2026年1月10日土曜日

1月11日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「気づかないかな。ほら、そこに。」

「気づかないかな。ほら、そこに。」

聖書箇所 マルコ1章9−11節。419/507。

日時場所 2026年1月11日平安教会朝礼拝

 

高槻にいたときに、よく駅前の商店街のところにあった「おはぎの丹波屋」というおもちとかおはぎとかを売っているチェーン店のお店がありました。わたしはときどきこの丹波屋さんでおはぎや柏餅を買ったりしていました。わたしがあまり買わないためか、その後、丹波屋さんは店を閉じられて、わたしは残念に思っていました。すると1、2年ほどして市役所の近くの交差点のところに、再び丹波屋さんが開店したというチラシが入っていました。それで嬉しくなって買いに行きました。

阪急の高槻駅のほうから阪急線沿いに歩いてきて、市役所の近くの交差点にまでやってきて、この辺だと思って見回してみたのですが、丹波屋さんは見つかりませんでした。「おかしいなあ、確かにこの辺のはずなんだけど」と思って、もう一度、見回してみると、「あっ、あった」と気がつきました。確かにありました。いまさっきはなかったのに、丹波屋さんが忽然と現れたのです。なんかきつねに化かされているような感じで、とても不思議な気がしました。

別に、丹波屋さんが急に現れたというのではないわけです。はじめのときに、わたしが気づかなかったのです。それはわたしが考えていた店のつくりのイメージと違っていたので、わたしが気がつかなかったということです。「こういう店の丹波屋さんがあるはずだ」と思っていたのと違っていたので、わたしはその店が丹波屋さんだと気がつかなかったのです。

わたしの目が人並みはずれて節穴だということもあるわけですが、人間の目というのは指向性がありますから、私たちは自分が見たいものだけを見ているということがあります。こういう店のつくりの丹波屋さんがあるはずだというふうに思い込んでいて、それがなければ丹波屋さんはないと思い込んでしまったりするのです。目だけでなく、耳でもそうです。私たちはだいたい自分が聞きたいと思っていることを聞いていたりします。

皆さんの家でもあると思いますが、よく「言った」「言わない」ということで言い合いになるということはないでしょうか。出かけようとすると、「どこに行くんだ」と言われ、「まえから言っていたでしょう。5月8日には○○さんと会うことにしているから出かけるって」と応えると、「そんなの聞いてないぞ」と言われる。「言いました」「聞いてない」「確かに言いました」「いや絶対聞いていない」。あるいは「わたしの車の鍵知らない?」と尋ねられて、「この前、帰ってきた時に、机の中に入れてましたよ」と応えると、「そんなところに入れるはずはない」と言われ、「いいえ、確かに入れました。探してらっしゃいよ」と言い返すと、「そんなところには入れるはずがない」とぶつぶつ言いながら、探しに行って、「やっぱり、なかった」と言う。それで一緒に机の中を探しにいくと、机の中から忽然と鍵が現れたりします。「おかしいなあ、さっきは確かになかったんだけどなあ」などと、まだぶつぶつと言っている。

あるものが見えない。あるものに気づかない。あるいは別のものに見える。私たちにはそういうことがあります。それは人と人との関係においてもそうですし、また私たちと神さまとの関係においても、そのように思えることがあります。神さまから愛されているのに、そのことに気がつかない。神さまから守られているのに、そのようには思えない。しかし私たちに許されていることは、「ただ信じる」ということであり、その他に私たちには道がないのです。

今日の聖書の箇所は「イエス、洗礼を受ける」という表題のついた聖書の箇所です。マルコによる福音書1章9-11節にはこうあります。【そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた】。

イエスさまは洗礼者ヨハネから洗礼を受けられました。洗礼者ヨハネはヨルダン川で、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えていました。洗礼者ヨハネのところには、たくさんの人たちが洗礼を受けにやってきました。洗礼者ヨハネは洗礼を授けながら、一人の人を待っていました。マルコによる福音書1章7-8節にはこうあります。【彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」】。

「イエス、洗礼を受ける」という聖書の箇所は、洗礼者ヨハネが思っていたとおりの方が現れたということを記しています。その方はすぐれた方であり、そして聖霊で洗礼をお授けになる方であり、天から特別の信頼を受けて、私たちの世に来てくださる方であるということです。

イエスさまは洗礼者ヨハネから洗礼を受けられたわけですが、しかしそのときとても不思議な出来事が起こったと、聖書は記しています。【天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった】。「天から霊がイエスさまのところに降ってきた」、イエスさまが天からの霊を受けられた。【御覧になった】というふうに敬語で書かれてありますから、イエスさまに天から霊が降ってきたことを見たのは、イエスさまということでしょう。

そして【「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえ】ました。これはイエスさまがこの声を聞かれたとは書かれていませんから、だれか他の人が聞いたということも考えられるわけですが、でも他の人がその声を聞いたというふうにも書かれていませんから、一般的に考えて、イエスさまが「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という天からの声を聞かれたということでしょう。

天からの声は、非常に孤独な形で語りかけてくるということがあるようです。みんなが聞いているところで、「この方が『あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』です」と、多くの人々の拍手や称賛の声と共に、天からの声が聞こえてくるということではないのです。そういうことであれば、大きな苦難であってもまだ耐えられるような気もします。しかし多くの場合はそうではなく、天からの声は孤独な形で、ただ一人、あなた自身に語りかけてくるのです。【「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」】。

また、私たちが期待するような出来事として、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という御言葉の出来事が起こるというわけでもありません。とてもうれしい出来事が次から次へと起ってくる。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」。もう神さまがわたしに味方してくれて、何してもうまくいく。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」というのは、そういうことでもないのです。

イエスさまは「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という天の声を聞かれました。そして「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という御言葉の出来事が、もっともよく現れている出来事というのは、イエスさまの場合はイエスさまの十字架であったわけです。神さまは私たちのために十字架についてくださる方として、イエスさまを私たちの世に送ってくださいました。「わたしの心に適う者」というのは、神さまのご計画に沿って私たちのために十字架についてくださる者ということです。それは到底、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という、神さまからの祝福に満ちた言葉からかけ離れているような出来事でした。

いまは気づかなくても、あとでわかるということがあります。あとから振り返った時に、はじめてその出来事の意味がわかるということがあります。たとえば若い頃、母親から言われる言葉や父親の態度など、うっとうしくて仕方がないというようなことがあります。その言葉や態度からは束縛を感じるけれど、愛など到底感じることができないというようなことがあります。しかし自分も成長して、世間の冷たい風の中で生きていく時に、父の言葉の意味や母の態度の意味が、少しずつわかってくるということがあります。また自分が母になり、父になった時に、母の思いや父の思いをとらえなおすことができたりします。昔はうっとうしく思えた母の言葉のなかに、母の愛があったことに気づくことがあります。昔も確かに母の愛は自分に注がれていたわけですが、しかし自分はそのことに気づかなかった。

イエスさまに聞こえた天からの声、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」は、それはイエスさまに対してだけ語られている言葉ではなく、私たちに対しても語られている神さまの言葉です。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」。これは私たちに対して語られています。私たちは神さまの愛する子であり、神さまの御心に適う者なのです。それは私たちが神さまの愛を受けるにふさわしい立派な子であるとか、神さまの御心に適うりっぱなことができているということではありません。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という、神さまの大きな祝福の中に生かされているということです。

「気づかないかな。ほら、そこに」と、神さまは私たちに言っておられます。神さまは私たちを愛してくださっています。神さまは「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と、イエスさまを祝福され、そして私たちの世にイエスさまを送ってくださいました。そしてイエスさまは神さまの心に適う者として、私たちのために十字架についてくださいました。

私たちは「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という神さまの祝福の中にあります。私たちは神さまの愛する子として生きています。神さまの心に適う者として、私たちは生きています。もちろん、私たちは神さまにふさわしい者ではないかも知れません。しかしそれでも神さまは私たちのことを「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と言ってくださり、私たちに神さまの愛を示してくださいます。神さまの大きな愛のうちにあることを信じましょう。神さまからの招きに応えて、胸を張って、新しい一週間の歩みをいたしましょう。


(2026年1月11日平安教会朝礼拝)


1月4日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「心配するな。大丈夫」

「心配するな。大丈夫」

聖書箇所 ルカ2:41-52。259/265。

日時場所 2026年1月4日平安教会朝礼拝式・新年礼拝      


クリスマスに救い主イエス・キリストをお迎えし、そして2025年を終え、2026年を迎えました。新しい年も皆様のうえに、神さまの恵みと平安とが豊かにありますようにとお祈りしています。

毎年、わたしは年賀状に、聖書の言葉を書くことにしています。ことしは、旧約聖書の詩編34編15節のみ言葉を選びました。「悪を避け、善を行い、平和を尋ね求め、追い求めよ」(旧約聖書 詩編34編15節)。「あさましい自分の思いで争わず、平和を尋ね求めて歩みます」。

「今だけ、金だけ、自分だけ」というような雰囲気が世の中に漂います。「法律で禁止されていなければ、何をしても良い」というふうに考える政治家も増えました。「自分が自分が」という思いだけが大切にされてくると、さみしい世の中になってしまいます。「悪を避け、善を行い、平和を尋ね求め、追い求めよ」との御言葉のとおり、神さまが示してくださる道を歩んでいきたいと思います。

日常生活を送っていますと、「わたし、大丈夫かなあ」と思えるときがあります。わたしが最近、体験した、「わたし、大丈夫かなあ」という体験は、古本を買った時の体験です。年末年始に、娯楽のために本を買おうとおもって、近くのブックオフに行きました。そこで「ミレニアム4」という本を買いました。シリーズもので、ミレニアム1、2、3と読んできたので、続きを買ったわけです。映画化もされて、昔、話題の本であったわけです。そして文庫本で上下2冊だったので、2冊買ってきました。しばらくはクリスマスなどの忙しかったので、机のうえに置いてあったのですが、少し時間ができたので、夕食を終えたあと、「さあ、読もうか」と思って、本を取りに行くと、「ミレニアム4下」「ミレニアム4下」という二冊の本がありました。上下と思って買ってきたわけですが、どちらも下巻であったわけです。よりにもよって下巻二冊です。上巻二冊だったら、読み始めることができるわけですが、下巻二冊でした。「おんなじ本を買ってくるなんて、わたし、大丈夫か」と思いました。まあ一冊220円の本でしたので、そんなに悲観するような出来事でもないわけです。また上巻を買いに行ったら良いのです。でもまあ金額はそうですが、出来事は「わたし、大丈夫か」と思える出来事でした。そんな感じで、わたしもいろいろな「わたし、大丈夫か」と思う出来事に出会います。「心配するな。大丈夫」と思い直して生きています。

今日の聖書の箇所は「神殿での少年イエス」という表題のついた聖書の箇所です。少年のときのイエスさまがどのような感じであったのかということが書かれてある聖書の箇所はあまりありません。今日の聖書の箇所も、ルカによる福音書にだけ書かれてあります。しかし当り前のことですが、イエスさまにも少年のときがありました。

ルカによる福音書2章41−45節にはこうあります。【さて、両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい、それから、親類や知人の間を捜し回ったが、見つからなかったので、捜しながらエルサレムに引き返した。】

ユダヤのお祭りの過越祭に、イエスさまの家族はエルサレムで過ごすことにしていました。出エジプト記23章14−19節には「祭りについて」という表題のついた聖書の箇所があります。旧約聖書の132頁です。【あなたは年に三度、わたしのために祭りを行わねばならない。あなたは除酵祭を守らねばならない。七日の間、わたしが命じたように、あなたはアビブの月の定められた時に酵母を入れないパンを食べねばならない。あなたはその時エジプトを出たからである。何も持たずにわたしの前に出てはならない。あなたは、畑に蒔いて得た産物の初物を刈り入れる刈り入れの祭りを行い、年の終わりには、畑の産物を取り入れる時に、取り入れの祭りを行わねばならない。年に三度、男子はすべて、主なる神の御前に出ねばならない。あなたはわたしにささげるいけにえの血を、酵母を入れたパンと共にささげてはならない。また、祭りの献げ物の脂肪を朝まで残しておいてはならない。あなたは、土地の最上の初物をあなたの神、主の宮に携えて来なければならない。あなたは子山羊をその母の乳で煮てはならない。】

除酵祭というのは、過越祭に続いて7日間に渡って行われる祭りです。イエスさまの家族がエルサレムに滞在しているのは、この除酵祭の期間であるわけです。【年に三度、男子はすべて、主なる神の御前に出ねばならない】ということですから、十二歳になったイエスさまも一緒に過越祭にエルサレムに来ているということです。ナザレからエルサレムまでは100キロメートルくらいです。三日くらいかかって歩いていくということなのでしょう。

もうイエスさまも十二歳ですから、いつもいつも両親と一緒にいるということではなく、親類の同じくらいの年代の人と一緒に歩いているわけです。まあ行動も別行動というようなことでしょう。それはそれでよかったわけですが、祭りが終わって帰り道になると、親類や知人の一群の中に、イエスさまがおられないということに、ヨセフとマリアは気がついたわけです。それであわてて探し回ったのですが、やっぱりいない。それで探しながらエルサレムまで引き返すことになりました。

ルカによる福音書2章46−50節にはこうあります。【三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた。両親はイエスを見て驚き、母が言った。「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」すると、イエスは言われた。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。】。

「三日の後」ということですから、まあヨセフもマリアも心配したことだと思います。イエスさまは神殿の境内で、学者たちの話を聞いたり質問をしたりしていました。少年であるのに賢い受け答えをしているので、みんなびっくりしていました。マリアはイエスさまを見つけてほっとして、気持ちが高揚して、イエスさまを叱ります。「どうしてこんなことをしたのですか。おとうさんもわたしもどんなに心配したことか」。しかしそんなマリアに対して、イエスさまは「どうしてわたしがいるところがわからなかったのですが、わたしが自分の父の家である神殿にいるのは当り前じゃないですか」と言いました。しかしヨセフもマリアも、イエスさまの言っていることの意味がわかりませんでした。

この話は、イエスさまが神さまの御子であるということを、世の人たちに伝える話であるわけです。神さまの御子であるイエスさまは、神さまの家である神殿にいる。「いやいや、たとえそうであったとしても、ヨセフとマリアに、『神殿に行ってくるから』とひと言いってから行きましょうよ。なにも言わないでいなくなったら心配するでしょう」と思わないでもないわけですが、まあもともとはイエスさまの迷子物語であったのだと、わたしは思います。

ルカによる福音書2章51−52節にはこうあります。【それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。母はこれらのことをすべて心に納めていた。イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。】。

まあ、イエスさまももう十二歳ですから、お父さん、お母さんがしつこく叱ってもだめだろうと言うことで、そのあとマリアが何度も何度もこのことを蒸し返すということはありませんでした。【母はこれらのことをすべて心に納めていた】と聖書には書かれてあります。でも聖書に書かれているくらいですから、有名な話であるわけなので、「もー、たいへんだったのよ。イエスがいなくなって。そりゃ、心配したわよ。一生懸命、ヨセフと一緒にさがしまわったわ。そしたらなんと、神殿で学者さんと話をしているのよ。びっくりしたわ」と、マリアはいろいろな人に話しただろうと思います。

迷子になり、みつかったイエスさまはヨセフとマリアと一緒にナザレに帰ります。そのあとまあ穏やかに、マリアとヨセフに仕えて、イエスさまは大きくなっていきます。【イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された】ということですから、そのあとはあまりマリアとヨセフに心配をかけることなく、穏やかに大きくなっていったということでしょう。

【イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された】という聖書の言葉は、とても安心できる聖書の言葉です。「ああ、わたしもそんなふうに育ちたいものだ」と思えます。まあもうおじいさんになってしまっているので、育つも何もないわけですが、「すべての人がそんなふうに育ってほしいよね」と思えます。

私たちの周りではいろいろな出来事が起こります。とても良い出来事もありますが、不安になるような出来事も起こります。とくにここ数年、ロシアとウクライナの戦争、パレスチナのハマスとイスラエルの戦争、タイとカンボジアの国境紛争、戦争や内戦、大きな地震や山火事の被害、熊による被害などなど、なんとなく不安になることも多いです。地球の温暖化による災害など、この先、どのようになるのだろうかと思えるようなこともあります。

しかしそれでも私たちの周りには、私たちのことを愛してくれる人たちがいてくれます。私たちを見守ってくださっている人たちがおられます。そのようにして私たちの世の中は回っていますし、そのようなやさしい社会のあり方を、私たちはこれからも大切にしていかなければなりません。「いまだけ、金だけ、わたしだけ」ではなく、みんなでずっと手を取り合って生きていくということを大切にして歩んでいきたいと思います。

【イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された】という聖書の言葉は、私たちに「心配するな。大丈夫」と呼びかけています。あなたの周りにはすてきな人たちがいる。その人たちはあなたのことを愛している。そして私たちには神さまがおられる。神さまはあなたのことを愛しておられる。あなたはイエスさまがそうであったように、これからも神と人とに愛されて、幸いな人生を歩んでいく。

神さまは私たちのことを愛してくださり、そしてみんなでこころを通わせながら、神さまの平安のうちを歩むことを望んでおられます。

神さまの愛のうちを、新しい年も、こころ平安に歩んでいきましょう。



  

(2026年1月4日平安教会朝礼拝式・新年礼拝式) 


12月28日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「御子イエスが招いてくださる」

「御子イエスが招いてくださる」

聖書箇所 マタイ2:1-12。271/263。

日時場所 2025年12月28日平安教会朝礼拝式

 

クリスマスに、御子イエス・キリストをお迎えして、私たちは歩み始めました。新しい年もイエスさまの招きに応えて歩んでいきたいと思います。

2025年、最後の日曜日です。2025年は男子普通選挙が実施されて100年、治安維持法が施行されて、100年という年でした。この1925年(大正14年)という年に、細井和喜蔵の『女工哀史』が出版されています。細井和喜蔵の『女工哀史』は当時、ベストセラーでありました。

松本満・斎藤美奈子、「『女工哀史』は生きている 細井和喜蔵と貧困日本」という岩波ブックレットを読みました。細井和喜蔵はとても苦労をした人でした。『女工哀史』の「自序」に書かれてありますが、お父さんが細井和喜蔵が生まれる前に亡くなり、お母さんが7歳のときに亡くなり、育ててくれたおばあさんが13歳のときになくなります。そして小学校をやめ、職工として働き始めます。職工として働きながら出会った女工の人たち、そして職場の状態のひどさなどを、『女工哀史』として書き上げ、そして28歳で天に召されています。細井和喜蔵は『女工哀史』が出版された1925年に天に召されています。

細井和喜蔵はもの静かな生粋の労働者であったと言われています。細井和喜蔵と一緒に働いたことのある人がいて、「細井さんはもの静かな人でした。クリスチャンかと思ったものです」と言っています。実際、細井和喜蔵は一時期、教会に通っています。

『女工哀史』と言いますと、女工の悲惨でかわいそうな生活がかかれてある書物という印象を受けますが、どちらかというと女工が働いている工場の実態について告発したノンフィクションです。実名で工場の非道な状態が書かれているわけです。『女工哀史』は戦前戦後の全労働者に影響を与え、働く人たちの意識、そして社会の意識をかえ、非道な労働条件を変えていくことになります。

細井和喜蔵は職工として働く少年のころ、女工の人たちからやさしくしてもらったことを忘れず、『女工哀史』を書きました。細井和喜蔵は少年の頃、ボール盤の歯車に左手の小指をかみ切られます。会社からは賠償金の慰謝料も出ず、労働者の不注意だとされ、「ぼんやりさらすな、この糞坊主!」と怒鳴られます。

【家族を失い、天涯孤独の身で一人都会の工場の事故で怪我をしたあげく虐げられた少年和喜蔵は、しかし同じ職場の女工たちからかけられた次のような言葉によって救われたのである。年寄の女工が側で聞いていて、「ああ坊んかわいそうに」と同情してくれた。すると、「どうしたんのんやね。男前の坊んさん、痛いやろ。不憫そうやなあ」と二〇歳くらいの女工は、繃帯した手をなでていたわってくれた。それらの言葉は和喜蔵の「すさんでかたよった心」にしみた。】(P.11)(「『女工哀史』は生きている 細井和喜蔵と貧困日本」)

細井和喜蔵は『女工哀史』の「序」でこう書きます。【虐げられ蔑まれ乍(ながら)も日々「愛の衣」を織りなして人類をあたたかく育んでいる日本三百萬の女工の生活記録である。地味な書き物だが、およそ衣服を纏(まと)っているものなれば何びともこれを一読する義務がある】。

細井和喜蔵には『女工哀史』を書かずにはいられない女工に対しての尊敬と愛がありました。そしてこの書物は多くの人々に読まれました。『女工哀史』は、私たちの世界が小さき者たちの愛によって成り立っていることを、私たちに教えてくれる書物であるわけです。

今日の聖書の箇所は「占星術の学者たちが訪れる」という表題のついた聖書の箇所です。マタイによる福音書2章1−3節にはこうあります。【イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。】。

イエスさまがお生まれになられたベツレヘムに、占星術の学者たちが訪ねてきます。占星術の学者たちは、イエスさまたちがどこにおらえるのかわかりません。ユダヤ人の王として生まれるということなので、とりあえず王宮に行って、ヘロデ王に尋ねます。

マタイによる福音書2章4−8節にはこうあります。【王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。彼らは言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。『ユダの地、ベツレヘムよ、/お前はユダの指導者たちの中で/決していちばん小さいものではない。お前から指導者が現れ、/わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。】。

ヘロデ王は自分の知らないところで、ユダヤ人の王となる子どもが生まれるということを知ります。それは王である自分に取って代わる王が生まれるということです。それであわてて祭司長たちに調べさせます。するとどうやらベツレヘムで生まれるということがわかります。それおで占星術の学者たちにそのことを知らせて、そして報告をさせて、そのあとその子どもを殺しにいこうと計画を立てます。

マタイによる福音書2章9−12節にはこうあります。【彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。】。

占星術の学者たちは星に導かれて、イエスさまのところにたどり着きます。そして幼子イエスさまを伏し拝み、イエスさまのためにもってきた黄金、乳香、没薬の贈り物を捧げます。ヘロデ王からイエスさまのところに行ったなら、帰りに王宮に行って、その報告をするように約束させられていたのですが、夢で「ヘロデのところに帰るな」というお告げを受けて、別の道を通って、自分たちの国へと帰って行きました。

占星術の学者たちは夢のお告げで「ヘロデのところに帰るな」と言われます。そしてヘロデのところに帰ることなく、自分たちの国へと帰ってきます。ヘロデ王のところに帰っていくと、たぶん良いこともあったわけです。お礼をもらえたと思いますし、旅の安全の保障もしてくれたのではないかと思います。しかし占星術の学者たちは、ヘロデ王のところに帰ることなく、自分の国へと帰っていきます。力ある人との約束を無視するということですから、わかると大変なことになるかも知れなかったわけです。

「ヘロデのところに帰るな」というのは、ひとつの生き方であるわけです。暴力的な力のある者に従って生きていくのか。それとも神さまが示してくださる愛に根ざした道を歩んでいくのかということです。

聖書は今日の聖書の箇所のあと、「エジプトに避難する」「ヘロデ、子供を皆殺しにする」という表題のついた聖書の箇所で、イエスさまが難民となってエジプトへ逃げていくことになること。またそのために、ヘロデ王がベツレヘムに住む二歳以下の子どもたちを虐殺したという話が書かれてあります。

暴力的な世の中にあって、イエスさまは小さな人たちの愛に守られて、その命を保ちます。クリスマスの話に出てくる人たちの多くは、力のない人たちです。ヨセフもマリアも、羊飼いもバプテスマのヨハネの母のエリザベトも、力のない人たちです。しかし彼らには神さまの愛がありました。彼らはみな神さまに望みをおきつつ、祈りつつ、その生涯を歩みました。

マタイによる福音書のイエスさまの誕生の物語では、主の天使がヨセフにやさしく語りかけます。【「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。この名は、「神は我々と共におられる」という意味である】。御子イエス・キリストは、神さまが私たちと共にいてくださることの証として、私たちの世にお生まれになられました。

イエスさまは神さまに祈りつつ歩んでいる私たちを招いておられます。私たちは弱くともしい者ですけれども、イエスさまの招きに応えて、神さまの愛のうちを、新しい年も歩んでいきたいと思います。





  

(2025年12月28日平安教会朝礼拝式) 


2025年12月19日金曜日

12月21日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「クリスマス、小さき私たちのために」 

「クリスマス、小さき私たちのために」

聖書箇所 ルカ2章1-7節。261/264。

日時場所 2025年12月21日平安教会朝礼拝・クリスマス礼拝式


クリスマス、おめでとうございます。主イエス・キリストのご降誕をこころからお祝いいたします。

平安教会は12月10日に教会創立149周年を迎えました。そして来年、教会創立150周年を迎えます。平安教会ではいま、建物の改修に取り組んでいます。大屋根や外壁、また階下室のトイレも改装され、こうしてクリスマスを迎えることができ、とてもうれしく思います。新年からはこの礼拝堂などの改装が行われることになります。また覚えてお祈りくださればと思います。

詩人の工藤直子さんの詩に、「あいたくて」という詩があります。

【だれかに あいたくて

 なにかに あいたくて

 生れてきたー

 そんな気がするのだけれど


 それが だれなのか なになのか

 あえるのは いつなのかー

 おつかいの とちゅうで

 迷ってしまった子どもみたい

 とほうに くれている

 

 それでも 手のなかに

 みえないことづけを

 にぎりしめているような気がするから

 それを手わたさなくちゃ

 だから


 あいたくて】


赤ちゃんが生まれると、「この子に会えてよかった」と思います。こどもさんやお孫さんが生れると、「この子に会えてよかった」と思うだろうと思います。そのような愛のなかに私たちは生れてきているわけですが、でも大きくなると、「わたしは何のために生れてきたのだろう」という孤独感をもつときも出てきます。だれもわたしに関心があるとは思えない。わたしなんかいてもいなくても同じではないか。そのようなさみしい気持ちになることもあります。日常生活を送っていると、いろいろなつまらない出来事やこころがふさぎ込んでしまうような出来事に出会い、前向きに物事を考えることができないときというのがあります。そんなとき、この「あいたくて」という詩を読むと、元気が出るような気がします。


【だれかに あいたくて

 なにかに あいたくて

 生れてきたー

 そんな気がするのだけれど


 それが だれなのか なになのか

 あえるのは いつなのかー

 おつかいの とちゅうで

 迷ってしまった子どもみたい

 とほうに くれている

 

 それでも 手のなかに

 みえないことづけを

 にぎりしめているような気がするから

 それを手わたさなくちゃ

 だから


 あいたくて】


わたしにあうために生れてきたという人がいるのではないか。そのように思えます。赤ちゃんに会うとうれしく思うのは、赤ちゃんが「わたしにあうために生れてきてくれた」と思えるからです。だから赤ちゃんに会うと、元気がでます。赤ちゃんは話さないですから、「いやちがうよ」とは言いません。「わたしにあうために生れてきてくれた」と思えた息子や娘も、大きくなると、どうやらそういうことでもないような気がしてきます。でもそれはそれでいいと思えます。息子や娘が結婚でもすれば、「ああ、この人にあうために生れてきたのね」と思えて、うれしく思うこともあるでしょう。さみしくもあり、うれしくもあるのです。

娘や息子、あるいは近所の赤ちゃんはそうであるわけですけれども、ただひとりの赤ちゃんだけはそうではない赤ちゃんがおられます。ただひとりの赤ちゃんだけが、永遠に、ずっと変わりなく、私たちにあうために生れてきてきてくださったのです。クリスマスは、このだたひとりの赤ちゃんがこの世に生れたことをお祝いする日です。この赤ちゃんは、神さまの御子イエス・キリストです。イエスさまは私たちにあうために生れてこられたのです。「神さまの愛」ということづけを、手のなかににぎりしめて、私たちにそれを手渡すために生れてくださったのです。

今日の聖書の箇所は、「イエスの誕生」という表題のついた聖書の箇所です。ルカによる福音書2章1−3節にはこうあります。【そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った】。

歴史的にはローマ皇帝アウグストゥスが統治していた時代(紀元前27−紀元14年)に、全国的な住民登録があったという記録はないと言われています。キリニウスがシリアの総督であったときにパレスチナで住民登録がありましたが、それは紀元6年頃のことだと言われています。ルカによる福音書の著者は、イエスさまがお生まれになられたということを、政治的、歴史的に位置づけるために、このように記しています。私たちが政治や歴史と無関係に生きているのではないのと同じように、イエスさまもまた一人の民として、世の中の出来事に引きづりまわされながら生きておられたということです。ローマ皇帝が「こうする」と決めれば、そのようにせざるをえないのです。【人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立】つしかないのです。どんな個人的な事情があろうと、そうするしかないのです。

ルカによる福音書2章4−5節にはこうあります。【ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである】。

ヨセフもマリアも、他の人々と同じように、住民登録を行うしかありませんでした。ヨセフもマリアも、【登録するためにおのおの自分の町へ旅立】ちます。ただふつうの人々と違うのは、マリアは身ごもっていたということです。身ごもっていながらの旅であるのです。旅といっても、いまの時代のような旅ではないのです。「新幹線にのってビューッと快適に」、「タクシーに乗り換えて、到着」という旅ではないのです。歩いたり、ロバや馬にのっての旅であるのです。身重のマリアにはつらい旅なのです。

ルカによる福音書2章6ー7節にはこうあります。【ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである】。

旅の途中で、マリアは初めの子を産みました。よく知っている自分の町ではなく、旅先でマリアは初めての子を産んだのです。それがイエスさまでした。マリアとヨセフはイエスさまを布にくるんで飼い葉桶に寝かせました。飼い葉桶というのは、牛や馬などの家畜に餌をあげるための桶のことです。マリアとヨセフは宿屋に泊まることができませんでした。宿屋に泊まることができず、牛や馬とともに家畜小屋に泊まり、マリアはイエスさまを産み、そしてイエスさまは飼い葉桶の中に寝かせられました。

【宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである】と聖書にありますように、イエスさまはこの世に居場所がない者として、お生まれになられました。【宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである】【布にくるんで飼い葉桶に寝かせた】。そのように聞くと、とてもイエスさまがかわいそうな気がいたします。神殿や王宮とまではいかなくても、もうすこしいいところでお生まれになってくださればよかったと思います。しかしイエスさまが馬小屋でお生まれになられるのは、神さまの御心なのです。イエスさまは小さき者として、この世にお生まれになられました。イエスさまは居場所がない者として、この世にお生まれになられました。それは神さまの御子、救い主が、小さき者の友として、私たちの世に来られたということでした。

イエスさまは小さき私たちのために、この世にお生まれになられました。りっぱであるわけでもなく、よいことをしているわけでもない。思い上がった気持ちをもったり、また人を傷つけたりすることもある、弱く小さな私たちのために、御子イエス・キリストはこの世にお生まれになられました。自分の弱さをなげき、さみしい思いをもったり、自分のことを恥ずかしく思ったりする弱く小さな私たちのために、御子イエス・キリストはこの世にお生まれになられました。

御子イエス・キリストは、小さな私たちにあうために、この世のお生まれになられました。イエス・キリストは、神さまからの愛を握りしめて、私たちのとどけるために、この世に生まれてくださいました。私たちに会うために生れてきてくださった方が、私たちにはいてくださいます。そして私たちはクリスマス、イエス・キリストのご降誕をお祝いするのです。

そしてまた私たちも、イエス・キリストにあうために生れてきたのです。


【だれかに あいたくて

 なにかに あいたくて

 生れてきたー

 そんな気がするのだけれど


 それが だれなのか なになのか

 あえるのは いつなのかー

 おつかいの とちゅうで

 迷ってしまった子どもみたい

 とほうに くれている

 

 それでも 手のなかに

 みえないことづけを

 にぎりしめているような気がするから

 それを手わたさなくちゃ

 だから


 あいたくて】


「あなたにあうためにわたしはこの世に生まれてきた」と言われる、イエスさまに応えて、わたしたちもまた「あなたにあうためにわたしはこの世に生まれてきた」との感謝の思いをあらわしたいと思います。手の中にしっかりと握りしめて生れてきた、みえないことづけを、イエスさまにお渡ししたいと思います。

小さな私たちのためにお生まれになったイエスさまに感謝いたしましょう。そしてクリスマス、大きな喜びをもって、イエスさま、神さまをほめたたえましょう。


(2025年12月19日平安教会朝礼拝・クリスマス礼拝式)


2025年12月10日水曜日

12月14日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「暗闇の中で輝く光、イエス・キリスト」 


               ティツィアーノ・ヴェチェッリオ

              《聖母子(アルベルティーニの聖母)》


「暗闇の中で輝く光、イエス・キリスト」

 

聖書箇所 ヨハネ1章1-5節。242/269。

日時場所 2025年12月14日平安教会朝礼拝式・アドヴェント3


アドヴェントも第三週に入りました。

教会の建物改修も進み、外の足場も取り除かれ、大屋根が外壁もきれいに修復がなされています。来年になりますと、礼拝堂の改修が行われます。クリスマスはこの礼拝堂で行われ、1月4日の礼拝のあとは、下の集会室で礼拝が行われることになります。いろいろとご不便をおかけすることと思いますが、ご協力、よろしくお願いいたします。

クリスマスが近づいていますが、みなさんはどのように過ごされていますか。わたしは明日、クリスマスのプレゼントを買いに行きます。

わたしは毎年、クリスマスに見たいDVDというのがあります。なかなかバタバタとして見ることができなかったりもします。ひとつは『素晴らしき哉、人生!』です。定番というのがあって、クリスマス、この映画をみると、こころがあたたかくなりますね。もう一つは『Mr.ビーン3』の「メリー・クリスマス、ミスター・ビーン」。これは見ても、こころはあたたかくはりません。ならないですけど。ちょっとイギリスの下品な冗談もありますが、でも「メリー・クリスマス、ミスター・ビーン」、おもしろいです。こうしたものをじっくりと見るのも、クリスマスにふさわしいですね。クリスマスはクリスマスにふさわしいDVDや小説などを読んで過ごすのがいいと思います。

絵画を見るのもいいかもしれません。ルネサンスの画家に、ティツィアーノ・ヴェチェッリオという人がいます。ティツィアーノ・ヴェチェッリオは、《聖母子(アルベルティーニの聖母)》という絵を描いています。週報の説教要旨の上のところに、QRコードがあります。そのQRコードを読み込みますと、聖母子(アルベルティーニの聖母)が出てきます。以前の説教などもこのQRコードから読むことができますので、またご利用くださればと思います。

「聖母子」という絵ですから、マリアさんに抱かれたイエスさまの絵です。この絵のイエスさまの右手は、だらんとなっています。ちょっと態度の悪い赤ちゃんのようにも思えますが、この「だらん」となっている手には意味があるそうです。わたしには態度の悪い赤ちゃんにしか見えない絵の中に大切な意味があるということですから、絵画というのはなかなか奥深いものだなあと思います。この「だらん」となっているイエスさまの右手というのは、イエスさまの死を表しています。十字架につけられて死なれたイエスさまを、マリアさんが抱いている絵というのは、「ピエタ」と言われます。その場合、イエスさまは成人されている大人であるわけです。成人のイエスさまをマリアさんが抱いている絵が「ピエタ」で、赤ちゃんのイエスさまをマリアさんが抱いている絵が「聖母子」であるわけです。

このティツィアーノ・ヴェチェッリオ《聖母子(アルベルティーニの聖母)》という絵は、「聖母子」を描きながら、イエスさまの死を暗示させるために、イエスさまの右手が死んだ人のように「だらん」となっています。御子イエス・キリストが私たちの世に来てくださったのは、私たちのために十字架についてくださるためだからです。ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《聖母子(アルベルティーニの聖母)》は、イエスさまのご降誕のお祝いの絵でありながら、イエスさまの十字架の死を同時に、私たちに伝える絵であるのです。

今日の聖書の箇所は「言が肉となった」という表題のついた聖書の箇所の一部です。イエスさまがお生まれになられたときのお話は、マタイによる福音書とルカによる福音書に書かれてあります。マタイによる福音書とルカによる福音書に書かれてあることを合わせて、幼稚園や教会学校でもたれるクリスマスの劇は作られています。マルコによる福音書にはイエスさまがお生まれになられたときのことは書かれてありません。ヨハネによる福音書には、マタイによる福音書やルカによる福音書のように、イエスさまがお生まれになられたときのお話は書かれていませんが、しかしイエスさまがお生まれになられたことの意味について書かれてあります。それが今日の聖書の箇所です。

ヨハネによる福音書1章1ー3節にはこうあります。【初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった】。【初めに言があった】とあります。この「言」というのは、何であるのかということですが、ヨハネによる福音書1章を読み進めていきますと、この「言」がイエス・キリストを表しているということがわかります。ヨハネによる福音書1章14節にはこうあります。【言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた】。「言」というのは、イエスさまのことであることがわかります。イエス・キリストは私たちの世に来てくださり、人間となられた。肉体をもたれ、私たちと同じように、この世にお生まれになられた。神さまの御子であるイエス・キリストは、神さまの大切な大切な独り子であり、神さまからの栄光を受け、恵みと真理とに満ちておられる方である。そのように告げられています。

ヨハネによる福音書1章4−5節にはこうあります。【言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった】。ヨハネによる福音書は、イエスさまのことを、言・命・光といったとても象徴的なもので描いています。イエス・キリストは命の源である。イエス・キリストは人間を照らす光である。イエス・キリストはどんなときも光として、暗闇の中で輝いている。しかし暗闇の世は、光であるイエス・キリストのことを理解しなかった。暗闇の世は、イエス・キリストを理解しなかった。

ヨハネによる福音書の今日の聖書の箇所は、イエスさまが私たちの世にきてくださったその理由について書き記しています。イエス・キリストは神さまの御子であり、神さまの独り子であったが、私たちのためにこの世にお生まれになられた。それは私たちの世が暗闇の世であり、神さまのみ旨に反した世の中であるからである。暗闇の世は、私たち人間の罪が作り出した悪しき世の中である。どろどろとした邪な思いを抱え、苦しみ私たちのために、イエス・キリストは私たちの世にきてくださり、私たちの罪をあがなってくださった。イエス・キリストが私たちの罪のために、私たちを代表して、神さまの前に罪を贖ってくださった。イエス・キリストの十字架によって、私たちは神さまによって救われた。イエス・キリストは暗闇の世に生きる私たちの光であり、私たちの救い主である。そのようにヨハネによる福音書は、私たちに告げています。

《聖母子(アルベルティーニの聖母)》を描いた、ティツィアーノ・ヴェチェッリオは、「聖母子」という絵で、イエスさまのご降誕を描きがら、イエスさまの死を暗示させました。イエス・キリストは私たちの罪を贖ってくださるために、私たちの世にお生まれになられました。

クリスマスは御子イエス・キリストのご降誕をお祝いする日です。「クリスマスって、何の日ですか」という問いは、日本のいろいろなところでなされる問いです。クリスマスのとき、街角でテレビのアナウンサーが、聞いて回るというようなこともあるような問いです。「クリスマスは、サンタクロースの誕生日です」と答えるような人もいるかも知れません。昔、twitterを見ていますと、クリスマスのショーウインドウの飾り付けに、十字架にかかっているサンタクロースの写真がのっていました。勘違いなのか、前衛的なのか、よくわからないですが、なかなかの迫力でした。実際にみたら、びっくりするだろうなあと思いました。

「クリスマスって、何の日ですか」という問いは、よくなされます。でもクリスマスの意味についての問いというのは、私たちクリスチャン以外の人が問うということは、あまりないことだと思います。イエス・キリストがこの世に来られたのには意味があるのです。私たちの罪をあがなうために、イエス・キリストは私たちの世にきてくださったのです。私たちクリスチャンは、クリスマスのとき、このことをしっかりと受けとめたいと思います。

先週の金曜日に、「外国人との共生をめざず 関西キリスト教代表者会議 関西キリスト教連絡協議会 結成40周年記念」のお祝いの会に、京都教区を代表して出席をしてきました。外国人との共生をめざず関西キリスト教代表者会議というのは、もともと外国人登録法に反対をしてできたキリスト教の代表者の会議です。1985年、全国のキリスト教会は、指紋押捺制度の廃止を求めて、外国人登録法に反対をしていました。わたしが学生の時でしたので、わたしもときどき外国人登録法に反対する学習会などに出席をしていました。それから40年がたちました。40年間ずっとこのことに取り組んでこられた在日朝鮮人の方は、「日本人ファースト」という言葉が飛び交う、いまの日本の現状を危惧しておられました。「在日朝鮮人の立場からすると、『この40年間、日本人ファーストでなかったことがありましたか』と言わずにはいられない」とお話くださいました。

人間の心の闇が広がってくると、かならず排外主義的な主張が、世の中に拡がってきます。そして争いの雰囲気が広がり、世界が不幸な道へと歩み始めていきます。いま、私たちの世界はどうでしょうか。日本だけでなく、いろいろな地域で排外主義的な雰囲気が広がってきています。それは人が自分の心の闇に静かに目を向けることが少なくなってきているからです。こころ静かに、自分のことを顧みる時に、私たちは神さまの深いあわれみを知ることができます。そして私たちは自分が神さまから愛されている大切な人間であることを知ることができます。そしてまた自分がそうであるように、わたしの隣人も同じように神さまから愛されている大切な人間であることに気づきます。

「光は暗闇の中で輝いている」と、今日の聖書の箇所にはありました。ヨハネによる福音書は、御子イエス・キリストは世の光であると告げています。私たちの世の中がどんなに暗くとも、イエス・キリストは暗闇の中で輝いておられる。どんなに私たちの世が暗闇を抱えていても、イエス・キリストはその暗闇を打ち砕き、そして神さまの大きな祝福を、私たちにもたらしてくださる。そのようにヨハネによる福音書は、私たちに告げています。

暗闇の中で輝く光であるイエス・キリストがおられます。イエス・キリストは私たちに勇気を与え、私たちの希望の光となって、私たちに先立って進んでくださっています。



(2025年12月14日平安教会朝礼拝式・アドヴェント3)

12月7日平安教会礼拝説教要旨(大澤宣牧師)「かけがえのない命」

「かけがえのない命」

1コリント12:14~26

東神戸教会 大澤宣牧師

 平安教会創立149周年を心よりお慶び申し上げます。歴史を導いてくださった神様の御名を讃美いたします。そして、この歴史は、今日お集まりの皆様、そして、今日はここにおられない皆様が、主の導きに応えて編みだしてこられたものであることをおぼえさせられます。多くの方たちがこの教会に連なられ、歩んでこられたことを思います。そして、多くの先達たちが、今は天に召されて、主の栄光をたたえている群れに加えられていることを思います。私たちは、この先達たちと目には見えないつながりを与えられ、今も共にあることを覚えたいと思います。

 灰谷健次郎さんが書かれた『わたしの出会った子どもたち』という本の中に麻理ちゃんという女の子のことが書かれています。麻理ちゃんは、筋肉がマヒしていくという、体の不自由さをもっている女の子でした。笑っているのか、怒っているのか、ふだんから接している人でないと、表情を読み取ることができません。この麻理ちゃんに冷たい言葉を発する人がいました。灰谷健次郎さんは、その言葉をひどい言葉だと思いながらも、堂々と反論することができなかったのでした。

 何かが上手に出来ること、速くできること、力が強いこと、そういうことばかりに心が向いていると、見落としてしまうものがあるのではないかと思います。そして、人を切り捨ててしまうことになってしまうことを思わされます。速さや強さや効率の良さだけに目を奪われて、命を慈しむ心、人間としての優しさ、人間らしささえも失ってしまうことを思わされます。

 聖書の言葉は「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです」と語ります。

 わたしたちはそれぞれの課題を抱え、重荷を抱えているものです。心細い思いをし、不安を感じつつ歩むものです。しかし、私たちの主イエス・キリストの言葉を携えて歩むことをゆるされている。その歩みは希望を持って進むことのできる道なのです。

 平安教会の皆様が、教会の大きなご計画を持たれ、希望をもって進もうとしておられることと思います。おひとりお一人の信仰の歩みの中に、課題があり、悩みがおありのことと思います。しかし、主イエス・キリストが私たちと共にいてくださるのです。どのようなときにも、希望を持つことがゆるされています。いつも喜んでいること。絶えず祈ること。すべてのことに感謝すること。その歩みをすすめてまいりたいと思います。


2025年11月29日土曜日

11月30日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「もういくつねるとクリスマス?」

「もういくつねるとクリスマス?」

聖書箇所 マルコ13:21-37。231/241。

日時場所 2025年11月30日平安教会朝礼拝・アドヴェント第1週


今日からアドヴェントに入ります。アドヴェントはイエスさまがお生まれになられるのを待ち望む期間です。キリスト教の暦のことを「教会暦」というふうに言いますが、教会暦によると、一年はアドヴェントから始まります。イエス・キリストを待ち望むことから一年が始まるわけです。一年を振り返ってみると、神さまからいろいろな恵みをいただいたと感じます。

一年を振り返ってみて、「わたしの一年はどういう一年だったかなあ」と考えて見ますと、やはり一番大きいのは、みなさんと一緒に教会建物改修を行なうことができたということだと思いました。2月に臨時総会をひらき、そして9月にまた臨時総会をひらき、そして10月9日から建物改修の工事がはじまりました。これからもこころをあわせて、このことに取り組んでいきたいと思います。

今日の聖書の箇所は、「大きな苦難を予告する」という表題のついた聖書の箇所の一部と、「人の子が来る」「いちじくの木の教え」「目を覚ましていなさい」という表題のついた聖書の箇所です。今日の聖書の箇所は全体として、世の終わり、終末についての聖書の箇所です。アドヴェントに終末の聖書の箇所が読まれるというのは、アドヴェントが「来臨」という意味で「イエスさまが来られる」ということだからです。イエスさまが来られるというのは、ひとつにはイエスさまがお生まれになられるということです。そしてもうひとつは、イエスさまが世の終わりの時に来られるということです。「再臨」と言われますが、世の終わりにイエスさまが来られるということです。ですからアドヴェントにはイエスさまの誕生を待ち望むときであり、再臨のイエス・キリストを待ち望むときでもあるわけです。そういうわけでアドヴェントには終末の聖書の箇所が読まれます。

マルコによる福音書13章21-23節にはこうあります。【そのとき、『見よ、ここにメシアがいる』『見よ、あそこだ』と言う者がいても、信じてはならない。偽メシアや偽預言者が現れて、しるしや不思議な業を行い、できれば、選ばれた人たちを惑わそうとするからである。だから、あなたがたは気をつけていなさい。一切の事を前もって言っておく。」】。

世の終わりの時には、預言者エリヤが現われるとか終末の預言者が現われると言われていました。ですからそれに便乗して偽メシアとか偽預言者が現われるわけです。そして「われこそメシアだ」と言う人たちが出てくるわけです。ですからそうした人たちに惑わされることなく、「落ち着いていなさい」と、イエスさまは弟子たちに言われました。そしてあらかじめ、マルコによる福音書13章3節以下のような「終末の徴」について、弟子たちに話しておられました。

マルコによる福音書13章24-27節にはこうあります。【「それらの日には、このような苦難の後、/太陽は暗くなり、/月は光を放たず、星は空から落ち、/天体は揺り動かされる。そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを、人々は見る。そのとき、人の子は天使たちを遣わし、地の果てから天の果てまで、彼によって選ばれた人たちを四方から呼び集める。」】。

この聖書の箇所は、まさに終末の出来事について記されています。天変地異が起こり、そして再臨のキリストがやってこられるのです。再臨のキリストは終末のときに、大きなる力と栄光を帯びて雲に乗ってやってこられる。そして彼に仕える者を四方から呼び集めるのです。

マルコによる福音書13章28-31節にはこうあります。【「いちじくの木から教えを学びなさい。枝が柔らかくなり、葉が伸びると、夏の近づいたことが分かる。それと同じように、あなたがたは、これらのことが起こるのを見たら、人の子が戸口に近づいていると悟りなさい。はっきり言っておく。これらのことがみな起こるまでは、この時代は決して滅びない。天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。」】。

木や花はまあまあその季節になると、その季節にふさわしく花開きます。梅はまだ少し寒いときに、そして春になると桜が咲きます。まあ若干、温暖の差や日照条件によって変わってくるのでしょうが、しかしまあだいたいわかるわけです。いちじくの木もやはり同じです。【枝が柔らかくなり、葉が伸びると、夏の近づいたことが分かる】。終末もなんとなく気配というものがあるから、なんとなくその気配を感じとりなさいと、イエスさまは言われます。ただし、「これらのことがみな起こるまでは、この時代は決してほろびない」と言われ、「終末だ。終末だ」と慌てふためかなくてもいいと言われました。【天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない】とありますように、「あなたたちは確かなわたしの言葉により頼んで生きているのだから、慌てふためいたり、いたずらにあわてたりすることなく、わたしの言葉により頼んで生きているということを大切なこととして歩みなさい」と、イエスさまは言われました。

マルコによる福音書13章32-37節にはこうあります。【「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。父だけがご存じである。気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。それは、ちょうど、家を後に旅に出る人が、僕たちに仕事を割り当てて責任を持たせ、門番には目を覚ましているようにと、言いつけておくようなものだ。だから、目を覚ましていなさい。いつ家の主人が帰って来るのか、夕方か、夜中か、鶏の鳴くころか、明け方か、あなたがたには分からないからである。主人が突然帰って来て、あなたがたが眠っているのを見つけるかもしれない。あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ。目を覚ましていなさい。」】。

終末については、いちじくの木のようになんとなく訪れるという気配というのがあるわけだけれども、しかし「終末がいつであるのか」ということは来てみないとわからない。いつであるのかというのは神さまだけがご存知だ。それは人間がとやかくいうことではなくて、神さまの側のことのなのだ。だから私たちにできることは、いつ終末がきてもいいように「目を覚ましている」ことだ。

旅に出た主人がいつ帰ってくるかはわからない。いまなら電話がありますから、「明日帰る」というふうに連絡を付けることができます。あるいは最近は携帯電話という便利なものもありますから、「いま帰った、玄関の戸を開けて」と言うこともできます。まあそうは言っても、夜寝る前に突然携帯電話にメールが届いて、「明日、終末がくる。神さま」と告げられても困りますが・・・。昔は電話もないですから、旅に出た主人はいつ帰ってくるかわかりませんでした。ですからいつ帰って来てもいいように、備えておかなければなりませんでした。終末もそれと同じように、やはりいつ来てもいいように備えていなければならないのです。

アドヴェントはイエスさまの誕生を待つときであり、また再臨のキリストを待つときであります。ですからアドヴェントのときは、私たちにとっていったい何が大切なことであるのかということを心に留めるときであるのです。私たちは日常生活のなかで、いろいろなことに心を煩わせます。いろいろと考えなければならないことがたくさんあるわけです。「あれも必要だし、これも必要だ」「これもしなくてはならない。あれもしなくてはならない」。なんとなく続く日常生活のなかで、本当に大切なものは何だろうかと、手を休めて考えてみるときなのです。

クリスマス時期になると、本屋さんによく並べられている本の中に、トルーマン・カポーティの『あるクリスマス』(文藝春秋)という本があります。トルーマン・カポーティは映画『ティファニーで朝食を』の原作者です。『あるクリスマス』、トルーマン・カポーティ作、村上春樹訳、山本容子銅版画という、なかなか豪華な本です。「父さんと過ごした最初で最後のクリスマス」と本の帯にあります。

カポーティのお母さんは16歳のときに、28歳だったカポーティのお父さんと結婚をします。そしてカポーティが生まれるわけですが、結婚生活は1年しか続かず、カポーティはアラバマにあったお母さんの実家に預けられることになります。アラバマでの生活が不快であったのかと言うと、カポーティにとってはそうでもありませんでした。お母さんの親戚に囲まれて、そしてとくにいとこでスックという名前の高齢の女性と犬のクーニーと仲良く過ごしていました。カポーティが6歳のときに、ニュー・オーリンズに住んでいた父さんから、クリスマスを一緒に過ごしたいから、ニュー・オーリンズに来ないかと手紙がくるわけです。そして父さんと過ごしたクリスマスが小説となっているのが、『あるクリスマス』です。カポーティは「バディー」という少年として登場します。

バディーは行きたくなかったのですが、スークが「これも主の御こころよ。ひょっとすると雪が見れるかも知れないわよ」というので、行くことにします。バディーのお父さんは、いわゆるジゴロのような人でした。ジゴロというのはフランス語で「女の人から金を巻き上げて生活する男の人」という意味です。ニュー・オーリンズでいい生活をしているわけですが、まああまり上等な人間ではありませんでした。バディーはニュー・オーリンズでお父さんと一緒にクリスマスを過ごすわけですが、こころに大きな痛みを抱えて帰ってくることになります。唯一、ニュー・オーリンズの大きなおもちゃ屋さんで目を引かれた乗り込んで自転車のようにペタルをこぐことができる飛行機を、お父さんに買わせて、それをもってバスに乗って帰ってきます。酒を飲んでよっぱらっているお父さんは、「なあ、お父さんを愛しているって言ってくれ。お願いだよ、バディー、言ってくれ。頼む」と何度もバディーに言ってきます。

帰ってきて、いとこのスックに、さんざんなクリスマスであったということを話し続けます。スックはやさしく慰めてくれて、【さあもうお休みなさい。そして星の数を勘定しなさい。いちばん心の休まることを考えなさい。たとえば雪のこと。雪が見られなくて残念だったわねえ。でも今、雪はお星様のあいだから降ってきているわよ】と言われ、少し心が落ち着きます。そして小説の最後にはこう書かれてあります。

【僕の頭の中で星はきらめき、雪は舞い降りた。僕が最後に覚えているのは、僕がこうしなくてはいけないよと命じる主の物静かな声だった。そして翌日僕はそれを実行した。僕はスックと二人で郵便局に行って、一セント払って葉書を買った。葉書は今僕の手元にある。父は去年亡くなったが、その葉書は彼の貸金庫の中に入っていたのだ。僕はそこにこう書いていた。「とうさんげんきですか、ぼくはげんきです、ぼくはいっしょうけんめいペタルをこぐれんしゅうをしているので、そのうちそらをとべるとおもう、だからよくそらをみていてね、あいしています、バディー」】。

バディーのお父さんは女の人からお金を巻き上げて贅沢な生活をするというような人でした。ろくでもない人であったわけですが、しかし彼はバディーが送った葉書を、生涯、大切に大切にしまっておいたのです。6歳のこどもが書いた、「あいしています」という葉書を、大切に大切にしまっておいたのです。たぶんときどき、空を見上げた時、飛行機の形をした自転車のような子どもの乗り物にのって、息子がやってくるような気がしたことだと思います。「とうさんげんきですか、ぼくはげんきです、ぼくはいっしょうけんめいペタルをこぐれんしゅうをしているので、そのうちそらをとべるとおもう、だからよくそらをみていてね、あいしています、バディー」。バディーのお父さんにとって大切なものは、自分の息子であるバディーであったのでしょう。しかし彼はバディーを大切にするような生き方をしませんでした。

アドヴェントはイエスさまの誕生を待つときであり、また再臨のキリストを待つときです。アドヴェントは、私たちにとっていったい何が大切なことであるのかということを心に留めるときです。アドヴェントは落ち着いて、自分にとって何が大切なのだろうかと考えてみましょう。そしてできれば、自分が大切だと思うことを、大切にする生き方へと変わっていくことができればと思います。しかし『あるクリスマス』のバディーのお父さんのように、そんなふうに生きることができないかも知れません。

ただ、そんな弱さを抱える人間のために、主イエス・キリストをこの世にやってこれました。だめな私たちの光となるために、愚かな私たちを救ってくださるために、主イエス・キリストは私たちの世にやってきてくださいました。イエス・キリストは病いの人々をいやされ、嘆き悲しむ人と共に涙を流されました。イエス・キリストは、友なき者の友となられ、私たちのために十字架についてくださいました。だからこそ、私たちはイエスさまのことが大切で大切でたまらないのです。

アドベントは私たちの大切な大切なイエスさまを待ち望みながら過ごすときです。私たちを救うためにきてくださるイエスさまを待ち望みながら、クリスマスの準備をいたしましょう。


(2025年11月30日平安教会朝礼拝・アドヴェント第1週)


1月11日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「気づかないかな。ほら、そこに。」

「気づかないかな。ほら、そこに。」 聖書箇所 マルコ1章9−11節。419/507。 日時場所 2026年1月11日平安教会朝礼拝   高槻にいたときに、よく駅前の商店街のところにあった「おはぎの丹波屋」というおもちとかおはぎとかを売っているチェーン店のお店がありました。わたしは...