2025年8月30日土曜日

8月31日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「暗きの力には負けない」

「暗きの力には負けない」

聖書箇所 マタイ12:43-50。403/377。

日時場所 2025年8月31日平安教会朝礼拝式


森まゆみの『暗い時代の人々』(朝日文庫)は、戦争中に「精神の自由」を掲げて戦った9名の人々について書かれてあります。【〈満州事変勃発から太平洋戦争終結にいたるまでの、あの「暗い時代」。その時、人々は何を考えていたのか、どこが引き返せない岐路だったのだろうか。この本の中でわたしが書いたのは、最も精神の抑圧された、1930年から45年の「暗い時代」に、「精神の自由」を掲げて戦った人々のことである〉(本書まえがきより)】。

森まゆみは、『暗い時代の人々』(朝日文庫)のなかで、画家の竹久夢二をとりあげています。竹久夢二は大正ロマンを代表する画家で、「大正の浮世絵師」と言われる人でした。多くの美人画を残しています。

『暗い時代の人々』には、竹久夢二が京都で過したときのことが記されています。【同年、夢二は京都へ逃げた。最初は御所西の友人・堀内正の家に世話になる。富士登山で知り合った人だそうだ。どうでもいいことであるが、この人はどうもわたしの祖父と同じ頃の東京歯科医専の学生らしい。のちにイリノイ大学に学び、歯科医になった】(P.142)とあります。以前、教会員の堀内弥枝さんからお家に竹久夢二が出入りしていたというような話をお聞きしたことがありましたので、堀内弥枝さんに確認をいたしました。「御所西の友人・堀内正の家」という記述の「堀内正」というのは、「堀内清」のことで、堀内弥枝さんの夫の堀内寬さんのお父さんです。堀内清さんは平安教会員です。暗い時代の竹久夢二を、私たちの教会の人たちが支えているということです。

竹久夢二は関東大震災がおこったあと、まもなくして絵入りのルポルタージュの『東京災難画信』を『都新聞』に連載します。

竹久夢二は「自警団遊び」をしている子どもたちの姿も描いています。【「万ちゃん、君の顔はどうも日本人じゃないよ」と豆腐屋の万ちゃんを掴(つか)まえて、一人の子供がそう言う。郊外の子供達は自警団遊びをはじめた。「万ちゃんを敵にしよう」「いやだあ僕、だって竹槍で突くんだろう」万ちゃんは尻込みをする。「そんな事しやしないよ。僕達のはただ真似なんだよ」そう言っても万ちゃんは承知しないので餓鬼大将が出てきて、「万公! 敵にならないと打殺(ぶちころ)すぞ」と嚇(おど)かしてむりやり敵にして追かけ廻しているうちに真実(ほんとう)に万ちゃんを泣くまで殴りつけてしまった。子供は戦争が好きなものだが、当節は、大人までが巡査の真似や軍人の真似をして好い気になって棒切(ぼうぎれ)を振りまわして、通行人の万ちゃんを困らしているのを見る。ちょっとここで、極めて月並みの宣伝標語を試みる。「子供達よ。棒切を持って自警団ごっこをするのは、もう辞止めましょう」】。

明日は関東大震災から102年の日になります。関東大震災では自警団による朝鮮人や外国人に対する虐殺が行われました。そうしたことがなかったかのように言う政治家も出てきました。しかし竹久夢二は「自警団遊び」の子どもたちの姿を描きながら、自警団をつくって外国人を竹槍で突く人たち、またその風潮を批判をしています。

今日の聖書の箇所は「汚れた霊が戻ってくる」「イエスの母、兄弟」という表題のついた聖書の箇所です。マタイによる福音書12章43−45節にはこうあります。【「汚れた霊は、人から出て行くと、砂漠をうろつき、休む場所を探すが、見つからない。それで、『出て来たわが家に戻ろう』と言う。戻ってみると、空き家になっており、掃除をして、整えられていた。そこで、出かけて行き、自分よりも悪いほかの七つの霊を一緒に連れて来て、中に入り込んで、住み着く。そうなると、その人の後の状態は前よりも悪くなる。この悪い時代の者たちもそのようになろう。」】。

人はなかなか悔い改めることができないものです。イエスさまの教えを聞いて、一度は悔い改めるわけです。しかしそう長く続くこともなく、「まあいいか。神さまはやさしいから少々悪いことをしても許してくださるに違いない」というような思いになり、いいかげんになってしまいます。そして以前よりも悪い人間になってしまうということがあります。これを汚れた霊の側から見ると、イエスさまの譬えのようになるわけです。汚れた霊はイエスさまによって追い出されて、いろいろなところを一時期さまようけれども、また帰ってみると住みやすい人間になっていて、「これはいい」ということで、仲間の汚れた霊を連れてきて、その人の中に住み込むというわけです。

イエスさまの時代、暴力的な王さまがいなくなったと思って喜んでいると、そのあとの王さまがもっと暴力的などうしようもない王さまで、人々はとても苦しい思いをして生きていかなければならないというようなこともありました。汚れた霊に取りつかれたような王さまがいなくなったけど、そのあとまたもっとすごい汚れた霊に取りつかれた王さまが現れるというようなことがあるわけです。そうしたことがありますから、イエスさまの時代の人々は国家もそういうことがあるから、人間の場合もたしかにそうしたことがあるよなあと思いながら聞いていただろうと思います。

私たちの国であります日本は、アジア・太平洋戦争のあと、いろいろな苦労もありましたが、それでも経済発展をとげ、アジア・太平洋戦争よりも前の時代よりも、自由で思いやりのある社会を作り出すことができました。しかし戦争のあと、あまりうまくいかない国というのもあります。独裁者が支配していた国が滅んだけれども、そのあとあまり国の運営がうまくいかず、軍隊によって治められるような国になったり、過剰に宗教的な支配体制になってしまい、不自由な国になってしまうというような場合もあります。

悪い時代の雰囲気というのは、なかなか恐ろしいもので、取りつかれると、そこに生きている人々が、みんな「まあ、いいか」「しかたがないか」と思っているうちに、ますます悪いようになってしまうということがあります。

マタイによる福音書12章46−50節にはこうあります。【イエスがなお群衆に話しておられるとき、その母と兄弟たちが、話したいことがあって外に立っていた。そこで、ある人がイエスに、「御覧なさい。母上と御兄弟たちが、お話ししたいと外に立っておられます」と言った。しかし、イエスはその人にお答えになった。「わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とはだれか。」そして、弟子たちの方を指して言われた。「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母である。」】。

イエスさまはファリサイ派の人々や律法学者たちと対立をしていました。そのことでイエスさまの家族の人たちは心配をしていました。イエスさまのことも心配ですし、またイエスさまがファリサイ派の人々や律法学者たちと対立しているために、自分たちもまた危険にさらされるかも知れないという心配がありました。それでイエスさまをお家に引き戻そうと思って、イエスさまのお母さんのマリアさんや、イエスさまの兄弟たちがイエスさまのところにやってきました。

ある人が、イエスさまに「お母さんや兄弟たちが、外にたっておられますよ」と教えました。そのときイエスさまは「わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とはだれか」と言われます。そして弟子たちの方を指さし、「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる」と言われました。弟子たちもうれしかっただろうと思います。そしてイエスさまはファリサイ派の人々や律法学者たちを恐れて、自分を家に連れ帰ろうとしている家族たちではなく、自分と一緒に、神さまの御心を行う人たちが、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだと言われました。

イエスさまは血のつながりではなく、神さまの御心を行なうということで、私たちはつながっているのだと言われました。血のつながりであれば、それはもう決まったことですから、どうしようもないわけです。しかしイエスさまと同じように、神さまの御心を行なうか、行なわないかということであれば、もしかしたら自分もイエスさまの家族になることができるということです。イエスさまの周りには、いろいろな事情で家族からやっかいものとされている人たちもたくさんおられました。そうした人たちも、大好きなイエスさまの家族となることができるわけですから、とてもうれしいことだと思います。

まあただ、「だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母である」ということですから、神さまの御心を行う人にならなければならないわけです。ちょっとハードルが高いなあということもあるかと思います。自分の生活を振り返った時に、「ちょっとわたし自信ないなあ」とわたしなどには思えます。

イエスさまの弟子たちは、「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる」とイエスさまから言われて、とてもうれしかったと思います。しかしそれではイエスさまの弟子たちが、いつもいつも神さまの御心を行う人であったのかと言いますと、そういうことでもありませんでした。イエスさまの弟子たちは、イエスさまが十字架につけられたとき、みんな逃げ出してしまいます。イエスさまを裏切ってしまいました。そういう意味では、イエスさまの弟子たちは、いつもいつも神さまの御心を行う人ではなかったわけです。

イエスさまの弟子たちも、私たちも人間ですから、いつもいつも神さまの御心に適う人であることはできないかも知れません。誘惑に負けて、「ああ、だめな人間だなあ」と思うようなことをしてしまうことがあるかも知れません。もっといい人間として歩めたらいいのになあと思いながらも、でもまあそんないい人間になることは実際できないよという思いをもつことが多いと思います。

はじめは「悔い改めなければ」という思いで歩むわけですが、そうそう心の清い思いは続かず、いつのまにかあきらめてしまって、以前よりも悪い状態になってしまう。汚れた霊が離れさったけれども、しばらくしてまた仲間をたくさん連れて住み込んでしまうのです。そうしたこころの弱さを私たちはもっています。

それでも、少しでも神さまの御心に適った者でありたいと思うのも、私たちです。なるべく神さまの御心に適った生き方をしたい。神さまの御心に適うことができないにしても、神さまから残念に思われるような生き方はしないようにしたい。少しは神さまから「あなた、いいね」といわれる生き方をしたい。そのように思います。

イエスさまは「この悪い時代の者たちもそのようになるだろう」と言われました。かつて私たちの信仰の先達は、「暗い時代」を生きました。クリスチャンであることのゆえに、治安維持法によって、刑務所に入れられるという「暗い時代」です。こんど、10月5日に韓日教会合同礼拝が、京都復興教会でもたれます。京都復興教会の前身の京都朱雀(すじゃく)教会は迫害を受けた教会です。クリスチャンにとってだけでなく、その時代は多くの人々にとって、「暗い時代」でありました。アジア・太平洋戦争の時代は、治安維持法という悪法がまかり通る「暗い時代」でありました。そうしたなかにあって、「精神の自由」を掲げて戦った人たちがいました。

イエスさまの弟子たちがそうであったように、私たちはそんなに勇敢な人間でもないですし、なにかあると逃げ出してしまいそうになる弱さをもっています。それでもこころの中に、「暗きの力に負けない」という気持ちをもっていたいと思います。神さまの御心を行う人でありたいという気持ちをもっていたいと思います。私たちのプロテスタント教会の始まりである、宗教改革者のマルティン・ルターもまた「暗きの力に負けない」という気持ちをもって歩んだ人でした。そのあと歌います、讃美歌21-377番「神はわが砦」は、マルティン・ルターがつくった讃美歌です。

私たちは弱い者でからこそ、神さまにたよって歩んでいきたいと思います。神さまが私たちの砦であり、神さまが私たちの盾であることを、こころのなかにおいて歩んでいきたいと思います。


  

(2025年8月31日平安教会朝礼拝式) 


 

8月24日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「蛇のように賢く、鳩のように素直に」

 「蛇のように賢く、鳩のように素直に」

聖書箇所 マタイ10章16-25節。361/462。

日時場所 2025年8月24日平安教会朝礼拝


奄美大島のヘビとマングースの話は、奇妙な話です。マングースはヘビを退治するということで、奄美大島や沖縄に持ち込まれました。しかしマングースの多くは夜行性で、ヘビは昼間活動しているので、マングースとヘビはあまり出会うことがないということが、あとからわかります。マングースはヘビを食べずに、国の特別天然記念物・アマミノクロウサギなどを食べて、大きな被害が出ています。マングースは夜行性で蛇は昼間活動するので出会わないというのは、それはマングースを奄美大島に放す前にわかるやろうと思うわけですが、やっぱりわからなかったんでしょうねえ。ちなみに昔、沖縄でやっていた「ハブとマングースの決闘ショウ」というのは、動物愛護法が改正されてできなくなったそうです。奄美大島のマングースは駆除されて、2024年9月3日に、根絶宣言が出されています。沖縄のマングースはまだ根絶宣言は出されていないようです。

マングースと蛇の話のように、私たちは意外に思いこみや誤解で判断しているというようなことがあります。今日の聖書の箇所の中には、蛇が出てきます。みなさん蛇はお好きですか。だいたい嫌いな人が多いでしょう。その理由に「蛇はなんかぬるぬるとして気持ちが悪そう」ということがあります。どうですか?。わたしはなんか蛇に対して、そんな印象があります。しかし蛇に触ってみると、別に蛇はぬるぬるなんかしていないわけです。鳩は平和の象徴として用いられます。でも実際は攻撃的な鳥だと言われます。

まあそんなことを考えていくと、案外、私たちの世の中は、いろいろな誤解や思い違いがあったりするわけです。それは私たちの生活や人間関係のなかでも、そういうことがあります。私たちも誤解を受けて、嫌な感じになってしまったりすることがあります。また逆に私たち自身も誤解をして人を傷つけたりします。なんか誤解を受けて、なんか自分は悪くないのに、悪者にされたような形になって、納得がいかないというようこともあります。また逆に自分が思い違いをして人を傷つけてしまったりするようなことがあります。ささいな出来事で、親しかった人とケンカ別れになったりすることがあります。一生懸命に働いているのに、誤解を受けたりして、気が滅入ってしまうというようなことがあります。誤解や思い違いの中で、なんとなく嫌になって、何もかも投げ出してしまいたくなる、そんなときはないでしょうか。「あー、もういやになった」と、叫びたいときはないでしょうか。

今日の聖書の箇所は「迫害を予告する」という表題のついている聖書の箇所です。この聖書の箇所は、イエスさまが甦られたあと、イエスさまの弟子たちがイエスさまのことを宣べ伝えていったときに、迫害にあったということが反映されています。

マタイによる福音書10章16節にはこうあります。【「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい】。狼というのは、当時、キリスト者を迫害していた、ユダヤ教徒のことです。まあ狼の群れの中に、羊が送り込まれたら、まあひとたまりもないわけです。キリスト者が自分の方に正しさがあると思っても、多勢に無勢であるわけです。そんなときは、馬鹿正直に向き合うのではなくて、慎重に振る舞うことが求められています。

蛇のように賢くということですが、昔の人たちは蛇がとても賢い生き物と考えていたようです。創世記3章1節には「主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった」とあります。雅歌5章2節には「わたしの妹、恋人よ、開けておくれ。わたしの鳩、清らかなおとめよ」とあります。ですから鳩は恋人に対する呼びかけにもなっているくらいですから、やっぱり昔の人は鳩は素直だと思っていたのでしょう。まあですから「蛇は話もしないし、賢くないだろう」とか「鳩は攻撃的な鳥だ」と言ってみても仕方がないので、とにかく「慎重に、賢く、素直に」生きなさいということです。

マタイによる福音書10章17-18節にはこうあります。【人々を警戒しなさい。あなたがたは地方法院に引き渡され、会堂で鞭打たれるからである。また、わたしのために総督や王の前に引き出されて、彼らや異邦人に証しをすることになる】とあります。イエスさまが総督ピラトやヘロデ王の前に引き出されたように、弟子たちもまたイエスさまと同じ目にあうだろうと言われています。

裁判所に引き出され、総督や王の前に引き出されて裁かれるというのは、ふつうの人々にとっては、恐ろしいことです。イエスさまは総督ピラトの前でも、ヘロデ王の前でも毅然として、言うべきことを言うことができたでしょう。しかしふつうの人々にしてみれば、そんなことはできないと思ってしまいます。

不安を抱える人々に対して、マタイによる福音書10章19-20節では、こう教えられています。【引き渡されたときは、何をどう言おうかと心配してはならない。そのときには、言うべきことは教えられる。実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる、父の霊である。】。迫害の時に裁判において、どうしたらいいのかと不安になる人々に対して、「何をどう言おうかと心配してはならない」「そのときには、言うべきことは教えられる」と言われています。何も心配することはない。聖霊が働いてくださり、ふさわしい言葉をあなたに与えてくださる。「心配するな」と、イエスさまは言われます。

しかし迫害はなかなかはげしいものです。マタイによる福音書10章21-23節にはこうあります。【兄弟は兄弟を、父は子を死に追いやり、子は親に反抗して殺すだろう。また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。一つの町で迫害されたときは、他の町へ逃げて行きなさい。はっきり言っておく。あなたがたがイスラエルの町を回り終わらないうちに、人の子は来る】。

迫害は家族が殺し合うという、悲惨ですさまじい状況です。イエスさまを信じているということで、すべての人から憎まれる。一つの町で迫害された場合、そこに留まるということを考えずに、迫害がまだ行われていない町に逃げていきなさい。またそこでも迫害が起こったら、また他の町へと逃げていきなさい。やがて終末がくるから、そのときまで逃げ回っていなさいと、イエスさまは言われます。

マタイによる福音書10章24-25節にはこうあります。【弟子は師にまさるものではなく、僕は主人にまさるものではない。弟子は師のように、僕は主人のようになれば、それで十分である。家の主人がベルゼブルと言われるのなら、その家族の者はもっとひどく言われることだろう。」】。

イエスさまが悪霊に取りつかれた人を癒されたとき、ファリサイ派の人々は「悪霊の頭ベルゼブルの力によらなければ、この者は悪霊を追い出せはしない」(MT1224)と言いました。イエスさまは悪霊の頭ベルゼブルであるとされたのです。イエスさまの弟子は、イエスさまにまさるものではないわけですから、迫害する側の人たちからすれば、迫害するのはたやすいわけです。イエスさまに対してしたこと以上に、もっともっとひどいことをすることができます。残忍さにおける人間の想像力というのは、すざまじいものがあります。ですからイエスさまは「弟子は師のように、僕は主人のようになれば、それで十分である」と言われます。「イエスさまが苦しまれたのだから、わたしも苦しまなければならない」というような考え方はしなくていいからと言われます。「わたし以上に苦しみを受けて、迫害される必要はない」と、イエスさまは言われました。

いまの私たちの世の中では、初期のキリスト者が経験したような迫害を経験するということは、あまりぴんとこないかも知れません。日本において8月は平和について考える月であるわけです。8月6日に広島の原爆記念日を、8月9日に長崎の原爆記念日を、そして8月15日には敗戦記念日を迎えました。今年は敗戦後80年の記念の年です。平和についての考え方も、ずいぶん変わってきたと思います。敗戦後80年、テレビなどでいろいろな特集が組まれたりしますが、日本の加害者責任について考えるというような特集は少なくなったような気がします。そうしたなか、「南京大虐殺はなかった」とか「沖縄戦では日本軍が住民を守ったのだ」というウソを、胸を張っていうような政治家たちも出てきて、まあちょっと困ったものだと思います。そうしたなかで、キリスト者として平和について、いままで同じようにはっきりと意見を言うということは、なかなか勇気のいることだと思います。

すこし堅い話になりましたが、イエスさまは【蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい】と言われました。このことは迫害の時代だけでなく、私たちがいまの時代を生きるうえでも大切なことだと思います。迫害されて、裁かれるときも、「何をどう言おうと心配してはならない。そのときには、言うべきことは教えられる」と、イエスさまは言われました。「どうしよう。どうしよう」と心配して、くよくよと考えるのではなくて、言うべきことを教えてくださる神さまを信じなさいと、イエスさまは言われます。

誤解を受けたり、思い違いがあったりと、ごたごたがあったりする私たちの日常生活です。「あーすればよかった、こーすればよかった」と、くよくよと考えたり、「あー、もう嫌になった」と叫び声をあげたりしてしまいます。でもまあ、そのあと、やっぱり神さまがよき道を示してくださる。神さまがいいことをご用意してくださると、信じる者でありたいと思います。仲たがいをしてしまったときも、和解の主イエス・キリストがとりなしてくださることを信じて、歩んでいきたいと思います。

イエスさまは迫害されたときに、【一つの町で迫害されたときは、他の町へ逃げて行きなさい】と言われました。迫害されたときも、みんなは「あいつは逃げてしまって卑怯なやつだ」と言うかも知れないけれども、それはそんなに悪いことではないと、イエスさまは言われます。それぞれの事情があり、人からは卑怯に見えるときもあるかも知れない。また人間は弱い者だから、本当に臆病で卑怯なことをしてしまうことがあるかも知れない。でもそうしたときも、責め合うのではなくて、赦してくださる神さまの前で、互いに祈りあうことが大切だと、イエスさまは言われます。みんな弱さを抱えて生きているのだから、責め合うのではなく、祈りあう生き方をしようと、イエスさまは言われます。そして悪いことをしてしまったときは、あとから謝る。また謝罪を受け入れ、共に赦されている者として、また神さまに向かって歩み始めようと、イエスさまは言われます。

私たちが裁きあって、互いに仲たがいをするのであれば、それは本当の敵の思うつぼだと、イエスさまは言われます。私たちは賢くなければならないと、イエスさまは言われます。私たちは「蛇のように賢く」なければなりません。そして私たちは「鳩のように素直にな」らなければなりません。

一番大切なことは、神さまに対して素直であるということです。神さまを信じて、神さまにお委ねするということです。日常の生活の中で、人間のことばかり考えて、「あー、だめだ」「やっぱりうまくいかなかった」「あの人とはどうもうまくつき合うことができない」「もう、なにもかもいやになった」、そんなふうに考えるのではなくて、まず神さまに対して素直になろうというのです。うまくいかないことがあるけど、神さまにお委ねしよう。神さまがよき道を備えてくださることを信じよう。神さま、ごめんなさい。またわたしはだめなことをしてしまいました。神さま、今日も一日、ありがとうございました。そんなふうに、神さまに対して素直でありたいと思います。

神さまに対して素直であるときに、私たちは人に対しても、心を開くことができるのです。神さまの前では、私たちは共に赦されて生かされているひとりの罪人です。欠けたところを持ち、弱いところを持つ者です。神さまの憐れみと愛によって支えられて、神さまからの祝福を受けて生きている一人の人です。

いろいろな誤解や行き違い、また思いやる余裕がないために、互いに傷つけ合ってしまうことが、私たちにはあります。いらいらしたり、自分を見失ってしまったり、弱さを隠すために強がってみたりすることも、私たちにはあります。

しかし私たちはみんな神さまから愛され、生かされています。神さまにお委ねして歩みましょう。私たちを救うために、イエス・キリストを送ってくださった神さまは、みなさんに良き明日(あした)を用意してくださっています。


(2025年8月24日平安教会朝礼拝)



2025年8月15日金曜日

8月17日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「平和があるようにと何度も唱える」

「平和があるようにと何度も唱える」

聖書箇所 マタイ9:35-10:15。351/371。

日時場所 2025年8月17日平安教会朝礼拝式


哲学者の千葉雅也は【精神的にしっかりするとは、。・・・。ものごとに対し、良かれ悪しかれ鈍感になることだ】と言っています。『センスの哲学』という本のなかで、こんなふうに書かれてあります。【思い起こすと、若い時には、年長の存在が何事かを結論することが、それだけで怖く感じるものです。若者は、弱いからです。肉体的には勢いがあっても、精神的にしっかりしたものをまだ持っていない。精神的にしっかりするとは、根拠づけられた思考ができるようになると共に、それだけでは不十分で、ものごとに対し、良かれ悪しかれ鈍感になることだと思います。慣れるということです。結局、絶対的な根拠づけはできないということを受け入れる。世界には複数の人間がいて、全員が納得する解はありえない(自然科学は、「科学的に考えるならば」という条件つきの平面においてその理想を実現するかに見えますが、人間が生きている世界はその平面のみでできているわけではない)。それが体感としてわかるには、年月がかかるものです。加齢によって指が硬く、ゴワゴワになっていくように、精神も耐性を持つようになる】(千葉雅也『センスの哲学』、文藝春秋)(P.349)

【結局、絶対的な根拠づけはできないということを受け入れる。世界には複数の人間がいて、全員が納得する解はありえない。それが体感としてわかるには、年月がかかるものです】。わたしも若い時は「正しいか正しくないか」「良いか悪いか」、「わたしの考えが絶対に正しい」「真実はいつも一つ」というふうに思っていました。しかし年を取るにつれて、まあ世の中にはいろいろな考えの人たちがいて、みんなが納得するような答えを出すということはなかなかむつかしいと思うようになりました。世の中は人間の集まりであるわけですから、そんなに単純であるわけではありません。みんなそれぞれにいろいろな考え方をしています。そうしたことを受け入れつつ、それでも良いことを目指して歩んでいくわけです。

今日の聖書の箇所は、「群衆に同情する」「十二人を選ぶ」「十二人を派遣する」という表題のついた聖書の箇所です。マタイによる福音書9章35−38節にはこうあります。【イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた。また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。そこで、弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」】。

イエスさまはいろいろな町や村を回って、神さまの愛を宣べ伝え、そして病気の人たちをいやしておられました。イエスさまのところに集まってくる人々はどういう人だったのかと言いますと、飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれている人々でした。みんなとても弱り果て、そして打ちひしがれているのです。生活の上でいろいろな苦労があり、疲れ果てていました。問題を抱えて困っている人々が、イエスさまをたよりにして、イエス様のところに集まってきたのでした。そしてそういた人々をみて、イエスさまは「深く憐れま」れました。

マタイによる福音書10章1−4節にはこうあります。【イエスは十二人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになった。汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすためであった。十二使徒の名は次のとおりである。まずペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、フィリポとバルトロマイ、トマスと徴税人のマタイ、アルファイの子ヤコブとタダイ、熱心党のシモン、それにイエスを裏切ったイスカリオテのユダである。】

イエスさまは十二人の弟子を選び、そして弟子たちに汚れた霊を追い出す力を与えられます。そして弟子たちが病気をいやすことができるようにされました。そして十二人の弟子の名前が記されています。十二人というのは、イエスさまの国であるイスラエルという国が十二部族からなる国であったことから、イエスさまの弟子は十二弟子ということになっています。ほかの聖書の箇所にも「十二人を選ぶ」という表題のついた聖書の箇所があります。のっている十二人の弟子たちの名前は若干違っています。そういう意味ではちょっとおおざっぱな形の十二弟子であるわけです。

マタイによる福音書10章5ー10節にはこうあります。【イエスはこの十二人を派遣するにあたり、次のように命じられた。「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい。行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。旅には袋も二枚の下着も、履物も杖も持って行ってはならない。働く者が食べ物を受けるのは当然である。】

イエスさまは弟子たちを人々のもとに派遣する時に、いくつかの注意事項について話されました。マルコによる福音書にも、ルカによる福音書にも、「十二人を派遣する」という表題のついた聖書の箇所があります。おおざっぱに見てみますと、マタイによる福音書では、弟子たちがつかわされる先が、イスラエルの民であるとされています。【「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい】。「イスラエル人ファースト」ということか、と思ったりしますが、マタイによる福音書では、異邦人に対する宣教ということが視野に入っています。イエスさまの誕生物語では、異邦人である「占星術の学者たち」が、イエスさまのところを訪れます。ですからまあ、まずは近くにいるイスラエルの民から始めようかというようなことなのだろうと思います。

マタイによる福音書10章11−15節にはこうあります。【町や村に入ったら、そこで、ふさわしい人はだれかをよく調べ、旅立つときまで、その人のもとにとどまりなさい。その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶しなさい。家の人々がそれを受けるにふさわしければ、あなたがたの願う平和は彼らに与えられる。もし、ふさわしくなければ、その平和はあなたがたに返ってくる。あなたがたを迎え入れもせず、あなたがたの言葉に耳を傾けようともしない者がいたら、その家や町を出て行くとき、足の埃を払い落としなさい。はっきり言っておく。裁きの日には、この町よりもソドムやゴモラの地の方が軽い罰で済む。」】。

【『平和があるように』と挨拶しなさい】というところも、マタイによる福音書に特徴的なことのようです。【その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶しなさい。家の人々がそれを受けるにふさわしければ、あなたがたの願う平和は彼らに与えられる。もし、ふさわしくなければ、その平和はあなたがたに返ってくる】。まあ「平和があるように」というのは、シャロームという日常の「こんにちは」という挨拶であるわけですから、そんな深い意味があるのかどうかということもあります。でも平和が与えられたり、平和が帰ってきたりするところが、微妙なやりとりであるわけです。弟子たちは、いつでもだれでも歓迎されるわけではないですし、いつでも平和に迎えてもらえるわけでもありません。それでもお家に迎えられたら、「平和があるように」と挨拶をするわけです。

【あなたがたを迎え入れもせず、あなたがたの言葉に耳を傾けようともしない者がいたら、その家や町を出て行くとき、足の埃を払い落としなさい】という作法は、なかなか考えさせられる作法であるわけです。弟子たちは「わたしが言っていることが正しい」と思っているわけですが、でもまあその言葉に耳を傾けてくれようともしない人たちがいるわけです。イエスさまからの教えであるから、弟子たちは「ぜーったい、わたしの言うこことは正しい」と思っているわけです。でも耳を傾けてくれようともしない人たちがいるわけです。「めっちゃ頭にくる」と言って、この人たちのことをののしりたいと思うわけですが、でもそれはしてはだめなのです。呪い倒してやりたいところであるわけですが、そういうのもだめなのです。「あの人たちは最低だ」と良からぬ噂さをたてたいところですが、そういうのもだめなのです。ただ足の埃(ほこり)を払って立ち去るのです。まあ腹を立てて、仕返しをしても、何もいいことはないということです。まあ確かにそうだと思います。

弟子たちがつかわされる世の中は、なかなか大変な世の中です。貧しさがあり、さみしさがあります。みんな弱り果てて、打ちひしがれている。人々を見てイエスさまが深く憐れまれるというような状態です。また「サマリア人の町に入ってはならない」というような地域差別があるような社会です。病気で苦しんでいる人たちがたくさんいます。また弟子たちのことを受け入れてくれるか受け入れてくれないかもよくわかりません。親しみをもって「平和があるように」と挨拶をしても、それが受け入れられないかも知れません。人間の現実とはそういうもので、みんな悩みを抱えながら生きています。人にやさしくしようと思っても、やさしくすることができなかったり。もう暴力を振るうのはぜったいに止めにしようと思っても、やっぱりそのように振る舞うことができなかったり。ののしったり、辱めたりすようなばかげたことはしないでおこうと思いながら、人をののしっていたり、人を辱めていたり。それは弟子たちの世の中だけがそうでなく、私たち人間の世の中はそうした罪深いものであるわけです。

しかしだからこそ、イエスさまは「その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶しなさい」と言われるのです。受け入れられるかどうかはわからない。それでも信じて、「平和があるように」と挨拶をするのです。あなたとわたしの間に、神さまが立ってくださって、私たちに平和をもたらしてくださいますようにと挨拶するのです。どうなるかはわからないけれども、ただただ信じて、「平和があるように」と挨拶するのです。

私たちの世界も、争いの多い世界です。私たちは「神さまの平和が来ますように」と祈ります。しかしなかなか平和が訪れるような兆(きざ)しは見えてきません。ウクライナとロシアの戦争が終わらないうちに、イスラエルはパレスチナのハマスと戦争を始めます。アメリカはイラクにミサイル攻撃をします。。タイとカンボジアは国境付近で交戦します。いろいろな国で排外主義的な雰囲気が大きくなってきます。そうした世界であるわけですが、私たちは「平和があるように」と挨拶をします。何度でも、あきらめることなく、拒否されることがあったとしても、「平和があるように」と挨拶をします。

アジア・太平洋戦争後、80年の時を経て、私たちは希望を失うことなく、「平和があるように」と祈りたいと思います。

  

(2025年8月17日平安教会朝礼拝式) 


2025年8月9日土曜日

8月10日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「罪人として招かれている」

「罪人として招かれている」

聖書箇所 マタイ9:9-13。461/493。

日時場所 2025年8月10日平安教会朝礼拝・きてみてれいはい

 

今週の金曜日に、8月15日の敗戦記念日を迎えます。80回目の敗戦記念日です。

『原爆詩集』(合同出版)という詩集の中に、遠藤春子さんの「いのり」という詩がのっています。

遠藤春子さんのおつれあいは、広島で被爆しました。ひん死の重傷をおったのですが、奇跡的に生き残ることができました。そして遠藤春子さんと結婚をして、遠藤春子さんは二人のお子さんに恵まれました。二人は「ひろしまは原爆を受けて草も木も育たない」と言われたことを思い出して、自分たちの子供は育つようにと、樹という文字を入れて名前を付けました。そしてこどもたちは大きくなり、樹のように地に足をしっかりとつけて歩んでいくようになりました。


原爆詩『いのり』    遠藤春子


 夏が来ると

 あなたとわたしは

 またなんとなくあの日のことを思い出してしまう。

 あの日、あなたは

 ・・・・・

 ひどい閃光を受けて

 ひん死の重傷をおい

 ・・・・・

 あなたのいのちは

 ローソクの淡い光がいくら揺れても消えないように

 長く長く燃え続け

 その光がやがて強い力となって

 あなたは生きた

 あなたは生きたーーー

 

 あなたが生きて私の幸せは訪れた

 白い冷たい雪の降る朝

 わたしはあなたの子供を生んだ

 五月の若葉が燃えるような日

 わたしは次の子を産んだ

 ひろしまは原爆を受けて草も木も育たないといわれたことを思い出して

 私たちの子供は育つように

 どうしても育ってくれるように

 どちらも樹という文字を入れて名まえをつけた


 また、今年も青葉の季節が過ぎて

 夏がやって来た

 子供たちはもうすっかり大きくなって

 自分の力で

 自分の樹の根をはり始めたーーー

                    『世界』1959.8


「いのり」という詩を読むと、いのちの力強さをいうことを思わされます。私たちは神さまから、ひとりにひとつずつ命を与えられています。「わたしは神さまから二ついのちを与えられている」という人はひとりもいません。みんなひとりにひとつずつ命が与えられています。ですから私たちは自分の命も大切ですし、人の命も大切にしなければなりません。そしてせっかく神さまから与えられた命であり、人生であるわけですから、人を傷付けたり、殺したりすることのない平和な人生を歩みたいと思います。私たちの世界はいろいろなことが複雑にからみあった世界です。なかなか世界から戦争がなくなりません。しかしだからこそ、戦争のない平和な世界になりますようにという祈りを大切にしたいと思います。

今日の聖書の箇所は「マタイを弟子にする」という表題のついた聖書の箇所です。マタイによる福音書9章9節にはこうあります。【イエスはそこをたち、通りがかりに、マタイという人が収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った】。

マタイはイエスさまの十二弟子の一人として、その名前が記されています(マタイによる福音書10章3節)。【フィリポとバルトロマイ、トマスと徴税人のマタイ】とあります。イエスさまの時代、イスラエルはローマ帝国の属州でした。ローマ帝国はイスラエルから税金を集めるわけですが、そのとき徴税人が用いられました。徴税人はローマ帝国から税金を集める権利を買い、税金を集めます。いくら税金を集めるのかというのは、徴税人の裁量に任されていました。だいたい徴税人は多く集めて、私腹を肥やしていたわけです。ですから徴税人は人々から憎まれていました。それに徴税人は異教の神々を拝んでいる異教徒であるローマの手先であるわけです。当時のユダヤの人々は、異教徒と仲良くする者は汚れた者であると見なしていました。

イエスさまは徴税人であるマタイに、「わたしに従いなさい」と呼びかけられ、御自分の弟子とされました。徴税人であるマタイは汚れた者と見なされていましたから、そうした汚れた者であるマタイと付き合う、そして自分の弟子にするということは、イエスさま御自身もまた汚れた者であると見なされるということでした。しかしイエスさまはそうしたことを気になさいませんでした。そしてあえて徴税人であるマタイを選ばれ、御自分の弟子にされたのです。

マタイによる福音書9章10-11節にはこうあります。【イエスがその家で食事をしておられたときのことである。徴税人や罪人も大勢やって来て、イエスや弟子たちと同席していた。ファリサイ派の人々はこれを見て、弟子たちに、「なぜ、あなたたちの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。】。

イエスさまはマタイに招かれて、マタイの家で食事をされました。マタイの友人である徴税人や罪人、そしてイエスさまの弟子たちも一緒に、食事をすることになります。それを見たファリサイ派の人々が、イエスさまを非難しました。「なぜ、あなたたちの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」とファリサイ派の人々は言いました。彼らからすればイエスさまがしておられることは理解できないわけです。「なんでイエスは汚れた者たち、神さまから棄てられている人々と一緒に食事をしたりするのか」。

その問いに対してイエスさまは答えられました。マタイによる福音書9章12-13節にはこうあります。【イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」】。

イエスさまが言われた【『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』】という言葉は、ホセア書に出てくる聖書の箇所です。今日の旧約聖書の聖書の箇所に出てきます。ホセア書6章1−6節です。「偽りの悔い改め」という表題のついた聖書の箇所です。旧約聖書の409頁です。【「さあ、我々は主のもとに帰ろう。主は我々を引き裂かれたが、いやし/我々を打たれたが、傷を包んでくださる。二日の後、主は我々を生かし/三日目に、立ち上がらせてくださる。我々は御前に生きる。我々は主を知ろう。主を知ることを追い求めよう。主は曙の光のように必ず現れ/降り注ぐ雨のように/大地を潤す春雨のように/我々を訪れてくださる。」エフライムよ/わたしはお前をどうしたらよいのか。ユダよ、お前をどうしたらよいのか。お前たちの愛は朝の霧/すぐに消えうせる露のようだ。それゆえ、わたしは彼らを/預言者たちによって切り倒し/わたしの口の言葉をもって滅ぼす。わたしの行う裁きは光のように現れる。わたしが喜ぶのは/愛であっていけにえではなく/神を知ることであって/焼き尽くす献げ物ではない。】。

ホセアは紀元前8世紀の北イスラエルの預言者です。ホセアは北イスラエルがアッシリアによって滅ぼされるという時代に、北イスラエルの民に対して、神さまの言葉を語っています。ホセアは堕落して滅んでいく北イスラエルの民に、「あなたたちは神さまから離れさって、どうしようもない民だけれども、神さまは赦してくださるから、神さまのところに帰りなさい」と、北イスラエルの民に慰めの言葉を語りました。

ホセア書6章1−3節の聖書の箇所も「偽りの悔い改め」という表題がついているように、イスラエルの民が「神さまはやさしい方だから、わたしたちを許してくださるにちがいない」という安易な思いをもっていることが語られています。そしてホセア書6章4節以下で書かれているように、神さまはいい加減なイスラエルの民を「わたしはお前をどうしたらよいのか」と戸惑っている姿が語られています。そして「わたしが喜ぶのは、愛であっていけにえではない」というように、形ばかりの祭儀や祈りを行なうイスラエルの民に対して、神さまにしっかりと向き合うことを教えるのです。しかしどうしようもないイスラエルの民であるわけですが、神さまはイスラエルの民を憐れむのです。すこし複雑な聖書の箇所ですが、たぶんイエスさまはそういた細かいことを考えながら、聖書の引用をしておられるのではないと思います。

イエスさまは【『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』】というホセアの言葉を引用しながら、神さまが求めておられるのは裁きではなく赦しであると言われました。徴税人や罪人を裁き、彼らを蔑むことを神さまは望んでおられるのではない。神さまが望んでおられることは、彼らを赦すことであり、彼らが神さまのところに帰るということだ。そのことのために、わたしは彼らと共に食事をし、神さまのところに彼らを招いているのだ。イエスさまはそのように言われました。

ファリサイ派の人々や律法学者たちは、徴税人や罪人と食事をしませんでした。彼らはいつも自分たちが神さまの側に立っていて、人々を裁くのが自分たちの仕事だと思っていました。自分たちはいつも正しいのです。そして徴税人や罪人を裁けば裁くほど、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、自分たちの正しさを、神さまに示すことになると思っていました。彼らにとって徴税人や罪人は、神さまにささげるいけにえであったわけです。

しかしイエスさまは『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』と言われ、神さまが望んでおられるのはいけにえではなくて憐れみであると言われました。神さまは罪人を憐れんでおられる。正しくあろうと思いながらも、正しく生きることができず、罪を犯しながら、神さまに憐れみを求めて生きている人々を、神さまはそのままにしておかれない。罪を犯し、自分に絶望し、涙を流しながら、心の中で神さまを求めて生きている人々を、神さまは憐れんでくださっている。だから「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」と、イエスさまは言われました。

私たちは罪人として神さまの前に招かれています。私たちは悔い改める罪人として、神さまの前に招かれています。ときに私たちはこのことを忘れてしまって、自分たちが正しい者であるかのように勘違いをしてしまうときがあります。そしてファリサイ派の人々や律法学者たちのように、自分が神さまの代わりに裁き人となってしまうときがあります。しかしそうではないのです。私たちは正しい者として、神さまの前に招かれているのではなく、罪人として神さまの前に招かれています。

私たちは罪人として裁かれるために、神さまの前に招かれているのではありません。私たちは赦されるために、神さまの前に招かれています。私たちは神さまの憐れみを、神さまの愛を受けるために、神さまの前に招かれています。

だからこそ、私たちは自分たちの罪ということについて、謙虚でありたいと思います。人がどうであるとか、他の国がどうであるというようなことではなく、私たちキリスト者は神さまの前にどうであるのかということを、心に留める者でありたいと思います。こころを静かにして、自分の歩みを振り返りながら、私たちは神さまの御前に立つ者であることを、心に留めたいと思います。

『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』。神さまは私たちを悔い改めに導いてくださり、私たちを祝福してくださいます。神さまの深い愛に、私たちの歩みをお委ねいたしましょう。


(2025年8月10日平安教会朝礼拝・きてみてれいはい)


2025年8月2日土曜日

8月3日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「許された者として生きている。」

「許された者として生きている」

聖書箇所 マタイ5:43-48。434/520。

日時場所 2025年8月3日平安教会朝礼拝式・平和聖日礼拝


8月に入りました。今年の夏も暑いですね。ご自愛ください。暑い夏に、私たちの国は8月6日に広島原爆記念日、8月9日に長崎原爆記念日、そして8月15日に敗戦記念日を迎えます。ことしの8月15日は、戦後80年の記念の敗戦記念日です。昔、日本はアジアの諸国や世界の国々と戦争をしていました。アジア太平洋戦争と言われます。日本が戦争に負けたのは、1945年のことです。

戦後80年ですから、若い人たちにとってはとても昔のことのように思えるだろうと思います。わたしは1963年に生まれていますから、戦後18年ぐらいで生まれています。中学生のときは戦後30年くらいですから、いまから考えると、戦後そんなにたっていなかったんだなあと思いますが、中学生のときのわたしは、戦争のことは昔々の話のような気がしていました。わたしの父は実際に兵隊となって、戦争に行っています。ナチス・ドイツのアドルフ・ヒトラーと自分の父が同じ戦争を戦っているわけです。

この5月にわたしはフィリピンのマニラを訪ねました。41年ぶりのことでした。41年前、わたしが大学4年生でした。41年前、「アジア国際夏期学校」というキリスト教のプログラムで、わたしはマニラに3ヶ月行っていました。インド、フィリピン、タイ、台湾、マレーシアなどなどのアジアの国に一人だけ派遣するというプログラムです。だれかと一緒に行くのではなくて、一人で行くわけです。もちろん滞在する国ではお世話をしてくれる人がいるわけですから、安心であるわけです。でもいまのようにスマートフォンがあるわけでもないですし、国際電話を簡単にかけられるというわけでもありません。インターネットがあるわけでもないですし、そんなに簡単に航空チケットを買うこともできません。行ったら行ったきりというような感じです。わたしは当時、たどたどしい英語しか話せませんでした。(いまは当時よりたどたどしい英語しか話せませんが・・・)、それでもなんとか3ヶ月間、フィリピンで暮らすことができました。当時は戦後39年でしたので、まだ日本に対するアジアの国々の感情は、あまりよいものではありませんでした。フィリピンも日本が侵略をした国の一つです。アジア太平洋戦争で約110万人以上のフィリピン人が犠牲になったと言われています。日本兵の犠牲も48万人を超え、アジア太平洋戦争のなかでの激戦地であったと言われています。

41年前のフィリピンの生活はとても貧しいものでした。当時日本は高度成長をしてバブルに入る前というような時代でしたので、食べるものはふつうにあるというような時代です。戦争をした日本はふつうに生活をしているわけですが、日本に戦争でひどいめにあわされたフィリピンの生活は貧しい生活であるわけです。

わたしはフィリピンで若い夫婦の家にお世話になっていました。夫婦には小さなこどもが二人いました。一緒に夕食をたべているとき、お母さんが「じゅん、もっと食べなさい」と言いました。お皿に煮たお魚とご飯があって、それをみんなで分けて食べていました。わたしはもうそこそこ食べたので、「もう大丈夫です」と言いました。でもお母さんは「じゅん、遠慮せずに、もっと食べなさい」と言いました。なんども「もっと食べなさい」と言われるので、そんなにお腹が空いているわけでもないけど、食べようかなと思って、お皿にある魚とご飯を、自分のお皿のうえにのせました。そのとき、一緒に食べていたこどもたちの顔が、とてもかなしそうな顔にかわりました。お腹がすいていたのでしょう。でもお客さんであるわたしに遠慮をしていたのだと思います。いつもお腹一杯、食べられるわけではないのです。なんともいえないそのかなしそうな顔をみて、「ああ、わるいことをしたなあ」と思いました。「わたしが食べなければ、この子たちが食べることができなのになあ」。そんな感じの貧しさが当時のフィリピンにはありました。わたしのフィリピンでのにがい思い出のひとつです。

そしてもう一つ、こんな思い出があります。カトリックのシスターの宿舎にお世話になっているときに、ちいさい女の子がえらくわたしのほうをいつもいつもにらんでいるので、シスターに尋ねました。「あの女の子はどうしてわたしのことをいつもにらんでいるのですか」。そうするとシスターはこう答えました。「あの子のおじいさんは日本兵によってひどい目にあわされました。だから日本人を嫌っていて、日本人のあなたをにらんでいるんだよ」。日本はアジア・太平洋戦争のときに、フィリピンに対してひどいことをしたので、まだそうした記憶が、人々の間にしっかりと残っていた時代でした。

それから41年ぶりに、この5月にフィリピンの首都のマニラにいきました。戦後80年になりますから、フィリピンを侵略した日本人というような目で見られていると感じるようなことはありませんでした。それでもフィリピンの国立博物館に行きますと、フィリピンの歴史のなかで、日本がフィリピンに対して行なったひどいことなどの展示はなされています。そのような絵画を見ながら、私たちの国がアジアの国々に対して行なった戦争のことを忘れてはいけないと思いました。

今日の聖書の箇所は「敵を愛しなさい」という表題のついている聖書の箇所です。マタイによる福音書5章43ー45節にはこうあります。【「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。】。

旧約聖書のレビ記19章17−18節にはこうあります。【心の中で兄弟を憎んではならない。同胞を率直に戒めなさい。そうすれば彼の罪を負うことはない。復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。わたしは主である。】とあります。旧約聖書の192頁です。「兄弟」とか「同胞」とか「民の人々」とありますように、自分たちの民族の人々を愛しなさいということが言われています。憎むのは敵であって、自分たちの民族の人々ではないということが言われているわけです。ユダヤ民族は「自分たちは特別だ」という選民思想というのが強かったので、このようなことが書かれてあります。「ユダヤ人ファースト」ということです。「日本人ファースト」の親戚のような感じです。

それに対して、イエスさまは「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」と言われました。神さまは悪人にも善人にも同じように太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせておられるのだから、あなたたちも敵であろうと味方であろうと、分け隔てなく愛しなさいと言われました。

旧約聖書に書かれてあることが、すべて「ユダヤ人ファースト」であるのかと言いますと、そういうことでもありません。申命記24章5節以下には「人道上の規定」という表題のついた聖書の箇所があります。旧約聖書の318頁です。申命記24章17ー22節にはこうあります。【寄留者や孤児の権利をゆがめてはならない。寡婦の着物を質に取ってはならない。あなたはエジプトで奴隷であったが、あなたの神、主が救い出してくださったことを思い起こしなさい。わたしはそれゆえ、あなたにこのことを行うように命じるのである。畑で穀物を刈り入れるとき、一束畑に忘れても、取りに戻ってはならない。それは寄留者、孤児、寡婦のものとしなさい。こうしてあなたの手の業すべてについて、あなたの神、主はあなたを祝福される。オリーブの実を打ち落とすときは、後で枝をくまなく捜してはならない。それは寄留者、孤児、寡婦のものとしなさい。ぶどうの取り入れをするときは、後で摘み尽くしてはならない。それは寄留者、孤児、寡婦のものとしなさい。あなたは、エジプトの国で奴隷であったことを思い起こしなさい。わたしはそれゆえ、あなたにこのことを行うように命じるのである。】。

この聖書の箇所では、あなたたちもエジプトで寄留者として生きていたことがあっただろう。だからあなたたちはそのことを思い起こして、寄留者に対してはやさしく接するということをしなければならないと言われているわけです。「寄留者や孤児の権利をゆがめてはならない」のです。まあ当り前ですけれども、神さまの民が自分ファーストであったら、やはりおかしいわけです。神さまの民なわけですから、倫理的でなければならないのです。だからイエスさまは「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」と言われたのです。

マタイによる福音書5章46−48節にはこうあります。【自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな報いがあろうか。徴税人でも、同じことをしているではないか。自分の兄弟にだけ挨拶したところで、どんな優れたことをしたことになろうか。異邦人でさえ、同じことをしているではないか。だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。」】。

あなたたちは自分たちは神さまから選ばれた民で、特別な人間であると思っている。「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」と言われて、戸惑っているけれども、でも自分を愛してくれる人を愛するというようなことは、あなたたちが罪人だと思っている徴税人だってやっていることだろう。自分の仲間内にだけ挨拶するのだったら、異邦人だって同じことをしているだろう。あなたたちは自分は神さまの民で、自分たちは特別だと思っているのだったら、徴税人や罪人、異邦人たちよりもはるかに高い倫理観がなければ、おかしいだろう。神さまが完全であられるように、あなたたちも完全な者となりなさい。そのようにイエスさまは言われました。

しかし「あなたたちも完全な者となりなさい」と言われても、そんなことできるのかなあと思えます。「敵を愛しなさい」と言われても、「敵を愛することなんてできるのかなあ」という気がします。しかしイエスさまは「敵を愛しなさい」と言われました。神さまはあなたたちの敵にも、あなたたちと同じように雨を降らせておられる。まあそう言われれば、そうだなあと思います。それでも「敵を愛することなんてできるのかなあ」と思います。

私たちは、「悪い人がいて、その悪い人が自分に対してひどいことをしてくるのに、その悪い人を赦すことができるのかなあ」という思いになります。悪いのは相手で、自分ではないというふうに思って、「敵を愛することなんてできるのかなあ」というふうに思います。

でも私たちは「敵であるのに、赦された」という経験をもっています。私たちの国はアジアの国々に対して侵略を行ない、ひどいことをしました。それでも戦争がおわったあと、アジアの国々は敵である日本を赦し、日本を徹底的に憎み続けるということはしませんでした。日本と戦争をしていたアメリカも、戦後の日本の復興のために、いろいろなことをしてくれました。私たちは「敵であるのに、愛された」という経験をしています。

はじめにお話しましたように、ことしは戦後80年の記念の年です。私たちの世界ではいまウクライナとロシアが戦争をしていたり、パレスチナのハマスとイスラエルが戦争をしていたりします。またアメリカがイランを攻撃したりと、タイとカンボジアが攻撃をしあったりしています。

争いの多い世の中です。しかしイエスさまは私たちに「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」と言われました。そして私たちは敵であったのに、許されたという経験をもっています。私たちの世界が平和な世界になりますようにとお祈りをしたいと思います。あきらめることなく、互いに尊敬しあい、互いに思いやることのできる私たちの世界になりますようにと祈っていきたいと思います。



(2025年8月3日平安教会朝礼拝式・平和聖日礼拝) 


12月14日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「暗闇の中で輝く光、イエス・キリスト」 

               ティツィアーノ・ヴェチェッリオ               《聖母子(アルベルティーニの聖母)》