2024年4月6日土曜日

3月31日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師) 「イースター、穏やかな日常へ」

 「イースター、穏やかな日常へ」

聖書箇所 マタイ28:1-10。327/333。

日時場所 2024年3月31日平安教会朝礼拝式・イースター礼拝式


イースター、おめでとうございます。私たちのために、イエスさまがよみがえってくださいました。よみがえられたイエスさまと共に、神さまに祝福された歩みをしていきたいと思います。

ことしのイースターは愛餐会を行ないます。野の花会のみなさんが用意をしてくださいました。こころから感謝いたします。新型コロナウイルス感染症のために、教会の交わりも制限を受けてきました。今年度から少しずつもいろいろなことができるようになりました。コロナ禍においては、いろいろなことで日常生活が制限を受けました。私たちの日常生活が、どんなに尊いものであり、多くの人々がそうした私たちの日常生活のために働いてくださっているのかを知ることができました。私たちの世界にあっては、戦争によって日常生活が奪われ、辛い思いや悲しい思いのなかにある多くの方々がおられることを、私たちは知っています。どうか神さまの義と平和に満ちあふれた世界になりますようにと、祈りをあわせたいと思います。

またことしのイースターは洗礼を受けてクリスチャンとしての歩みを始められる方が、2名。そして転入会をしてくださる方が1名、おられます。私たちの教会にとりましては、とても大きな喜びです。神さまにこころから感謝いたします。

今日の聖書の箇所は「復活する」という表題のついた聖書の箇所です。マタイによる福音書28章1−4節にはこうあります。【さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った。すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのである。その姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように白かった。番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。】。

イエスさまが十字架につけられ、天にめされたあと、アリマタヤのヨセフがイエスさまの遺体を引き取って、新しいお墓に入れました。そのあと安息日になりました。ユダヤ教では安息日は何もしてはいけない期間でしたので、イエスさまの葬りの準備をすることができませんでした。ですから安息日が終わったあと、マグダラのマリアともう一人のマリアが、お墓にいって、葬りの準備をしようとしました。そのときに大きな地震が起こります。そして天使が天から降ってきて、お墓の入り口にあった大きな石をころがし、その上に座ります。イエスさまのお墓で見張りをしていた番兵たちは驚き、恐れました。

マタイによる福音書28章5−7節にはこうあります。【天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。それから、急いで行って弟子たちにこう告げなさい。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。』確かに、あなたがたに伝えました。」】。

天使は女性たちに「恐れることはない」と言いました。大きな地震が起こり、番兵たちも震え上がり死人のようになったわけですから、女性たちも怖かっただろうと思います。しかし天使は女性たちに「恐れることはない」と言い、彼女たちが驚くことを言いました。イエスさまが復活された。遺体の置いてあったところを見てみなさい。そこにはイエスさまの遺体はもうない。さあ、急いで弟子たちのところに行き、そしてこう伝えなさい。「イエスさまは死者の中から復活された。そしてあなたたちより先にガリラヤへ行かれる。そしてそこでお会いすることができる」。確かにあなたたちに伝えましたよ。

マタイによる福音書28章8−10節にはこうあります。【婦人たちは、恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。すると、イエスが行く手に立っていて、「おはよう」と言われたので、婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏した。イエスは言われた。「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる。」】

女性たちは少しびっくりしましたが、イエスさまが復活されたことを知り、とても喜び、そして弟子たちに知らせるために墓をあとにしました。すると、女性たちの行く先に、イエスさまが立っておられました。イエスさまは女性たちに「おはよう」と言われました。そして女性たちはイエスさまに近寄り、イエスさまの足を抱き、そしてイエスさまの前にひれ伏しました。イエスさまは言われました。「恐れることはない」「わたしの兄弟たちにガリラヤに行くように行ってください。そこでわたしに会うことができると」。

マタイによる福音書のイエスさまの復活の物語は、番兵たちが出てくるということです。イエスさまの死体を弟子たちが盗み出して、イエスは復活したと言い広めるということが起こってはいけないから、イエスさまの墓に番兵たちがおかれています。しかしイエスさまは復活されます。マタイによる福音書28章11節以下には「番兵、報告する」という表題のついた聖書の個所があります。番兵はすなおにイエスさまが復活したことを報告するわけです。しかし祭司長たちはそれでは困るので、番兵にウソの噂を広めるように支持します。「イエスさまの遺体は、弟子たちが盗み出して、そしてイエスさまは復活したと弟子たちが言い広めている」というウソの噂を、番兵たちが言い広めるのです。

この番兵たちの話以外は、マタイによる福音書ではイエスさまの復活について、とても淡々と信じられた出来事として記されています。マグダラのマリアやもう一人のマリアたちも、実際によみがえられたイエスさまに、イエスさまの墓から帰る途中で出会っています。イエスさまのお墓がからっぽだったということだけで終わったのであれば、まあちょっと心配になるわけですが、マグダラのマリアたちはそのあと実際によみがえられたイエスさまに会っているので、「ああ、イエスさまがよみがえられた」と素直に思えます。

よみがえられたイエスさまは女性たちを通して弟子たちに「ガリラヤ出会う」ということを伝えます。弟子たちがイエスさまがよみがえられたあとに会う場所は、ガリラヤです。ガリラヤというところは、イエスさまや弟子たちの多くの出身の町です。弟子たちはイエスさまにガリラヤで出会い、そしてイエスさまと共に歩みます。イエスさまが十字架につけられるときに、弟子たちは逃げ出してしまいます。しかしイエスさまがよみがえられたあと、弟子たちはまたガリラヤから新しく歩み始めるのです。

ガリラヤは弟子たちがイエスさまと出会った場所というだけでなく、「異邦人のガリラヤ」と言われる地域でした。エルサレムと違って、ユダヤの中心ではないわけです。ユダヤ人は自分たちの民族はすばらしく、他の民族はだめであるという考え方が強かったですから、「異邦人のガリラヤ」という言い方は、その地域に住んでいる人たちに対する蔑みの言葉であるわけです。「ガリラヤからすばらしい人が出るはずがない」というような言われ方をするのが、ガリラヤでありました。そうしたエルサレムという中心から離れた地域がガリラヤであるわけです。ガリラヤはまた貧しさを抱え、蔑みを受けるところでありました。イエスさまはそのガリラヤで、復活のあと、弟子たちに会われたのでした。

ガリラヤの地もいろいろな問題や課題を抱えるところでありました。それは私たちの生きている世の中や、私たちの生活でもあることです。私たちも生活の中で、いろいろな悩みや困難に出会います。そういう意味では、私たちの生活しているところも、ガリラヤであるわけです。すべてのことがうまくいっているわけでもないですし、私たちにとって不都合なことも起こります。ひとから誤解を受けるようなこともありますし、ひとから傷つけられることもあります。さみしい思いをすることもありますし、また自分が人を傷つけてしまい、そのことでまた自分自身が傷つくというようようなこともあります。そういう意味では、私たちの生活しているところも、ガリラヤであるわけです。

イエスさまはいろいろな問題や課題があるガリラヤで、よみがえられたあと、弟子たちに会われます。いろいろなことがあるけれども、しかしその場所からまた新しい思いになって歩み始めることを、イエスさまは望んでおられます。

私たちの毎日の生活の中で、イエスさまは私たちに伴ってくださり、私たちの歩みを支えてくださっています。

イースター、弟子たちがガリラヤに帰ったように、私たちもまた穏やかな日常に帰っていきたいと思います。イエスさまが私たちの歩みを導いてくださいます。よみがえられたイエスさまと共に、健やかな歩みをしていきたいと思います。


  

(2024年3月31日平安教会朝礼拝式・イースター礼拝式)


2024年3月28日木曜日

3月24日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師) 「背筋を伸ばして、胸をはって」

 「背筋を伸ばして、胸をはって」

 

聖書箇所 ヨハネ18:1-40(1801-1811)。307/311。

日時場所 2024年3月24日平安教会朝礼拝式・棕櫚の主日礼拝


今日は棕櫚の主日です。今日から受難週が始まります。イエスさまの受難を覚えつつ過ごします。そして喜びをもって、イースターを迎えたいと思います。

棕櫚の主日の出来事についての聖書の箇所は、ヨハネによる福音書12章12ー19節の「エルサレムに迎えられる」という表題のついた聖書の箇所です。新約聖書の192頁です。ヨハネによる福音書12章12−19節にはこうあります。

【その翌日、祭りに来ていた大勢の群衆は、イエスがエルサレムに来られると聞き、なつめやしの枝を持って迎えに出た。そして、叫び続けた。「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように、/イスラエルの王に。」イエスはろばの子を見つけて、お乗りになった。次のように書いてあるとおりである。「シオンの娘よ、恐れるな。見よ、お前の王がおいでになる、/ろばの子に乗って。」弟子たちは最初これらのことが分からなかったが、イエスが栄光を受けられたとき、それがイエスについて書かれたものであり、人々がそのとおりにイエスにしたということを思い出した。イエスがラザロを墓から呼び出して、死者の中からよみがえらせたとき一緒にいた群衆は、その証しをしていた。群衆がイエスを出迎えたのも、イエスがこのようなしるしをなさったと聞いていたからである。そこで、ファリサイ派の人々は互いに言った。「見よ、何をしても無駄だ。世をあげてあの男について行ったではないか。」】。

この「エルサレムに迎えられる」という聖書の箇所は、ヨハネによる福音書以外の福音書にも記されています。それぞれまた読んでいただいたら良いかと思いますが、ヨハネによる福音書には「なつめやしの枝」と書かれてあります。「なつめやし」というところから、棕櫚の主日と言われるようになっています。

イエスさまがエルサレムにやっておられるのを、人々がなつめやしの枝をもって歓迎します。「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように、/イスラエルの王に。」。しかしこのあと、イエスさまはユダヤ教の指導者たちによって捕らえられ、裁判を受けられ、そして十字架つけられることになります。

今日の聖書の箇所は、その話です。「裏切られ、逮捕される」という表題のついた聖書の箇所です。この日にはこの聖書の箇所を読みますという、「聖書日課」と言われるものがありますが、今日の日本基督教団の聖書日課は、ヨハネによる福音書18章1−40節となっています。とても長いので、今日はヨハネによる福音書18章1−11節についてお話することにいたしました。

ヨハネによる福音書18章1−3節にはこうあります。【こう話し終えると、イエスは弟子たちと一緒に、キドロンの谷の向こうへ出て行かれた。そこには園があり、イエスは弟子たちとその中に入られた。イエスを裏切ろうとしていたユダも、その場所を知っていた。イエスは、弟子たちと共に度々ここに集まっておられたからである。それでユダは、一隊の兵士と、祭司長たちやファリサイ派の人々の遣わした下役たちを引き連れて、そこにやって来た。松明やともし火や武器を手にしていた。】。

ヨハネによる福音書では、イエスさまがいわゆる弟子たちに対してお別れの説教をされて、そして弟子たちのために祈られます。ヨハネによる福音書17章1節以下には「イエスの祈り」という表題のついた聖書の箇所があります。そしてそのあと、今日の聖書の箇所となります。イエスさまは祈りを終えられ、そして弟子たちと一緒にギドロンの谷の向こうに行かれます。マタイによる福音書やマルコによる福音書では、ゲッセマネの園と言われます。イエスさまは弟子たちと一緒によくそこに来ておられました。イエスさまを裏切るイスカリオテのユダも、その場所を知っていました。イスカリオテのユダは、イエスさまがゲッセマネの園におられることを知り、ユダヤの指導者たちの下役や兵士たちと一緒に、イエスさまを捕らえにやってきました。

ヨハネによる福音書18章4−9節にはこうあります。【イエスは御自分の身に起こることを何もかも知っておられ、進み出て、「だれを捜しているのか」と言われた。彼らが「ナザレのイエスだ」と答えると、イエスは「わたしである」と言われた。イエスを裏切ろうとしていたユダも彼らと一緒にいた。イエスが「わたしである」と言われたとき、彼らは後ずさりして、地に倒れた。そこで、イエスが「だれを捜しているのか」と重ねてお尋ねになると、彼らは「ナザレのイエスだ」と言った。すると、イエスは言われた。「『わたしである』と言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人々は去らせなさい。」それは、「あなたが与えてくださった人を、わたしは一人も失いませんでした」と言われたイエスの言葉が実現するためであった。】。

イエスさまは自分が下役たちに捕らえられ、大祭司たちによって裁判を受け、十字架につけられることになることを知っておられました。そして自分を捕らえにきた人たちに、「だれを探しているのか:と言われます。彼らは「ナザレのイエスだ」と答えます。それに対して、イエスさまは「わたしである」と言われます。イエスさまが「わたしである」と言われると、彼らは後ずさりして倒れます。イエスさまはまた「だれを探しているのか」と言われ、そしてまた彼らは「ナザレのイエスだ」と言い、それに対して、イエスさまは「わたしである」と言います。そしてわたしを捕らえにきたのではあれば、その他の人たちは関係ないだろう。彼らはここから去らせなさいと言われました。

ヨハネによる福音書18章10ー11節にはこうあります。【シモン・ペトロは剣を持っていたので、それを抜いて大祭司の手下に打ってかかり、その右の耳を切り落とした。手下の名はマルコスであった。イエスはペトロに言われた。「剣をさやに納めなさい。父がお与えになった杯は、飲むべきではないか。」】。

イエスさまの弟子の使徒ペトロはもっていた剣で、大祭司の下役に切りかかります。そして右の耳を切り落とします。他の福音書では下役の耳を切り落とした人の名前は記されていませんが、ヨハネによる福音書でははっきりと、シモン・ペトロと記されています。耳を切り落とされた相手の名前も、マルコスと記されています。どうして切りかかった人が、ペトロになっているのかというのは、よくわかりません。しかしペトロは弟子たちの代表ですから、「剣をさやに納める」ということは、いかなることであっても大切なことなのだということが記されているのではないかと、わたしには思えます。イエスさまは「父がお与えになった杯は、飲むべきではないか」と言われます。イエスさまの十字架は、神さまが用意されたことであり、それは避けることのできないことであるということです。イエスさまは私たちの罪のために、十字架につかれます。それは神さまが用意をされたことであり、神さまが私たち人間を罪から救うための、イエスさまに託された出来事であるということです。

イエスさまはこの聖書の箇所で、「わたしである」と二度言われます。「わたしである」という言葉は特別な言葉です。ギリシャ語の「エゴー・エイミー」と言われる言葉です。その言葉自体は、「わたしは存在する」という言葉であるので、まあだれでも使う言葉であるわけです。しかしこの言葉は、聖書の中では特別な言葉とされ、神さまが自分のことを人間に表わすときの言葉とされています。「神顕現」の言葉とされていますです。そうした特別な言葉であるので、イエスさまを捕らえにきた手下たちは、後ずさりして倒れるわけです。イエスさまは自分を捕らえにきた人々に、「わたしである」と言われ、自分が逃げも隠れもしないことを宣言されます。

だれの前にもしっかりと立って、自分が自分であることを宣言するということは、とても大切なことです。だれの前でも「わたしである」と言えると良いと思います。しかし私たちは人間ですから、何か都合の悪いことができると、そこから逃げてしまいたいというような思いにかられるときがあります。人をごまかし、自分をごまかして、逃げてしまおうとするときというのがあります。

最近、わたしの見たテレビドラマに「セクシー田中さん」というドラマがあります。主人公の田中京子さんは昼は地味な経理部の女性で、夜はベリーダンサーであるという設定です。田中さんは周りの人とコミュニケーションをとるのが苦手で、いつのまにか人を避けるようになり、勉強や仕事にだけ打ち込んで生活をしていたわけですが、あるとき自分が年寄りのように猫背になってしまっていることに気がつきます。そしてこんなことではいけないと思い、ベリーダンスを始めます。田中さんはベリーダンスを始めることによって、自分の居場所を見つけ、そして曲がった背筋が伸びてきます。そして周りの人たちに対しても、よい影響を及ぼす人になっていきます。「このドラマの「背筋を伸ばして生きていく」という設定は、とてもすがすがしい気持ちを、わたしに与えてくれました。田中さんだけでなく、周りの人も「背筋を伸ばして生きていく」、そんな生き方をしたいと思うというところが良いなあと思えます。だれもやはり背筋を伸ばして生きていきたいのです。

年をとってきたということもありますが、何となくわたしも猫背になってきて背筋が曲がってきたような気がします。まあ身体のほうがそれはそれで仕方がない気もしますが、こころも曲がってくるというのではいけないなあと思います。しっかりと「背筋を伸ばして、前を向いて」生きていくという気持ちを忘れないようにしたいと思いました。

今日の聖書の箇所で、イエスさまは自分を捕まえにやってきた人々に対して、逃げも隠れもせず、「わたしである」と言われます。そして引け目のあるユダヤの指導者たちの下役たちは、それに対して後ずさりして、地に倒れるのです。イエスさまは「わたしである」と言いつつ、背筋を伸ばして生きています。誰の前にも恐れることなく、神さまの御心に従って歩まれます。

わたしはクリスチャンに大切なことは、「胸をはって生きていく」ということだと思っています。もちろん私たちは人間であり、罪人ですから、こころのなかに邪な思いをもちますし、またじっさいに悪いことをしてしまうということがあります。神さまの前にふさわしくないものであることは、重々承知であるわけです。しかしそんな私たちを愛し、私たちの罪を赦し、私たちを祝福してくださる神さまがおられるのです。「安心していきなさい」と、私たちを励まし導いてくださる方がおられるのです。

ですから、私たちは背筋を伸ばして、胸をはって生きていきたいと思います。自分により頼んで生きるのではなく、神さまに、イエスさまにより頼んで生きていきたいと思います。

棕櫚の主日を迎え、受難週に入りました。イエスさまが私たちの罪のために十字架についてくださいます。私たちの罪を担い、私たちを新しい命へと導いてくださるために、イエスさまは十字架についてくださいます。神さまの、イエスさまの深い愛を信じて、背筋を伸ばして、胸をはって歩みたいと思います。

 



(2024年3月24日平安教会朝礼拝式・棕櫚の主日礼拝)

2024年3月20日水曜日

3月17日平安教会礼拝説教要旨(森田喜基牧師)「一粒の麦」

「一粒の麦」 森田喜基牧師

ヨハネによる福音書 12:20-26節節

「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。」イエスがなぜこのタイミングでこれを語られたのでしょうか。エルサレム入城で大歓迎を受け、フィリポとアンデレにギリシア人たちがイエスに会いたいので仲介してほしいと頼んできた時、彼はどれほど嬉しく、また誇らしかったでしょうか。ところがイエスは彼らの喜びや大きく膨らんだ期待を一蹴するかの如く、語り始めたのです。それがこの一節です。通常「一粒の麦」が「死んで」芽が出たとは言わず、「芽を出した」と言うでしょう。しかしイエスは、あえて「死」という言葉を用いて、ご自身の十字架の上の死を重ねて語られました。ここで「一粒の麦」が語られた理由は、これから歩まれる十字架への道が、弟子たちの抱く期待、人々の歓声とは全く違う方向に向かうものだったからです。多くの人々がイエスを歓迎し、期待する時、弟子たちはその人々の期待をイエスが裏切らないように望みました。イエスが弟子の足を洗われた際、ペトロは「私の足など決して洗わないでください。」と人々に仕える模範を示されたイエスを拒みました。ヨハネ福音書4章には、イエスとサマリアの女との交流が描かれますが、この女性との関わりは、ユダヤ人からは受け入れがたいものでした。イエスの歩みは、人々の期待に必ずしも沿うものではなく、むしろ受け入れがたい方向へと進み、皆から歓迎され、尊敬される立場に執着し、留まることをされませんでした。それが正に十字架への道であり、そのお苦しみの中で、イエスは皆から拒絶され、その結果、孤独の中に生きる人々と寄り添われたのです。ここに希望があります。25節「自分の命を愛する者は、それを失う」とは、自分の大事にしているものを手放さず、執着する生き方であり、神に支えられて生きよというメッセージに、自分を委ねることのない生き方です。26節「わたしに仕えようとする者は、わたしに従え。」十字架へと歩まれたイエスの生き様に学びつつ、私たちが今、誰と出会い、誰と共に生きることが、真の命、永遠の命に生きることなのか、改めてこの受難節に自らの歩みを見つめたいと思います。そしてまた私たちがどんなに挫折し、苦悩することがあっても、一粒の麦として十字架の道を歩まれ、そして復活されたイエス・キリストが、私たちの前を十字架を背負って歩んでおられ、共にいてくださることに、全てを委ねて歩んでまいりましょう。

2024年3月14日木曜日

3月10日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師) 「わたしもイエスさまに香油を塗りたかった」

 「わたしもイエスさまに香油を塗りたかった」

 

聖書箇所 ヨハネ12:1-8。306/313。

日時場所 2024年3月10日平安教会朝礼拝式・受難節4

  

心の中にある真実な思いが行動に現れるということがあります。いろいろな自然災害が私たちの周りにおこったとき、「なにかしたい」という思いにかられます。そして募金を行なったりします。そうしたときは自分のなかでお金の勘定をしているということではなく、ぱっと募金をしたりするわけです。私たちは普段の生活の中で、お金の使い方について一生懸命に考えるわけですが、しかし金勘定だけで生きているわけではありません。教会建築などについてもやはり同じようなお話をお聞きすることがあります。「よく教会建築できましたね」とお尋ねすると、「はじめはとてもできるとは思えなかったけれど。やっぱり神さまが私たちの祈りを聞いてくださったんだね」というようなお返事をお聞きすることがよくありまます。みんなで祈りつつ、献金をして、教会建築を行なったわけです。

歴史学者である中島岳志(なかじま・たけし)は、『「利他」とは何か』という本のなかでつぎのようなことを言っています。【ヒンディー語では、「私はうれしい」というのは、「私にうれしさがやってきてとどまっている」という言い方をします。「私は」ではなくて、「私に」で始まる構文のことを、ヒンディー語では「与格」といいます。この「与格」が現代語のなかにかなり残っていて、ヒンディー語を勉強する時にこれがものすごく難しい。「私は」で始めるのか、「私に」で始めるのかというので、初学者はすごく戸惑うポイントです。「私は」というのは私が行為を意志によって所有しているという観念だと思いますが、「私に」何々がやってくるというのは、不可抗力によって私に何かが生じているという現象のときに使います。たとえば、「風邪をひいた」「熱が出ている」というのは与格で表現します。つまり、私が風邪をひきたい、熱を出したいと思ってそうなっていうのではなく、私に風邪や高熱がやってきてとどまっている、という言い方をします。「私はあなたを愛している」というのも、「私にあなたへの愛がやってきてとどまっている」。私が合理的にあなたを解析して好きになったのではなく、どうしようもない「愛」というものが私にやってきた】(P.101)。

中島岳志は、近代・現代社会は人間の意志ということに囚われすぎている。人間の意志によってすべての行為が行われているということが強調されすぎていると言います。たしかに私の意志とは思えないような思いに駆られて、このことをしたいと思うということがあるわけです。【「私はあなたを愛している」というのも、「私にあなたへの愛がやってきてとどまっている」。私が合理的にあなたを解析して好きになったのではなく、どうしようもない「愛」というものが私にやってきた】。たしかに好きになることの説明はむつかしいですから、人は「恋に落ちる」というわけです。初めは「いやなやつ」と思っていた人のことが好きになったりするわけです。なにかに突き動かされるような思いによって、そのことを行なうということが、私たちにはあるのです。

今日の聖書の箇所は「ベタニアで香油を注がれる」という表題のついた聖書の箇所です。ヨハネによる福音書12章1−3節にはこうあります。【過越祭の六日前に、イエスはベタニアに行かれた。そこには、イエスが死者の中からよみがえらせたラザロがいた。イエスのためにそこで夕食が用意され、マルタは給仕をしていた。ラザロは、イエスと共に食事の席に着いた人々の中にいた。そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。】。

ヨハネによる福音書では、イエスさまに香油を注ぐ女性は、ラザロの妹のマリアです。その出来事が行われた場所は、ラザロの家となっています。ヨハネによる福音書では、このラザロという人は特別な人であるわけです。ヨハネによる福音書11章1節以下に「ラザロの死」という表題のついた聖書の箇所があります。新約聖書の188頁です。ラザロは死んだわけですが、イエスさまによってよみがえります。

イエスさまは過越祭のときに、十字架につけられます。ですから「過越祭の六日前」ということは、もう少しするとイエスさまが十字架につけられるということです。イエスさまはベタニアのラザロのところにいきました。イエスさまのために夕食が用意されています。ラザロの妹のマルタが給仕をしています。「マルタ、そんなにがんばらなくてもいいよ」と、私たちは思うわけですが、マルタは給仕をしているわけです。ラザロとイエスさまが食事の席に着いていました。そのときにラザロの妹のマリアが、とても良い高価なナルドの香油をもってやってきます。聖書の後ろのほうに「度量衡および通貨」という便利な表がついていますが、その表によりますと、1リトラというは約326グラムということです。マリアはその高価なナルドの香油を、イエスさまの足に塗りました。そして自分の髪でその足をぬぐいました。髪の毛で足をぬぐうより、今治タオルで拭いてあげたほうが良いような気がするわけです。しかしイエスさまの時代、女性の髪というのは象徴的な意味において価値があったということだと思います。それはまあ尊い行ないであったのです。ラザロの家は高価なナルドの香油の香りで一杯になりました。みんな気持ちの良い香りに包まれました。

ヨハネによる福音書12章4−6節にはこうあります。【弟子の一人で、後にイエスを裏切るイスカリオテのユダが言った。「なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人々に施さなかったのか。」彼がこう言ったのは、貧しい人々のことを心にかけていたからではない。彼は盗人であって、金入れを預かっていながら、その中身をごまかしていたからである】。

マリアが香油をイエスさまの足にぬったをみて、イスカリオテのユダがマリアを叱ります。300デナリオンというのは、1デナリオンが一日の労働者の賃金と言いますから、まあ1デナリオンが1万円とすると、300デナリオンは300万円ということになります。まあたしかに高価なものであるわけです。300万円のナルドの香油を、マリアの一存でなにかできたのかどうかということはよくわかりません。まあ一般的に考えると、兄のラザロも知っていたということではないかと思います。まあ人の家のお金に使い方について、どうこういうというのは、まあ現代であれば控えるべきことであるような気もします。しかしまあイスカリオテのユダの言った「なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人々に施さなかったのか。」という言葉も、まあそんなにおかしなことでもないような気がします。

ヨハネによる福音書は、イスカリオテのユダがイエスさまを裏切ったという出来事があったあとに書かれていますから、イスカリオテのユダはとんでもない悪人ということで書かれています。ですから【彼がこう言ったのは、貧しい人々のことを心にかけていたからではない。彼は盗人であって、金入れを預かっていながら、その中身をごまかしていたからである】というようなことも書かれてあります。しかしまあ実際にイスカリオテのユダが、不正をしていたのかどうかということはわからないわけです。イエスさまのグループの会計をしていたわけですから、まあイスカリオテのユダはある意味、みんなから信頼されていたと思います。ですからまあ私たちの判断からすると、ヨハネによる福音書の著者がこのように、イスカリオテのユダのことをあしざまに後から書くということも、「まあ、どうなんだろうねえ」というような気持ちになるわけです。

ヨハネによる福音書12章7−8節にはこうあります。【イエスは言われた。「この人のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それを取って置いたのだから。貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。」】。

イエスさまはイスカリオテのユダがマリアを叱ったことに対して、「この人のするままにさせておきなさい」と言われました。イスカリオテのユダの言ったことが正しいとは言われませんでした。イエスさまは「わたしの葬りの日のために、それを取って置いたのだから」と言われました。マリアがわたしの足に香油を塗ってくれたことには、大切な意味があるのだと言われました。それはわたしの葬りの備えなのだと、イエスさまは言われました。イエスさまは十字架につけられ、そして葬りの備えをすることもできずに、墓に納められることになります。その葬りの備えを、あらかじめいま行なってくれたのがマリアなのだと、イエスさまは言われました。貧しい人々にはあなたたちがこれからも一緒にいることができるから、これからいろいろな機会に、貧しい人たちを大切にしてあげてほしい。それはイスカリオテのユダが言うとおりだ。でもわたしはいつまでもあなたたちと一緒にいるわけではない。わたしはもうすぐ十字架につけられ、あなたたちから離れていくことになるのだから。そのようにイエスさまは言われました。

テレビのワイドショーをみたり、インターネットのニュースなどをみたりしますと、コメンテーターと言われる人たちが、いろいろと「このようにするのが正しいのだ」というようなことを言うのを目にすることがあります。どういう基準でこのコメンテーターって選ばれているのだろうと思うこともあります。「ちょっと、それ、非常識すぎるだろう」というような意見をいう人もいます。またとても合理的な意見をいう人もいます。イスカリオテのユダの意見は、どちらかと言えば合理的な意見です。まあ正しい意見です。この「ベタニアで香油を注がれる」という出来事が行われた後も、「まあイエスさまはああ言われたけど、でもイスカリオテのユダの言ったことも一利あるよね」という人は多かっただろうと思います。たぶん正しい意見なのです。

しかし正しい意見であるからこそ、そこに愛がないことに配慮をしなければならないのだと思います。イスカリオテのユダの言ったことは、正しいけれども、愛がないのです。そしてまた先のことは、私たちにはわからないのです。イエスさまが十字架につけられたあと、みんなあとから思ったのです。「ああ、あのとき、マリアがイエスさまの足に香油を塗ってさしあげて、葬りの備えをしてあげることができて、ほんとによかったよね」。そのようにみんなあとから思ったのです。「わたしもイエスさまに香油をぬってさしあげたかった」とみんな思ったのです。

合理的に考えるとなんかちょっと変だよねと思えることだったし、イスカリオテのユダがそのことをはっきりと口に出して、マリアを叱ったけど、でもなんかマリアは何かに突き動かされるように、イエスさまの足に香油を注いだんだよね。いまから考えると、あのとき、マリアがイエスさまに香油を塗って差し上げて、ほんとによかったよね。神さまの導きとしか思えないね。聖霊の働きだよね。

私たちは普段は合理的な考え方をしていますから、自分がマリアのようにイエスさまの足に香油を注いだりしないような気がします。そのように思いつつ、しかしやはり私たちの心の中には「わたしもイエスさまに香油を塗ってさしあげたかった」という思いがあるのです。私たちもまたイエスさまに仕えるマリアであるのです。イエスさまのために良いものをおささげしたいという思いをもっています。自分の思いとも思えないほど、きれいな思いが私たちのこころのなかにあるのです。神さまが私たちにくださる愛による思いなのです。

レント・受難節も第四週になりました。イエスさまがイスカリオテのユダの裏切りにあい、ユダヤの指導者たちによってつかまるときが近づいてきます。イエスさまが十字架への苦しみの道を歩まれます。私たちはイスカリオテのユダのように、イエスさまを裏切るような弱い心をもっています。しかしまた同時に、「わたしもイエスさまに香油を塗ってさしあげたい」とのやさしい心も持っています。神さま、どうか私たちを、あなたの良きことのために用いてくださいと祈りつつ、このレント・受難節のときを過ごしたいと思います。



 

(2024年3月10日平安教会朝礼拝式・受難節4)

2024年3月8日金曜日

3月3日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「人は去っても、われらは信ずる」

「人は去っても、われらは信ずる」


聖書箇所 ヨハネ6:60-71。298/303。

日時場所 2024年3月3日平安教会朝礼拝・受難節第3主日


レント・受難節、イエスさまの御苦しみを覚えながら過ごしています。ウクライナの戦争、パレスチナの戦争と、私たちの世界は重苦しい戦争の影を感じなら、このレント・受難節のときを過ごしています。戦争が起こりますと、自分がどちらの側につくのかということが問われるような気持ちや場面に立たされることがあります。

私たちの教会が属しています日本基督教団は、「くすしき摂理のもとに御霊のたもう一致によって」(日本基督教団教憲)、1941年6月24日に30数教派の教会の合同によってできました。ときはアジア・太平洋戦争の時代です。当時の国家政策は、戦時下において宗教団体を管理しやすいようにしようではないかということでした。ばらばらで自由であったら管理しにくいですから、国は管理しやすいように合同させようとしたわけです。ですから日本基督教団はそうした国家による宗教団体管理の流れのなかで、国家によって合同させられたという面があります。まあそうでなければ、30数教派の教会が簡単に合同することはできなかったでしょう。そして日本基督教団はほかの宗教団体と同じように、戦争に協力をしていきました。戦後、そうした戦争中の歩みが、神さまの前にふさわしくなかったと、日本基督教団は反省をしました。そして鈴木正久教団議長名で、1967年3月26日に、「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」を出しました。

日本基督教団は戦時下で合同しました。ではドイツの教会はどうだったのでしょうか。やはりナチス・ドイツも教会を国家の管理下に置こうとしました。当時、ドイツ国内にあった28の領邦教会を統合し、「帝国教会」を設置することが求められました。「民族は一つ、国家は一つ、教会は一つ」というスローガンのもとに、ナチス政府は各領邦教会に向かって「ドイツ福音主義教会」(DEK)への統合を呼びかけました。そして領邦教会はナチス政府の強制的同質化政策に迎合することになります。ドイツ福音主義教会はしだいにおかしくなっていきます。教会総会でユダヤ人牧師を排除する「アリーア条項」を採択するようになってしまいます。そうしたなかでこうした国家主義的な教会の動きに反対するグループが出てきます。告白教会と言われるグループの人たちでした。告白教会のグループの人々は迫害にさらされながらも、ナチス政府を批判し、神さまの言葉に教会が固く立つことを求め続けました。そしてドイツは敗戦を迎えます。戦後のドイツの教会はこの告白教会を核として再建されることになりました。

とても残念なことですけれど、教会の中が分裂したり対立したりすることが起こるときがあります。戦争中のドイツの教会はそうでした。ナチス政府に付き従っていくグループ、ナチス政府に反対するグループ、教会の中で対立がありました。教会が一致団結してナチス政府に対決していくということであれば良かったわけですが、ドイツの教会はそれほどまでに模範的な教会であったわけではありません。日本の教会とドイツの教会を比べて、ドイツの教会には告白教会のようにナチス政府に反対していく教会があったということが言われます。しかしキリスト者が主流であったドイツの教会と、キリスト者が少数であった日本の教会をそのまま比べても、公平な比較になるとは思えません。ドイツの教会の中にも戦争に協力していく教会がありましたし、日本の教会の中にも戦争に協力していく教会がありました。

そしてそうした教会の中で、「わたしはどうしたらいいのだろうか」という思いに立たされたキリスト者がたくさんいたことと思います。「キリスト者であるわたしが戦争に協力していいんだろうか」という問いの前に立たされ、「自分はだれに付き従っていくべきなのだろうか」と考えたキリスト者たちがいただろうと思います。不幸な時代にあって、私たちはそうした問いに立たされるときがあります。

ヨハネによる福音書は、ヨハネの教会がとても大きな危機的状況の中にあるときに書かれてあります。初期のキリスト教はユダヤ教の一派と見なされていました。イエスさまもユダヤ人でしたし、十二弟子と言われる人々もユダヤ人でした。しかしだんだんと異邦人もイエスさまのことを信じるようになってきます。ローマ帝国によってエルサレム神殿が壊されたあと、ユダヤ教は【イエスをメシアであると公に言い表わす者がいれば、会堂から追放すると決め】(JN0922、ヤムニア会議)ました。ユダヤ教から異端として追放され迫害にさらされるという状況の中で、自分たちの信仰を確立するか、あるいは会堂から追放されることを恐れてユダヤ教にとどまるのかということが、ヨハネによる福音書の時代のキリスト者には問われたのでした。そして実際にヨハネの教会に残る者とヨハネの教会から去っていく者が出てきました。

今日の聖書の箇所は「永遠の命の言葉」という表題のついた聖書の箇所です。今日の聖書の箇所は、そうしたヨハネの教会の事情がよく現れている聖書の箇所です。ヨハネによる福音書6章60節にはこうあります。【ところで、弟子たちの多くの者はこれを聞いて言った。「実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか。」】。イエスさまの弟子たちの多くの者がイエスさまの話を聞いて、「実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか」と言ったというのは、なかなかショッキングな話です。弟子たちが「実にひどい話だ」と言っている話というのは、ヨハネによる福音書6章22節以下の「イエスは命のパン」という聖書の箇所で、イエスさまが言われたことです。イエスさまはご自分が神さまのところから来られたこと、そして【「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない】、【わたしが天から降ってきたのは、自分の意志を行うためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである】と言われました。

イエスさまの言われたことは、自分を神さまと等しい者とするということでありましたから、「神さまを冒涜している」と考える人々もいました。ファリサイ派や律法学者たちはそのように考えたのです。イエスさまの弟子の中にも「イエスさまは神さまを冒涜している」と思った人々が出てきました。

ヨハネによる福音書6章61-62節にはこうあります。【イエスは、弟子たちがこのことについてつぶやいているのに気づいて言われた。「あなたがたはこのことにつまずくのか。それでは、人の子がもといた所に上るのを見るならば……。】。【人の子がもといた所に上るのを見るならば……。】というように、まだ人々はイエスさまが十字架につけられ、そして三日目によみがえり、天に帰っていかれるというようなことは知りません。ただイエスさまがご自分のことを「わたしが命のパンである」「わたしをお遣わしになった方の御心を行っている」と言っているくらいのことです。そんなことでつまづいているのであれば、これから先のことを考えるとどうなるだろうということです。

ヨハネによる福音書6章63ー65節にはこうあります。【命を与えるのは“霊”である。肉は何の役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、命である。しかし、あなたがたのうちには信じない者たちもいる。」イエスは最初から、信じない者たちがだれであるか、また、御自分を裏切る者がだれであるかを知っておられたのである。そして、言われた。「こういうわけで、わたしはあなたがたに、『父からお許しがなければ、だれもわたしのもとに来ることはできない』と言ったのだ。」】。

イエスさまのもとにとどまる者と、イエスさまのもとから去っていく者があります。イエスさまが最初から信じない者がだれであるか知っておられたというと、「救われる者は最初から決まっているのか」というようなことを思ってしまいます。しかしそういうことではなく、イエスさまには神さまのようにすべてを見通す力があられたということです。だれが裏切るのかわかっていたら、イエスさまも十字架も避けられたのではないかとを思う人もいるかも知れません。最初から知っておられたけれども、しかしそれはイエスさまが十字架への道を歩まれるという神さまのみ旨であったということです。

ヨハネによる福音書6章66ー69節にはこうあります。【このために、弟子たちの多くが離れ去り、もはやイエスと共に歩まなくなった。そこで、イエスは十二人に、「あなたがたも離れて行きたいか」と言われた。シモン・ペトロが答えた。「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています。」】。

イエスさまから多くの弟子たちが離れ去っていきました。その様子をみられて、イエスさまは十二人の弟子たちに問われました。「あなたがたも離れていきたいか」。これに対してシモン・ペトロは答えました。「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています。」。使徒ペトロは「私たちは永遠の命の言葉をもっておられるイエスさまから離れない」と言いました。イエスさまが「命を与えるのは“霊”である。肉は何の役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、命である」と言われました。「だれが永遠の命の言葉をもっておられるのか」。そのことが問われていて、そして「わたしはイエスさまこそが永遠の命の言葉をもっておられる」と、使徒ペトロは答えたのでした。

イエスさまは十二人の弟子たちに「あなたがたも離れて行きたいか」と問われました。そして使徒ペトロは「私たちはみんな離れない。あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています」と答えました。さすが十二弟子。さすがイエスさまから選ばれた十二弟子。「よっ!、成田屋!」というところであるのですが、しかしそうはならないわけです。イエスさまと十二弟子は手に手をとって固く握りしめました、とはならないのです。

ヨハネによる福音書6章70ー71節にはこうあります。【すると、イエスは言われた。「あなたがた十二人は、わたしが選んだのではないか。ところが、その中の一人は悪魔だ。」イスカリオテのシモンの子ユダのことを言われたのである。このユダは、十二人の一人でありながら、イエスを裏切ろうとしていた】。

十二弟子の一人であるユダが裏切るということは、イエスさまに付き従うということが、とても困難なことであるということです。イエスさまを慕い、信じて付き従ってきた十二弟子が、イエスさまを裏切ります。「実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか。」というふうに思いますけれども、話はそのあとも続き、イエスさまが十字架につけられた時には、イスカリオテのユダだけでなく、みんなイエスさまから離れ去っていきました。

そのときそこにいなかった者が、あとから「あのときのことは誤りであった」ということについては、いろいろな反発もあります。「戦争中は仕方がなかったんだ」と言われればそうかも知れません。しかしだからといって、「それでよかった」ということにもならないことを、一番知っているのはそこにいた者であると思います。「どうしてあのとき」「どうすればあのとき」という問いが残ります。そして「また同じようなことが起こったとき、こんどわたしはどうだろう」という問いが残ります。

ヨハネによる福音書は、いま現実にイエスさまから離れようとしているという教会の状況の中で、十二弟子たちがイエスさまから離れていく様子を描いています。イエスさまが十字架につけられるとき、十二弟子たちはイエスさまから去っていった。それではいま私たちはどうなのかという問いを抱えつつ、ヨハネによる福音書は書かれているということです。そして十二弟子がそうであったように、人は弱さを抱えて生きていて、人を裏切ったり自分を裏切ったりしながら生きているということを知りつつ、ヨハネによる福音書は書かれているということです。「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています。」という告白がなされる中に、イエスさまを裏切るイスカリオテのユダがいるということを知りつつ、ヨハネによる福音書は書かれています。そしてそのうえで、イエスさまは「あなたがたも離れて行きたいか」と問われるのです。

信仰というものは、とても不安定なものです。イエスさまから離れていかないような強い人には、信仰は必要はないのです。イエスさまから離れていく弱い者に、信仰は必要なのです。でも弱い者が持っている信仰ですから、その信仰は強いものではないでしょう。私たちは使徒ペトロのように信仰を告白しながらも、一方で自分の中にイスカリオテのユダを抱えて生きているわけです。私たちは「あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています」と告白しながら、心の中にイスカリオテのユダを抱えているのです。そういう意味で、今日の聖書の箇所は「信仰」というものをよく表わしている聖書の箇所だと思います。

しかしもう一方で、私たちには「イエスさまから離れたくはない」という思いを持っています。この弱い信仰しかもっていない、弱く惨めなわたしを救ってくださる方は、イエスさましかおられないという思いを持っています。「この方にすがるしか、わたしにはない」という思いをもっています。

【弟子たちの多くが離れ去り、もはやイエスと共に歩まなくなった】と記しているヨハネによる福音書は、ヨハネの教会から人々が去っていくという出来事のなかで書かれています。ですからヨハネによる福音書は「人は去っても、われらは信ずる」という信仰に立って書かれています。しかしそれは自分たちがりっぱな信仰をもっているということではありません。「わたしはりっぱな人間だから、たとえ人は去っていっても、わたしはイエスさまを信じます」ということではありません。「自分は弱く惨めな者で、自分の中には確かなものなどない。だからこそ、永遠の命の言葉をもっておられるイエスさまにすがるしかないのだ」ということなのです。

信仰生活の中で私たちは自分たちの信仰の弱さに出会います。ちっぽけな信仰しか持ち合せていない自分に出会います。しかし弱く惨めな私たちだからこそ、イエス・キリストは私たちを憐れみ、御手でもってしっかりと支えてくださっています。イエス・キリストを信じて、この方により頼んで歩んでいきましょう。


(2024年3月3日平安教会朝礼拝・受難節第3主日)

2024年2月28日水曜日

2月25日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師) 「わたしに注がれる神さまの愛がある」

 「わたしに注がれる神さまの愛がある」

 

聖書箇所 ヨハネ9:1-12。294/300。

日時場所 2024年2月25日平安教会朝礼拝式

  

2022年6月に、京都教会の伝道師の大林叡貴(おおばやし・えいき)先生が、平安教会にこられて説教をしてくださったことがありました。大林叡貴先生は生まれつき目が見えない方です。大林叡貴先生も、今日の聖書箇所に出会われて、牧師になることを志したというお話でした。大林叡貴先生よりもずっと昔の方ですけれども、青木優先生も同じように今日の聖書の箇所に出会われて、牧師になられた方です。

青木優『行く先を知らないで』(日本基督教団出版局)という本の中にかかれてあります。青木優先生の生活記録の本です。青木先生は若い日に失明し、そしてキリストと出会い、牧師となありました。失明をされた青木優さんのところに、呉平安教会の牧師の山田忠蔵牧師が訪ねてこられます。青木優さんの弟さんが教会に通っておられ、洗礼を受けておられました。

山田牧師は岩橋武夫『光は闇より』という本を、青木優さんに紹介されました。岩橋武夫は早稲田大学理工学部在学中に失明をされた方でした。この本を山田牧師は「これはあなたとよく似た境遇の人が書いた本です」と言って紹介をされました。山田牧師はこの本を朗読され、そして途中でやめて、お母さんに「どうか続きを読んであげてください」と言い残して、お祈りをして帰られます。お母さんがこの本を読み進めます。そしてある日、その本の中に、次のような聖書の言葉が書いてあるのを、青木優さんは聞かれます。

【「イエスは道をとおっておられるとき、生まれつきの盲人を見られた。弟子たちはイエスに尋ねて言った。『先生、この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか、本人ですか、それとも、その両親ですか』イエスは答えられた『本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが彼の上に現れるためである』。

この最後のイエスの言葉をきいた時、私は非常な衝撃を受けた。先を読み進もうとする母をとめて、もう一度、そのイエスの言葉を繰り返してもらった。「ただ神のみわざが彼の上に現れるためである」。たしかにそのように書いてある。しばらくは更によみ進んでいる母の言葉も耳に入らなかった。「なぜ見えなくなったのだ!」この私の問いに今まで誰ひとり答えてくれはしなかった。肉親も友人も、さまざまな慰めの言葉を語ってはくれたが、私のこの質問には皆黙ってしまう。そしてオロオロしたりため息をつくばかりであった。宗教家たちの因果応報説も、私の暗い心に更に暗さを増すばかりであった。しかし、今、私がきいたこの言葉は、それまできいたどの言葉とも全く異なっていた。「思いがけない」と言うのはこういうことを言うのであろうか。・・・。私は、イエスが「お前の失明を通して、お前でなければなしえない神の仕事をするのだ」と語りかけておられるのを感じた】(P.32-34)。青木優さんは、このイエスさまの言葉に導かれて、いままでとは別の人生を歩み始められます。

今日の聖書の箇所は「生まれつきの盲人をいやす」という表題のついた聖書の箇所です。ヨハネによる福音書9章1−5節にはこうあります。【さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。わたしたちは、わたしをお遣わしになった方の業を、まだ日のあるうちに行わねばならない。だれも働くことのできない夜が来る。わたしは、世にいる間、世の光である。」】。

イエスさまがお弟子さんと一緒に歩いているときに、一人の目の見えない人を見かけられます。弟子たちはイエスさまに「この人が生まれつき目が見えないのは、本人が罪を犯したからですか。両親が罪を犯したからですか」と尋ねます。「ラビ」というのは「先生」という意味です。イエスさまの時代、病気であるとか障害をもっているということは、神さまから罰を与えられているのだというふうに考えられていました。そうした考え方は、イエスさまの時代やユダヤの人々だけがそのように考えているということではなく、世界中にそうした考え方がありました。現代ではそういた考え方は、間違った考えであるわけです。しかし現代でもなお、病気を抱えている人や障害を抱えている人に対する偏見というのが、まったくなくなったわけでもありません。病気の人のところに、「先祖の供養が足りないので、いまあなたは病気になっている。この壺を買いなさい」というような人が尋ねてくるというようなことがあるわけです。

しかしイエスさまは弟子たちの偏見にみちた考え方を、きっぱりと正されます。「盲人であるということが、神さまからの罰であるというようなことはありえない。この人が罪を犯したのでもない。両親が罪を犯したのでもない」と、イエスさまは言われました。そして「神の業がこの人に現れるためである」と言われて、この盲人をいやされ、この人を神さまの証人とされました。

イエスさまは弟子たちに言われました。神さまが私たちを貧しい人々困っている人々、病気の人々のところに遣わしておられる。神さまが私たちをお遣わしになっておられるのだ。だからいやしのわざを行ない、できるかぎりのことをしていかなければならない。いまはこうしたわざを行なうことができる。しかしわたしはのちに十字架への道を歩むことになり、いまのようにいやしのわざを行なうことができなくなるのだから。そのようにイエスさまは弟子たちに言われました。

ヨハネによる福音書9章6−7節にはこうあります。【こう言ってから、イエスは地面に唾をし、唾で土をこねてその人の目にお塗りになった。そして、「シロアム——『遣わされた者』という意味——の池に行って洗いなさい」と言われた。そこで、彼は行って洗い、目が見えるようになって、帰って来た。】。

イエスさま地面に唾を出して、唾で土でこねて、目の見えない人の目に塗られました。イエスさまは目の見えない人に、シロアムの池に行って土を洗い落としなさいと言われます。目の見えない人は、イエスさまが言われたとおりにシロアムの池に行きました。そして目を洗うと、目が見えるようになりました。そして彼はイエスさまと出会った場所に戻ってきました。

ヨハネによる福音書9章8−12節にはこうあります。【近所の人々や、彼が物乞いであったのを前に見ていた人々が、「これは、座って物乞いをしていた人ではないか」と言った。「その人だ」と言う者もいれば、「いや違う。似ているだけだ」と言う者もいた。本人は、「わたしがそうなのです」と言った。そこで人々が、「では、お前の目はどのようにして開いたのか」と言うと、彼は答えた。「イエスという方が、土をこねてわたしの目に塗り、『シロアムに行って洗いなさい』と言われました。そこで、行って洗ったら、見えるようになったのです。」人々が「その人はどこにいるのか」と言うと、彼は「知りません」と言った。】。

生まれつき目の見えない人が、イエスさまによっていやされて、もとの場所に帰ってきました。しかし近所の人たちは、その人が生まれつき目の見えない人であるのかどうか、なかなかわかりません。物ごいをしていたりしたので、日頃から会っていたわけですがわかりません。「この人は生まれつき目の見えない人じゃないのか。いまは目が見えているけど」というふうに思う人もいれば、「いや似てるけど、違うわ。だってこの人は目がみえているんだもの」と思う人もいました。みんなが「どうなんだろう」と思っているので、本人が「わたしがその人だ」と名乗り出ます。すると「では、お前の目を治したのはいったいだれなのか。どうやって治したのか」と人々から、その人は問われました。そこで彼は、「イエスという人が、土をこねて、それをわたしの目に塗り、シロアムの池に行って、それを洗い落とせと言いました。そしてそのとおりにすると、見えるようになりました」と応えました。人々は彼に「そのイエスという人はどこにいるのか」と問いましたが、もうすでにイエスさまはその場から離れておられたので、彼は「知りません」と応えました。

ここ数日間の私たちの国のニュースは、日経平均株価が34年ぶりに史上最高値を更新するかどうかということでした。無事、日経平均株価が34年ぶりに史上最高値を更新をして、なにかすごいことが行われたようなニュースが流れていました。よくわからないですが、34年間、ずっと更新できなかったことが異常なことであり、ちゃんと世の中がうまく回っていなかったということであるわけですから、政治界のリーダーとか経済界のリーダーとかは、猛反省をしても良さそうなわけですが、そういたニュースは流れてきませんでした。

私たちの生きている日本社会は、ここ数十年、ゆとりがなくなり、自分のことだけを考える人たちが増えてきました。自己責任ということが過剰に言われるようになり、弱い立場の人たちを攻撃して、悪者探しをするようなことがよく行われました。悪者を探し続けましたが、あまり良い社会になりませんでした。あまりに自己責任社会になったので、もう結婚するのもリスクがあり過ぎるし、子育てをするものリスクが過ぎるというようなことが言われます。そんな感じなると、ますます少子化社会になり、私たちの社会が衰退していくような気がしてきて、すこし不安になります。

イエスさまのお弟子さんたちは、生まれつき目の見えない人を見て、イエスさまに「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」と言いました。弱い立場の人を見えて、その人や家族の人たちに罪を見いだそうとして、自己責任の世界にありがちな、犯人探しをしたわけです。

しかしイエスさまは「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」と言われました。私たちの神さまは、困っている人や立場の弱い人たちをおとしめたりするような社会を望んでおられるはずがない。神さまは愛に満ちた方であるから、困っている人や立場の弱い人が健やかに生きていくことができるために、私たちをお遣わしになっているのだ。「神の業がこの人に現れるために」、だれしも神さまの愛の内を歩んでいて、神さまの業がその人のうえに働くのだ。私たちはだれも神さまの愛の中に生きている。すべての人に神さまの愛が注がれているのだ。そのようにイエスさまは言われました。

今日の聖書の箇所は、目の見えない人がいやされた話です。そして目の見えない人に対して、「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」と言われた話です。ですから目の見えない人が、この聖書の箇所を読んで、特別な召命を神さまから受けるということはあると思います。京都教会の大林叡貴先生や、また『行く先を知らないで』という本を書いておられる青木優先生などは、まさにそうした召命を受けて、牧師となり、りっぱな働きをなしておられます。

しかしそうしたりっぱな働きをなしていく方々への特別な召命ということだけでなく、今日の聖書の箇所は、すべての人に対して語られる神さまの深い愛の物語です。神さまの愛はすべての人に注がれているのです。すべての人に、神さまの業が現れているのです。私たちはみな、「神の業がこの人に現れるためである」という神さまの祝福の中に生きています。

わたしに注がれる神さまの愛があるのです。いろいろな出来事の中で、不安になったり、行き詰まったりすることが、私たちにはあります。「どうしてわたしがこんな目にあわなければならないのか」。そうした出来事に、私たちは出会うことがあります。神さまの祝福から、わたしは外れているような気がする。そうした気持ちにさえなることが、私たちにはあります。

しかし生まれつき目の見えない人が、イエスさまによっていやされたように。イエスさまから「神の業がこの人に現れるためである」と声をかけられたように、私たちにもまた神さまの愛が注がれているのです。

わたしに注がれる神さまの愛があるのです。恐れることなく、神さまを信じ、神さまを信頼して歩みたいと思います。神さまを見上げつつ、こころ平安に歩んでいきましょう。

 


  

(2024年2月25日平安教会朝礼拝式)


2024年2月23日金曜日

2月18日平安教会礼拝説教要旨(熊谷沙蘭牧師)「罪人らしく連帯しようよ」

「罪人らしく連帯しようよ」 熊谷沙蘭牧師

ルカ16:1〜13


 神学者のケネス・E・ベイリーはこの箇所の直前にある「放蕩息子のたとえ」と重ねて読むことができると解釈しています。「不正な管理人のたとえ」と「放蕩息子」にはいくつもの共通点があります。1つ目は身勝手な人が登場して、それを驚くほど寛大に受け止める人がいること。2つ目はお金を浪費する人が登場すること。3つ目は、お金を浪費した人はそのことを父や主人に受け止めてもらうことで新しい道が切り開かれていくこと。4つ目は、お金を浪費した人の運命は父や主人が握っており、父や主人の憐れみにすがることによって生きることができていることです。

 このたとえは、主人が神を表し、管理人が人間を表しています。管理人は主人のお金を横領して好き勝手している姿は、神から与えられているものを好き勝手して生きる人間の姿です。断罪される時が来た時に、不正な管理人は真剣に生き残る道を考えました。その生き残りを賭けた方法が他者の借金を棒引きするという驚くべき方法でした。借金は神への罪を表します。好き勝手してきた人間は生き残るために、他者の罪を勝手に赦すという、他者と共に連帯して生きていく方法を取るのです。決して褒められたやり方ではないですが、好き勝手な生き方をしてきた人間がここでようやく、誰かと共に生きる道を探し出すのです。主人(神)はその方法を褒めました。罪深い人間の打算的な行動であっても、他者と共に生きるという道を神は褒められたのです。

 私たちが神を信じて生きることも、不正な管理人と同じではないでしょうか。「隣人を愛せよ」と言われるイエスの言葉を、どこか打算的に自分の保身を計算しながら行おうとします。また自分も罪深い人間でありながら、人の罪を赦してあげようとします。私たちはどうやってもイエスの憐れみにすがらなければ、信仰を持って生きていると言える人間ではないのです。私たちが誰かと共に生きるということは、打算も身勝手さも引きずりながら、それでも神様、互いを助け合い生きていきますよと神の前に立つことなのではないでしょうか。美しくも綺麗でもないこの姿を神は褒められています。そこにこそ神の救いと憐れみが表れているのです。

 罪人であることは開き直ることでも、諦めることでもありません。互いが神・イエスの憐れみを得て生きるということなのです。信仰生活とはそのことを通して他者と連帯していくことなのです。 


8月30日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師) 「あなたは、神の国から遠くない」

  「あなたは、神の国から遠くない」 聖書箇所 マルコ12:28-34。287/528。 日時場所 2026年8月30日平安教会朝礼拝 神戸女学院はアメリカの会衆派の宣教師によって創られた学校です。神戸女学院は米国会衆派の海外伝道団体(アメリカン・ボード)から派遣された二人の女性...