「神に委ねたいのち」
聖書箇所 マルコ15章33-41節。307・311。
日時場所 2026年3月29日平安教会朝礼拝・棕櫚の主日礼拝
わたしは昔、新潟県の三条市で牧師をしていまいました。三条市の近くには新潟県三島郡出雲崎町というところがありました。出雲崎は良寛という僧侶が生まれた町です。良寛は、1831年1月6日(陽暦2月18日)に天に召されました。葬儀は1月8日に行われ、その日はかなりの雪が降ったそうです。伝承では、寒い雪の中約千人の人が葬儀に参列したと言われています。
良寛の辞世の歌は、【形見とて 何か残さん 春は花 山ほととぎす 秋はもみじ葉】であったと言われます。「形見とて何か残さん」と言ったとき、このままの自然は、わたしが天に召されたあとも、悠然と過ぎていく。わたしも自然に帰るだけだ」というような歌でしょうか。
年老いた良寛の世話をしていた貞心尼(ていしんに)は、良寛との日々を書いた「はちすの露(つゆ)」という著書の中で、良寛の辞世の句について書いています。【ても遠からず、かくれさせ給ふらめと思ふにいと哀しくて 貞 「いきしにの さかひはなれて すむみにも さらぬわかれの あるぞかなしき」(生き死にのさかい離れて住む身にも、さらぬ別れのあるぞ悲しき) 御かえし 「うらを見せ おもてを見せて ちるもみぢ」(裏を見せ 表を見せて散る もみぢ) 師】。貞心尼が良寛が天に召されようとしているのを悲しく思い、「生死の境を離れれば仏となる。仏となって身にも別れは悲しいのでしょうか」という歌を良寛に対して読みます。それに対して良寛は「貞心、おら、おめさんにおらのうらもおもてもみせた。もうもみぢのように散っていくさ」と答えたのでした。「うらを見せおもてを見せてちるもみぢ」、これが良寛の辞世の句だと言われたりします。
しかし別の話もあります。良寛に辞世の句について人が尋ねたら、「散る桜 残る桜も 散る桜」と答えたと言われます。「いまわたしは桜のように散り、天に召されようとしているけれども、いまわたしを天に送ろうとしているみんなも、わたしと同じようにいつかは天に召されるんだよ」というような句でしょうか。「散る桜 残る桜も 散る桜」、これが良寛の辞世の句だと言われたりもします。
また、別の話もあります。【「良寛の辞世を何と人問はば死にたくないといふたとしてくれ」であったという】という話もあります。(「良寛禅師重病の際、何の御心残りはこれなきかなと人問いしに、死にとうなしと答う。また辞世はと人問いしに、散る桜残る桜も散る桜」、地蔵堂町の小川家に残された文書)。良寛くらいえらい人になると、辞世の歌や句というものが、どんなものであったのかということが問われます。「やっぱり良寛様はりっぱなことを言って死んで行かれた」。みんなそのように思いたいわけです。しかし良寛は人間はそんなにきれいに死んで行かなくていいんだと言うのです。そんなりっぱに死ぬ必要なんかない。説教をたれながらりっぱに死んで行かなくても、「死にとうない」と言って死んでいけばいいんだと、良寛は言ったということです。
良寛の死に際しての話はこのようにいろいろあるわけです。しかしもっとも確証のある話は、つぎのようなものです。良寛をよく知っていた證聴(しょうちょう)は「師即開口阿一声耳。端然座化」(師即ち口を開きて阿一声するのみ。端然として座化す)と記しています。良寛は師に際して「あっ」と一言いっただけであった。そして座ったまま成仏したということです。良寛の死に際というのは、たぶんこういう感じだったのだと思います。しかし後の人はいろいろと正に死に際というようなときでないような話ももってきて、良寛の辞世の歌や句にしたり、死に際の話にしたりしています。わたしは個人的には「良寛の辞世を何と人問はば死にたくないといふたとしてくれ」という話がとても好きです。そしてほんとうに良寛らしい話だと思います。良寛の世の中に対するひねかたとか、その生き方というものをよくあらわしたような話だと思います。
この良寛の死に際しての話は、イエスさまの死についての話を思い起こさせます。イエスさまの死についても、それぞれの福音書がそれぞれに、イエスさまの死について書いています。今日の聖書の個所は「イエスの死」という表題のついた聖書の個所です。マルコによる福音書15章33ー34節にはこうあります。【昼の十二時になると、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。三時になるとイエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」。これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である】。
マルコによる福音書では、イエスさまが十字架につけられたのは午前九時でした。それから6時間後の3時に、イエスさまは天に召されます。その間、イエスさまは十字架につけられていたということです。十字架刑というのは苦しみが一瞬で終わるという刑罰ではありません。首を切るというのであれば、短い時間で終わるわけです。しかし十字架刑というのは、手だけで体を支えていることによって呼吸困難になり、長い間かかって死ぬことになります。2日くらい生きている人もいるようです。イエスさまは最後のときを意識したのでしょうか、イエスさまは大声で叫ばれました。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」。「神さま、どうしてわたしを見捨ててしまわれたのですか」。イエスさまはお声でそう叫ばれました。
マルコによる福音書15章35−36節にはこうあります。【そばに居合わせた人々のうちには、これを聞いて「そら、エリヤを呼んでいる」と言う者がいた。ある者が走り寄り、海綿に酸いぶどう酒を含ませて葦の棒に付け、「待て、エリヤが彼を降ろしに来るかどうか、見ていよう」と言いながら、イエスに飲ませようとした】。
酸いぶどう酒というのは気付け薬です。イエスさまが苦しみのため意識がもうろうとしているのを、酸いぶどう酒を与えて意識をはっきりさせようとしています。そしてイエスさまが「エロイ、エロイ」「神さま、神さま」と呼んだのを聞いたので、「神の子イエスを神さまが助けに来るかどうかみよう」と言ったのでした。
マルコによる福音書15章37−39節にはこうあります。【しかし、イエスは大声を出して息を引き取られた。すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた。百人隊長がイエスの方を向いて、そばに立っていた。そして、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「本当に、この人は神の子だった」と言った】。
イエスさまは大声を出して叫び、天に召されます。そのとき神殿の垂れ幕が真っ二つにさけます。神殿の垂れ幕が裂けるというのは、神さまに頼るのではなく、人が作り出した神殿に頼る人間に対する神さまの怒りを表しています。神殿の垂れ幕が真っ二つに裂けたことをみて、異邦人である百人隊長が「本当に、この人は神の子だった」と信仰の告白をします。
マルコによる福音書15章40−41節にはこうあります。【また、婦人たちも遠くから見守っていた。その中には、マグダラのマリア、小ヤコブとヨセの母マリア、そしてサロメがいた。この婦人たちは、イエスがガリラヤにおられたとき、イエスに従って来て世話をしていた人々である。なおそのほかにも、イエスと共にエルサレムへ上って来た婦人たちも大勢いた】。
イエスさまの死を遠くから見守っていたのは、女の人たちでした。イエスさまの弟子たちはこのときみんな逃げ出していたのです。イエスさまに一番近かったはずの弟子たちは逃げだしています。ペトロはイエスさまを知らないと言ったのに、イエスさまの死に際して、異邦人である百人隊長が「本当に、この人は神の子だった」と言いました。また12弟子に入れられることのない女の人たちが、イエスさまの死を見守っていたのです。
イエスさまの十字架のうえでの死について、四つの福音書が記しています。その描き方は同じではありません。マルコによる福音書のイエスさまは、いまみてきたように、大声で叫びます。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」。マルコによる福音書のイエスさまは、十字架のうえで泣き言をいう、あまり格好のよくないイエスさまです。マタイによる福音書(2745-2756)もマルコによる福音書によく似ています。ルカによる福音書(2344-2349)のイエスさまは「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」と叫びます。また十字架につけられたときは、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」と言います。ルカによる福音書のイエスさまは、格好のいいイエスさまです。ヨハネによる福音書(1928-30)は「渇く」「成し遂げられた」というふうに言います。とても淡々としています。それぞれの福音書が、イエスさまの死に際を、自分の思うように描きます。それはそれぞれがイエス・キリストに対する信仰の告白であるのです。いろいろに描かれるイエスさまの死に際ですが、共通していることは、イエスさまが神さまによって祝福されているということです。イエスさまは神さまの御旨として、十字架につけられ、天に召されたということです。
マルコによる福音書のイエスさまは、「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と嘆きます。マルコによる福音書のイエスさまは、格好よくありません。もっと格好よく、天に召されてもいいのではないかとも思います。じっさいもっと格好よく天に召されるえらい人はたくさんいます。しかしイエスは泣き言を言いながら、天に召されていきます。格好悪い。しかしわたしはこの格好悪さが、私たちにとって大きな救いなのです。
イエスさまは自分の十字架を背負うこともできないで、十字架につけられ、ぼろぼろになり、叫び声をあげて、天に召されていきます。十字架から降りてくることもなく、なさけないなりで天に召されていきます。この格好の悪さが、私たちにとって大きな救いなのです。苦しみを苦しみとして、叫び声をあげる。格好よく死んでいこうなどと思わない。「イエスはなさけないやつだった」と人々はうわさをするかも知れない。しかしそれでもかまわない。
イエスさまは十字架のうえで「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と嘆くのは、イエスさまが私たちと同じように、苦しみの極限を経験されたということです。私たちと同じように、神さまに対して嘆きの声をあげて、天に召されていった。そのことによって、私たちは同じように神さまに対して嘆きながら生きている私たちをも、神さまは受け入れてくださり、愛してくださっていることを知ることができるのです。十字架のうえで嘆くイエスさまは、すべてを神さまにゆだねているしるしです。神さまの前では、格好のよさなど必要ない。神さまの前では、自らのすべてをさらけ出し、どろどろとした心のなかをすべて神さまにお見せしてもかまわないということです。どろどろとした罪のなかにあっても、神さまは私たちを愛し、祝福してくださっている。イエスさまはすべてを神さまにゆだねられたのでした。
私たちの神さまは、苦しみのなか叫び、泣き言をいう弱さをも受け入れてくださる神さまです。私たちひとりひとりをそのままで愛してくださり、私たちを憐れんでくださるかたなのです。詩編31編23節は、つぎのように神さまを讃美しています。旧約聖書の862頁です。詩編31編23節、【恐怖に襲われて、わたしは言いました「御目の前から断たれた」と。それでもなお、あなたに向かうわたしの叫びを、嘆き祈るわたしの声をあなたは聞いてくださいました】【恐怖に襲われて、わたしは言いました「御目の前から断たれた」と。それでもなお、あなたに向かうわたしの叫びを、嘆き祈るわたしの声をあなたは聞いてくださいました】。
私たちは強い者ではありません。いろいろなことに恐ろしくなって、おびえてしまいます。普段は「神さまがいちばん」などと言っていても、いざとなるとこの世のおきてに身をゆだねてしまいます。苦しいことや悲しいことがあれば、「御目の前から断たれた」、「神さまはわたしを見放してしまわれた」と言ってしまいます。そんな弱さをもっている私たちです。嘆き、悲しみ、絶望して、叫び声をあげる。「神さま、どうして、わたしを見捨ててしまわれたのですか」。イエスが十字架のうえで叫んだ叫びは、弱い私たちの叫びです。しかしその叫びは、神さまに向かっています。神さまが聞いてくださっているのです。嘆き祈る私たちの声を、神さまは聞いていてくださるのです。私たちは神さまの前で、格好をつける必要はないのです。
イエス・キリストは十字架への苦難の道を歩まれました。絶望にみえるその道こそが、私たちにとって希望であります。弱々しいイエス・キリストの姿こそ、私たちにとって救いです。私たちの主イエス・キリストは、すべてを神さまにゆだねて歩まれました。なにもかも神さまにゆだね、神さまから与えられたいのちを、神さまに返されました。私たちも主イエス・キリストと共に、すべてを神さまにゆだねて歩んでいきましょう。私たちの弱さを受け入れ、私たちの罪をイエス・キリストの十字架によって赦してくださる神さま。私たちを赦し、祝してくださる神さまに感謝して、すべてを神さまにゆだねていきましょう。
(2026年3月29日平安教会朝礼拝・棕櫚の主日礼拝)
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