2026年1月24日土曜日

1月25日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「汚れた霊が逃げていく」

「汚れた霊が逃げていく」

聖書箇所 マルコ1:21-28。3/520。

日時場所 2024年3月16日平安教会朝礼拝式      


8年ほど前に、大阪教区の委員として、韓国基督長老会京畿南老會との交流についての打ち合わせの会で、韓国のソウルの警察庁人権保護センターというところを訪問しました。警察庁人権保護センターということですから、韓国の警察庁の施設であるわけです。この建物は、昔、南営洞対共分室という内務部治安本部傘下の対共捜査機関があり、その庁舎でありました。この建物の中で政府に反対をして、韓国の民主化運動をしていた人たちを捕まえて、拷問をしていたという施設です。ちょっとおそろしい施設であるわけです。まあ国家というのは、どの国でも怖いことを行なうことがあるわけです。日本でも戦争中に罪のない人たちを捕らえて拷問をするというようなことが行われていました。キリスト教も歴史のなかで、魔女狩りというようなことを行なって、拷問を行なっていました。

1987年に朴鍾哲(パク・ジョンチョル)さんという学生が取り調べをうけて拷問により死亡したということが明らかになります。そしてこの施設に対する真相究明が進んでいき、韓国の民主化が行なわれていくことになります。そして韓国の民主化ののちに、拷問が行なわれていたこの施設が、警察庁人権保護センターという施設として残されているということです。国家が起こした罪を反省して、そうしたことが起こらないようにと、拷問をしていた施設を、警察庁人権保護センターとして残しているということです。

この建物は金壽根 (キム・スグン)という韓国近代建築の巨匠と言われる建築家によって建てられています。この建物は、外から拷問をしていることがわからないようにするような感じで作られています。また拷問しやすい部屋の作りになっています。ドアを開けても捕らえられている人たちが、互いに見えないような作りになっています。悪霊の仕業としか思えないような建物です。とても有名な建築家によってこの建物が設計されているということに、わたしはとても重い気持ちになりました。だれもそんな拷問を行ないやすい建物など、建てたくはないわけです。しかし拷問を行なう国家の指導者が、そのような建物を建てたいといえば、だれかがそうした建物を設計し、建物は建てられます。「おまえなら、どうする」。そういう重い問いが投げかけられているような気がして、警察庁人権保護センターをあとにしました。

【建物の外観は黒いレンガでできている。建物には拷問の痕跡を隠し、外部との断絶するための工夫がされている。5階の取調室の窓が非常に小さくなっており外部との断絶が図られている。被疑者は建物の裏側に設けられた小さな裏口を通り、5階の尋問室に直結する螺旋階段を上り尋問室へ通される。尋問室は全部で15室ある。尋問室内には、浴槽と水洗トイレ、ベッド、固定された椅子と机があった。 また、尋問室のドアは互いに向かい合わないように設計されており、ドアを開けていてもお互いが見えないようになっている。】(wikipedia)

今日の聖書の箇所は「汚れた霊に取りつかれた男をいやす」という表題のついた聖書の箇所です。イエスさまはガリラヤで伝道を始められ、そしてペトロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネを弟子にされました。そして今日の聖書の箇所となります。

マルコによる福音書1章21−22節にはこうあります。【一行はカファルナウムに着いた。イエスは、安息日に会堂に入って教え始められた。人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。】。安息日にユダヤ教の会堂で律法学者たちが、律法についての教えを解説していました。まあ今日はイエスさまに会堂で話をしなさいということになり、イエスさまがお話をしたわけですが、人々はその教えを聞いてとても驚きました。いつもの律法学者たちの話とは違って、「権威ある者」のように話をされたからでした。

マルコによる福音書1章23ー26節にはこうあります。【そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ。「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った。】。

会堂の中に汚れた霊に取りつかれた男の人がいました。そして男の人はイエスさまに向かって叫びました。「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」。聖書の中では、律法学者たちやファリサイ派の人々は、イエスさまのことを理解していない人として出てくるわけです。しかし汚れた霊はイエスさまのことをよく理解しているわけです。汚れた霊は「ナザレのイエス。神の聖者だ」と言うわけです。

しかしまあよくわかっているから、汚れた霊に対して、「あなた、よくわたしのことがわかっていて、えらいね」と誉めてあげるというようなことはあるはずはありません。イエスさまは汚れた霊に対して、「黙れ。この人から出て行け」と言われました。すると、汚れた霊はこの人にけいれんを起こさせます。そして大声をあげて、この男の人から出てきました。イエスさまはこの男の人に対して、いやしのわざを行なわれたわけです。

マルコによる福音書1章27−28節にはこうあります。【人々は皆驚いて、論じ合った。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。」イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった。】。

人々は会堂で行なわれたイエスさまの業をみて、みんな驚きます。そして「これはどういうことなのだろう」と思いました。「汚れた霊も、この人の命令に従う。この人が汚れた霊に命令すると、言うことを聞いて出ていったではないか。この人の教えは権威ある新しい教えだ」と人々は思いました。そしてみんなこの出来事を伝えていきます。「すごいことがあったんだ。イエスさまが汚れた霊に命じると、汚れた霊に苦しんでいた男から、汚れた霊が逃げ出していったんだ。その時の声はそれはそれはすごかった。やっぱ、イエスさますごいわ」。そういううわさがガリラヤ地方の隅々にまで広がっていくことになりました。

汚れた霊とか悪霊というと、ちょっとおどろおどろしいですし、実際にそんなものがあるのかというような気にもなります。そうしたものは科学が発達していなかった古代や中世のもので、いまはそのようなものはないというような気もします。

しかしいまの私たちの時代も、汚れた霊や悪霊に取りつかれているような気持ちにさせられる時代です。いつまでも私たちの世界では戦争が続いています。大国が他の国の領土を、そこに住んでいる人々を守るというような名目で、侵略をしていきます。自分たちにとって都合の悪い他国の悪い指導者は、武力で持って拉致してしまえば良いのだというようなことが行なわれたりします。汚れた霊や悪霊に取りつかれているかのような世界です。

イエスさまが汚れた霊を追い出すようすを見て、人々は「この人は権威ある新しい教え」を語っていると言いました。汚れた霊もイエスさまの言うことに従う。イエスさまは神さまの権威でもって語っておられる。そのように人々は思いました。律法学者たちやファイサイ派の人々が語った教えは、そうした力のない教えでした。汚れた霊や悪霊の働きを容認してしまう教えでありました。「仕方がないよ。どうしようもないのだから。見て見ぬふりをするしかないよね」。

おかしなことをしている力のある人に対して、「あなたのしていることは、おかしいよ」と言うことは、なかなかむつかしいことです。大国と言われるよう国の指導者に対して、「あなたのしていることは、おかしいよ」と言うことはむつかしいことのようです。私たちの国もそこそこ大きな経済力をもつ国だと言われますが、それでもなかなか大国の指導者に対して「あなたのしていることは、おかしいよ」とは言えないようです。私たちなどはもっと力のない者ですから、世の中の雰囲気に呑まれて、口を閉ざしてしまいそうになります。

しかしあまり口を閉ざしていますと、汚れた霊や悪霊が力強く漂う社会になってしまいます。それもまた困りますので、「やっぱり、それはよくないよ」と伝えていくことも大切です。悪霊の漂う社会は、りっぱな建築家に、拷問をする建物を作らせるというようなことを行なうのです。悪霊の漂う社会は、りっぱな科学者に、大量に人を殺す兵器を作らせるというようなことを行なうのです。それはあまりに悲しい社会です。

イエスさまは男の人に取りついている汚れた霊に「この人から出て行け」とお命じになられました。そして汚れた霊は男の人から出ていきます。私たちには汚れた霊や悪霊をお叱りになるイエスさまがおらえます。イエスさまが力強い御手でもって、汚れた霊や悪霊を追い払い、私たちの社会が神さまの御心に適う社会へと導いてくださいます。

そして私たちもまた汚れた霊を遠ざけるような生き方をしたいと思います。私たちはいつも主の祈りを礼拝の中で祈り、「悪より救い出したまえ」と祈ります。「悪より救い出したまえ」。誘惑の多い世の中です。また気づかないうちに、悪に取り込まれてしまうというようなこともある世の中です。「悪より救い出したまえ」と祈りつつ、神さまを信じて歩んでいきたいと思います。



  

(2026年1月25日平安教会朝礼拝式) 



1月18日平安教会礼拝説教要旨(東島勇人牧師)「今の『時』」

2026年1月18日 降誕節第4主日礼拝説教要旨

「今の『時』」 東島勇人牧師(東梅田教会)

マルコによる福音書 1:14~20節

関西労働者伝道委員会の働きを覚えて祈る交換講壇礼拝を共にでき、感謝しています。また、この機会に平安教会が当初から「街の教会」として地域の人々と共に歩もうとされてきた宣教姿勢を知ることができ、励まされています。

昨日は、阪神・淡路大震災発生から31年の日でした。震災時、私は関学神学部に在学中で、西宮の木造アパートに住んでいて被災しました。丁度その日が修士論文提出日だったのですが、私は一旦無事だった友人宅に避難した後、友人たちの安否確認や地域の救援活動をする前に、危険な状態のアパートにわざわざ戻って論文を取り出し、大学に提出しに行きました。しかし、提出日は延期との張り紙がありました。その時になって私は、人の命や困難よりも自分のことを心配していた現実を思い知らされ、自分の愚かさ、罪深さに愕然としました。4月から広島流川教会担任教師となることが決まっていたのですが、自分のような者が牧会者になってよいのかとの問いの中で葛藤しました。その時に、励ましを与えられたのが今日のイエスの言葉と招きの出来事でした。

イエスは宣教のはじめに、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われました。ここで注目すべきは、「時は満ち」という言葉です。この時ユダヤ人たちは、ローマとユダヤの支配者たちによる圧政と重税に苦しめられ、心は不安や恐れに、生活は貧しさや困難に満ちていました。しかしイエスは、今この時が神の国が現実となる時なのだと宣言したのです。そして、「悔い改めて福音を信じなさい」、すなわち「生き方の方向転換をして、神の良き報せを信じなさい」と呼びかけました。この宣言の後、イエスの招きに応えて漁師であったペトロたちが弟子となりました。ペトロたちは貧しさや困難や人間的な弱さを抱えていましたが、イエスはあえてペトロたちを選び、その招きは無条件でした。

私たちも、今この時にイエスの招きを受けている者として、どう応えていけばよいのでしょうか。イエスは招きの際に「人間をとる漁師にしよう」と言われました。「とる」は「生けどりにする」という意味の言葉です。それは、様々な現実を抱えて生きる一人ひとりと出会い、大切にし、喜びや悲しみを分かち合い、共に神の国の福音の喜びに与っていくことなのだと思います。関西労働者伝道委員会の働きも、その意味での大切な宣教活動として続けられています。労伝と、それぞれの教会の働きの上に、主の祝福と導きをお祈りいたします。


2026年1月10日土曜日

1月11日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「気づかないかな。ほら、そこに。」

「気づかないかな。ほら、そこに。」

聖書箇所 マルコ1章9−11節。419/507。

日時場所 2026年1月11日平安教会朝礼拝

 

高槻にいたときに、よく駅前の商店街のところにあった「おはぎの丹波屋」というおもちとかおはぎとかを売っているチェーン店のお店がありました。わたしはときどきこの丹波屋さんでおはぎや柏餅を買ったりしていました。わたしがあまり買わないためか、その後、丹波屋さんは店を閉じられて、わたしは残念に思っていました。すると1、2年ほどして市役所の近くの交差点のところに、再び丹波屋さんが開店したというチラシが入っていました。それで嬉しくなって買いに行きました。

阪急の高槻駅のほうから阪急線沿いに歩いてきて、市役所の近くの交差点にまでやってきて、この辺だと思って見回してみたのですが、丹波屋さんは見つかりませんでした。「おかしいなあ、確かにこの辺のはずなんだけど」と思って、もう一度、見回してみると、「あっ、あった」と気がつきました。確かにありました。いまさっきはなかったのに、丹波屋さんが忽然と現れたのです。なんかきつねに化かされているような感じで、とても不思議な気がしました。

別に、丹波屋さんが急に現れたというのではないわけです。はじめのときに、わたしが気づかなかったのです。それはわたしが考えていた店のつくりのイメージと違っていたので、わたしが気がつかなかったということです。「こういう店の丹波屋さんがあるはずだ」と思っていたのと違っていたので、わたしはその店が丹波屋さんだと気がつかなかったのです。

わたしの目が人並みはずれて節穴だということもあるわけですが、人間の目というのは指向性がありますから、私たちは自分が見たいものだけを見ているということがあります。こういう店のつくりの丹波屋さんがあるはずだというふうに思い込んでいて、それがなければ丹波屋さんはないと思い込んでしまったりするのです。目だけでなく、耳でもそうです。私たちはだいたい自分が聞きたいと思っていることを聞いていたりします。

皆さんの家でもあると思いますが、よく「言った」「言わない」ということで言い合いになるということはないでしょうか。出かけようとすると、「どこに行くんだ」と言われ、「まえから言っていたでしょう。5月8日には○○さんと会うことにしているから出かけるって」と応えると、「そんなの聞いてないぞ」と言われる。「言いました」「聞いてない」「確かに言いました」「いや絶対聞いていない」。あるいは「わたしの車の鍵知らない?」と尋ねられて、「この前、帰ってきた時に、机の中に入れてましたよ」と応えると、「そんなところに入れるはずはない」と言われ、「いいえ、確かに入れました。探してらっしゃいよ」と言い返すと、「そんなところには入れるはずがない」とぶつぶつ言いながら、探しに行って、「やっぱり、なかった」と言う。それで一緒に机の中を探しにいくと、机の中から忽然と鍵が現れたりします。「おかしいなあ、さっきは確かになかったんだけどなあ」などと、まだぶつぶつと言っている。

あるものが見えない。あるものに気づかない。あるいは別のものに見える。私たちにはそういうことがあります。それは人と人との関係においてもそうですし、また私たちと神さまとの関係においても、そのように思えることがあります。神さまから愛されているのに、そのことに気がつかない。神さまから守られているのに、そのようには思えない。しかし私たちに許されていることは、「ただ信じる」ということであり、その他に私たちには道がないのです。

今日の聖書の箇所は「イエス、洗礼を受ける」という表題のついた聖書の箇所です。マルコによる福音書1章9-11節にはこうあります。【そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた】。

イエスさまは洗礼者ヨハネから洗礼を受けられました。洗礼者ヨハネはヨルダン川で、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えていました。洗礼者ヨハネのところには、たくさんの人たちが洗礼を受けにやってきました。洗礼者ヨハネは洗礼を授けながら、一人の人を待っていました。マルコによる福音書1章7-8節にはこうあります。【彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」】。

「イエス、洗礼を受ける」という聖書の箇所は、洗礼者ヨハネが思っていたとおりの方が現れたということを記しています。その方はすぐれた方であり、そして聖霊で洗礼をお授けになる方であり、天から特別の信頼を受けて、私たちの世に来てくださる方であるということです。

イエスさまは洗礼者ヨハネから洗礼を受けられたわけですが、しかしそのときとても不思議な出来事が起こったと、聖書は記しています。【天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった】。「天から霊がイエスさまのところに降ってきた」、イエスさまが天からの霊を受けられた。【御覧になった】というふうに敬語で書かれてありますから、イエスさまに天から霊が降ってきたことを見たのは、イエスさまということでしょう。

そして【「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえ】ました。これはイエスさまがこの声を聞かれたとは書かれていませんから、だれか他の人が聞いたということも考えられるわけですが、でも他の人がその声を聞いたというふうにも書かれていませんから、一般的に考えて、イエスさまが「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という天からの声を聞かれたということでしょう。

天からの声は、非常に孤独な形で語りかけてくるということがあるようです。みんなが聞いているところで、「この方が『あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』です」と、多くの人々の拍手や称賛の声と共に、天からの声が聞こえてくるということではないのです。そういうことであれば、大きな苦難であってもまだ耐えられるような気もします。しかし多くの場合はそうではなく、天からの声は孤独な形で、ただ一人、あなた自身に語りかけてくるのです。【「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」】。

また、私たちが期待するような出来事として、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という御言葉の出来事が起こるというわけでもありません。とてもうれしい出来事が次から次へと起ってくる。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」。もう神さまがわたしに味方してくれて、何してもうまくいく。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」というのは、そういうことでもないのです。

イエスさまは「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という天の声を聞かれました。そして「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という御言葉の出来事が、もっともよく現れている出来事というのは、イエスさまの場合はイエスさまの十字架であったわけです。神さまは私たちのために十字架についてくださる方として、イエスさまを私たちの世に送ってくださいました。「わたしの心に適う者」というのは、神さまのご計画に沿って私たちのために十字架についてくださる者ということです。それは到底、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という、神さまからの祝福に満ちた言葉からかけ離れているような出来事でした。

いまは気づかなくても、あとでわかるということがあります。あとから振り返った時に、はじめてその出来事の意味がわかるということがあります。たとえば若い頃、母親から言われる言葉や父親の態度など、うっとうしくて仕方がないというようなことがあります。その言葉や態度からは束縛を感じるけれど、愛など到底感じることができないというようなことがあります。しかし自分も成長して、世間の冷たい風の中で生きていく時に、父の言葉の意味や母の態度の意味が、少しずつわかってくるということがあります。また自分が母になり、父になった時に、母の思いや父の思いをとらえなおすことができたりします。昔はうっとうしく思えた母の言葉のなかに、母の愛があったことに気づくことがあります。昔も確かに母の愛は自分に注がれていたわけですが、しかし自分はそのことに気づかなかった。

イエスさまに聞こえた天からの声、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」は、それはイエスさまに対してだけ語られている言葉ではなく、私たちに対しても語られている神さまの言葉です。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」。これは私たちに対して語られています。私たちは神さまの愛する子であり、神さまの御心に適う者なのです。それは私たちが神さまの愛を受けるにふさわしい立派な子であるとか、神さまの御心に適うりっぱなことができているということではありません。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という、神さまの大きな祝福の中に生かされているということです。

「気づかないかな。ほら、そこに」と、神さまは私たちに言っておられます。神さまは私たちを愛してくださっています。神さまは「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と、イエスさまを祝福され、そして私たちの世にイエスさまを送ってくださいました。そしてイエスさまは神さまの心に適う者として、私たちのために十字架についてくださいました。

私たちは「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という神さまの祝福の中にあります。私たちは神さまの愛する子として生きています。神さまの心に適う者として、私たちは生きています。もちろん、私たちは神さまにふさわしい者ではないかも知れません。しかしそれでも神さまは私たちのことを「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と言ってくださり、私たちに神さまの愛を示してくださいます。神さまの大きな愛のうちにあることを信じましょう。神さまからの招きに応えて、胸を張って、新しい一週間の歩みをいたしましょう。


(2026年1月11日平安教会朝礼拝)


1月4日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「心配するな。大丈夫」

「心配するな。大丈夫」

聖書箇所 ルカ2:41-52。259/265。

日時場所 2026年1月4日平安教会朝礼拝式・新年礼拝      


クリスマスに救い主イエス・キリストをお迎えし、そして2025年を終え、2026年を迎えました。新しい年も皆様のうえに、神さまの恵みと平安とが豊かにありますようにとお祈りしています。

毎年、わたしは年賀状に、聖書の言葉を書くことにしています。ことしは、旧約聖書の詩編34編15節のみ言葉を選びました。「悪を避け、善を行い、平和を尋ね求め、追い求めよ」(旧約聖書 詩編34編15節)。「あさましい自分の思いで争わず、平和を尋ね求めて歩みます」。

「今だけ、金だけ、自分だけ」というような雰囲気が世の中に漂います。「法律で禁止されていなければ、何をしても良い」というふうに考える政治家も増えました。「自分が自分が」という思いだけが大切にされてくると、さみしい世の中になってしまいます。「悪を避け、善を行い、平和を尋ね求め、追い求めよ」との御言葉のとおり、神さまが示してくださる道を歩んでいきたいと思います。

日常生活を送っていますと、「わたし、大丈夫かなあ」と思えるときがあります。わたしが最近、体験した、「わたし、大丈夫かなあ」という体験は、古本を買った時の体験です。年末年始に、娯楽のために本を買おうとおもって、近くのブックオフに行きました。そこで「ミレニアム4」という本を買いました。シリーズもので、ミレニアム1、2、3と読んできたので、続きを買ったわけです。映画化もされて、昔、話題の本であったわけです。そして文庫本で上下2冊だったので、2冊買ってきました。しばらくはクリスマスなどの忙しかったので、机のうえに置いてあったのですが、少し時間ができたので、夕食を終えたあと、「さあ、読もうか」と思って、本を取りに行くと、「ミレニアム4下」「ミレニアム4下」という二冊の本がありました。上下と思って買ってきたわけですが、どちらも下巻であったわけです。よりにもよって下巻二冊です。上巻二冊だったら、読み始めることができるわけですが、下巻二冊でした。「おんなじ本を買ってくるなんて、わたし、大丈夫か」と思いました。まあ一冊220円の本でしたので、そんなに悲観するような出来事でもないわけです。また上巻を買いに行ったら良いのです。でもまあ金額はそうですが、出来事は「わたし、大丈夫か」と思える出来事でした。そんな感じで、わたしもいろいろな「わたし、大丈夫か」と思う出来事に出会います。「心配するな。大丈夫」と思い直して生きています。

今日の聖書の箇所は「神殿での少年イエス」という表題のついた聖書の箇所です。少年のときのイエスさまがどのような感じであったのかということが書かれてある聖書の箇所はあまりありません。今日の聖書の箇所も、ルカによる福音書にだけ書かれてあります。しかし当り前のことですが、イエスさまにも少年のときがありました。

ルカによる福音書2章41−45節にはこうあります。【さて、両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい、それから、親類や知人の間を捜し回ったが、見つからなかったので、捜しながらエルサレムに引き返した。】

ユダヤのお祭りの過越祭に、イエスさまの家族はエルサレムで過ごすことにしていました。出エジプト記23章14−19節には「祭りについて」という表題のついた聖書の箇所があります。旧約聖書の132頁です。【あなたは年に三度、わたしのために祭りを行わねばならない。あなたは除酵祭を守らねばならない。七日の間、わたしが命じたように、あなたはアビブの月の定められた時に酵母を入れないパンを食べねばならない。あなたはその時エジプトを出たからである。何も持たずにわたしの前に出てはならない。あなたは、畑に蒔いて得た産物の初物を刈り入れる刈り入れの祭りを行い、年の終わりには、畑の産物を取り入れる時に、取り入れの祭りを行わねばならない。年に三度、男子はすべて、主なる神の御前に出ねばならない。あなたはわたしにささげるいけにえの血を、酵母を入れたパンと共にささげてはならない。また、祭りの献げ物の脂肪を朝まで残しておいてはならない。あなたは、土地の最上の初物をあなたの神、主の宮に携えて来なければならない。あなたは子山羊をその母の乳で煮てはならない。】

除酵祭というのは、過越祭に続いて7日間に渡って行われる祭りです。イエスさまの家族がエルサレムに滞在しているのは、この除酵祭の期間であるわけです。【年に三度、男子はすべて、主なる神の御前に出ねばならない】ということですから、十二歳になったイエスさまも一緒に過越祭にエルサレムに来ているということです。ナザレからエルサレムまでは100キロメートルくらいです。三日くらいかかって歩いていくということなのでしょう。

もうイエスさまも十二歳ですから、いつもいつも両親と一緒にいるということではなく、親類の同じくらいの年代の人と一緒に歩いているわけです。まあ行動も別行動というようなことでしょう。それはそれでよかったわけですが、祭りが終わって帰り道になると、親類や知人の一群の中に、イエスさまがおられないということに、ヨセフとマリアは気がついたわけです。それであわてて探し回ったのですが、やっぱりいない。それで探しながらエルサレムまで引き返すことになりました。

ルカによる福音書2章46−50節にはこうあります。【三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた。両親はイエスを見て驚き、母が言った。「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」すると、イエスは言われた。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。】。

「三日の後」ということですから、まあヨセフもマリアも心配したことだと思います。イエスさまは神殿の境内で、学者たちの話を聞いたり質問をしたりしていました。少年であるのに賢い受け答えをしているので、みんなびっくりしていました。マリアはイエスさまを見つけてほっとして、気持ちが高揚して、イエスさまを叱ります。「どうしてこんなことをしたのですか。おとうさんもわたしもどんなに心配したことか」。しかしそんなマリアに対して、イエスさまは「どうしてわたしがいるところがわからなかったのですが、わたしが自分の父の家である神殿にいるのは当り前じゃないですか」と言いました。しかしヨセフもマリアも、イエスさまの言っていることの意味がわかりませんでした。

この話は、イエスさまが神さまの御子であるということを、世の人たちに伝える話であるわけです。神さまの御子であるイエスさまは、神さまの家である神殿にいる。「いやいや、たとえそうであったとしても、ヨセフとマリアに、『神殿に行ってくるから』とひと言いってから行きましょうよ。なにも言わないでいなくなったら心配するでしょう」と思わないでもないわけですが、まあもともとはイエスさまの迷子物語であったのだと、わたしは思います。

ルカによる福音書2章51−52節にはこうあります。【それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。母はこれらのことをすべて心に納めていた。イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。】。

まあ、イエスさまももう十二歳ですから、お父さん、お母さんがしつこく叱ってもだめだろうと言うことで、そのあとマリアが何度も何度もこのことを蒸し返すということはありませんでした。【母はこれらのことをすべて心に納めていた】と聖書には書かれてあります。でも聖書に書かれているくらいですから、有名な話であるわけなので、「もー、たいへんだったのよ。イエスがいなくなって。そりゃ、心配したわよ。一生懸命、ヨセフと一緒にさがしまわったわ。そしたらなんと、神殿で学者さんと話をしているのよ。びっくりしたわ」と、マリアはいろいろな人に話しただろうと思います。

迷子になり、みつかったイエスさまはヨセフとマリアと一緒にナザレに帰ります。そのあとまあ穏やかに、マリアとヨセフに仕えて、イエスさまは大きくなっていきます。【イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された】ということですから、そのあとはあまりマリアとヨセフに心配をかけることなく、穏やかに大きくなっていったということでしょう。

【イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された】という聖書の言葉は、とても安心できる聖書の言葉です。「ああ、わたしもそんなふうに育ちたいものだ」と思えます。まあもうおじいさんになってしまっているので、育つも何もないわけですが、「すべての人がそんなふうに育ってほしいよね」と思えます。

私たちの周りではいろいろな出来事が起こります。とても良い出来事もありますが、不安になるような出来事も起こります。とくにここ数年、ロシアとウクライナの戦争、パレスチナのハマスとイスラエルの戦争、タイとカンボジアの国境紛争、戦争や内戦、大きな地震や山火事の被害、熊による被害などなど、なんとなく不安になることも多いです。地球の温暖化による災害など、この先、どのようになるのだろうかと思えるようなこともあります。

しかしそれでも私たちの周りには、私たちのことを愛してくれる人たちがいてくれます。私たちを見守ってくださっている人たちがおられます。そのようにして私たちの世の中は回っていますし、そのようなやさしい社会のあり方を、私たちはこれからも大切にしていかなければなりません。「いまだけ、金だけ、わたしだけ」ではなく、みんなでずっと手を取り合って生きていくということを大切にして歩んでいきたいと思います。

【イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された】という聖書の言葉は、私たちに「心配するな。大丈夫」と呼びかけています。あなたの周りにはすてきな人たちがいる。その人たちはあなたのことを愛している。そして私たちには神さまがおられる。神さまはあなたのことを愛しておられる。あなたはイエスさまがそうであったように、これからも神と人とに愛されて、幸いな人生を歩んでいく。

神さまは私たちのことを愛してくださり、そしてみんなでこころを通わせながら、神さまの平安のうちを歩むことを望んでおられます。

神さまの愛のうちを、新しい年も、こころ平安に歩んでいきましょう。



  

(2026年1月4日平安教会朝礼拝式・新年礼拝式) 


12月28日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「御子イエスが招いてくださる」

「御子イエスが招いてくださる」

聖書箇所 マタイ2:1-12。271/263。

日時場所 2025年12月28日平安教会朝礼拝式

 

クリスマスに、御子イエス・キリストをお迎えして、私たちは歩み始めました。新しい年もイエスさまの招きに応えて歩んでいきたいと思います。

2025年、最後の日曜日です。2025年は男子普通選挙が実施されて100年、治安維持法が施行されて、100年という年でした。この1925年(大正14年)という年に、細井和喜蔵の『女工哀史』が出版されています。細井和喜蔵の『女工哀史』は当時、ベストセラーでありました。

松本満・斎藤美奈子、「『女工哀史』は生きている 細井和喜蔵と貧困日本」という岩波ブックレットを読みました。細井和喜蔵はとても苦労をした人でした。『女工哀史』の「自序」に書かれてありますが、お父さんが細井和喜蔵が生まれる前に亡くなり、お母さんが7歳のときに亡くなり、育ててくれたおばあさんが13歳のときになくなります。そして小学校をやめ、職工として働き始めます。職工として働きながら出会った女工の人たち、そして職場の状態のひどさなどを、『女工哀史』として書き上げ、そして28歳で天に召されています。細井和喜蔵は『女工哀史』が出版された1925年に天に召されています。

細井和喜蔵はもの静かな生粋の労働者であったと言われています。細井和喜蔵と一緒に働いたことのある人がいて、「細井さんはもの静かな人でした。クリスチャンかと思ったものです」と言っています。実際、細井和喜蔵は一時期、教会に通っています。

『女工哀史』と言いますと、女工の悲惨でかわいそうな生活がかかれてある書物という印象を受けますが、どちらかというと女工が働いている工場の実態について告発したノンフィクションです。実名で工場の非道な状態が書かれているわけです。『女工哀史』は戦前戦後の全労働者に影響を与え、働く人たちの意識、そして社会の意識をかえ、非道な労働条件を変えていくことになります。

細井和喜蔵は職工として働く少年のころ、女工の人たちからやさしくしてもらったことを忘れず、『女工哀史』を書きました。細井和喜蔵は少年の頃、ボール盤の歯車に左手の小指をかみ切られます。会社からは賠償金の慰謝料も出ず、労働者の不注意だとされ、「ぼんやりさらすな、この糞坊主!」と怒鳴られます。

【家族を失い、天涯孤独の身で一人都会の工場の事故で怪我をしたあげく虐げられた少年和喜蔵は、しかし同じ職場の女工たちからかけられた次のような言葉によって救われたのである。年寄の女工が側で聞いていて、「ああ坊んかわいそうに」と同情してくれた。すると、「どうしたんのんやね。男前の坊んさん、痛いやろ。不憫そうやなあ」と二〇歳くらいの女工は、繃帯した手をなでていたわってくれた。それらの言葉は和喜蔵の「すさんでかたよった心」にしみた。】(P.11)(「『女工哀史』は生きている 細井和喜蔵と貧困日本」)

細井和喜蔵は『女工哀史』の「序」でこう書きます。【虐げられ蔑まれ乍(ながら)も日々「愛の衣」を織りなして人類をあたたかく育んでいる日本三百萬の女工の生活記録である。地味な書き物だが、およそ衣服を纏(まと)っているものなれば何びともこれを一読する義務がある】。

細井和喜蔵には『女工哀史』を書かずにはいられない女工に対しての尊敬と愛がありました。そしてこの書物は多くの人々に読まれました。『女工哀史』は、私たちの世界が小さき者たちの愛によって成り立っていることを、私たちに教えてくれる書物であるわけです。

今日の聖書の箇所は「占星術の学者たちが訪れる」という表題のついた聖書の箇所です。マタイによる福音書2章1−3節にはこうあります。【イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。】。

イエスさまがお生まれになられたベツレヘムに、占星術の学者たちが訪ねてきます。占星術の学者たちは、イエスさまたちがどこにおらえるのかわかりません。ユダヤ人の王として生まれるということなので、とりあえず王宮に行って、ヘロデ王に尋ねます。

マタイによる福音書2章4−8節にはこうあります。【王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。彼らは言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。『ユダの地、ベツレヘムよ、/お前はユダの指導者たちの中で/決していちばん小さいものではない。お前から指導者が現れ、/わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。】。

ヘロデ王は自分の知らないところで、ユダヤ人の王となる子どもが生まれるということを知ります。それは王である自分に取って代わる王が生まれるということです。それであわてて祭司長たちに調べさせます。するとどうやらベツレヘムで生まれるということがわかります。それおで占星術の学者たちにそのことを知らせて、そして報告をさせて、そのあとその子どもを殺しにいこうと計画を立てます。

マタイによる福音書2章9−12節にはこうあります。【彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。】。

占星術の学者たちは星に導かれて、イエスさまのところにたどり着きます。そして幼子イエスさまを伏し拝み、イエスさまのためにもってきた黄金、乳香、没薬の贈り物を捧げます。ヘロデ王からイエスさまのところに行ったなら、帰りに王宮に行って、その報告をするように約束させられていたのですが、夢で「ヘロデのところに帰るな」というお告げを受けて、別の道を通って、自分たちの国へと帰って行きました。

占星術の学者たちは夢のお告げで「ヘロデのところに帰るな」と言われます。そしてヘロデのところに帰ることなく、自分たちの国へと帰ってきます。ヘロデ王のところに帰っていくと、たぶん良いこともあったわけです。お礼をもらえたと思いますし、旅の安全の保障もしてくれたのではないかと思います。しかし占星術の学者たちは、ヘロデ王のところに帰ることなく、自分の国へと帰っていきます。力ある人との約束を無視するということですから、わかると大変なことになるかも知れなかったわけです。

「ヘロデのところに帰るな」というのは、ひとつの生き方であるわけです。暴力的な力のある者に従って生きていくのか。それとも神さまが示してくださる愛に根ざした道を歩んでいくのかということです。

聖書は今日の聖書の箇所のあと、「エジプトに避難する」「ヘロデ、子供を皆殺しにする」という表題のついた聖書の箇所で、イエスさまが難民となってエジプトへ逃げていくことになること。またそのために、ヘロデ王がベツレヘムに住む二歳以下の子どもたちを虐殺したという話が書かれてあります。

暴力的な世の中にあって、イエスさまは小さな人たちの愛に守られて、その命を保ちます。クリスマスの話に出てくる人たちの多くは、力のない人たちです。ヨセフもマリアも、羊飼いもバプテスマのヨハネの母のエリザベトも、力のない人たちです。しかし彼らには神さまの愛がありました。彼らはみな神さまに望みをおきつつ、祈りつつ、その生涯を歩みました。

マタイによる福音書のイエスさまの誕生の物語では、主の天使がヨセフにやさしく語りかけます。【「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。この名は、「神は我々と共におられる」という意味である】。御子イエス・キリストは、神さまが私たちと共にいてくださることの証として、私たちの世にお生まれになられました。

イエスさまは神さまに祈りつつ歩んでいる私たちを招いておられます。私たちは弱くともしい者ですけれども、イエスさまの招きに応えて、神さまの愛のうちを、新しい年も歩んでいきたいと思います。





  

(2025年12月28日平安教会朝礼拝式) 


1月25日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「汚れた霊が逃げていく」

「汚れた霊が逃げていく」 聖書箇所 マルコ1:21-28。3/520。 日時場所 2024年3月16日平安教会朝礼拝式       8年ほど前に、大阪教区の委員として、韓国基督長老会京畿南老會との交流についての打ち合わせの会で、韓国のソウルの警察庁人権保護センターというところを訪...