2024年2月14日水曜日

2月11日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師) 「小さきわたしを用いられる神さま」

 「小さきわたしを用いられる神さま」

聖書箇所 ヨハネ6:1-15。351/516。

日時場所 2024年2月11日平安教会朝礼拝式


美学者の伊藤亜紗は、障害を通して、身体のあり方を研究しています。伊藤亜紗の『手の倫理』(講談社選書メチエ)には、伊藤亜紗が初めてアイマスクをして伴走者と走るという経験をしたときのはなしが出てきます。障害者がマラソンなどの競技をするときに、目が見える人が伴走者になり一緒に走ることによって、障害者が走ることができるわけです。そうした経験を、伊藤亜紗もやってみたわけです。伴走ロープを使います。(参照、日本ブラインドマラソン協会、https://jbma.or.jp/challenge/guide_movie/)

【私もアイマスクをして伴走者と走る体験をしたときには、とてつもなく恐怖と不安で、最初は足がすくんでしまいました。伴走してくれたのはベテランだったのですが、一歩踏み出そうとするたびに、足元に段差が「見え」たり、目の前に木の枝が「見え」たりするのです。もちろん、アイマスクをしているので、物理的に何かが見えているわけではないのですが、おそらく予測モードが過剰に発動していたのでしょう、段差や木の枝が「ある」ように感じていました。でもある瞬間、実際には走り始めてほんの数分のうちに、こうした不安と恐怖は私から離れていきました。そのときの感覚は、「大丈夫だ」と確信できたというよりは、「ええい、もうにでもなれ」と、あきらめて飛び込む感じに近かったように思います】(P.154)。【いったん信頼が生まれてしまえば、そのあとの「走る」の、なんと心地よかったことか。最初は宇ウォーキングでしたが、すぐにおのずとスピードがあがって走り初め、最後は階段をのぼることまでできるようになりました。すっと走っていたい! それは、人を100パーセント信頼してしまったあとの何とも言えない解放感と、味わったことのない不思議な幸福感に満ちた時間でした。と同時に痛切に感じたのは、いかにふだん自分が人や状況を信頼していなかったか、ということでした。怪我をする覚悟も含めて人に身を預ける、などということを、私はほとんでしたことがありませんでした。もちろん、子供のころは周囲の大人に身を預けていたはずです。けれども子供は、必ずしも不確実性を分かったうえで信頼しているわけではありません。信じて依存する、というのは私にとって非常に新鮮な経験でした】。

伊藤亜紗は初めてアイマスクをして伴奏者と走る経験をすることによって、人を信頼することがなんと気持ちの良いことであるのかということと、そしていままで自分がいかに人を信頼していなかったかということに気づきます。まあ人を信頼するということは、なかなかむつかしいことであるわけです。わたしはアジアの国を旅行している時に、道がわからなくなり、たどたどしい英語で、「この駅に行くには、このバスに乗ったら良いのか」と尋ねたりしますが、「このバスで大丈夫だ」と教えてもらって、バスに乗ってみると間違いだったというような経験をします。まあわたしの英語がだめなのかもしれませんが、こういうときはあんまり信用してもだめだなと思ったりします。

この伊藤亜紗の経験は、私たちが信仰ということを考える時に、「ああ、たしかにこういうことってあるよね」と思える経験です。はじめは神さまを信じているのか信じていないのかよくわからず、「どうなんだろうねえ」と自分自身も思いながら、信仰生活を送ります。ちょっとおどおどしながら信じているわけですけれども、しかし「やっぱりわたしは信じたい」という思いで信じます。するといままでになかった安心感を得ることができます。神さまを信じて生きていくことの幸いを、私たちは感じます。もちろん日常生活の中でいろいろなことが起こり、ときに信じられなくなったり、不安になったりすることもあるわけです。しかしそれでも私たちは神さまにより頼んで、神さまが私たちを守ってくださり、良き道を備えてくださることを信じて歩みます。

今日の聖書の箇所は、「五千人に食べ物を与える」という表題のついた聖書の箇所です。この話は、マタイによる福音書にも、マルコによる福音書にも、ルカによる福音書にも書かれてある物語です。マタイによる福音書とマルコによる福音書には、この「五千人に食べ物を与える」という話のほかに、「四千人に食べ物を与える」という話が出てきます。よく似た話であるので、もともとは一つの物語であったのではないかと言われたりします。ヨハネによる福音書の「五千人に食べ物を与える」という物語の一番の特徴は、少年が出てくるというところです。大麦のパン五つと魚二匹を持っているのは少年です。少年が出てくるので、よく教会学校の話などに使われます。そういたことを頭に置いて、少し読み進めていきたいと思います。

ヨハネによる福音書6章1−4節にはこうあります。【その後、イエスはガリラヤ湖、すなわちティベリアス湖の向こう岸に渡られた。大勢の群衆が後を追った。イエスが病人たちになさったしるしを見たからである。イエスは山に登り、弟子たちと一緒にそこにお座りになった。ユダヤ人の祭りである過越祭が近づいていた】。

イエスさまは神さまの御言葉を宣べ伝え、そして病の人をいやしておられました。多くの人々がイエスさまの話を聞こうと、イエスさまのところにやってきます。イエスさまが病の人たちをいやされたのをみた人々は、「この方こそ、救い主に違いない」と思い、イエスさまのところに集ってきます。ユダヤ人の祭りである過越祭が近づいてきていました。イエスさまは山に上られ、そしてイエスさまは弟子たちと一緒に座りました。群衆がどんどんと、イエスさま目指して集ってきます。

ヨハネによる福音書6章5−9節にはこうあります。【イエスは目を上げ、大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見て、フィリポに、「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」と言われたが、こう言ったのはフィリポを試みるためであって、御自分では何をしようとしているか知っておられたのである。フィリポは、「めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう」と答えた。弟子の一人で、シモン・ペトロの兄弟アンデレが、イエスに言った。「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」】。

イエスさまは大勢の群衆を前にして、この人たちの食事の心配をされました。多くの人々はいつもお腹を空かせたいたのだと思います。イエスさまは弟子のフィリポに、「この人たちに食事を用意するためには、どこでパンを買えばいいだろうか」と言われました。山の上ですから、お店屋さんがあるということでもないのでしょう。ですからフィリポは、「山の上にパン屋さんがあったとしても、こんなに大勢の人数ではパンがいくらあっても足りないでしょう。二百デナリオン分のパンがあっても足りないと思いますよ。イエスさま」と応えました。1デナリオンは一日の労働者の賃金くらいだと言われますから、1万円とすると、二百デナリオンは200万円になります。

使徒ペトロの兄弟のアンデレは、少年を連れてきます。少年は大麦のパンが5つと魚2匹をもっていました。まあ一人で食べるにはちょっと多いかなあというような感じの量だと思います。しかしまあ数人で食べれば、もう食べてしまうというような感じの量です。イエスさまのためにと、弟子たちのところにもってきてくれたのかも知れません。しかしアンデレはこんな大勢の人がいるのであれば、パン5つと魚2匹では、どうなるものでもないでしょうと、イエスさまに話します。

ヨハネによる福音書6章10−13節にはこうあります。【イエスは、「人々を座らせなさい」と言われた。そこには草がたくさん生えていた。男たちはそこに座ったが、その数はおよそ五千人であった。さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに、「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」と言われた。集めると、人々が五つの大麦パンを食べて、なお残ったパンの屑で、十二の籠がいっぱいになった。】。

イエスさまは奇跡を行われます。五千人の人たちを座らせます。そしてイエスさまはパンを取り、神さまに感謝の祈りを唱えて、そして人々に分け与えられます。また魚も同じように、人々に分け与えられます。人々はパンも魚も「欲しいだけ」分け与えられました。そして人々は満腹します。そしてイエスさまは弟子たちに残ったパン屑を集めさせます。すると五つのパンをみんなが食べて満腹し、そして残ったパンの屑は十二の籠一杯になりました。

ヨハネによる福音書6章14−15節にはこうあります。【そこで、人々はイエスのなさったしるしを見て、「まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」と言った。イエスは、人々が来て、自分を王にするために連れて行こうとしているのを知り、ひとりでまた山に退かれた。】。

人々はイエスさまのすばらしさをほめたたえます。この方は神さまから使わされ、神さまの言葉を人々に伝える預言者だ。人々はイエスさまを王様としてあがめようとします。しかしイエスさまは王様としてあがめられるために、この世に来られたわけではありません。神さまの御子として、私たちの罪のために、十字架につけられるために、この世に来られました。そしてイエスさまの十字架によって、世の人々は罪許され、神さまによって永遠の命を受け継ぐ者となります。そのため、イエスさまは一人で山に退かれました。

この「五千人に食べ物を与える」という物語は、とても具体的な話です。お腹を空かしている人たちを満腹にするという話です。イエスさまのお話を聞きに来ている貧しい人々は、いつもお腹を空かせていただろうと思います。「人々が満腹した」という聖書の言葉を読むとき、「ほんとによかったなあ」と思えます。悩みは具体的なものであり、そしてとても切実なものです。そして切実なるがゆえに、また「ほんとうにその望みは叶うのだろうか」という疑うこころも私たちの中に起こります。

イエスさまのお弟子さんのアンデレは、「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」と言います。小さな私たちは、そんな私たちで何かをするなんてことはできないことなんだという気持ちになってしまいます。

弟子たちはイエスさまの奇跡をいままで経験しているわけです。それでも弟子たちの中には、信じきれない気持ちがあります。弟子たちもまたイエスさまに従って歩んでいたわけですが、それでもイエスさまのことを信じきることができず、疑う気持ちがこころのなかにありました。

美学者の伊藤亜紗が、アイマスクをして走った時に、自分はいかに人を信頼していなかったのかということに気がつきました。なかなか信頼するとか信仰するということはむつかしいものです。神さまを信じている。神さまを信頼していると思っていても、信仰生活を送っていますと、信じきれていない自分に出会うことがあります。「ああ、じぶんは一生懸命に信仰しているように思えても、実はそうではなかたのだ」と、自分の信仰のなさを反省させられたりします。私たちは神さまではないので、自分のだめなことに気づかされることもやはりあります。ああなんて自分は小さな者なのだと思わされることもあります。

しかしイエスさまは、少年の持っていた大麦のパン五つと魚二匹を用いてくださり、五千人に食べ物を与えるという奇跡を行われます。弟子たちからすれば、「何の役にも立たないでしょう」と思えるものを用いて、イエスさまは五千人の人々を満腹にされました。私たちは小さな者ですし、頼りない信仰ももつ者であります。しかしそうした小さな者である私たちを用いてくださる神さまがおられます。神さまが私たちを用いてくださるとき、たとえ私たちが小さな者であったとしても、神さまが豊かな出来事に変えてくださいます。

小さな者である私たちを愛し、そして私たちを用いてくださる神さまがおられます。私たちは神さまの祝福のなかを歩んでいきたいと思います。そしてまた神さまに用いていただきたいと思います。私たちのわざは小さな業かもしれません。しかし神さまは私たちのその小さなわざを喜んでくださり、私たちを豊かに用いてくださいます。神さまにお委ねして歩んでいきましょう。

  

(2024年2月11日平安教会朝礼拝式)

2024年2月9日金曜日

2月4日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「神さまのお守りの中にある」

「神さまのお守りの中にある」

 

聖書箇所 ヨハネ5:1-18。493/528。

日時場所 2024年2月4日平安教会朝礼拝式

  

岡山教会の方から、沢知恵『うたに刻まれたハンセン病隔離の歴史』(岩波ブックレット)というブックレットをいただきました。沢知恵(さわ・ともえ)さんはシンガーソングライターで、ご両親とも牧師です。沢知恵さんは赤ちゃんのときに、お父さんが瀬戸内海にある大島青松園というハンセン病の療養所にある教会につれていってくれたことの関係で、いま、ハンセン病療養所の音楽文化研究をしています。

『うたに刻まれたハンセン病隔離の歴史』というブックレットは、ハンセン病療養所の園歌について書かれてかります。ハンセン病は皮膚の感染症です。昔は「らい病」と言って恐れられていました。感染力は極めて低く、日本のハンセン病療養所に勤務した職員のうち、発病した人はだれもいないということです。しかし日本政府による隔離政策がとられ、1931年に「癩予防法」が制定されます。ハンセン病患者はハンセン病療養所での生活を強いられることになります。1940年代にアメリカで特効薬のプロミンが開発されましたが、その後も日本では隔離政策がとられ、1996年まで「癩予防法」が廃止されることはありませんでした。ハンセン病患者は差別され続けました。ハンセン病であることがわかると隔離され、家族から縁を切られるということがありました。家族からハンセン病患者が出たとわかると、家族をも差別されるからです。

全国のハンセン病療養所には、「つれづれの」という歌碑が建てられているそうです。「つれづれの友となりても慰めよ 行くことかたきわれにかはりて」という短歌です。「入居者の退屈を慰める話し相手になりなさい。行くことが難しい私に代わって友となって」という短歌です。大正天皇の后(きさき)である貞明皇后(ていめいこうごう)の歌だそうです。この短歌に曲がつけられていて、全国のハンセン病療養所で歌われていました。短歌の内容は、貞明皇后がハンセン病施設で働いている人たちに、「わたしの代わりにハンセン病患者の友だちになってくださいね」ということであるわけです。ですから歌自体は施設で働いている人たちへの歌であるわけですが、それでもこの歌は患者の人たちにも愛された歌であったようです。沢知恵さんはこんなふうに書いています。【私は全国の療養所を旅して園歌を調べていくうちに、園歌はうたえなくても《つれづれの》ならうたえるという人にたくさん出会い、驚きました。うっとした表情を浮かべながらうたうその姿に、ただならぬ雰囲気を感じたものです】(P.20)。

それほどハンセン病患者は孤独であったということです。家族から縁を切られ、頼る人もおらず、友となってくれる人を求めていたということなのでしょう。もちろんハンセン病療養所のなかで結婚をする人もいましたし、生活の中での友だちもいただろうと思います。しかし国家によって隔離政策がとられ、家族から棄てられ、以前の友だちに連絡を取ることもできず、孤独を味わった人たちにとって、「つれづれの友となりても慰めよ 行くことかたきわれにかはりて」という歌は、慰めの歌であったのでした。

今日の聖書の箇所にも、病気のために孤独な生活を強いられた人が出てきます。今日の聖書の箇所は「ベトサダの池で病人をいやす」という表題のついた聖書の箇所です。ヨハネによる福音書5章1−5節にはこうあります。【その後、ユダヤ人の祭りがあったので、イエスはエルサレムに上られた。エルサレムには羊の門の傍らに、ヘブライ語で「ベトザタ」と呼ばれる池があり、そこには五つの回廊があった。この回廊には、病気の人、目の見えない人、足の不自由な人、体の麻痺した人などが、大勢横たわっていた。*彼らは、水が動くのを待っていた。それは、主の使いがときどき池に降りて来て、水が動くことがあり、水が動いたとき、真っ先に水に入る者は、どんな病気にかかっていても、いやされたからである。さて、そこに三十八年も病気で苦しんでいる人がいた。】。

エルサレムの羊の門のそばに「ベトザタ」という池がありました。その池にときどき天使がやってきて、池の水が動く時に、一番先に水の中に入ることができると、どんな病気であってもいやされるというふうに言われていました。そのため病気の人たちは、近くの回廊に横たわって、水の動く時を待っていました。病気の人、目の見えない人、足の不自由な人、体の麻痺した人、いろいろな人が横になっていました。そのなかに38年もの間、病気で苦しんでいる人がいました。

ヨハネによる福音書5章6−9節にはこうあります。【イエスは、その人が横たわっているのを見、また、もう長い間病気であるのを知って、「良くなりたいか」と言われた。病人は答えた。「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです。」イエスは言われた。「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」すると、その人はすぐに良くなって、床を担いで歩きだした。その日は安息日であった。】。

イエスさまはその38年間病気で苦しんでいる人に、「良くなりたいか」と声をかけられました。まあ病気で38年間苦しんでいるわけですから、良くなりたいと思っていないわけはないのです。病気が良くなりたいからこそ、病気がいやされるかも知れない、「ベトザタ」の池の近くの回廊に横になっているのです。しかしこの38年間病気のために苦しんでいた人は、「良くなりたいか」と問われて、「良くなりたいです」と応えたわけではありませんでした。彼の口から出てきた言葉は、「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです。」という言葉でした。

彼は孤独でした。だれも彼に寄り添ってくれる人はいませんでした。いろいろな病気の人たちがこの「ベトザタ」の池にやってきているわけです。もちろん病気が軽くて、自分の力で水が動くと、瞬時に反応して、池に駆け込むことのできる人もいたでしょう。自分が動くことができない人であっても、その周りに支える人たちがいて、その人たちが病気の人を池の中に運んでくれるということもあったでしょう。しかしこの38年間病気で苦しんでいた人は、周りで支えてくれる人や気づかってくれる人がいませんでした。

この「ベトザタ」の池も、なかなかしんどいところです。病院であれば、「次の方どうぞ」というように順番があるわけですが、この「ベトザタ」の池には順番というものがないのです。池の水が動く時に真っ先に入るものがいやされるのです。いつ水が動くということがわかっていないわけですから、まあそれまでは病人同士で、「ここが痛い」とか「こうしたらちょっと痛みが和らぐよ」というような話がなされ、いたわりあいがあるのではないかと思います。でも水が動いたら、そうしたいたわりあいなどなかったかのように、我先にと水の中に飛び込まなければなりません。そうでなければ、自分の病気は治らないのです。38年間病気であった人は、38年間、自分も含めた病気の人たちの争いを見続けてきたのです。こころもすさんでくることになります。「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです。」という彼の言葉は、そうした絶望の叫びの言葉であるのです。

イエスさまはその人を癒やされます。「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」と声をかけられます。すると、その人やいやされました。そして床を担いで歩き始めました。その日はちょうど安息日でした。ユダヤ教では案宗日は、働いてはいけない日です。ですから病気をいやすということも行なってはならないと考える、ユダヤ教の指導者たちがいました。ユダヤ教では神さまから与えられた法律である律法を守ることが大切であるとされています。とくに律法のおおもとであるモーセの十戒を守ることはとても大切なことであるわけです。モーセの十戒には、【七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、牛、ろばなどすべての家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。そうすれば、あなたの男女の奴隷もあなたと同じように休むことができる】(申命記0514)とありました。「安息日はいかなる仕事もしてはならない」と考えられていました。

ヨハネによる福音書5章10−13節にはこうあります。【そこで、ユダヤ人たちは病気をいやしていただいた人に言った。「今日は安息日だ。だから床を担ぐことは、律法で許されていない。」しかし、その人は、「わたしをいやしてくださった方が、『床を担いで歩きなさい』と言われたのです」と答えた。彼らは、「お前に『床を担いで歩きなさい』と言ったのはだれだ」と尋ねた。しかし、病気をいやしていただいた人は、それがだれであるか知らなかった。イエスは、群衆がそこにいる間に、立ち去られたからである。】。

イエスさまから病気をなおしてもらった人は、床を担いで歩いていましたので、そのことをユダヤ人たちから非難されます。安息日はいかなる仕事もしてはならないわけですから、床を担いで歩いてはいけないというわけです。その人はユダヤ人たちに対して、わたしの病気を治してくれた方が、「床を担いで歩きなさい」と言われたのだと応えました。ユダヤ人たちは「そんないい加減なことをいうヤツはだれだ」というわけで、「だれがそんなことを言ったのか」と、彼に尋ねます。しかし彼はイエスさまのことを知りませんでした。

ヨハネによる福音書5章14−18節にはこうあります。【その後、イエスは、神殿の境内でこの人に出会って言われた。「あなたは良くなったのだ。もう、罪を犯してはいけない。さもないと、もっと悪いことが起こるかもしれない。」この人は立ち去って、自分をいやしたのはイエスだと、ユダヤ人たちに知らせた。そのために、ユダヤ人たちはイエスを迫害し始めた。イエスが、安息日にこのようなことをしておられたからである。イエスはお答えになった。「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ。」このために、ユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうとねらうようになった。イエスが安息日を破るだけでなく、神を御自分の父と呼んで、御自身を神と等しい者とされたからである。】。

イエスさまは神殿の境内で、この人に出会います。そして「あなたは良くなったのだ。もう、罪を犯してはいけない。さもないと、もっと悪いことが起こるかもしれない。」と言われます。罪を犯していることが病気の原因のような考え方は、いまの私たちからすると、「どうしてこんなこと、イエスさまが言われるのかなあ」と不思議な気がするわけです。そうした考え方はイエスさまご自身がお嫌いな考え方であると思うわけですが、ヨハネによる福音書の著者の創作によるものなのか、まあ詳細はよくわかりません。まあとにかくイエスさまにこの人は再び、出会ったので、そのことをユダヤ人たちに知らせます。するとユダヤ人たちはイエスさまのことを迫害し始めます。

イエスさまはユダヤ人たちの考えとは違って、安息日にもいやしのわざを行なっておられました。イエスさまは安息日に病気の人をいやしてあげることは、神さまの御こころに叶うことだと言われます。神さまは安息日であったとしても、しんどい思いをしている人や、困っている人に対して、こころを働かせておられる。「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ。」。しかしユダヤ人たちは、そのように言われるイエスさまを殺そうとします。

イエスさまは「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ。」と言われました。神さまは憐れみ深い方で、苦しんでいる人、悲しんでいる人を、見過ごされる方ではないと、イエスさまは言われます。あなたがいくらお祈りしても、今日は安息日なので、あなたのお祈りを聞くことができないのだと、神さまは言われない。神さまは悲しみの中にある人、苦しみの中にある人のために、いつも働いておられる。だからわたしも神さまと同じように、安息日であろうと、病気で苦しんでいる人々を癒やすのだと、イエスさまは言われました。

病気の人にとって、安息日はないのです。「今日は安息日だから、痛みがないわ」ということであれば良いわけですが、痛みは毎日あるのです。「今日は安息日だから、何の悩みもないわ」というのであれば、良いわけですが、しかし私たちの悩みに、安息日はないのです。しかし、神さまは私たちの悩みを聞いてくださり、私たちの悲しみ、苦しみに寄り添ってくださるのです。

私たちは日常生活のなかで、いろいろな不安な出来事に出会います。いろいろなことで悩みます。自分自身のこと、家族のこと、友人のこと。家族の病気が早く良くなってほしいと思います。孫の受験のことで心配になったりします。仕事のことで悩んでいた友人のことも気になります。

自分の力ではどうすることもできないような大きな出来事の前に、こころが痛むということもあります。ウクライナでの戦争、パレスチナでの戦争。いろいろなところで大災害。能登半島地震の被災地のニュースを聞くたびに、私たちのこころは悲しみでいっぱいになります。

いろいろなことがある私たちですけれども、しかし神さまが私たちと共にいてくださいます。イエスさまは「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ。」と言われました。私たちの神さまは、私たちの悩みや苦しみ、またやるせない気持ちをご存知です。そして私たちを愛してくださり、私たちに良き道を備えてくださいます。神さまが私たちのために働いてくださっている。このことを信じて、私たちもまた神さまの御心にそった歩みでありたいと思います。共に祈りつつ、共にこころを通わせ合いつつ歩んでいきましょう。

  

(2024年2月4日平安教会朝礼拝式)

2024年1月29日月曜日

1月28日平安教会礼拝説教要旨(老田信牧師)「神の国を目指して」

「神の国を目指して」 老田信牧師

マタイによる福音書20章1〜16節

 イエスは天の国の一つのイメージをとして、「ぶどう園の労働者のたとえ」を語られました。しかし、私たちはこのたとえにつまずきます。というのも、私たちの多くがこの話の中で、夜明けから丸一日働いた人と5時から働いた人が同じ賃金であることに不公平さを感じるからです。結果、このイエスのたとえが腑に落ちず、歓迎できません。

 しかし、このたとえには次のようなことが書かれてあります。「午後5時ごろにも…人々が立っていたので、『なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか』と尋ねると、彼らは『誰も雇ってくれないのです』と言った」。明け方から働ける人というのは、誰が見ても申し分のない働き盛りの男性であり、「役に立つ」人です。午後5時になっても雇ってもらえない人は、反対にどこの雇い人も雇いたいとは思わなかった人だということです。彼らは決してサボっていたわけではありません。

 雇い人が雇いたいと思わない人とはどのような人なのか考えてみると、障がい者、高齢者等、少なくとも働き盛りの健康な男性ではありません。つまりマイノリティです。

 マジョリティとマイノリティは、「多数派」「少数派」に加え、「特権側」と「従属側」あるいは「周辺側」という意味を持ちます。

 午後5時まで職探しに明け暮れていた彼らは、明らかに周辺に置かれた者です。イエスは中央のエルサレムではなく、ガリラヤのナザレでお育ちになり、自らもそのような存在となりました。またまずガリラヤで伝道し、周辺の人たちに向けて福音を宣べ伝えたのでした。このようにして社会が後ろに置きがちな人のところへと先に来たのです。しかし全ての人が1デナリオンをもらっているように、神は誰一人として不足な状態に追いやるのではなく、満たしています。そしてそのようなところを「天の国」と言っているのです。

 私たちはこのような神の国の実現を待ち望む者として、教会に集まっています。最も良いところとして、主イエスが示してくださっています。しかしただ待ち望むだけではもったいない。せっかく最も良いところのイメージを与えてくださっているのですから、具体化して予行演習をしたいのです。教会はそのような神の国の予行演習の場として与えられています。ぜひとも平安教会の皆さんが今の平安教会ならではの神の国を表現してください。そしてそれを多くの人と分かち合い、さらに発展させていくことが出来ますように祈りましょう。


1月21日平安教会礼拝説教要旨(宮岡信行牧師)「水汲み人生に起きる最初の奇跡」

「水汲み人生に起きる最初の奇跡」 宮岡信行牧師

ヨハネによる福音書 2:1-12節

イエス様の奇跡は福音のしるしです。カナの婚礼はイエス様の最初の奇跡であり、同時に私たちに与えられた最初のしるしです。そもそもぶどう酒は神様の祝福の象徴であり、婚礼ではぶどう酒こそが最上の喜びでした。ところが、その婚礼でぶどう酒が無くなるという問題が起こります。その時、母マリアだけがイエス様と召使たちを仲介するように声をかけます。母マリアがイエス様にとりなしたことで奇跡の予兆が示されました。そして、これが世にある教会の働き、この地に建てられた教会の役割なのです。喜びを失う世界に教会があるのはなぜか。私たちが主日の礼拝をするのはなぜか。それは神の恵みとキリストの復活を信じる教会の喜びが、この世に神の救いを指し示す大切なしるしになるからです。

一方で、思いがけない良いぶどう酒の登場に大喜びする宴会の世話役は、まだ天の国の喜び、救いの恵みに気付いていない人の姿です。宴会のような華やかな人生に満足しながらも、見えないものに目を注いでより善く生きるような最上の喜びを知らないのです。私たちの周りにもぶどう酒に変わった水を飲んで大喜びしてもらいたい人がいるのではないでしょうか。

この時、召使たちが水をくんで淵までいっぱいにした6つの石の水がめはおよそ合計600㍑ほどでした。水汲みは地味で単調な作業です。その努力が形や成果にならず、どれだけ水がめに汲んでも使えば何も残りません。にもかかわらず、イエス様はぶどう酒という喜びがなくなりそうな困難な時にも、いつものように水くみをしなさいと言われるのです。誰もが何の役に立つのか分からなかったことでしょう。ところが、水を汲んだ召使いたちが宴会の世話役のところに水を運んだところ、水はぶどう酒に変わっていました。

水がぶどう酒に変わる。この奇跡を目の当たりにしたのは、水を汲んできた召使いだけでした。思いがけない神の恵みが広がるところにいた召使いたち。彼らこそ私たち自身なのです。カナの婚礼は繰り返しキリのない水汲みのような人生に、初めて起きた神さまの祝福のしるしを語ります。誰もが楽しむ婚礼の席に、神さまの恵みを持ち込むのは私たちです。喜びが失われたところに最上のぶどう酒を運ぶのは私たちの役割です。これほど喜ばしいことがあるでしょうか。水汲み人生に最初に起きる奇跡、すなわち私たちが主イエスに呼び集められ、教会で礼拝を献げて、この世に証しを立てる、神の救いのしるしになる。この喜びを抱いて歩む者でありたいと切に願っています。


2024年1月18日木曜日

1月14日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師) 「イエスさまに引き寄せられて」

 「イエスさまに引き寄せられて」

 

聖書箇所 ヨハネ1:35-51。6/456。

日時場所 2024年1月14日平安教会朝礼拝式・成人祝福の祈り


わたしは愛媛県の今治市の出身で、今治市には今治教会があり、わたしはその付属のめぐみ幼稚園という幼稚園に通っていました。父がクリスチャンで、今治教会の会員でしたので、めぐみ幼稚園に通っていたのだと思います。めぐみ幼稚園を卒園して、しばらくは教会学校に通っていたのですが、すこしするとあまり熱心に通うこともなくなっていました。そののちまた何かのきっかけで教会学校に通うことになりました。たぶん小学校のクラス替えがあり、教会学校に通っている友達もたくさんいたので、なんとなくまた通うようになったのだと思います。その後も、ずっと教会学校に通い、高校生から大人の礼拝に出席をするようになり、そして大学に入学する前に、洗礼を受けて、クリスチャンになりました。わたしはちいさなときから教会に通っていますので、その信仰はどちらかというと幼稚です。「神さま、お守りくださり、ありがとうございます」「神さま、だいすきです」という信仰です。まあなんとなく、ぼんやりと教会にいて、信じるようにだんだんとなってきたという感じでしょうか。もちろん同志社大学の神学部で学問として、神学を学んでいますので、そうした学問的な知識に基づいて、聖書の話をしています。しかしそうしたこととは別に、信仰的には素朴な信仰ということです。

いま牧師をしているわたしの友人は、私たちが高校生1年生のときに、今治教会に来るようになりました。高校生の時に夏のキャンプを、高校生で計画を立てるのですが、数が少ないと面白くないので、友達を誘って、夏のキャンプに行きます。わたしの幼なじみの友人が「よし、おれの友だちが、いま高校受験に失敗して、暇にしているから、連れてくる」と言って、連れてきたのが、彼でした。大学受験に失敗をして浪人をしているという人はまあ当時たくさんいたと思いますが、高校受験に失敗をして浪人をしているという人は、そんなに多くはなかっただろうと思います。いまから考えると、高校受験に失敗して浪人をしている人を、暇にしている奴がいるから連れてくるというのは、まあなんともデリカシイのない人だなあと思います。しかしそれ以後、彼は教会に来るようになりました。わたしの友人は、そしてその後、いろいろなことがあるわけですが、わたしと同じように牧師になりました。

クリスチャンになる道というのは、まあいろいろあるのだろうと思います。わたしはなんとなく教会に居着いたというような形で、あまり感動のない形で牧師になっています。しかし当時、教会学校に来ていたこどもというのは一学年に50人とかいたわけで、だからといってみんながみんなクリスチャンになっているわけでもないのです。

わたしの友人の牧師は、なんだか引き寄せられるように、教会に来るようになりました。「高校浪人中だから、勉強をしなければならないので、教会の高校生会の夏のキャンプになんか参加できるわけがないだろう。おまえ、どういうつもりでオレを誘ってるんだ」と言っても良かったわけですが、彼は夏の高校生会の夏のキャンプに参加をするのです。そしてイエスさまに引き寄せられて、彼の信仰生活が始まるのです。

今日はイエスさまのお弟子さんたちの話です。今日の聖書の箇所は、「最初の弟子たち」「フィリポとナタナエル、弟子となる」という表題のついた聖書の箇所です。弟子選びということであれば、私たちはイエスさまがガリラヤの漁師であった、ペトロとアンデレ、ヤコブとヨハネを弟子にされた話を思い出します。

マルコによる福音書1章16−20節には、「四人の漁師を弟子にする」という表題のついた聖書の箇所があります。新約聖書の61頁です。マルコによる福音書1章16−20節にはこうあります。【イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。また、少し進んで、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、すぐに彼らをお呼びになった。この二人も父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して、イエスの後について行った。】。この「四人の漁師を弟子にする」という聖書の箇所は、マタイによる福音書にも、ルカによる福音書にも書かれてある話ですので、この話のほうが一般的であるわけですが、ヨハネによる福音書では「最初の弟子たち」ということでは、また違った話が書かれてあります。ヨハネによる福音書以外には、この話が書かれてありませんので、ヨハネによる福音書独自の話であるわけです。

ヨハネによる福音書1章35−39節にはこうあります。【その翌日、また、ヨハネは二人の弟子と一緒にいた。そして、歩いておられるイエスを見つめて、「見よ、神の小羊だ」と言った。二人の弟子はそれを聞いて、イエスに従った。イエスは振り返り、彼らが従って来るのを見て、「何を求めているのか」と言われた。彼らが、「ラビ——『先生』という意味——どこに泊まっておられるのですか」と言うと、イエスは、「来なさい。そうすれば分かる」と言われた。そこで、彼らはついて行って、どこにイエスが泊まっておられるかを見た。そしてその日は、イエスのもとに泊まった。午後四時ごろのことである。】

洗礼者ヨハネは二人の弟子に、イエスさまが歩いておられるのを見て、「見よ、神の小羊だ」と言います。洗礼者ヨハネは自分は救い主が現れる前に、少しでも神さまの方へと人々を導くのが自分の役割だと思っていました。そしてイエスさまを見て、この方こそ救い主であり、世の罪を取り除く方だと、イエスさまのことを「神の小羊だ」と言われました。洗礼者ヨハネの弟子たちは、イエスさまについていきます。実際に洗礼者ヨハネの弟子たちが、イエスさまについていくということがあったのでしょう。

ヨハネによる福音書1章40−42節にはこうあります。【ヨハネの言葉を聞いて、イエスに従った二人のうちの一人は、シモン・ペトロの兄弟アンデレであった。彼は、まず自分の兄弟シモンに会って、「わたしたちはメシア——『油を注がれた者』という意味——に出会った」と言った。そして、シモンをイエスのところに連れて行った。イエスは彼を見つめて、「あなたはヨハネの子シモンであるが、ケファ——『岩』という意味——と呼ぶことにする」と言われた。】。

ヨハネによる福音書では、ペトロの兄弟であるアンデレは、もともとは洗礼者ヨハネの弟子であったということが言われているわけです。ほかの福音書ではペトロとアンデレは、イエスさまの呼びかけに応えて、一緒にイエスさまに従ったという話であるわけです。しかしヨハネによる福音書は、まずアンデレがイエスさまについていき、そして兄弟であるペトロを誘ったという話になっています。アンデレはペトロに、救い主に出会ったと言って、ペトロをイエスさまのところに連れていきます。するとイエスさまはペトロを見つめて、「あなたはシモンという名前だけれども、ケファと呼ぶことにする」と言われます。ペトロが土台となって、教会が全世界に建てられていくということで、ペトロは「ケファ」、「岩」ということになるわけです。

ヨハネによる福音書1章43−46節にはこうあります。【その翌日、イエスは、ガリラヤへ行こうとしたときに、フィリポに出会って、「わたしに従いなさい」と言われた。フィリポは、アンデレとペトロの町、ベトサイダの出身であった。フィリポはナタナエルに出会って言った。「わたしたちは、モーセが律法に記し、預言者たちも書いている方に出会った。それはナザレの人で、ヨセフの子イエスだ。」するとナタナエルが、「ナザレから何か良いものが出るだろうか」と言ったので、フィリポは、「来て、見なさい」と言った。】。

フィリポは、イエスさまから「わたしに従いなさい」と言われて、素直に、イエスさまに従っていきます。フィリポはナタナエルに出会い、そしてイエスさまというすごい人がいるからと、ナタナエルに話します。「律法や預言書に書かれてある救い主のことなんだが、それはわたしが出会ったナザレのイエスという人なんだ」と、フィリポはナタナエルに話します。しかしナタナエルは「そんな、ナザレなんていう田舎町から、すごい人が出てくるわけないじゃないか」と言うわけですが、しかしフィリポは「とにかく、来てみたらわかるから」と言って、ナタナエルをイエスさまのところに連れてきます。

ヨハネによる福音書1章47ー48節にはこうあります。【イエスは、ナタナエルが御自分の方へ来るのを見て、彼のことをこう言われた。「見なさい。まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない。」ナタナエルが、「どうしてわたしを知っておられるのですか」と言うと、イエスは答えて、「わたしは、あなたがフィリポから話しかけられる前に、いちじくの木の下にいるのを見た」と言われた】。

イエスさまはナタナエルのことをえらくほめるわけです。「見なさい。まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない。」。ナタナエルは「ナザレから何か良いものが出るだろうか」というようないじわるなことを言う人であるわけですが、でも良い人であったようです。イエスさまから「この人には偽りがない」と誉められて、「どうしてわたしを知っておられるのですか」と応えるというのも、なんとなくわたしとしては気になるところですが、それはまああまり細かいところは気にせずに読んだほうがよいわけです。「この人には偽りがない」と誉められたことに反応して、「どうしてわたしが偽りのないすばらしい人であることを知っているのですか」といったのではなく、たんに自分はイエスさまのことを知らないのに、どうしてイエスさまはわたしのことを知っているのですかと尋ねたということです。

イエスさまはナタナエルがいちじくの木の下にいるのを見たと言われます。この聖書の箇所ではなにか「いちじくの木の下」というのが、とても特別なことのように語られています。ナタナエルがいちじくの木の下にいたから、まことのイスラエル人であり、偽りのない人であるかのように言われています。柿の木じゃダメなのとか、なつめやしじゃあダメなのと思いますが、まああまり深く考えず、当時、いちじくの大きな木の下でユダヤ教の教師が弟子たちに教えていたというようなことから、いちじくの木の下というのは、まじめに国をよくしようと勉強している人たちがいるというような印象があったのではないかと言われています。日本であれば、「大きな栗の木の下」には「仲良く遊ぶ人がいる」という印象があったり、「桜の樹の下には屍体(したい)が埋まっている」という印象があるわけですが、イエスさまの時代のユダヤでは、「いちじくの木の下」には良く勉強するりっぱな良い人たちが集っているという印象であったようです。

ヨハネによる福音書1章49−51節にはこうあります。【ナタナエルは答えた。「ラビ、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。」イエスは答えて言われた。「いちじくの木の下にあなたがいるのを見たと言ったので、信じるのか。もっと偉大なことをあなたは見ることになる。」更に言われた。「はっきり言っておく。天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる。」】

ナタナエルはイエスさまに対して、「ラビ、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。」と応えます。イエスさまから「いちじくの木の下にあなたがいるのを見た」「まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない」と誉められたから、イエスさまのことを「ラビ、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。」と言ったのかと考えると、なんかへんな話であるわけですが、たぶん話の大切なところが省かれていて、なんだかよくわからない話になっているのでしょう。イエスさまが言わんとしておられることは、ナタナエルに対して、あなたはいま小さなことに驚いたりして、「あなたのことを信じます」「あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です」というようなことを言っている。でもこれから天が開け、神の天使たちが上ったり降ったりするような、もっとすごいことが起こるのを、あなたは体験することになる。「さあ、わくわく、冒険の始まりだ。一緒に神さまのことを信じて歩んでいこう」。まあそんな感じで、イエスさまがナタナエルを弟子にされたということです。

マルコによる福音書などの、イエスさまの弟子選びの話では、「二人はすぐに網を捨てて従った」というように、弟子たちの側の信仰の勢いのようなことが語られています。信仰とは一面ではそうした、「わたしが信じる」「わたしがついて行く」という面があるわけです。私たちは礼拝の中で使徒信条を告白します。「われは天地の創り主、全能の父なる神を信ず」というように、「われは信じる」のです。

ヨハネによる福音書では、どちらかというと、弟子たちはイエスさまに引き寄せられるように、イエスさまについて行きます。アンデレは洗礼者ヨハネの弟子であったわけですが、「見よ、神の小羊だ」というヨハネの言葉を聞いて、イエスさまに呼ばれているわけでもないのに、イエスさまに従います。ナタナエルなどは、「ナザレから何か良いものが出るだろうか」というようなことを言っていたわけですが、イエスさまと話をして、イエスさまに引き寄せられるように、イエスさまを信じて歩み始めます。

なんらかの出来事で、教会に来ることになり、いわゆる求道者生活を送るようになりますと、ときに「どうなんだろうか。わたしの信仰」というような思いにかられることがあります。わたしは本当に、神さまを、イエスさまを信じているということになるのだろうか、というような思いにかられることがあります。「わたしが信じている」ということの問題を考えるのです。それはとても大切なことです。信仰とは、「わたしが信じている」ということの大切さがあるからです。

しかしもう一方で、やはりイエスさまに引き寄せられているということがあるのです。言葉では説明がつかないけれども、イエスさまに引き寄せられて、教会に集い、礼拝を守ります。いつのまにか、「わたしはイエスさまのことが大好きなんだ」という思いで生きるようになります。イエスさまに引き寄せられるのです。

イエスさまは私たちを招いてくださり、「あなたはわたしの大切な人だ。わたしを信じて、わたしについてきなさい」と、私たちに語りかけてくださっています。イエスさまを信じて、イエスさまにより頼んで歩んでいきましょう。



  

(2024年1月14日平安教会朝礼拝式・成人祝福の祈り)


1月7日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「この方こそ、わたしがついていく方」

「この方こそ、わたしがついていく方」


聖書箇所 ヨハネ1:29-34。3/449。

日時場所 2023年1月7日平安教会朝礼拝

 

クリスマスに救い主イエス・キリストをお迎えし、そして2023年を終え、2024年を迎えました。新しい年も皆様のうえに、神さまの恵みと平安とが豊かにありますようにとお祈りしています。

1月1日に能登半島を大きな地震が襲いました。たくさんのひとたちの命が失われ、悲しみのなかにあります。どうか神さまのお守りがありますようにとお祈りいたします。まだ余震が続き、不安な生活を強いられている人たちがたくさんおられます。どうか支援の手が必要なところに届いていきますように。日本基督教団も救援募金を始めています。私たちもまた覚えて、支え、祈ることができますように導いてください。

毎年、わたしは年賀状に、聖書の言葉を書くことにしています。ことしは、ルカによる福音書11章9節のみ言葉を選びました。「求めなさい。そうすれば、与えられる。 探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。」。新約聖書 ルカによる福音書11編9節。「戦争が人の心をむしばみます。無気力になりがちですが、神さまを信じて、求めつつ、歩みます。平安教会に赴任をして4年半になりました。コロナ禍後、いろいろな変化もありつつも、前に向かって進みます」。神さまの導きを信じて、求めつつ、歩んでいきたいと思います。

マーガレット・F・パワーズという人の書いた「フットプリント あしあと」という詩があります。「お好きだ」という方もたくさんおられるだろうと思います。


あしあと


ある夜、わたしは夢を見た。

わたしは、主とともに、なぎさを歩いていた。

暗い夜空に、これまでのわたしの人生が映し出された。

どの光景にも、砂の上にふたりのあしあとが残されていた。

ひとつはわたしのあしあと、もう一つは主のあしあとであった。

これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、

わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。

そこには一つのあしあとしかなかった。

わたしの人生でいちばんつらく、悲しい時だった。

このことがいつもわたしの心を乱していたので、

わたしはその悩みについて主にお尋ねした。

「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき、

 あなたは、すべての道において、わたしとともに歩み、

 わたしと語り合ってくださると約束されました。

 それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、

 ひとりのあしあとしかなかったのです。

 いちばんあなたを必要としたときに、

 あなたが、なぜ、わたしを捨てられたのか、

 わたしにはわかりません。」

主は、ささやかれた。

「わたしの大切な子よ。

 わたしは、あなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。

 ましてや、苦しみや試みの時に。

 あしあとがひとつだったとき、

 わたしはあなたを背負って歩いていた。」

マーガレット・F・パワーズ

translation copyright(C)1996 by Pacific Broadcasting Association


私たちはときとして、神さまはおられないのではないと思えるような出来事に出会うことがあります。イエスさまは共にいてくださると信じていたのに、そのように思えないということがあります。

【「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき、

 あなたは、すべての道において、わたしとともに歩み、

 わたしと語り合ってくださると約束されました。

 それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、

 ひとりのあしあとしかなかったのです。

 いちばんあなたを必要としたときに、

 あなたが、なぜ、わたしを捨てられたのか、

 わたしにはわかりません。」】。

そのように思えるわけです。しかしイエスさまは私たちと共にいてくださる。

【「わたしの大切な子よ。

 わたしは、あなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。

 ましてや、苦しみや試みの時に。

 あしあとがひとつだったとき、

 わたしはあなたを背負って歩いていた。」】。

苦しいとき、悲しいとき、自分はひとりぼっちであると思えるときがあります。なんの希望も見いだすことができないとき、神さまからも見放されていると思えるときがあります。しかしそのときこそ、イエスさまは私たちと共にいてくださり、私たちを背負って歩んでくださっています。


今日の聖書の箇所は「神の小羊」という表題のついた聖書の箇所です。ヨハネによる福音書1章29節にはこうあります。【その翌日、ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ】。ヨハネというのは洗礼者ヨハネのことです。洗礼者ヨハネはヨルダン川で悔い改めの洗礼を人々に授けていました。洗礼者ヨハネは自分のあとに、救い主がこられ、そして世の罪をあがなってくださる。自分はその救い主が来られる前に、少しでもこの世を神さまにふさわしい世にするために、悔い改めの洗礼を授けている、それが自分に与えられた仕事なのだと思っていました。ヨハネによる福音書1章25−28節に書かれてあるとおりです。

【彼らがヨハネに尋ねて、「あなたはメシアでも、エリヤでも、またあの預言者でもないのに、なぜ、洗礼を授けるのですか」と言うと、ヨハネは答えた。「わたしは水で洗礼を授けるが、あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。その人はわたしの後から来られる方で、わたしはその履物のひもを解く資格もない。」これは、ヨハネが洗礼を授けていたヨルダン川の向こう側、ベタニアでの出来事であった】。

洗礼者ヨハネはイエスさまのことを「世の罪を取り除く神の小羊」と言いました。神の小羊というのは、神さまのために捧げられる献げ物としての小羊ということです。ユダヤの人々は神さまに対して罪を赦してもらうための献げ物として小羊を捧げるということをしていました。洗礼者ヨハネがイエスさまのことを「世の罪を取り除く神の小羊」と言うのは、イエスさまが私たちのために十字架についてくださり、そして私たちの罪を贖ってくださる、イエスさまが私たちの罪を取り除いてくださり、神さまに対するいけにえの小羊となってくださるということです。そして洗礼者ヨハネの「世の罪を取り除く神の小羊」という言葉通りに、イエスさまは私たちの罪をあがなうために十字架についてくださりました。そして私たちはイエス・キリストの十字架によって、神さまの前に罪赦され、神さまの祝福をいただいています。

ヨハネによる福音書1章30−31節にはこうあります。【『わたしの後から一人の人が来られる。その方はわたしにまさる。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。わたしはこの方を知らなかった。しかし、この方がイスラエルに現れるために、わたしは、水で洗礼を授けに来た。」】。

洗礼者ヨハネはイエスさまを見て、「わたしが言っていたのはこの方のことである」と言いました。ついにわたしが言っていた方がこの世に来られた。わたしはこの方のために人々に水で洗礼を授けて、悔い改めの洗礼を行っていたのだと、洗礼者ヨハネは言いました。

ヨハネによる福音書1章32−34節にはこうあります。【そしてヨハネは証しした。「わたしは、“霊”が鳩のように天から降って、この方の上にとどまるのを見た。わたしはこの方を知らなかった。しかし、水で洗礼を授けるためにわたしをお遣わしになった方が、『“霊”が降って、ある人にとどまるのを見たら、その人が、聖霊によって洗礼を授ける人である』とわたしに言われた。わたしはそれを見た。だから、この方こそ神の子であると証ししたのである。」】。

洗礼者ヨハネは「わたしは悔い改めの洗礼を水で授けていたけれども、しかしわたしのあとに来られる方は聖霊によって洗礼を授ける人だ」と言いました。その方は特別な方である。「この方こそ神の子である」。わたしはそのように証しをした。わたしは人であるから水で洗礼を授けるしかできないけれども、しかしこの方は特別な方で神さまの御子として精霊によって洗礼を授ける。それは神さまからの大いなる祝福であり、この方を通して人は神さまの救いに預かることができる。この方の上に霊が降ってきて、この方に留まるのをわたしは見た。この方こそ聖霊によって洗礼を授ける神の御子なのだ。そう、洗礼者ヨハネは言いました。洗礼者ヨハネはイエスさまとの出会いを高らかに告げ、そしてイエスさまのことを証ししました。

洗礼者ヨハネは二度、「わたしはこの方を知らなかった」と言っています。それはひとつにはイエスさまについては、洗礼者ヨハネとイエスさまの出会いの段階では明らかになっていないということです。洗礼者ヨハネはイエスさまのことをよく知ることなく天に召されます。洗礼者ヨハネはヘロデ王によって捕らえられ、殺されてしまうからです。そしてもう一つは「神の御子イエス・キリストについては知り得ない」ということです。それは洗礼者ヨハネに限らず、御子イエス・キリストのことは知り得ないのです。御子のことであるわけですから、それは神さまに属することです。神さまに属することは、人は本質的には知り得ないのです。洗礼者ヨハネは「この方こそ神の子である」と証しするわけですけれども、しかし洗礼者ヨハネは「わたしはこの方を知らなかった」というように、御子のことは本質的には知り得ないというのです。

しかし洗礼者ヨハネは【わたしはこの方を知らなかった。しかし、この方がイスラエルに現れるために、わたしは、水で洗礼を授けに来た。」】と言いました。洗礼者ヨハネはわたしの人生はこの方によって定められていると言います。「この方がイスラエルに現われるために」、わたしは水で洗礼を授けていた、洗礼者ヨハネは言いました。洗礼者ヨハネはイエスさまのために生きた人でした。洗礼者ヨハネはイエスさまの前に、この世に来た人であるわけですが、しかしイエスさまによってその歩む道が定められた人でした。

洗礼者ヨハネが言いたかったことは、「この方こそ、わたしがついていく方だ」ということです。そして洗礼者ヨハネは実際にそのように生きたのです。イエスさまの前に現れていたのだけれども、しかし洗礼者ヨハネはイエスさまに従って歩んだ人でした。そして人々に悔い改めの洗礼を授けながら、「この方について行きなさい」と、イエス・キリストを証しした人でした。

私たちもまた洗礼者ヨハネのように、「この方について行きたい」と思います。「この方こそ、わたしがついていく方」と思います。私たちはイエスさまの跡に従いたいと思います。しかしそれはたんにイエスさまがりっぱな方であるからではありません。ふつうはこの方のあとについていきたいというとき、この方が歩まれたように、わたしもまた歩むということです。りっぱな方のあとについて歩むということです。しかしイエスさまはたんに私たちがあとについて歩む方ではなく、イエスさまご自身が私たちを守り導いて、支えてくださる方なのです。

マーガレット・F・パワーズの「フットプリント あしあと」にありましたように、私たちを支えてくださる方なのです。

「わたしの大切な子よ。

 わたしは、あなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。

 ましてや、苦しみや試みの時に。

 あしあとがひとつだったとき、

 わたしはあなたを背負って歩いていた。」

だからこそ、私たちは思うのです。「この方こそ、わたしがついていく方」。イエスさまは私たちを見捨てることはありません。私たちはイエスさまからすれば、甲斐のない者であるかも知れません。そんなにりっぱな者ではないですし、力ある者でありません。イエスさまのお役に立てたらいいわけですが、しかしまあそんなにイエスさまのお役に立てる者でもないような気もします。しかしそれでも私たちは心の中で、「この方こそ」「この方こそ」、「この方こそ、わたしがついていく方」という思いをもっています。私たちは自分がこの方の役に立つとか、自分はこの方にふさわしいとかということとは関係なく、ただただ「この方こそ、わたしがついていく方」という思いをもって、イエスさまについて行きます。

イエス・キリストは私たちを見捨てることなく、私たちを支え、守り、導いてくださいます。私たちは2024年も、「この方こそ、わたしがついていく方」という思いをしっかりと思って、イエスさまにお仕えして歩んでいきましょう。



(2024年1月7日平安教会朝礼拝)

12月31日平安教会礼拝説教要旨(山下毅牧師)「すべての人の救いを見る」

「すべての人の救いを見る」  山下 毅牧師

ルカによる福音書2:21-38


 クリスマスから数えて8日後の大晦日の日を迎えています。本日の聖書の箇所は、神殿で幼な子であられるイエス・キリストと主を待ち望む熱心な信徒であるシメオンが出会う場面です。この歌は<シメオンの賛歌>と呼ばれます。

 「主よ、今こそ、あなたはみ言葉のとおりに この僕を安らかに去らせてくださいます。わたしの目が今あなたの救いを見たからです。これは万民のまえに整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光、あなたの民イスラエルの誉れです。」

神学者ヘンリ・ナウエンは、<シメオンの賛歌>、イエス・キリストとの出会いは大きな救いの出来事である。老人にありがちな悲観的な見方、気の滅入るような物の見方を打ち砕いてくれます。老いの訪れは、目も耳も開かれ、光に向かう道になる、と述べています。

何故シメオンはこのような救いの確信を得たのでしょうか。それは、「聖霊」によって、神の霊に捕らえられ、神の霊によって導かれ、神の霊に支えられ、自らの救いのために、イスラエルの救いのために、全世界の救いのために、熱心に祈っていたのです。救いを見るまでは、自分は死ぬわけにはいかないと言う祈りをささげていたのです。 

祈りは厳しい仕事です。祈りは暇人のやることではないのです。教会に生きる者皆がやることです。いやここにこそ教会の姿があります。神から救われなければ、人間は自分を救うことは出来ません。どんなに知恵があっても、だんなに科学が発達しても、救われる道はないのです。

シメオンは幼な子を見ました。幼な子イエスという、目に見える事実となったのです。神の聖霊に導かれて、心を開かれたわれわれは、他の人々の見ない神の救いを幼な子イエスの中に見るのであります。――信じてこれを見るものにとっては、ここにシメオンが主ご自身を抱いて与えられたのと同じ、幼な子イエスの恵みにあずかるのであります。私達は、聖霊のみちびくままに、深い祈りに生きたいと思います。その祈りとひとつとなった愛に生きたいと思います。そしてその祈りに答えて、幼な子イエスがわれわれの手に与えられた事実を、年老いていようが、病んでいようが、どんな苦労の中にあろうが、信仰をもって堅く受けとめたいと思います。そして日本の救いのために、世界の救いのために、熱い祈りにひたすら走り続けたいと思います。




8月30日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師) 「あなたは、神の国から遠くない」

  「あなたは、神の国から遠くない」 聖書箇所 マルコ12:28-34。287/528。 日時場所 2026年8月30日平安教会朝礼拝 神戸女学院はアメリカの会衆派の宣教師によって創られた学校です。神戸女学院は米国会衆派の海外伝道団体(アメリカン・ボード)から派遣された二人の女性...