺してしまった。さて、ぶどう園の主人は農夫たちをどうするだろうか。戻って来て、この農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに与えるにちがいない。」彼らはこれを聞いて、「そんなことがあってはなりません」と言った。】。

ぶどう園の主人は自分の愛する息子なら敬ってくれるのではないかと思って、農夫のところに息子を送ります。しかし農夫たちはこの息子を殺してしまいます。この息子を殺せば、ぶどう園が自分たちのものになるだろうと考えたからでした。ぶどう園の主人は、ぶどう園にやってきて、農夫たちを殺します。そしてぶどう園をほかの人たちに管理してもらうことにします。

まあ、なんとも殺伐とした話であるわけですが、まあイエスさまの時代はそうした殺伐とした時代であるわけです。たぶん聞いている人たちは、「まあそう言えば、あのぶどう園はそんな感じのことが起こったよね」というふうに聞いています。まあだからイエスさまがたとえ話として話をしているわけです。「そんなことあるはずがないじゃないですか」ということであれば、それはたとえ話にならないわけです。

このたとえ話は、「ああ、そういうことあったよね」ということだけでなく、律法学者たちや祭司長たちに対する非難のたとえ話として語られています。ですからルカによる福音書20章19節に、【そのとき、律法学者たちや祭司長たちは、イエスが自分たちに当てつけてこのたとえを話されたと気づいたので、イエスに手を下そうとしたが、民衆を恐れた。】と記されているわけです。

このたとえ話に出てくるぶどう園の主人というのは、神さまです。そしてぶどう園の農夫たちというのは、律法学者たちや祭司長たちです。ぶどう園の主人の僕たちというのは、預言者たちです。そしてぶどう園の主人の跡取りというのは、イエスさまです。神さまが律法学者たちや祭司長たちのようなユダヤというぶどう園を治めている人たちのところに、預言者たちを送る。しかし律法学者たちや祭司長たちは、預言者の言うことを聞かず、好き勝手にして預言者たちを袋だたきにする。それで神さまが、自分の大切な御子であるイエスさまを送ったら大切にしてくれて、言うことを聞いてくれるだろうと思う。しかしそんなことはなく、律法学者たちや祭司長たちは、神さまの御子であるイエスさまを十字架について殺してしまうということです。そして悔い改めることのない律法学者たちや祭司長たちは、神さまによって罰を受けるということです。

ルカによる福音書20章17−19節にはこうあります。【イエスは彼らを見つめて言われた。「それでは、こう書いてあるのは、何の意味か。『家を建てる者の捨てた石、/これが隅の親石となった。』その石の上に落ちる者はだれでも打ち砕かれ、その石がだれかの上に落ちれば、その人は押しつぶされてしまう。」そのとき、律法学者たちや祭司長たちは、イエスが自分たちに当てつけてこのたとえを話されたと気づいたので、イエスに手を下そうとしたが、民衆を恐れた。】。

この【『家を建てる者の捨てた石、/これが隅の親石となった。』】という言葉は、詩編118編22節からの引用です。詩編118編22節にはこうあります。【家を建てる者の退けた石が/隅の親石となった。】。イエスさまが言われることは、あなたたち律法学者たちや祭司長たちは、自分勝手にこれが大切な石だ、これが大切なことだと決めて、自分の意にそわないものは取り除くということをしている。しかし神さまの目から見れば、あなたたちが取り除いたものが、神さまの意に添っているものなのだ。だからあなたたちは裁きを受けるだろう。というようなことが言われているわけです。

今週は受難節の第5週に入ります。来週の日曜日、4月2日は棕櫚の主日です。イエスさまがエルサレムにやって来られ、そしてイエスさまは苦しみを受けられ、そして十字架につけられます。マルコによる福音書15章16節以下に「兵士たちから侮辱される」という表題のついた聖書の箇所があります。新約聖書の95頁です。マルコによる福音書15章16−20節にはこうあります。【兵士たちは、官邸、すなわち総督官邸の中に、イエスを引いて行き、部隊の全員を呼び集めた。そして、イエスに紫の服を着せ、茨の冠を編んでかぶらせ、「ユダヤ人の王、万歳」と言って敬礼し始めた。また何度も、葦の棒で頭をたたき、唾を吐きかけ、ひざまずいて拝んだりした。このようにイエスを侮辱したあげく、紫の服を脱がせて元の服を着せた。そして、十字架につけるために外へ引き出した。】。イエスさまは兵士たちにあざけられ、唾を吐きかけられ、侮辱されて、そしてそのあと、ひとびとからののしられながら十字架へと歩まれます。イエスさまの十字架への道のりは、蔑みの言葉に充ちています。

この蔑みの言葉に充ちている世界が、私たち人間の世界であるわけです。人を蔑むことによって、そして自分が少しでもえらくなったような気になる。人をバカにすることによって、自分がえらいものだと思い込もうとする。皮肉を言ったり、小馬鹿にしたり、怒鳴ったりして、人を蔑み、そして自分がそうではないことを証明しようとします。

人を蔑む私たちの世界のなかにあって、イエス・キリストは十字架についてくださいました。イエスさまは人々から蔑まれながら、十字架につけられます。そして神さまはイエスさまを三日目によみがえらせてくださいました。そのことによって、神さまは私たちが蔑む人間でも、蔑まれる人間でもなく、ただ神さまから愛されている人間であることを、イエス・キリストの十字架によって、私たちに示してくださいました。私たちは神さまから愛されている人間であり、人を蔑む必要はないのです。人を蔑む世界は消え去ります。それは神さまの御心にかなったものではないからです。神さまの御心にかなわないものを消え去っていきます。そして神さまの御国がくるのです。私たちは主の祈りを祈り、「御国が来ますように」と祈ります。神さまの御心にかなわない世界は消え去り、神さまの御国が来るのです。

レント・受難節も第5週になりました。私たちの中にある邪な思いや、いじわるな思いと、しっかりと向き合いながら、このレント・受難節のときを過したいと思います。そして神さまの御心にかなわないものは消え去っていくことを、しっかりとこころに留めたいと思います。悔い改めつつ、このレント・受難節のときを過しましょう。


 

(2023年3月26日平安教会朝礼拝式・受難節5)


12月14日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「暗闇の中で輝く光、イエス・キリスト」 

               ティツィアーノ・ヴェチェッリオ               《聖母子(アルベルティーニの聖母)》