2025年11月29日土曜日

11月30日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「もういくつねるとクリスマス?」

「もういくつねるとクリスマス?」

聖書箇所 マルコ13:21-37。231/241。

日時場所 2025年11月30日平安教会朝礼拝・アドヴェント第1週


今日からアドヴェントに入ります。アドヴェントはイエスさまがお生まれになられるのを待ち望む期間です。キリスト教の暦のことを「教会暦」というふうに言いますが、教会暦によると、一年はアドヴェントから始まります。イエス・キリストを待ち望むことから一年が始まるわけです。一年を振り返ってみると、神さまからいろいろな恵みをいただいたと感じます。

一年を振り返ってみて、「わたしの一年はどういう一年だったかなあ」と考えて見ますと、やはり一番大きいのは、みなさんと一緒に教会建物改修を行なうことができたということだと思いました。2月に臨時総会をひらき、そして9月にまた臨時総会をひらき、そして10月9日から建物改修の工事がはじまりました。これからもこころをあわせて、このことに取り組んでいきたいと思います。

今日の聖書の箇所は、「大きな苦難を予告する」という表題のついた聖書の箇所の一部と、「人の子が来る」「いちじくの木の教え」「目を覚ましていなさい」という表題のついた聖書の箇所です。今日の聖書の箇所は全体として、世の終わり、終末についての聖書の箇所です。アドヴェントに終末の聖書の箇所が読まれるというのは、アドヴェントが「来臨」という意味で「イエスさまが来られる」ということだからです。イエスさまが来られるというのは、ひとつにはイエスさまがお生まれになられるということです。そしてもうひとつは、イエスさまが世の終わりの時に来られるということです。「再臨」と言われますが、世の終わりにイエスさまが来られるということです。ですからアドヴェントにはイエスさまの誕生を待ち望むときであり、再臨のイエス・キリストを待ち望むときでもあるわけです。そういうわけでアドヴェントには終末の聖書の箇所が読まれます。

マルコによる福音書13章21-23節にはこうあります。【そのとき、『見よ、ここにメシアがいる』『見よ、あそこだ』と言う者がいても、信じてはならない。偽メシアや偽預言者が現れて、しるしや不思議な業を行い、できれば、選ばれた人たちを惑わそうとするからである。だから、あなたがたは気をつけていなさい。一切の事を前もって言っておく。」】。

世の終わりの時には、預言者エリヤが現われるとか終末の預言者が現われると言われていました。ですからそれに便乗して偽メシアとか偽預言者が現われるわけです。そして「われこそメシアだ」と言う人たちが出てくるわけです。ですからそうした人たちに惑わされることなく、「落ち着いていなさい」と、イエスさまは弟子たちに言われました。そしてあらかじめ、マルコによる福音書13章3節以下のような「終末の徴」について、弟子たちに話しておられました。

マルコによる福音書13章24-27節にはこうあります。【「それらの日には、このような苦難の後、/太陽は暗くなり、/月は光を放たず、星は空から落ち、/天体は揺り動かされる。そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを、人々は見る。そのとき、人の子は天使たちを遣わし、地の果てから天の果てまで、彼によって選ばれた人たちを四方から呼び集める。」】。

この聖書の箇所は、まさに終末の出来事について記されています。天変地異が起こり、そして再臨のキリストがやってこられるのです。再臨のキリストは終末のときに、大きなる力と栄光を帯びて雲に乗ってやってこられる。そして彼に仕える者を四方から呼び集めるのです。

マルコによる福音書13章28-31節にはこうあります。【「いちじくの木から教えを学びなさい。枝が柔らかくなり、葉が伸びると、夏の近づいたことが分かる。それと同じように、あなたがたは、これらのことが起こるのを見たら、人の子が戸口に近づいていると悟りなさい。はっきり言っておく。これらのことがみな起こるまでは、この時代は決して滅びない。天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。」】。

木や花はまあまあその季節になると、その季節にふさわしく花開きます。梅はまだ少し寒いときに、そして春になると桜が咲きます。まあ若干、温暖の差や日照条件によって変わってくるのでしょうが、しかしまあだいたいわかるわけです。いちじくの木もやはり同じです。【枝が柔らかくなり、葉が伸びると、夏の近づいたことが分かる】。終末もなんとなく気配というものがあるから、なんとなくその気配を感じとりなさいと、イエスさまは言われます。ただし、「これらのことがみな起こるまでは、この時代は決してほろびない」と言われ、「終末だ。終末だ」と慌てふためかなくてもいいと言われました。【天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない】とありますように、「あなたたちは確かなわたしの言葉により頼んで生きているのだから、慌てふためいたり、いたずらにあわてたりすることなく、わたしの言葉により頼んで生きているということを大切なこととして歩みなさい」と、イエスさまは言われました。

マルコによる福音書13章32-37節にはこうあります。【「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。父だけがご存じである。気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。それは、ちょうど、家を後に旅に出る人が、僕たちに仕事を割り当てて責任を持たせ、門番には目を覚ましているようにと、言いつけておくようなものだ。だから、目を覚ましていなさい。いつ家の主人が帰って来るのか、夕方か、夜中か、鶏の鳴くころか、明け方か、あなたがたには分からないからである。主人が突然帰って来て、あなたがたが眠っているのを見つけるかもしれない。あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ。目を覚ましていなさい。」】。

終末については、いちじくの木のようになんとなく訪れるという気配というのがあるわけだけれども、しかし「終末がいつであるのか」ということは来てみないとわからない。いつであるのかというのは神さまだけがご存知だ。それは人間がとやかくいうことではなくて、神さまの側のことのなのだ。だから私たちにできることは、いつ終末がきてもいいように「目を覚ましている」ことだ。

旅に出た主人がいつ帰ってくるかはわからない。いまなら電話がありますから、「明日帰る」というふうに連絡を付けることができます。あるいは最近は携帯電話という便利なものもありますから、「いま帰った、玄関の戸を開けて」と言うこともできます。まあそうは言っても、夜寝る前に突然携帯電話にメールが届いて、「明日、終末がくる。神さま」と告げられても困りますが・・・。昔は電話もないですから、旅に出た主人はいつ帰ってくるかわかりませんでした。ですからいつ帰って来てもいいように、備えておかなければなりませんでした。終末もそれと同じように、やはりいつ来てもいいように備えていなければならないのです。

アドヴェントはイエスさまの誕生を待つときであり、また再臨のキリストを待つときであります。ですからアドヴェントのときは、私たちにとっていったい何が大切なことであるのかということを心に留めるときであるのです。私たちは日常生活のなかで、いろいろなことに心を煩わせます。いろいろと考えなければならないことがたくさんあるわけです。「あれも必要だし、これも必要だ」「これもしなくてはならない。あれもしなくてはならない」。なんとなく続く日常生活のなかで、本当に大切なものは何だろうかと、手を休めて考えてみるときなのです。

クリスマス時期になると、本屋さんによく並べられている本の中に、トルーマン・カポーティの『あるクリスマス』(文藝春秋)という本があります。トルーマン・カポーティは映画『ティファニーで朝食を』の原作者です。『あるクリスマス』、トルーマン・カポーティ作、村上春樹訳、山本容子銅版画という、なかなか豪華な本です。「父さんと過ごした最初で最後のクリスマス」と本の帯にあります。

カポーティのお母さんは16歳のときに、28歳だったカポーティのお父さんと結婚をします。そしてカポーティが生まれるわけですが、結婚生活は1年しか続かず、カポーティはアラバマにあったお母さんの実家に預けられることになります。アラバマでの生活が不快であったのかと言うと、カポーティにとってはそうでもありませんでした。お母さんの親戚に囲まれて、そしてとくにいとこでスックという名前の高齢の女性と犬のクーニーと仲良く過ごしていました。カポーティが6歳のときに、ニュー・オーリンズに住んでいた父さんから、クリスマスを一緒に過ごしたいから、ニュー・オーリンズに来ないかと手紙がくるわけです。そして父さんと過ごしたクリスマスが小説となっているのが、『あるクリスマス』です。カポーティは「バディー」という少年として登場します。

バディーは行きたくなかったのですが、スークが「これも主の御こころよ。ひょっとすると雪が見れるかも知れないわよ」というので、行くことにします。バディーのお父さんは、いわゆるジゴロのような人でした。ジゴロというのはフランス語で「女の人から金を巻き上げて生活する男の人」という意味です。ニュー・オーリンズでいい生活をしているわけですが、まああまり上等な人間ではありませんでした。バディーはニュー・オーリンズでお父さんと一緒にクリスマスを過ごすわけですが、こころに大きな痛みを抱えて帰ってくることになります。唯一、ニュー・オーリンズの大きなおもちゃ屋さんで目を引かれた乗り込んで自転車のようにペタルをこぐことができる飛行機を、お父さんに買わせて、それをもってバスに乗って帰ってきます。酒を飲んでよっぱらっているお父さんは、「なあ、お父さんを愛しているって言ってくれ。お願いだよ、バディー、言ってくれ。頼む」と何度もバディーに言ってきます。

帰ってきて、いとこのスックに、さんざんなクリスマスであったということを話し続けます。スックはやさしく慰めてくれて、【さあもうお休みなさい。そして星の数を勘定しなさい。いちばん心の休まることを考えなさい。たとえば雪のこと。雪が見られなくて残念だったわねえ。でも今、雪はお星様のあいだから降ってきているわよ】と言われ、少し心が落ち着きます。そして小説の最後にはこう書かれてあります。

【僕の頭の中で星はきらめき、雪は舞い降りた。僕が最後に覚えているのは、僕がこうしなくてはいけないよと命じる主の物静かな声だった。そして翌日僕はそれを実行した。僕はスックと二人で郵便局に行って、一セント払って葉書を買った。葉書は今僕の手元にある。父は去年亡くなったが、その葉書は彼の貸金庫の中に入っていたのだ。僕はそこにこう書いていた。「とうさんげんきですか、ぼくはげんきです、ぼくはいっしょうけんめいペタルをこぐれんしゅうをしているので、そのうちそらをとべるとおもう、だからよくそらをみていてね、あいしています、バディー」】。

バディーのお父さんは女の人からお金を巻き上げて贅沢な生活をするというような人でした。ろくでもない人であったわけですが、しかし彼はバディーが送った葉書を、生涯、大切に大切にしまっておいたのです。6歳のこどもが書いた、「あいしています」という葉書を、大切に大切にしまっておいたのです。たぶんときどき、空を見上げた時、飛行機の形をした自転車のような子どもの乗り物にのって、息子がやってくるような気がしたことだと思います。「とうさんげんきですか、ぼくはげんきです、ぼくはいっしょうけんめいペタルをこぐれんしゅうをしているので、そのうちそらをとべるとおもう、だからよくそらをみていてね、あいしています、バディー」。バディーのお父さんにとって大切なものは、自分の息子であるバディーであったのでしょう。しかし彼はバディーを大切にするような生き方をしませんでした。

アドヴェントはイエスさまの誕生を待つときであり、また再臨のキリストを待つときです。アドヴェントは、私たちにとっていったい何が大切なことであるのかということを心に留めるときです。アドヴェントは落ち着いて、自分にとって何が大切なのだろうかと考えてみましょう。そしてできれば、自分が大切だと思うことを、大切にする生き方へと変わっていくことができればと思います。しかし『あるクリスマス』のバディーのお父さんのように、そんなふうに生きることができないかも知れません。

ただ、そんな弱さを抱える人間のために、主イエス・キリストをこの世にやってこれました。だめな私たちの光となるために、愚かな私たちを救ってくださるために、主イエス・キリストは私たちの世にやってきてくださいました。イエス・キリストは病いの人々をいやされ、嘆き悲しむ人と共に涙を流されました。イエス・キリストは、友なき者の友となられ、私たちのために十字架についてくださいました。だからこそ、私たちはイエスさまのことが大切で大切でたまらないのです。

アドベントは私たちの大切な大切なイエスさまを待ち望みながら過ごすときです。私たちを救うためにきてくださるイエスさまを待ち望みながら、クリスマスの準備をいたしましょう。


(2025年11月30日平安教会朝礼拝・アドヴェント第1週)


11月23日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「両手にもてるものだけにしなさい」

「両手にもてるものだけにしなさい」

聖書箇所 マルコ10:17-31。490/453

日時場所 2025年11月23日平安教会朝礼拝・収穫感謝日子どもの教会との合同礼拝


今日は収穫感謝日です。秋の実りを、神さまに感謝する日です。神さまから与えられた豊かな恵みは、ひとりじめするものではなく、みんなでわかちあうものであることを、覚えたいと思います。今日は子どもの教会との合同礼拝となっています。子どもの教会に子どもたちが来てくれるようにと、いつも子どもの教会のスタッフのみなさんは、9時10分から子どもの教会の礼拝を守っています。

わたしが新潟県三条市の三条教会にいたときに、教会員のおばあさんが、市に買い物に行ったときの話をしてくれました。市っていうのは道路に臨時の店が出ていて、いっぱい野菜や果物や魚が売っているところです。スーパーで買うより、ものすごく安くかえます。おばあさんは家から橋を渡って、市に買い物に行きました。市につくと、いっぱいいろんなものが安く売っています。そんなのを見ると、もううれしくなって、「これも買おう。あれも買おう。この魚も買おう。このスイカも買おう」って、いっぱいいっぱい買いました。そして市からの帰り道、いっぱい買ったものをもっていると、だんだんとしんどくなってきました。いっぱい、いっぱい、買ったから。ふうふう言いながら、汗をながしながら、両手にあまるような買い物を、必死でもって帰ったそうです。そんな話をおばあさんはわたしにしてくれて、「もう、帰り道の橋の上まで来たとき、もう、この橋の上から買った荷物全部なげすてようかと思いました」「でもまた、市に行ったら、同じように、買ってしまうんですよね。人間て、ばかですねえ」と笑いながら言っていました。

漫画家の西原理恵子(さいばら・りえこ)さんは「ぼくんち」っていうマンガを書いています。これが『ぼくんち』(西原理恵子、小学館)ですけど。なかなか教えられるマンガです。

このマンガには「鉄じい」というじいさんが出てきます。鉄じいは川原に小屋を建てて、しじみをとって生活しています。鉄でも銅でもカナモノなら何でも売り買いしてくれるので、鉄じいと言われています。


鉄じい「おお、これは見事な銅線じゃの。にいちゃんだいぶあぶない橋渡ったんとちがうか」。

二太 「なんか電線やから、あぶないとゆうよりしびれたゆうてたで」


鉄じいの小屋はびっくりするくらい何もない。

それはこの川がしょっちゅうおこる洪水で、小屋の何もかもが流れるからだ。


鉄じいはいつもぼくの持ってきた物はいい値でとってくれる。

ぼくは鉄じいが好きだから、きっと鉄じいもぼくが好きなんだと思う。


ざあああああああああ。


その晩の雨はちょっとちがってた。

ぼくが行った時はちょうど

鉄じいの小屋が川にのまれた時だった。


鉄じい「まあすわれや、二太。貧乏て ええと思うわんかー。こんな時ちょっとも困らんで。これが金持ちの家やったらえらいことや。なくすもんがありすぎると、人もやっておれん。両手で持てるもんだけで、よしとしとかんとな」


ぼくたち、私たちはよくばりですから、「あれもほしい。これもほしい」と思います。そんなことないですか。筆箱のなかに、いっぱいいっぱい色の違ったボールペンがあったりしない?。ですか。新しいゲームが出たら、いっぱいゲームをもっていても、新しいゲームがほしくてほしくてたまらなくなるということはないでしょうか。宝石などもそうですが、もっているけど、なんとなくまたほしくなるというようなことはないでしょうか。デパートですてきな服があったら、服いっぱい持っているのに、ほしくなったりしない?でしょうか。

鉄じいじゃないですが、やっぱり、「両手で持てるもんだけで、よしとしとかんとな」と思います。両手で持てるものだけをもって、あと持てない物は、みんなでわかちあうということが大切です。ぼくたち、私たちの住んでいる社会は、わかちあうってことが、あんまりうまくいっていない社会です。とっても多くのものをもっている人たちがいる一方、食べることもできない人たちがたくさんいます。とってもお金持ちの国と、とっても貧しい国があります。私たちが住んでいる日本という国は、そこそこお金持ちの国です。だからこそ、わかちあうということを、こころにおいて生活しなければなりません。

今日の聖書の箇所は、「金持ちの男」という表題のついている聖書の箇所です。イエスさまのところに、お金持ちの男の人がやってきました。そしてイエスさまに「永遠の命を得るためには、どうしたらいいでしょうか」と聞きました。永遠の命っていうと、すこしむつかしい気がしますが、まあ神さまから「あなたは神さまの国に入れてあげる」って言ってもらえるってことです。神さまから「あなたえらいね」って誉めてもらえるっていうようなことです。

イエスさまのそのお金持ちの男の人に、「殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬えという教えをしっているだろ。これを守りなさい」と言われました。するとこのお金持ちの男の人はなかなかすばらしい人で、「そういうことは子供の時から守っています」っていいました。そうするとイエスさまは男の人にこう言いました。「あなたに欠けているものが一つある」。一つしか欠けていないっていうんだから、すごいよねえ。「もうあと一つだけ守ることがある」と、イエスさまはお金持ちの男の人に言いました。いいですねえ。五つも六つも、あれもこれもそれも、あと守ることがあるっていうんだったら、大変だけど、このお金持ちの男の人はあと一つだけでした。そのお金持ちの男の人に、イエスさまは言われました。「行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい」。

お金持ちの男の人は、このイエスさまの言葉を聞いて、びっくりしました。男の人にはたくさんの財産があったので、「この財産を貧しい人にあげるなんてことはできない。これはおれのものなんだから」って思いました。そして、イエスさまの前から立ち去ってしまいました。それを見て、イエスさまは「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか」「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」って言われました。【その人はこの言葉に気を落とし、悲しみながら立ち去った。】って、聖書には書いてあります。「悲しみながら立ち去った」。ちょっと悲しい話ですよね。

ぼくたち、私たちのこころのなかにも、このお金持ちの男の人のようなこころがあります。「おれのものは、おれのもの。だからだれかとわけるなんて、いやだ」。そんな気持ち、私たちのなかにないですか。イエスさまは「おれのもの、おれのもの」っていう世界から、「みんなでわかちあおう」っていう世界にしたいよねって、思っておられました。

写真絵本『アフガニスタン 勇気と笑顔』(国土社)(写真・文、内堀たけし)という本をよみました。【働くこどもたち/「クルチャ」と呼ばれるクッキーを焼くこどもたち。アフガニスタンでは働くこどもたちの姿をよく見かけます。朝から晩まで一日中働き、休日もないのです。たとえ仕事場のとなりに学校ができたとしても誰ひとり学校へは通えません。こどもたちは何百キロも離れた村や難民キャンプにいる家族や姉妹の暮らしを支えているのです】。

この写真絵本をつくった内堀たけしさんは、最後に、アフガニスタンでであった3人の少女の話をしています。

【アフガニスタンとの出会い/

アフガニスタンから帰国するたびに、日本は豊かな国だなあと思わずにいられません。蛇口をひねるだけで簡単に出てくる水道水、駅のホームにはつぎつぎと滑るように列車が到着します。今でも戦火や貧困で苦しむアフガニスタンでは、どれひとつ見られない光景です。

遠くの井戸から、よたよたと重たい水を運ぶこども。雪の降る寒い日にも靴がなく、裸足の指先を丸めているこども。学校には通えず、靴みがきや自動車を洗う仕事をしなければ生きていけないこどもがいます。

 ある時、カブールの宿屋の食堂に10歳くらいの少女3人が、ちょこんと座っていました。実は外国の通信社の女性記者が少女たちを宿に呼んだのです。髪はボサボサ、服はつぎはぎだらけ、手の甲はカサカサになって真っ黒でしたが、3人とも可愛らしい顔立ちで、キラキラと輝く瞳の持ち主でした。

宿の主人が慌てて山盛りのフライドポテト3皿を少女の前にそれぞれ置きました。「さあさあ、食べなさい」と宿の主人は何度も少女にうながしましたが、3人は黙って皿を見つめるだけでした。静かになって時間が止まったようになった時、ひとりの少女が「これ、家へ持っていってもいいですか」と小さい声で尋ねました。主人は急いで、ポテトを紙袋にいれて、3人の膝の上に置きました。少女たちははじめて安心したような笑顔をみせたのです。その時、私はとても恥ずかしくなりました。それは、お腹をへらしたこどもたちはガツガツと食べて、山盛りのポテトの皿をあっという間に空にしてしまうだろうと思ったからでした。しかし、3人の少女は自分の事よりも家族や兄弟の空腹を思い、その場で食べずに持って帰りたいと言ったのでした。

私は自分の考え方を恥じると同時に、アフガニスタンに暮らす、こどもたちの尊くも美しい心に出会えたと感じました。 内堀たけし】。

アフガニスタンの3人の少女のように、ぼくたち私たちも「わかちあう」ってことを大切にしたいと思います。



(2025年11月23日平安教会朝礼拝・収穫感謝日子どもの教会との合同礼拝)


2025年11月15日土曜日

11月16日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「苦労もなくなり、力がわいてくる」

「苦労もなくなり、力がわいてくる」

聖書箇所 マルコ13:5-13。405/464。

日時場所 2025年11月16日平安教会朝礼拝式

      

農業研究者の篠原信(しのはら・まこと)の『そのとき、日本は何人養える? 食料安全保障から考える社会のしくみ』(家の光協会)を読みながら、いろいろと考えさせられました。「戦争、原油高騰、温暖化、大不況、本当は何が飢饉をもたらすのか」と書いてあり、ああ、なかなか大変な世の中だと思わされます。

この本の第一章は問いと答えの形で書かれてあります。

問い1.「日本だけでどれくらいの食料が生産できますか?」

化学肥料・化学農業・トラクターなどの農機具をうごかすためには、石油などの化石燃料が必要です。「米は石油でできている」と言っても過言ではない。石油などの化石燃料が安く手に入るのであれば、9000万人分くらいは大丈夫だ。でも石油が高騰するなどして手に入りにくくなれば、3000万人もむつかしいかも知れない。ということです。江戸時代の日本の人口は、3000万人です。

そのあと、魚をたべたらとか、太陽電池ならとか、原子力ならとか、ああやったらどうですか、こうやったらどうですかと、いろいろな問いがあるわけです。でも「ああ、これで解決」というような感じではありません。そして最後の問いが28です。

問い28.「日本は今後どうすべきでしょうか?」

海外から食料やエネルギーを安定的に輸入するには、世界が平和に活動できている必要があります。日本は人工が多すぎるうえに国土が狭いので、鎖国はできません。世界の国々とどう協調し、食料とエネルギーを輸入できるか。そのことを意識して国の進む道を模索していく必要があるでしょう。とのことです。

いろいろと不安なことがあると、自分たちが助かるために自分たちのことだけを優先して考えるべきだというような気持ちになります。でも落ち着いて考えてみると、実際そういうわけにもいかないように世界は回っていて、みんなで平和に暮らしていくためにはどうのようにすれば良いのかということを考えなければならないわけです。まあそうだろうなあと思います。自分たちにとって不都合なことがあるときは、「あいつが悪い、そいつがわるい」などど、慌てず騒がず落ち着いて考えてみるということが大切なのでしょう。

「たとえ明日世界が滅びることを知ったとしても、 私は今日りんごの木を植える」という言葉は、宗教改革者のマルティン・ルターの言葉だと言われたり、いやそうではないと言われたりする言葉ですが、良い言葉だと思います。慌てず、騒がず、落ち着いて考え、自分のできることをするという基本姿勢が感じられます。慌てふためくと、フェイクニュースを信じて、とんでもないことをやってしまうのです。とくに人がいい人はフェイクニュースを信じやすいので気をつけなければなりません。落ち着いて考えるということが大切であるわけです。

今日の聖書の箇所は「終末の徴」という表題のついた聖書の箇所の一部です。マルコによる福音書13章5−8節にはこうあります。【イエスは話し始められた。「人に惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』と言って、多くの人を惑わすだろう。戦争の騒ぎや戦争のうわさを聞いても、慌ててはいけない。そういうことは起こるに決まっているが、まだ世の終わりではない。民は民に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に地震があり、飢饉が起こる。これらは産みの苦しみの始まりである。】。

イエスさまの時代、世の終わり・終末が来るということがもうすぐ起こるというふうに考えられていました。私たちは聖書を読んで、「終末の徴」というようなことが書いてあっても、イエスさまの時代から2000年経っても、世の終わり・終末は来ていないので、イエスさまの時代の人々ほど、世の終わり・終末が明日起こるかもしれないというように感じられるわけでもありません。昨日も来なかったのだから、今日も来ないし、明日も来ない、明後日も、一年後も、10年後も、100年後も来ないだろう。2000年経っても来なかったのだからと思えるわけです。しかしイエスさまの時代の人々は、昨日も今日も来なかったけど、明日は来るかも知れないというふうに思っていたわけです。

そして世の終わり・終末には預言者エリヤが現れ、そして方々で地震や災害といった天変地異が起こるというふうに言われていました。ですから「わたしがそれだ」というように、わたしが終末の預言者エリヤの生まれ変わりだというようなことを言う人が出てきます。惑わすことをいう人たちが出てくるけれども、そんな人たちに惑わされてはいけないと、イエスさまは言われます。戦争の騒ぎや戦争のうわさが起こったりするけれども、だからといってすぐに世の終わり・終末になるわけではないので慌てるなと、イエスさまは言われました。

マルコによる福音書13章9−11節にはこうあります。【あなたがたは自分のことに気をつけていなさい。あなたがたは地方法院に引き渡され、会堂で打ちたたかれる。また、わたしのために総督や王の前に立たされて、証しをすることになる。しかし、まず、福音があらゆる民に宣べ伝えられねばならない。引き渡され、連れて行かれるとき、何を言おうかと取り越し苦労をしてはならない。そのときには、教えられることを話せばよい。実は、話すのはあなたがたではなく、聖霊なのだ。】。

イエスさまは弟子たちが迫害を受けることになるということを伝えます。イエスさまご自身が十字架につけられるわけですから、弟子たちもまた迫害を受け、地方法院に引き渡され、会堂でむち打たれることになる。もしかしたら総督や王さまの前に連れていかれることもあるかも知れない。そんなときもあわてることはない。連れていかれても、聖霊があなたたちに働いて、良い証を行なってくれるから、安心しなさいと、イエスさまは言われます。

マルコによる福音書13章12−13節にはこうあります。【兄弟は兄弟を、父は子を死に追いやり、子は親に反抗して殺すだろう。また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。」】。

人というのはなかなか大変なもので、いろいろなことで対立しあったり、憎しみ合ったりするようなことが起こります。じっさいに死に追いやったりするようなことは、そんなに起こるわけではないですが、しかしそれでも戦争が起こったり、内戦が起こったりすると、大変なことが起こることがあります。そのように迫害が起こると、とても信じられないような悲しい出来事が起こることがあると、イエスさまは言われました。「わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる」と言われました。

実際、私たちの国であります日本でも、明治時代やアジア・太平洋戦争のときに、キリスト教は迫害を受けることになりました。教会に対して石を投げるというようなことが行われたり、また戦争のときには牧師が逮捕され、獄中で亡くなるというようなことが行われました。治安維持法という恐ろしい法律があり、国家にとって都合の悪い人たちは迫害を受けたわけです。現在、スパイ防止法の制定をというようなこと言われますけれども、それはとても恐ろしいことであるわけです。「おまえはスパイ防止法に反対しているから、スパイに違いない」というような乱暴なことが簡単に行われるようになるわけです。

最近、「ゲバルトの杜〜彼は早稲田で死んだ〜」という映画を見ました。早稲田大学の文学部の川口大三郎さんが中核派のスパイと疑われて殺されたという事件を扱ったドキュメンタリー映画です。「お前はスパイだ」「ちがうスパイじゃない」「おまえはスパイだ」「ちがうスパイじゃない」。佐藤優という評論家が、この映画に出てききます。「これは魔女狩りの論理なんだ」と説明します。「おまえは魔女だ」「魔女じゃない」「おまえは魔女だ」「魔女じゃない」。人はバットで人を殴ったりしておいて、「こんなに殴られても、スパイじゃないと言い張ることができる強い意志をもっているから、やっぱりスパイに違いない」と考えるわけです。「おまえはスパイだ」。スパイ防止法ができると、スパイでない人がスパイにされてしまうわけです。人間というのは、そうした恐ろしさをもっているので、こうした法律に対しては、慎重にならなければならないのです。

世の終わり・終末というと、いろいろな天変地異が起こったり、迫害が起こったりするという聖書に書かれてありますから、ちょっと怖い感じがします。「世の終わり・終末が来たら、もう世の終わりだなあ」と思うわけです。でも世の終わり・終末というのは、ただただ怖い時として、聖書が語っているわけではありません。世の終わり・終末というのは、再びイエスさまが来られるときであるわけです。とんでもなくたいへんなときに、イエスさまが来てくださるということが言われているということです。

世の終わり・終末のときに、あなたたちがしなければならないことは、落ち着いていることだと、イエスさまは言われます。「慌ててはいけない」と、イエスさまは言われます。「戦争の騒ぎや戦争のうわさを聞いても、慌ててはいけない」。いろいろなことが起こって、「もう世の終わりだ」と思えても、慌ててはいけないと、イエスさまは言われます。

地方法院に引き渡されたり、総督や王さまの前に立たされることがあったとしても、慌ててはならない。困った時には、あなたたちに聖霊が働いてくださり、あなたたちを導いてくださる。だから神さまが守ってくださることを信じて、慌てることなく、落ち着いていなさい。そのようにイエスさまは言われました。

私たちはいろいろなことで不安になったり、慌てたりします。まあ人間はちっぽけな存在ですし、不安になったり、あわてたりするわけです。自分に自信のある人はまあそんなに不安になることもないのかも知れません。しかしたとえそういう人であったとしても、病気なったり、ケガをしたりすると、あたりまえですが自信がなくなってくるわけです。

わたしは10月、腰が痛かったので、すっかり自信を失いました。11月に入って、よくなりましたので、また自信を取戻しましたが、腰が痛かったときは、とっても弱気になっていました。いつまでこの痛みは続くのだろう。ずっと続いたらいやだなあ。そんなふうに思います。体が痛かったりすると、やはり不安になったり、慌てたりするようなことが起こります。

イエスさまはあなたたちは人間でちっぽけな存在であるのだから、神さまに頼って生きていきないと言われます。いろいろなことで不安になったり、どうしようどうしようと思うようなことが起こってくるかも知れないけれども、でも聖霊があなたたちを導いてくださるから安心しなさい。取り越し苦労をすることなく、安心して神さまにお委ねしなさいと、イエスさまは言われました。

神さまは私たちを愛してくださっています。神さまは私たち人間を愛を創造されました。私たちは欠けたところが多いですし、すぐ腹を立てたりする弱いところがあるわけです。神さまなんて信じられないというような思いをもったりもします。それでも神さまは私たちを愛してくださり、私たちを守り導いてくださいます。

イエスさまは「取り越し苦労をしてはならない」と言われました。いたずらに不安になるのではなく、神さまにお委ねして歩んでいきたいと思います。愛の神さまは、私たちに愛を注いでくださり、生きていく力を与えてくださいます。

神さまを信じ、祈りつつ歩んでいきたいと思います。



 

(2025年11月16日平安教会朝礼拝式) 

2025年11月12日水曜日

11月9日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「静かに自らを省みる」

「あの人の思い出・・・・・消さないで・・・・・」

聖書箇所 ヨハネ16:12-24。386/507。

日時場所 2025年11月9日平安教会朝礼拝式


新美南吉は、「ごんぎつね」や「手袋を買ひに」で有名な児童文学作家です。新美南吉の作品に「デンデンムシノ カナシミ」という作品があります。「デンデンムシ」というのは、「かたつむり」のことです。


デンデンムシの悲しみというのは、こんな話です。

デンデンムシが自分の背の殻に、悲しみがいっぱい詰まっていることに気がついて、友人のデンデンムシを訪ねます。そして友だちに、「自分の背中の殻に悲しみがいっぱい詰まっている」と言うと、友だちのデンデンムシは「あなただけではない。わたしもそうだ」と答えます。そうするとデンデンムシはつぎの友だちのところを訪ねて、同じように話します。自分の背中の殻に悲しみがいっぱい詰まっている。そうするとその友だちのデンデンムシもまた、わたしもそうだと答えます。そうやって友だちのデンデンムシを訪ねていきます。そして気がつきます。

【トウトウ ハジメ ノ デンデンムシ ハ キ ガ ツキマシタ。

 「カナシミ ハ ダレ デ モ モツテ ヰル ノ ダ。ワタシ バカリ デ ハ ナイ ノ ダ。ワタシ ハ ワタシ ノ カナシミ ヲ コラヘテ イカナキヤ ナラナイ」

 ソシテ、コノ デンデンムシ ハ モウ、ナゲク ノ ヲ ヤメタ ノ デ アリマス。】(『日本児童文学大系28 新美南吉』、ほるぷ社)(P39)。


「ワタシ ハ ナント イフ フシアハセ ナ モノ デセウ。ワタシ ノ セナカ ノ カラ ノ ナカ ニ ハ カナシミ ガ イツバイ ツマツテ ヰル ノ デス」と言っている人に対して、「アナタ バカリ デ ハ アリマセン。ワタシ ノ セナカ ニ モ カナシミ ハ イツパイ デス。」と答えるのは、カウンセリングの方法としては、たぶんあまりいいことではないのだと思います。

この「デンデンムシノ カナシミ」という話は、悲しんでいる人に「これでも読みなさい。悲しみをいっぱい抱えているのは、あなただけじゃないのよ」と言って、聞かせてあげるという話ではないのでしょう。そうではなくて、悲しんでいる人が、自然に「カナシミ ハ ダレ デ モ モツテ ヰル ノ ダ。ワタシ バカリ デ ハ ナイ ノ ダ」と思えるためにある話なのでしょう。

【「カナシミ ハ ダレ デ モ モツテ ヰル ノ ダ。ワタシ バカリ デ ハ ナイ ノ ダ。ワタシ ハ ワタシ ノ カナシミ ヲ コラヘテ イカナキヤ ナラナイ」

ソシテ、コノ デンデンムシ ハ モウ、ナゲク ノ ヲ ヤメタ ノ デ アリマス。】という、このデンデンムシは、たぶん新美南吉自身なのでしょう。

新美南吉は、1913年(大正2年)生まれです。そして1943年(昭和18年)に、結核のため、天に召されています。新美南吉は29年の生涯でした。新美南吉のお母さんは、新美南吉が4才の時に天に召されています。新美南吉はある種のさみしさや悲しみを抱えて生きていたのでしょう。そして1934年、21才の時に結核の症状を自覚します。「デンデンムシノ カナシミ」は、その翌年の1935年に書かれた作品です。そしてその翌年の1936年に再び結核の症状が出ます。そのため新美南吉は、東京での職を辞して、故郷に帰り、先生をしながら、作品を発表するという生活になります。そして近づく死を自覚しながら、書き続け、29才の若さで、天に帰っていきました。

【「カナシミ ハ ダレ デ モ モツテ ヰル ノ ダ。ワタシ バカリ デ ハ ナイ ノ ダ。ワタシ ハ ワタシ ノ カナシミ ヲ コラヘテ イカナキヤ ナラナイ」

ソシテ、コノ デンデンムシ ハ モウ、ナゲク ノ ヲ ヤメタ ノ デ アリマス。】

とはいうものの、やっぱり自分が背負っている悲しみというのは、重いものです。「あなたの悲しみより、わたしの悲しみのほうが重いのよ」とか「世界にはもっと悲しんでいる人がいるのよ」とか言われても、自分の背負っている悲しみがなくなるというわけでもありません。やっぱり悲しいのです。

しかし「では、その悲しみの記憶を消してあげることができるのだけれども、その悲しみの記憶を消しましょうか」と言われると、みなさんはどうされますか。たとえば大好きな女の子にフラレタというようなとき、「その悲しみの記憶を消しましょうか」と言われたらどうしますか。

手塚治虫の『鉄腕アトム「地上最大のロボット」』という作品を原作にして、浦沢直樹という漫画家が、『プルートウ』(小学館)というマンガを書いています。漫画『20世紀少年』『YAWARA!』『MONSTER』の作者です。そのマンガの中にこういうシーンがあります。ロボットの刑事が、殺されたロボットのおつれあいのところに、やってきます。そのおつれあいがあまりに悲しそうにしているので、ロボットの刑事はこう言います。【記憶を・・・ データの一部を消去しましょうか?】。ロボットは記憶装置というのがあり、それに書かれてある記憶を消せば、きれいさっぱり忘れてしまうことができるわけです。するとそのおつれあいが【あの人の思い出・・・・・ 消さないで・・・・・】と言います。

『プルートウ』という漫画の中では「思い出」「憎しみ」ということがキーワードとなっています。1巻の最後に「アトム君」が出てきます。そしてそのときアトム君が手に持っているのはデンデンムシ、かたつむりです。浦沢直樹はアトム君を、背中に悲しみがいっぱい詰まったカラをもっているデンデンムシと一緒に登場させるのです。

『プルートウ』という漫画の中、もう一度、デンデンムシ、かたつむりが登場します。最後の巻である8巻です。悲しみや憎しみが心の中に一杯になったアトム君が、自分で自分をどのようにしたらいいのかわからなくなります。そしてそのあと、アトム君はデンデンムシ、かたつむりと一緒に登場します。

みなさんのこころのなかが、怒りや憎しみで一杯になっている時に、道端にかたつむりがいたら、どうされますか。たぶんわたしは踏みつぶしてしまうだろうと思います。背中に悲しみがいっぱい詰ったカラを持っているデンデンムシ、かたつむりを、ぐしゃっと踏みつぶしてしまうだろうと思います。しかしアトム君はそうしませんでした。道端にいたデンデンムシ、かたつむりを木の植え込みのなかに帰してあげるのです。そうすることによって、アトム君は心が穏やかになります。背中に悲しみがいっぱい詰ったカラをもっているカタツムリと、悲しみで一杯のアトム君が心を通わすことによって、アトム君は心が穏やかになったのです。

新美南吉の「デンデンムシノ カナシミ」のデンデンムシも「それじゃあ、あなたの背中の悲しみがいっぱい詰まったカラをとってあげる」ということを望んでいるわけではないでしょう。デンデンムシは悲しみを抱えている友を訪ねていくことによって、悲しみを抱えて共に歩んでいる友がいることに気がついたのでした。デンデンムシが望んでいたことは、悲しみのつまったカラを取り除いてくれということではなくて、共に歩んでいる友がいることを見つけることでした。

新美南吉は「牛」という詩を書いています。どちらかというと、わたしには「デンデンムシノ カナシミ」よりも、「牛」という詩のほうが、なんとなく安らぎを与えてくれるような気がします。

【牛    


牛は重いものを曳(ひ)くので

首を垂れて歩く


牛は重いものを曳くので

地びたを睨(にら)んで歩く


牛は重いものを曳くので

短い足で歩く


牛は重いものを曳くので

のろりのろり歩く


牛は重いものを曳くので

静かな瞳で歩く


牛は重いものを曳くので

輪の音にきゝ入りながら歩く


牛は重いものを曳くので

首を少しづつ左右にふる


牛は重いものを曳くので

ゆっくり澤山喰べる


牛は重いものを曳くので

黙って反芻(はんすう)している


牛は重いものを曳くので

休みにはうつとりしている】

(新美南吉作・杉浦範茂『花をうめる』、小峰書店)(P170)。 

たぶん新美南吉は、重いものを曳く牛の姿をみながら、重荷をかかえて歩む自分の姿を重ね合わせたのでしょう。そして泣き言を言わないで、重い荷物を曳く牛が、自分の友のように思えたのでしょう。

悲しみを受けとめて生きるということは、そう簡単にできることでもありません。わたしの母はアルツハイマー病という病気になり、父が15年間くらい母の介護をしていました。わたしの父はわたしの母が天に召されたあと、旅行にいこうとはしませんでした。気分に転換になるだろうと思って、わたしが「お父さん、旅行にでも行こうか」と言うと、父は「おまえたちだけで行ってこい」と言いました。私たちの家族が旅行に行きたいから、父を誘っているわけではなくて、父を連れ出そうとして「旅行に行こうか」と言っているわけです。なんどか誘ったわけですが、父の答えは「おまえたちだけで行ってこい」でした。

旅行が無理であれば、どこかで一緒に食事でもしようかと思って、誘ったりしました。以前、よく行っていた中華料理屋さんにでも行こうかと誘うと、父は「あそこには行かないようにしている」と言います。「あの中華料理屋さんはお母さんと一緒によく行ったから、行ったらお母さんのことを思い出してしまう」というわけです。外で何か食べても、「ああ、これお母さんと一緒に食べたなあ。これお母さんが好きだったなあ」と思い出してしまうというわけです。それでも母が召されて5年くらいして、ときどき旅行に行くようになりました。それでも旅行先で、おいしいものなどを食べたときには、「お母さんと一緒に来ることができたら、どんなに良かっただろう」と思うと言います。なかなか人間の心というのは、むつかしいものだと思います。

人間の心についての本はたくさん出ていますし、「悲しみの心の癒し方」のような本もたくさんあります。しかし悲しみの癒され方というのは、さまざまでしょう。こうすれば癒されるというのでもないでしょう。しかし悲しみを共にしてくれる方がいてくれると思えるときに、すこし悲しみがいやされるということがあります。私たちの悲しみを知ってくださり、私たちの嘆きを受けとめてくださる方がおられることを知るときに、私たちは悲しみを抱えながらも、歩んでいくことができます。

イエスさまは自分が十字架につけられて、殺されるということを、自分の弟子たちにお話になられました。【「しばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなる」】。弟子たちはイエスさまのことを頼っていましたから、イエスさまがいなくなるということは、とても不安なことです。そしてそれは大きな悲しみの出来事です。不安になっている弟子たちに、イエスさまは【はっきり言っておく。あなたがたは泣いて悲嘆に暮れるが、世は喜ぶ。あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる】と言われました。

イエスさまの弟子たちにとって、イエスさまにまつわる思い出は、すべてが思い出してうれしいという思い出ではありませんでした。弟子たちはイエスさまが十字架につけられるときに、イエスさまを裏切って逃げ出してしまいます。恥ずかしい思い出、消し去りたい思い出がたくさんありました。聖書を読んでいますと、そうした弟子たちの恥ずかしい思い出、消し去りたい思い出がたくさん出てきます。

イエスさまのお弟子さんのペトロさんは、イエスさまがご自分が十字架につけられて殺されてしまうという話をされ、弟子たちはみんなわたしにつまずくと言われたときに、自分はぜったいにイエスさまを裏切ったりしないと言いました。しかし、ペトロはイエスさまのことを知らないと言いました。マルコによる福音書14章66節以下に「ペトロ、イエスを知らないと言う」という表題のついた聖書の箇所があります。新約聖書の94頁です。

イエスさまのことを知らないと言った出来事は、ペトロにとっては思い出したくない、できれば消し去りたいような思い出だったと思います。しかしペトロはこの思い出を消し去ろうとはしませんでした。この思い出は生涯にとって大切なイエスさまとの思い出であったからです。そしてペトロはこのイエスさまのことを知らないと言った弱い自分を抱えて、イエスさまのことを人々に宣べ伝えていきます。

イエスさまのお弟子さんたちは、「あの人の思い出・・・・・消さないで・・・・・」という思いを持っていました。イエスさまとの思い出をいろいろな人に伝えたいと思っていました。それはイエスさまが弟子たちの悲しみや苦しみをすべてわかってくださり、共に歩んでくださる方だったからです。そしてイエスさまは弟子たちの悲しみを喜びに変えてくださる方だったからです。

「あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる」。イエスさまはそう言われました。私たちにも悲しいことや辛いことが、ときに起りますが、「あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる」というイエスさまの言葉を信じて歩みたいと思います。そしてイエスさまがそうであったように、悲しんでいる人、つらい思いをしている人の傍らに、そっと寄り添ってあげることのできる歩みでありたいと思います。



(2025年11月9日平安教会朝礼拝式)


11月2日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「静かに自らを省みる」

「静かに自らを省みる」

聖書箇所 マルコ7:14-23。484/493。

日時場所 2025年11月2日平安教会朝礼拝式・聖徒の日礼拝


今日は聖徒の日です。先に天に召された方々を覚え、ご家族の方々と共に、礼拝を守っています。愛する人を天に送られたご家族の皆様は、とても悲しい思いをしておられることと思います。神さまの慰めがありますようにとお祈りいたします。

みなさんのご家族は、この平安教会で日曜日に礼拝を守っておられました。毎日曜日に教会に集い、聖書を読み、賛美歌を歌い、こころを合わせて祈っておられました。ご家族のみなさんもぜひ教会にいらしてください。そのことを天に召された方々はとても喜んでおられることと思います。 

少し前、日本ではよく「ダイバーシティ」「ダイバーシティ」という言葉が使われていました。とくに企業など、ビジネスの世界でよく使われていました。カタカナで使われているというところが、いかにもビジネスの世界で使われている言葉であるわけです。「『お台場シティ』という新しい場所の名前か何かなのかというようなことを考えているようでは、この世界では生きていけない。生きていくには『ダイバーシティ』が必要なのだ」。「ダイバーシティ」とは多様性を意味する言葉です。【ダイバーシティ(多様性)とは、異なる背景や特性を持つ個人が共存し、その違いを尊重し合うことを指します。これは、性別・人種・年齢・障害の有無・性的指向・宗教・文化など、さまざまな面での多様性を含みます。現代社会において、ダイバーシティは社会の進化とともに重要なテーマとなっており、特に企業経営においては多様な人材を受け入れ、その力を最大限に引き出すことが求められています。ダイバーシティは単なる多様化ではなく、包括的なアプローチを必要とし、すべての人々が平等に機会を持ち、貢献できる環境を作り出すことが目標です。】(金山杏佑子の解説)。でもお台場には「お台場ダイバーシティ東京プラザ」というショッピングモールがあるようですので、大阪の人だけではなく、東京の人もどうでも良いダジャレを考えるようです。多様性、とても大切なことだと思います。しかしいまは「日本人ファースト」というようなことが政治の世界で言われるようになり、あの「ダイバーシティ」はどこにいってしまったのだろうかと不思議な気がします。すこし苦労して覚えた横文字なのに、さびしい気がいたします。

よいものは外から来るという文化や信仰が、日本にはあります。そして客人(まれびと)信仰などのように、外からやってくる人を歓待して迎えるという信仰があります。これは日本だけということでもないと思います。聖書にもそうしたお話が書かれてあります。まあ実際、私たちが使っている漢字などは、中国から来ているわけです。陶器の技術も中国から朝鮮を経由して、日本に伝わっています。明治時代以降、私たちはいわゆる西洋からいろいろな文化や社会の仕組みを学びました。私たちもまたピカチュウとかスーパーマリオとか、ドラえもんや鬼滅の刃のようなマンガ・アニメーションなどなど、良きものを世界に対して伝えているわけです。世界の人たちはとても喜んでいます。

一方で、江戸時代末期の「尊王攘夷運動」のように、外からやってくる人たちに対して攻撃を加えるというようなこともありました。まあなんか外からやってくる人たち、自分たちと違う習慣や価値観をもつ人たちに対して、ちょっと不安な気持ちになるというのも、また人間の気持ちとしてはあるのだろうと思います。そんなときは「あいつらが悪い」というような気持ちになるのではなく、ちょっと落ち着いて考えてみるということが大切なのだろうと思います。

聖書の時代にも、外からやってくるものが悪いものを持ち込んでくるというような考え方がありました。ユダヤの人たちは自分たちは神さまから特別に愛されている民であるという気持ちが強かったので、異教徒と付き合うのは汚れたことだというような考えをもつ人たちもいました。

今日の聖書の箇所は「昔の人の言い伝え」という表題のついた聖書の箇所の一部です。マルコによる福音書7章14−16節にはこうあります。【それから、イエスは再び群衆を呼び寄せて言われた。「皆、わたしの言うことを聞いて悟りなさい。外から人の体に入るもので人を汚すことができるものは何もなく、人の中から出て来るものが、人を汚すのである。」*聞く耳のある者は聞きなさい。】。

ユダヤ教には「これを食べてはだめです」という決まりがあります。イスラム教にも「これを食べてはだめです」という決まりがあります。まあそういう決まりがある社会というのは、まああるわけです。旧約聖書のレビ記11章には「清いものと汚れたものに関する規定」という表題のついた聖書の箇所があります。旧約聖書の177頁です。まあいろいろな生き物が、清いものと汚れたものに分けられて、汚れたものは食べてはいけないということになっています。

たとえばレビ記11章9−12節にはこうあります。【水中の魚類のうち、ひれ、うろこのあるものは、海のものでも、川のものでもすべて食べてよい。しかしひれやうろこのないものは、海のものでも、川のものでも、水に群がるものでも、水の中の生き物はすべて汚らわしいものである。これらは汚らわしいものであり、その肉を食べてはならない。死骸は汚らわしいものとして扱え。水の中にいてひれやうろこのないものは、すべて汚らわしいものである。】。ですからユダヤ人はうなぎは食べないわけです。まあもともとは、食べてみたけど、ちょっと体の調子が悪くなったので、これは食べられないものだから、食べないようにしようというようなものだっただろうと思います。

日本でも食べ合わせが悪い食べ物があるように言われたりします。「うなぎと梅干は食べ合わせが悪い」とか「天ぷらとスイカは一緒に食べたらだめだ」というようなことがあります。日本でも、しいたけは食べていいけれども、毒きのこは食べてはだめだというようなことがあるわけです。

食べることができるものと食べることができないものとかはあるわけですが、でもその理由が汚れているか汚れていないかというようなことになってくると、ちょっとおかしなことになってきます。「あんた、うなぎ食べたから、汚れている」とか「豚肉食べたから汚れている」とか、ちょっと困るわけです。なので、そんなことはないのだと、イエスさまは言われました。「外から人の体に入るもので人を汚すことができるものは何もなく、人の中から出て来るものが、人を汚すのである」と言われたわけです。

マルコによる福音書7章17−19節にはこうあります。【イエスが群衆と別れて家に入られると、弟子たちはこのたとえについて尋ねた。イエスは言われた。「あなたがたも、そんなに物分かりが悪いのか。すべて外から人の体に入るものは、人を汚すことができないことが分からないのか。それは人の心の中に入るのではなく、腹の中に入り、そして外に出される。こうして、すべての食べ物は清められる。」】。

イエスさまの弟子たちは、イエスさまが「汚れたものを食べたから、汚れる、というようなことはないのだ」と言われたことについて、もう一度、家に帰って、イエスさまに確認します。イエスさまは口から入ったものは、腹の中に入って、そして外に出されるのだから、汚れたものを食べたら汚れるというようなことはないのだと言われます。腹の中に入ったら、すべての食べ物は清められるのだ、「ああ、おいしかった」って思うだろうと、イエスさまは弟子たちに言われました。

マルコによる福音書7章20−23節にはこうあります。【更に、次のように言われた。「人から出て来るものこそ、人を汚す。中から、つまり人間の心から、悪い思いが出て来るからである。みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである。」】

あなたたちは汚れた食べ物を口に入れたら汚れるというようなことを言うけれど、「人の口から出てくるものこそ、人を汚すのだ」と、イエスさまは言われました。あなたのこころのなかに目を向けなさい。あなたの心の中には悪い思いがたくさんあるだろう。人の心の中には、いろいろな悪い思いがあるのだ。みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別。そうした悪があなたの中から出てきて、人を汚すのだから、注意をしなければならないと、イエスさまは言われました。

自分たちが特別な民であるという選民意識が強く、悪いものは外からくると考えていた人たちに対して、イエスさまは「あなたたちは自分の心の中に目を向けた方がよい」と言われました。こころが騒ぎ、「わるいやつらがいる」というような気持ちになったときは、すこし落ち着いて考えてみたほうが良いわけです。

だいたい、過剰に腹がたったりする時は、自分の体や心の健康状態を考えてみたほうが良いわけです。だいたい体の調子が良い時や心の調子が良い時は、人はあんまり腹を立てたりしないものです。おいしいソフトクリームを食べながら、腹を立てる人とか、まああんまり見たことないのです。過剰に腹がたったりする時は、自分の体や心の健康状態を考えてみたほうが良いわけです。「また小笠原牧師は医者でもないのに適当なことを言っているなあ」と思われる方もおられるかも知れません。

お台場ダイバーシティ東京プラザから車で10分のところにあります、がん研有明病院の腫瘍(しゅよう)精神科部長の清水研(しみず・みがく)さんも「怒りは傷ついているサイン」と言っています。【怒りは、自分の根っこにある本質から出てきます。怒りを感じるということは、自分が傷ついているサインなのです。では、怒りをおぼえた時にどうすればいいのか。短絡的に暴言をはくなどすれば、自分も損をします。最良の戦術を吟味するため、いったん態度を保留にして持ち帰るとよいでしょう】(朝日新聞、2025年10月31日)ということです。

イエスさまは食べ物の話をされながら、「外から汚れがやってくる」、「外から悪い者がやってくる」と腹を立てている人たちに対して、ちょっと落ち着いて、静かに自分のことを考えてみるということをしたほうが良いと言われました。「みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、これらの悪はみな中から出て来て、人を汚す」ものだから注意をしたほうがよい。いまのあなたの体や心の状態は大丈夫ですか。いま、あなたの心の中によくないものがあるのではないですか。すこし静かに自分のことを考えてみて、そして元の心持ちの良いすてきな自分に戻ったほうがよいのではないですか。私たちはすこし落ち着いて考えてみると、もともと心持ちの良いすてきな人間であったことに気づきます。神さまが私たちをそのようにつくられたからです。

静かに落ち着いて自らを省みるということは、とても大切なことです。皆さんのご家族であり、私たちの信仰の先輩である方々も、そのように歩まれました。天におられる私たちの信仰の先輩たちは、神さまを見上げつつ、自らを省みながら、謙虚に歩まれました。礼拝に集い、讃美歌を歌い、聖書の言葉に耳を傾け、そして静かに祈りつつ歩まれました。

私たちも私たちの信仰の先輩たちがそうであったように、静かに落ち着いて自らを省みつつ歩みたいと思います。神さまに祈りつつ、神さまが創造された良き人として歩んでいきたいと思います。





(2025年11月2日平安教会朝礼拝式・聖徒の日礼拝) 


2025年10月25日土曜日

10月26日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「家に帰って家族を愛してあげてください」

「家に帰って家族を愛してあげてください」 

聖書箇所 マルコ10:2-12。211/475。

日時場所 2025年10月26日平安教会朝礼拝式

 

鈴木結生(すずき・ゆうい)さんは、2025年1月15日に「ゲーテはすべてを言った」で、第172回芥川賞を受賞しました。鈴木結生さんはクリスチャンでお父さんは牧師です。鈴木結生「ゲーテはすべてを言った」は、引用ということについて、いろいろと考えさせられる小説です。「ゲーテはすべてを言った」というのは主人公の日本人が若いときにドイツ人の友人に教えてもらった冗談です。【「ドイツ人はね」とヨハンは言った。「名言を引用するとき、それが誰の言った言葉か分からなかったり、実は自分が思い付いたと分かっている時でも、とりあえず『ゲーテ曰く』と付け加えておくんだ。何故なら、『ゲーテはすべてを言った』から】。「何でもいいから試してみろ」と言われて、主人公は限られたドイツ語の語彙の中から、気の利いたこともいえず、「ゲーテ曰く、『ベンツよりホンダ』」と答えます。「ゲーテ曰く」と言えば、まあどんな言葉もまともな名言に聞こえるわけです。

マザー・テレサの名言と言われている言葉に「愛の反対は無関心である」という言葉があります。とても考えさせられる言葉であるわけですが、この言葉はマザー・テレサの言葉ではなく、アウシュヴィッツ強制収容所を体験者である小説家のエリ・ヴィーゼルの言葉だそうです。鈴木結生「ゲーテはすべてを言った」に、そう書かれてありました。エリ・ヴィーゼルはノーベル平和賞を受賞しています。『愛の対義語は憎しみではなく無関心だ。人々の無関心は常に攻撃者の利益になることを忘れてはいけない』。でもマザー・テレサが「愛の反対は無関心である」と言ってもおかしくはないような気もします。

「家に帰って家族を愛してあげてください」という言葉は、マザー・テレサの言葉です。ノーベル平和賞をマザー・テレサが受賞をしたときにのインタビューのなかで、「世界平和のために私たちができることは何でしょうか」と問われたときに、マザー・テレサは「家に帰って家族を愛してあげてください」と言ったそうです。「家に帰って家族を愛してあげてください」。わたしも言えるような言葉でありますが、でもマザー・テレサが言っているから、なんかとても価値のある名言のように聞こえます。

家族を顧みないで働くということは、昔はまあ美徳のようなところがありました。世界平和のために家族を顧みないで働いたというりっぱな社会活動家もいました。「私たちの時代は家族を顧みないで必死で働いた」というのは、良いこととして話されたわけですが、いまはそういうことは一般的に、させてはいけないことになっています。キリスト教界でも、教区の活動などで一生懸命な方もおられ、あまりに一生懸命になりすぎているなあと思ったとき、わたしも「家に帰って家族を愛してあげてください」と声をかけたくなりました。

申命記24章5節にはこんな言葉が書かれてあります。旧約聖書の318頁です。【人が新妻をめとったならば、兵役に服さず、いかなる公務も課せられず、一年間は自分の家のためにすべてを免除される。彼は、めとった妻を喜ばせねばならない】 。結婚した一年間は兵役が免除されるということです。一年間は自分の家のことをして、「彼は、めとった妻を喜ばせねばならない」のです。もうずっと昔に、「家に帰って家族を愛してあげてください」ということが制度化されているわけですね。

今日の聖書の箇所は「離縁について教える」という表題のついた聖書の箇所です。日本の現代の法律では「離縁」とは養子縁組の解消という用語ですが、今日の聖書の箇所では「離縁」というのは「離婚」ということであるわけです。

マルコによる福音書10章2ー4節にはこうあります。【ファリサイ派の人々が近寄って、「夫が妻を離縁することは、律法に適っているでしょうか」と尋ねた。イエスを試そうとしたのである。イエスは、「モーセはあなたたちに何と命じたか」と問い返された。彼らは、「モーセは、離縁状を書いて離縁することを許しました」と言った。】

ファリサイ派の人々がイエスさまのところにやってきて、夫が妻を離縁することについて尋ねます。イエスさまは「預言者モーセがどのように言っているか」と、ファリサイ派の人々に問われます。そしてファリサイ派の人々は、申命記24章1節以下の言葉などから考えて、「モーセは離縁状を書いて離縁することを許しました」と答えます。

申命記24章1ー4節にはこうあります。旧約聖書の318頁です。【人が妻をめとり、その夫となってから、妻に何か恥ずべきことを見いだし、気に入らなくなったときは、離縁状を書いて彼女の手に渡し、家を去らせる。その女が家を出て行き、別の人の妻となり、次の夫も彼女を嫌って離縁状を書き、それを手に渡して家を去らせるか、あるいは彼女をめとって妻とした次の夫が死んだならば、彼女は汚されているのだから、彼女を去らせた最初の夫は、彼女を再び妻にすることはできない。これは主の御前にいとうべきことである。あなたの神、主が嗣業として与えられる土地を罪で汚してはならない】。

ファリサイ派の人々はこの聖書の箇所をもとにして、離縁状を書いたら離縁することができるとモーセが言っているのだと言うわけです。法律は解釈というものがつきものですから、イエスさまの時代も離縁についていくつかの法律解釈が行われていました。「妻に何か恥ずべきことを見いだし」とありましたから、これはどういうことを意味するのかというようなことが話し合われるわけです。ある人は贅沢三昧をする妻の場合は離縁できるというようなことを言いますし、「いやいや、特に理由などなくても良いのだ」というふうに考える人もいました。

イエスさまの時代は夫より妻のほうが立場が弱いという時代でした。ですから夫のほうは簡単に離縁ができたら良いというふうに考える人が多く、「離縁状を書いたら、どんな理由であれ、離縁できる」と考えたい人がいたわけです。

それに対して、イエスさまは離縁をしたらいけないのだと言われます。マルコによる福音書10章5−9節にはこうあります。【イエスは言われた。「あなたたちの心が頑固なので、このような掟をモーセは書いたのだ。しかし、天地創造の初めから、神は人を男と女とにお造りになった。それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。だから二人はもはや別々ではなく、一体である。従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない。」】。

イエスさまは旧約聖書の創世記の天地創造の物語から、人の婚姻は神さまの意志であるのだから、離縁をしてはいけないと言われます。【男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる】(創世記2章24節)なのだから、【神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない】のです。

マルコによる福音書10章10−12節にはこうあります。【家に戻ってから、弟子たちがまたこのことについて尋ねた。イエスは言われた。「妻を離縁して他の女を妻にする者は、妻に対して姦通の罪を犯すことになる。夫を離縁して他の男を夫にする者も、姦通の罪を犯すことになる。」】。

イエスさまがファリサイ派に対して説明した離縁についてのことを、イエスさまの弟子たちはイエスさまにもう一度尋ねます。弟子たちはなんとなく納得がいかなかったわけです。「え、離縁状があったら離縁できるじゃないの?」と、まあ多くの弟子たちは思っていたのだろうと思います。

離縁について尋ねる弟子たちに対して、イエスさまは「離縁はしてはだめなのだ」と言われます。そして離縁をして再婚をすることもだめだ、それは姦淫の罪を犯すことになる。夫が妻を離縁するのもだめだし、妻が夫を離縁するのもだめなのだと言われました。

マタイによる福音書にも同じような内容の「離縁について教える」という表題のついた聖書の箇所があります。マタイによる福音書19章1−12節です。新約聖書の36頁です。ここでイエスさまは「不法な結婚でもないのに妻を離縁して、他の女を妻にする者は、姦通の罪を犯すことになる」と言われました。そしてそれに対して、弟子たちは「夫婦の間柄がそんなものなら、妻を迎えない方がましです」と答えています。勝手に離縁することができるから結婚するけど、そうじゃないのであれば、結婚なんて窮屈だから結婚なんかしないということです。

イエスさまは一度結婚したら、絶対に離縁してはならないと言っておられるわけですが、現代では社会状況も結婚の事情も変わっていますから、そのままイエスさまの言われることが絶対正しいのだというふうに言うこともできません。結婚してみたけれど、相手はどうしようもない暴力的な人で、命の危険を感じるというようなこともあります。保険金目当ての結婚詐欺だったというようなこともあります。

イエスさまが言わんとしておられたことは、立場の弱い女性に対して、心ないことをすることは、神さまの前に許されないことだということです。あなたは自分勝手なことばかりを考えるのではなく、周りにいる人たちのことを考えて生きていきなさいということであるわけです。

人は夢をもって生きていきたいと思いますから、ときどき大きなことを言いたくなります。「この国のために」とか「世界平和のために」とか言いたくなるわけです。マザー・テレサもそうした質問を受けています。「世界平和のために私たちができることは何でしょうか」。そしてそれに対して、マザー・テレサは「家に帰って家族を愛してあげてください」と答えました。マザー・テレサは「まず、自分の周りのことから始めなさい」というふうに言ったわけです。気をひくような言葉を語って、さも自分が何かを考えていたり、行なっていたりするように見せるのではなく、実際の小さな愛の業を大切にしなさい。「家に帰って家族を愛してあげてください」と、マザー・テレサは言いました。

イエスさまが「離縁をしてはいけない」と言うことによって、立場の弱い人たちを守るということに心にとめて歩んでいきなさいと言われました。神さまの愛にみちた私たちの世界にしようじゃないか。神さまは私たちを愛してくださり、一人一人大切にしてくださっているのだから、私たちもまた互いに相手のことを大切にして、互いに尊敬しあって歩んでいこう。

イエスさまの招きに従って、愛に満ちた世界を、私たち自身の周りから作り出していきたいと思います。



  

(2025年10月26日平安教会朝礼拝式)


10月19日平安教会礼拝説教要旨(野本千春牧師)「神の負ける場所」

「神の負ける場所」    野本千春牧師

創世記22,1~13節 


今から35年前、平安教会には何人かの精神に障害を持った人たちが土日に立ち寄ったり、教会員となって礼拝に出ていた。その中の30代の男性、Tさんはまだ若いときに統合失調症を発症したひとだった。高校卒業の前後よりずっと左京区内の精神科病院に入院し、週末に外泊と言って右京区の実家に帰っていた。Tさんは土曜日、外泊のときに教会に立ち寄って、日曜日の礼拝の準備をしている神学生であった私と会話をした。Tさんがあるときから「閉鎖病棟は神の負け」と何回も繰り返すようになった。Tさんは病院で「暮らして」20年近くがたっていた。その後、私は仕事でその病院の閉鎖病棟の中をのぞく機会を得たが、その病棟は落ち着いたクリーンな印象で、「神が負ける」地獄のような場所とは決して思えなかった。ではTさんが語った、「神の負け」とはどういう意味であったのか、そのことを彼のイエス・キリストへの信仰の証言として理解するまで私は長い年月を必要とした。Tさんは人生の半分を閉鎖病棟で送っていた。当時は統合失調症と言う名ではなく、精神分裂病と呼ばれていた時代。精神科の治療も現在以上に手探りの療法しかなく、現在の様に副作用の比較的軽い薬が開発されてはおらず、飲めば大きな負担が心身にかかった。病気が少し良くなってくると、今度は自分の置かれた状況を認識せざるを得ず、人生に絶望し自ら命を絶つ若者が多かった。病気になってしまえば神も仏もなかった。そのような状況で閉鎖病棟で人生を送っていたTさんにとって、そこが当時としてはいかに近代的な医療環境を維持できていたとしても、「神はそこでなになさっておられるのか」と心から嘆かざるを得ない場所であったと思う。しかしそのような場にもかかわらず、いやそのような場であるからこそ、イエス・キリストは彼と共に十字架につき、共に居られたのではないか。その体験をTさんは「閉鎖病棟は神の負け」という重い言葉で身をもって信仰告白をされたのではないか。イエス・キリストという私たちの神は、「閉鎖病棟は神が負ける場所」と言い切り、絶望を口にするTさんと共に十字架を担って居られた神なのではないのか。イエス・キリストは十字架の苦しみを苦しむものと共に苦しみ切り、復活の望みを望むものと共に望み切る神である。Tさんの言った「閉鎖病棟は神の負け」、すなわち「神の負ける場所」に在って、実にイエス・キリストは「インマヌエル」なる神、すなわち、「ともに居ます」神、であったのだ。今朝の聖書の箇所は、信仰の祖、と言われるようになったアブラハム、徹底して神とともに歩んだ人と、待ち望んで授かった最愛の息子イサクの物語である。アブラハムは神が命じるままに、最も大切なひとりご、イサクをほふり、神にささげようとした。その時のアブラハムの胸の内は描かれていないが、これ以上の苦しみはないというほどの苦しみを味わい、これ以上の痛みはないという痛みを味わったのではないか。新約聖書の、ヨハネによる福音書3、16は「神はその独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じるものが一人も滅びないで永遠の命を得るためである。」、すなわち、神が最愛の独り子を人間の赦しと救い為にこの世にささげた、と証しするのである。そこに神御自身の痛切な苦しみと痛切な痛みがある。そして十字架の神、イエス・キリストは十字架というもっとも痛みと苦しみの、もっとも弱い姿を取られて、私たちに神の愛を顕してくださった。神は私たちの罪の赦しと和解と救いのために十字架の上で敗北してくださったのである。であるから、たとえ私たちが死の影の谷を歩んでいても、そこにはかならず私たちの神、イエス・キリストが共に歩んでくださっているのである。



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