2026年8月28日金曜日

8月23日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「暴力の支配は終わり」

 「暴力の支配は終わり」 

聖書箇所 マルコ12:1-12。208/514。 イエスさまの贖罪,讃美歌514

日時場所 2026年8月23日平安教会朝礼拝式


戦争というのは、なかなか終わらないものだなあと思います。イランとアメリカは、6月17日に戦争終結に向けた覚書を交わして、60日間以内に恒久的な停戦に向けた最終合意を行なうことを目指していました。しかしなかなか計画通りには進んでいません。交渉期限は過ぎたわけですが、これからどのようになるのか、私たちは不安です。ロシアとウクライナの戦争も続いています。私たちの世界はとても暴力的な世界になったなあと思います。このことについて、アメリカやロシア、中国といった大国の責任というのは大きいと思います。

2026年1月3日、アメリカのトランプ大統領がベネゼエラに対して軍事作戦を行ない、ベネズエラのマドゥロ大統領と大統領の妻を、アメリカに移送するということが行われました。こうしたことは国際法上、許されることのない行為であるわけです。なんの関係もない市民もこの軍事作戦によって殺されています。日本の総理大臣と夫が、他国によって拉致されて、他国に連れさられてしまうというようなことが起こったら、それは大変です。そんなこと許されないと思います。

力でもって、暴力的に解決していくという大国の態度は、私たちを不安にさせます。アメリカがやるのであれば、ロシアもやる。アメリカがやるのであれば、中国もやる。というような感じになってくると困ります。それで他の国々も、アメリカに「それはだめですよ」と忠告をしています。イギリスの首相も「英国は今回の米国による軍事行動には関与していない」「全ての国は国際法を守るべきだと考えている」と言っています。フランスの外相も「武力行使の禁止という国際法の根幹をなす原則に反している」「外部から押しつけられて持続的な政治的解決がもたらされることはない」と言っています。欧州連合の外交安全保障上級代表も「EUはマドゥロ政権は正統性を欠くと指摘してきた」としつつ、「いかなる状況でも、国連憲章と国際法の原則は尊重されなければならない」と言っています。そろそろ大国が悔い改めて、まともな国になってほしいと思います。

今日の聖書の個所は「ぶどう園と農夫のたとえ」という表題のついた聖書の個所です。イエスさまは、祭司長、律法学者、長老たちに対して、「ぶどう園と農夫のたとえ」を話されました。ある人がぶどう園を作り、垣根を張り巡らし、ぶどうを搾るところをつくり、そとから悪い人たちがやって来ないように見張りのやぐらをたてました。そしてそこで働く農夫たちに任せて旅に出ました。収穫の時期になったときに、ある人は僕を農夫たちのところに送ります。しかし農夫たちはこの僕を袋叩きにして、何も持たせないで返しました。ある人はまた他の僕を農夫たちのところに送りました。しかし農夫たちはその僕の頭を殴り、侮辱して、ある人のところに帰します。そのあともまたある人は農夫のところに僕を送るのですが、ある者は殴られ、そしてある者は殺されました。

それである人はどうしようかと考えます。そして自分の愛する息子を送ることにします。わたしの息子なら敬ってくれるのではないかと思ったのです。しかし農夫たちは「これは跡取りだ。さあ、殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる」と言って、息子を捕まえて殺し、ぶどう園の外に投げてました。

イエスさまは「さて、このぶどう園の主人は、どうするだろうか」と、祭司長、律法学者、長老たちに問いかけられました。そして「戻って来て農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに与えるにちがいない」と言われました。そして、イエスさまは「聖書にこう書いてあるのを読んだことがないのか。『家を建てる者の捨てた石、/これが隅の親石となった。これは、主がなさったことで、/わたしたちの目には不思議に見える。』」と言われました。私たちには「なんだかよくわからない」と思える言葉です。しかし祭司長、律法学者、長老たちは、イエスさまは自分たちに対して、当てつけて、このたとえ話を語っているということに気がつきます。そしてイエスさまを捕らえようとします。しかしイエスさまは群衆たちに人気がありましたので、群衆を恐れて、イエスさまを残して、祭司長、律法学者、長老たちはこの場を立ち去りました。

祭司長、律法学者、長老たちが自分たちへの当てつけのたとえだと思った、このぶどう園のたとえはどういうたとえなのかと言いますと、「ある人」というのは神さまです。そして「ぶどう園の農夫たち」は祭司長、律法学者、長老たちです。彼らはユダヤの社会というぶどう園の管理を神さまから任されているわけです。しかし彼らはぶどう園を自分たちのもののように扱い、神さまからの預かりものとは考えず、好き勝手にしているわけです。それで神さまは「僕」という預言者を、彼らのところに送ります。神さまは預言者を何度も彼らのところに送るわけですが、しかし預言者は袋叩きにされたり、殺されたりします。そして最後に、神さまの愛する息子を彼らのところに送ります。神さまは自分の愛する息子ならば、彼らも敬ってくれるのではないかと思うのですが、彼らは息子を殺してしまいます。それで神さまは彼らを罰して、ぶどう園であるユダヤの社会を、祭司長、律法学者、長老たちからとりあげ、ほかの人たちにその管理を任せるだろうというわけです。自分たちを批判しているたとえであることに気がついて、祭司長、律法学者、長老たちは怒って、イエスさまを殺そうとするという話です。

イエスさまのたとえはなんとも暴力的な話です。僕たちは殴られ、侮辱され、殺されます。愛する息子も殺されます。そして農夫たちもまた殺されます。救いようのない人間世界の様子が語られています。イエスさまは「さて、このぶどう園の主人は、どうするだろうか。戻って来て農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに与えるにちがいない」と話されました。しかし神さまはそのようにはなさいませんでした。救いようのない暴力的な世界に対して、暴力でもって解決をされるということを、神さまはなさいませんでした。神さまは暴力的な世界に対して、神さまの愛を示されました。神さまは神さまの愛によって、暴力の支配を終わりにされたのです。それがイエス・キリストの十字架と復活の出来事なのです。

神さまは神さまの独り子であるイエスさまを、私たちの世に遣わされました。イエスさまは世の人々に神さまの愛を示されました。病気の人々をいやされ、悲しんでいる人々に慰めの言葉をかけられました。悔い改めようとしている人々にやさしい言葉をかけられ、悔い改めへと導かれました。イエスさまはさみしい人々の友となり、悩んでいる人々を励まされました。イエスさまは神さまの愛を世の人々に示されました。

マルコによる福音書15章21節以下に、「十字架につけられる」という表題のついた聖書の箇所があります。マルコによる福音書15章25−32節にはこうあります。新約聖書の96頁です。【イエスを十字架につけたのは、午前九時であった。罪状書きには、「ユダヤ人の王」と書いてあった。また、イエスと一緒に二人の強盗を、一人は右にもう一人は左に、十字架につけた。そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって言った。「おやおや、神殿を打ち倒し、三日で建てる者、十字架から降りて自分を救ってみろ。」同じように、祭司長たちも律法学者たちと一緒になって、代わる代わるイエスを侮辱して言った。「他人は救ったのに、自分は救えない。メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう。」一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった。】。

そしてイエスさまは人々にののしられ、侮辱されながら、私たちの罪のために、十字架についてくださいました。神さまの前に恥ずかしいことをしている私たちの罪を担ってくださり、私たちの代わりに十字架についてくださり、私たちの罪をあがなってくださいました。そして三日目によみがえられ、私たちに永遠の命を受け継ぐものとしての希望を与えてくださいました。

私たちは神さまの愛のなかに生きています。私たちは神さまの許しのなかに生きています。私たちは邪な思いをもちますし、人を傷つけたり、人のことをねたんだりもします。神さまの前に恥ずかしい思いを、心の中のもつことも多いです。しかしそれでも神さまは私たちを愛してくださり、私たちに寄り添ってくださいます。

暴力的な世の中に生きていると、暴力的なことがふつうになってしまいます。少々うそをついてもいいじゃないか。みんなやってることだよ。というような思いになってしまいます。しかし暴力的な世の中だからこそ、少しでも神さまの愛を示していける歩みでありたいと思います。私たちは神さまの愛によって生きています。神さまの愛をゆたかに感じて、神さまの民として歩んでいきましょう。



    

(2026年8月23日平安教会朝礼拝式) 


8月16日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「平和平和と語り伝える」

 「平和平和と語り伝える」

聖書箇所 マルコ10:46-52。497/371。

日時場所 2026年8月16日平安教会朝礼拝式

  

昨日は、8月15日、敗戦記念日でした。81回目の敗戦記念日です。昨日、午後10時からNHKスペシャル「少女たちの戦争」を見ました。わたしの友人が制作にかかわっているので、「ぜひ見てね」という連絡がありました。東洋英和女学院に残された戦時下の学級日誌から、戦争がどのように日常に忍び寄ってきたのかということを明らかにするというものです。キリスト教主義の学校が戦時下で変わっていく様子がリアルに感じられます。

戦時下になると、自由のない、相互監視の強い、窮屈な社会になってきます。戦争の時代ならないようにしなければならないと思います。

関西セミナーハウス活動センターが、『「戦争の時代」にしないために 非暴力・平和主義を求めて』という本を発行しています。関西セミナーハウス活動センターが行なった講演をもとに作っています。【ウクライナ、ガザ、台湾有事ー。不安が煽(あお)られる時代に、非暴力と平和主義の思想と実践を問い直す。日本クリスチャン・アカデミー 関西セミナーハウス活動センター 渾身(こんしん)の講演録】ということです。

この本の中で、岡本厚(おかもと・あつし)という人がこんなことを書いています。岡本厚は岩波書店元代表取締役社長だった人で、元『世界』という雑誌の編集長をしていました。国家は嘘で戦争を始めるというのです。【ベトナムに米国が介入した「トンキン湾事件」は嘘だった。湾岸戦争の時、国連でイラク兵の残虐ぶりを証言したクウェートの少女は実は1回もクウェートに行ったことのないクウェート大使の娘でした。ユーゴ内戦でセルビアが「民族浄化(エスニック・クレンジング)」を行っているという証言は、クロアチアに依頼されてアメリカの広告会社が作った嘘の映像でした。それから一番近いところでは、イラク戦争になる直前、イラクは大量破壊兵器を持っている証拠があると米国の国務長官が国連で発言しました。しかし実際には存在しませんでした。こうして嘘を言って米国は戦争を始めたのです。日本だってかつて柳条湖(りゅうじょうこ)事件、盧溝橋(ろこうきょう)事件で嘘をついて戦争を始め、拡大しました。戦争を始めたい側が嘘をつく、フェイクニュースを仕掛け、国内国外の人びとの感情を煽るというのが歴史の教訓だと思います】(P.37)。

わたしは高校生のときに、この柳条湖事件というのを授業で学びました。「1931年9月18日、満州の奉天郊外の南満州鉄道が爆破され、関東軍はそれを張学良軍の犯行として軍事行動を起こし、満州事変の発端となった。しかし戦後、これは関東軍が自ら仕組んだ謀略であることが明らかになった」(世界史の窓)。日本は嘘をついて戦争を始めたのかと、ちょっとショックでした。軍隊とか政府というのは、嘘をつくのかとびっくりしたわけです。でもその後、アメリカが行なった戦争などを見ると、「ああ、日本だけが嘘をつくのではなく、戦争を始めたい人はみんな嘘をつくのだなあ」と思いました。

戦争を始めたい人たちが不安をあおり、嘘をつくのです。日本政府もアジア・太平洋戦争ではたくさん嘘をついたのです。「大本営発表」と言います。AIによる概要によりますと、【大本営発表(だいほんえいはっぴょう)とは、日中戦争から太平洋戦争にかけての1937年11月から1945年8月まで、日本軍の最高統帥機関であった「大本営」が国民に向けて行った公式の戦況発表のことです。戦争末期には実際の劣勢な戦況を隠し、虚偽の戦果や優勢を伝えることが常態化したため、転じて「自分に都合の良い、信用できない情報や発表」を指す言葉としても使われています。】。AIもそのことは知っているのです。

私たちの愛する国が、嘘をつき、人々をだまし、倫理観のない国家になってしまうというのは、とても残念なことです。ですから私たちはいつも愛する国に対して、そんなことにならないように、「戦争をしてはだめですよ」「世界の国々と平和に過ごしてください」と、声をかけ続けていきたいと思うのです。

今日の聖書の箇所は「盲人バルティマイをいやす」という表題のついた聖書の箇所です。イエスさまたちがエリコの町から出て行こうとしたとき、バルティマイという盲人に出会います。バルティマイは道端で物乞いをしていました。バルティマイはイエスさまだと聞くと、イエスさまに「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」と言いました。何度も何度も、バルティマイがそのように言うので、周りの人たちはバルティマイを叱りつけて黙らせようとしたほどでした。

イエスさまはその様子をみられ、立ち止まりました。そしてバルティマイを呼んでくるようにと人々に言いました。人々は叫んでいるバルティマイに声をかけ、「安心しなさい。さあ立ちなさい。イエスさまが呼んでおられるから」と言いました。バルティマイは上着を脱ぎ捨て、とっても喜んで、イエスさまのところにやってきました。イエスさまはバルティマイに、「何をしてほしいのか」と尋ねました。バルティマイは「先生、目が見えるようになりたいのです」と答えます。イエスさまはバルティマイに「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った」と言われ、バルティマイをいやされました。バルティマイはすぐに目が見えるようにあり、イエスさまに従っていきました。

イエスさまはバルティマイに「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」と言われました。バルティマイはイエスさまからほめられました。バルティマイにはしっかりとした思いがありました。イエスさまに目をいやしていただきたいという思いです。この方がわたしをいやしてくださるという強い思いをもっていました。そしてバルティマイはあきらめることなく叫び続けました。「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」。わたしは大したものではないけれども、わたしのことを愛してくださり、わたしを見捨てることなく、わたしを憐れんでくださる方がおられるということを、バルティマイは知っていました。そうしたバルティマイの信仰を、イエスさまはほめてくださり、バルティマイを祝福してくださいました。

このバルティマイの物語を見ていると、やはりしっかりと願いを心においてあきらめないということは大切なことだと思います。私たちは現実的ですから、すぐにあきらめてしまいます。世界を見まわすと、いろいろなところ戦争が起こっています。核兵器をもち、たくさんの兵器をもった国が、力の弱い国を攻撃します。国際法を無視して、勝手なことを大国が行ないます。そうした大国に従うしかないと、ぺこぺことその国の大統領を持ち上げる国もあります。そうした様子をみていると、平和を願う私たちの祈りは叶えられることのない祈りではないのかというような弱気な思いも出てきます。

世界は複雑になり、私たちにはわからないことが多いですから、なかなかこうしたら良いというようなことを語りにくいというようなこともあります。「あなたは何もわかっていない」と言われると、「そうだなあ」とも思います。国際情勢など私たちにはわかりかねることであるわけです。そして「国家の安全保障に関することなので、その件については発言を差し控えます」というように、戦略的なことは秘密にされているので、私たちにはわかるはずがないのです。秘密にされているわけですから。ですから「あなたは何もわかっていない」と言われても、あまり気にすることなく、「わたしは平和が良い」「戦争には反対いたします」と私たちの願いを語っていけばよいのだと、わたしは思っています。

暴力的な私たちの世界にあって、私たちはいま、「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」というバルティマイの叫びを思い起こしたいと思います。戦争を終わらせることのできない、みじめな世界に、私たちは住んでいます。イエスさまの憐れみによって、私たちの世界を変えていただきたいと思います。私たちは人間の力により頼んで生きているのではなく、神さまの愛に依り頼んで生きています。そして神さまが神さまの愛に満ちあふれる世界にしてくださることを、私たちは信じています。

神さまの義と平和に満ちあふれた世界になりますように。暴力ではなく、神さまの愛によって、私たちの世界が整えられますように。互いに尊敬しあい、互いに助け合う私たちの世の中でありますように。そうした祈りを神さまに献げながら、平和を祈りつつ歩んでいきたいと思います。





(2026年8月16日平安教会朝礼拝式) 

 


2026年8月7日金曜日

8月9日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「こどものように」

 「こどものように」

日時場所 2026年8月9日平安教会朝礼拝

聖書箇所 マルコによる福音書10章13ー16節。425/421。


先週の木曜日、8月6日は広島原爆記念日でした。そして今日、8月9日は長崎原爆記念日です。そして今週の土曜日、8月15日に81回目の敗戦記念日を迎えます。神さまの平和がきますように。平和を作り出す私たちの歩みでありますようにと祈りつつ歩みたいと思います。

平和聖日に向けての早天祈祷会で『平安教会100年史』の戦争中の箇所を読みました。1941年6月6日には内山完造が「支那事情講演会」の講師として講演したと書かれてあります。内山完造は上海で内山書店を立ち上げ、中国の作家である魯迅と交流の会った人でした。「支那事情講演会」、どんな話だったのか、なかなか興味深いなあと思いました。

中国近代文学を切り開いた作家であり、思想家である魯迅の作品に、『狂人日記』という作品があります。

ある男の人が自分が食べられるんじゃないかということが気になってしょうがないというふうに思い始めます。周りの人々の目つきがおかしいというふうに思えてきます。町を歩いていてもみんながどうも自分をにらんでいるような気がします。男の人は自分をにらんでいる人々に「何だって言うんだ」というふうに大声を出します。男の人の家の人は、無理やりに引きずって家に連れて帰ります。家の人々もやはり同じような目つきで男の人をにらんでいます。そして男の人が書斎にはいると部屋に鍵をしめてしまいます。男の人はますます自分が食べられるということを確信します。男の人は自分を診察にきた医者や、兄に、「人間を食べることをやめなければならない。そんなことをしているとあなたもいつかは食べられてしまうよ」というふうに説教をします。男の人はとじ込められた部屋の中で考えます。兄たちが自分を食べようとしているように、自分も人間を食べたことがあるんではないか。そして昔、五つの妹がなくなったことを思い出します。そしてその妹は、みんなに食べられてしまったのだと思います。そしてたぶんそのとき、自分もその時の料理の中に入っていた、妹の肉を食べたに違いないというふうに思います。他の人だけでなく自分も人を食べる人間だというふうに思います。このお話の最後は次のような言葉で終わります。【人間を食ったことのない子どもなら、まだいるかも知れぬ?。子どもを救え・・・】。

「わたしは人を食べたことがあります」。と言うと、皆さん、びっくりしてしまうんじゃないかと思います。わたしが人を食べたというのは、べつに人間の肉を実際に食べたということではありません。「純君のモモ肉がうまそう」とか「純君の手の指がこりこりしておいしそう」とかいうのではないのです。そうではなくて、人を人として敬わなかったとか、人を自分のために利用したというようなことです。この『狂人日記』というお話で、魯迅が言いたかったことというのも、世の中の人が、人を人として見ないで、人を物として見ている。人を自分が利用するための道具としてみている。そういう人と人とのあり方が、人を食べているということだということです。(お話の中に出てきた男の人は、心の病を担って苦しんでいたのに、周りの人はこの男の人のことをへんな目つきでみます。また兄弟や肉親たちも、彼を部屋にとじ込めて、人目にふれないようにしています。心の病を担って苦しんでいる人に、やさしく接することなく、その人の自由を奪って、さらに苦しめるというような人々のあり方が、人を人として敬わない、人を食べるようなあり方なのです)。人を傷つけても平気だとか、悩んでいる人をみてもしらんぷりしていいということが、人を食べているというなのです。

そのように考えると、皆さんも人を食べたことがあるのではないでしょうか。人が悩んでいるのをみてしらんぷりしたりしたことはないでしょうか。人が苦しんでいるのをみてしらんぷりしたことはないでしょうか。

私たちの世の中には十分に食べられないで飢えている人々がたくさんいます。働きたくても仕事がなくて働けず、アパートに住むこともできなくて、道の上で生活しなければならない人もいます。日本人でないということのために、いじめられる人々がいます。被差別部落に生まれたために差別される人々がいます。就職できなかったり、結婚できなかったりというような差別を受けています。いじめにあっていることを苦にして、自殺をした子どもがいます。 世の中のこうした出来事を見るときに、私たちの世の中は、「人を食べている世の中」なのではないかと思わされます。

『狂人日記』の最後は【人間を食ったことのない子どもなら、まだいるかも知れぬ?。子どもを救え・・・】という言葉で終わります。これはこのお話を書いた魯迅が、こんな人が人を傷つけ合って成り立っている社会、人を食っているような世界がなくなってほしい。そしてそうした世界に染っていない子どもたちに、人を食べるような世界ではなくて、人が互いに傷つけ合っているような社会ではない、人が助け合って、人が支え合って生きていく社会をつくりだしてほしいという願いが込められています。

大人になるととてもあきらめがよくなります。「どうぜ世の中こんなもんだ」という気になります。傷つけ合って人が人を食べるような社会が人間の社会なのだ。人が助け合って生きる、人が支え合って生きるというような社会は、それは現実の社会ではなくて、理想の社会でしかないのだというふうに思ってしまいます。どうぜ自分がどんなに努力しても、この世の中は変わらないんだというふうに思ってしまいます。魯迅は子どもたちがそんなあきらめのいい大人になるのではなくて、人を食べるような社会を変えてほしいと思っていました。

今日の聖書の箇所は「子供を祝福する」という表題のついた聖書の箇所です。人々がイエスさまのところに、イエスさまに祝福していただこうと、こどもを連れてきます。すると弟子たちが、この人々を叱りました。その様子をみて、イエスさまは弟子たちを叱ります。【「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」】と、イエスさまは言われます。そして子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福されました。

【子どもたちのように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない】。大人たちは人を役にたつとか役にたたないというようなことで人を見ることが多いけれど、子どもたちはみんな神さまから愛されている大切なひとりひとりとして見ることができると、イエスさまは言われます。また大人は世の中こんなもんだというふうに人を食べるような世の中を認めてしまいますが、しかし子どもたちは神さまの愛にふさわしい世の中を求めようとします。

イエスさまは子どもたちを祝福しながら、この人が人を食べるような世の中に負けることなく大きくなってほしい。そして人を傷つけ、苦しめる、人を食べるような世の中を、神の国へと変えてほしいと思いながら、子どもたちを祝福されました。

イエスさまは子どもたちを祝福されたように、大人たちに対しても、やはり招いておられます。子どもたちと一緒に、この人を食べるような世の中を変えてほしい。人の悲しみや苦しみをしらんぷりするような生き方、人を傷つけても平気というような生き方をしないようにしよう。人の苦しみや悲しみを自分のことのように感じることのできるやさしさ、人と助け合い支え合って生きていく力強さを求めて生きてほしい。人を食べる生き方ではなく、人とわかちあう生き方をしなさい。こどもたちのように、神さまの国を求めて生きなさい。イエスさまはそのように私たちを招いてくださっています。



(2026年8月9日平安教会朝礼拝)



8月2日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「互いに平和に過ごしなさい」

「互いに平和に過ごしなさい」 

聖書箇所 マルコ9:42-50。561/536

日時場所 2026年8月2日平安教会朝礼拝式・平和聖日       

 

今日は平和聖日礼拝です。アジア・太平洋戦争が終わり、81年となります。今週木曜日に広島の原爆記念日を迎えます。

ロシアとウクライナの戦争は続いています。アメリカ、イスラエルとイランの戦争も続いています。ここ数年で世界は大国による戦争状態が続き、不安の多い世界となりました。軍事行動が平和の手段のように語られる世界となっています。そのような状況のなかにあっては、勇ましいことを言う政治家が現れます。そんなとき、私たちクリスチャンは私たちがアジア・太平洋戦争のときに、迫害を受け、息苦しい思いを抱えて過ごさざるを得なかったこと、また不本意ながらも戦争に協力せざるを得なかったことを思い起こしたいと思います。

ことし、12月10日に私たちの平安教会は教会創立150周年を向かえます。平安教会百史には、戦争中の教会の様子について書かれてあります。最後のところを朗読いたします。平安教会百年史の130頁です。【一九三九年から一九四五年にいたるこの期間は、軍国主義のもとにおける戦争の暗黒の時代であった。教会には目立った抵抗運動もないまま、結果的には、皇道主義、軍国主義の国家体制の中で、従順にこれに従わざるを得なかったという歴史が深い傷跡のように残されている。この期間中の受洗者は四十八名、信仰告白二名、入会者四十名となっている。しかし、一九四〇年以降はあいつぐ入営、応召、出征による青年、壮年層、戦時下の生活の窮迫、戦争末期の防空体制等によって集会は非常に圧迫され、また混乱したことがうかがわれる。この中にあって、山口牧師をはじめ教会員の苦悩は日増しに大きくなっていったことも想像されるが、遂に山口牧師は一九四五年に至って健康を害し、教会を離れざるを得ないことになった。抵抗によって軍国主義の狂暴な毒牙の下で殉教するか、妥協によってぎりぎりの線まで後退し、そこで教会を守るか、この二つの道のうち、平安教会は他の多くの諸教会と共に後者を選びとったことは史実によって明らかである。しかし、その中における苦悩は第三者の論評のはるかにとどかないものであったことは当事者たちのみが知ることである。山口牧師が敗戦後十一月に帰洛し、早速牧師辞任を申出たことは、体力の問題以上に深い苦悩の総決算であったと理解することが正しいことではないかと思われる。そして山口牧師は、一九四六年から教会の第一線より身を引き、名誉牧師として一九六六年四月十二日に永眠するまでの約二十年間を静かに平安教会と共に歩んだのである】。

平安教会百年史は、【教会には目立った抵抗運動もないまま、結果的には、皇道主義、軍国主義の国家体制の中で、従順にこれに従わざるを得なかったという歴史が深い傷跡のように残されている】と、この時代について、反省を踏まえながら、教会の歩みの苦悩を記しています。戦争が始まると教会は苦悩します。それは戦争が神さまのみ心に反した、人間の暴力的な営みであるからです。神さまのみ心にしたがって「戦争反対」を口にすると、周りから「非国民」の大合唱がわき起こります。そのような時代にならないように、神さまが喜ばれる歩みでありたいと思います。

今日の聖書の箇所は、「罪への誘惑」という表題のついた聖書の箇所です。今日の聖書の箇所はなんとも不気味な聖書の箇所で、何度も「*地獄では蛆が尽きることも、火が消えることもない」という言葉が出てきます。「地獄では蛆が尽きることも、火が消えることもないんだ」、怖いなあと思わされます。

イエスさまは「わたしを信じるこれらの小さな者の一人をつまずかせる者は、大きな石臼を首に懸けられて、海に投げ込まれてしまう方がはるかによい」と言われました。小さな者をつまずかせる者を、神さまがお許しにならないと、イエスさまは言われます。大きな石臼を首にかけられて、海に投げ込まれると、息苦しい思いをして死んでしまいます。でもそのほうがまだましだというふうに言われます。もっとひどいことが起こるというわけです。

そして、「片方の手が悪いことをするなら、その手を切り落としてしまいなさい。両方の手がそろったまま、地獄に落ちて、消えない火に永遠に焼かれて苦しむよりも、片方の手になっても、命に預かるほうがよいだろう」と言われます。なんとなく合理的な感じがしますが、合理的であるがゆえに、怖い言い方だなあと思います。そしてそのあとに「*地獄では蛆が尽きることも、火が消えることもない」と来るわけです。なかなか上手な怖い表現だなあと思います。

もし片方の手がに続いて、もし片方の足があなたをつまずかせるなら、切り捨ててしまいなさいと、イエスさまは言われます。

もし、片方の足に続いて、もし片方の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出しなさいと、イエスさまは言われます。

そして、「地獄では蛆が尽きることも、火が消えることもない」と、イエスさまは言われます。

あなたは地獄に行くことになっても良いのか、「地獄では蛆が尽きることも、火が消えることもない」。なんとも恐ろしいことです。やっぱり地獄は避けたいと思います。地獄に行かないように、小さな者をつまずかせることなく、神さまのみ心をこころにしっかりと留めて歩んでいかなければと思わされます。

そしてイエスさまは、「人は皆、火で塩見を付けられる」と言われます。塩見というのは、神さまのみ心をしっかりと受けとめているということです。小さな者をつまずかせることなく、人間として神さまに恥ずかしくない歩みをするということです。「火で塩見を付けられる」と言われているように、それは簡単にできるということでもないということです。「火」とありますように、ある種の強い思いがなければ、そんなに簡単に身に付くということでもないということです。

ですからイエスさまは「自分自身の内に塩を持ちなさい」と言われました。小さな者の一人をつまずかせない者として、しっかりとした生き方を心がけなさいというのです。人はそんなに強くないですから、いつのまにか周りの人たちに流されてしまいます。「神さまのみ心はわかるけれども、それじゃあ、この世界で生きていけないよ」というような思いになります。

マタイによる福音書18章10節以下に「迷い出た羊のたとえ」という表題のついた聖書の箇所があります。新約聖書の35頁です。【「これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。言っておくが、彼らの天使たちは天でいつもわたしの天の父の御顔を仰いでいるのである。*人の子は、失われたものを救うために来た。あなたがたはどう思うか。ある人が羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、迷い出た一匹を捜しに行かないだろうか。はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう。そのように、これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」】。

イエスさまはここでも「これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい」と言われます。小さな者を軽んじないという姿勢が失われてしまうと、社会はやさしさを失い、効率ばかりが叫ばれ、「社会に迷惑をかけているものはだれだ」、「泣く子はだれだ」「なまけものはだれだ」と叫ぶ恐ろしい人たちが幅を利かせるようになっていきます。アジア・太平洋戦争中は、私たちの国はそうした社会であったのです。しかしそうした社会は人間の社会ではなく、野獣の社会です。だからこそ、イエスさまはあなたたちの内に塩を持ち、小さな者の一人をつまずかせない者として生きていきなさいと言われるのです。

そして「互いに平和に過ごしなさい」と、イエスさまは言われます。いたずらに対立をあおったりすることもなく、自分自身の内にはしっかりと塩を持ち、平和に過ごしていきなさいと、イエスさまは言われます。

争いが続き、平和とは到底言うことのできない世界ですけれども、神さまの義と平和に満ちた世界になりますようにとの祈りをもちつつ歩んでいきたいと思います。神さまが必ず、正すべきものを正し、神さまの愛に満ちた世界を作ってくださることを信じて歩んでいきたいと思います。


(2026年8月2日平安教会朝礼拝式・平和聖日) 



7月26日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「だめなわたしだけど」

 「だめなわたしだけど」

聖書箇所 マルコ9:33-41。437/518。

日時場所 2026年7月26日平安教会朝礼拝式


石川啄木の歌「「友がみな我よりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたしむ」」は、こころにしみる歌です。    

わたしは地方の公立中学校を卒業し、地方の公立高等学校で勉強し、地方の国立大学で学びました。時代ということもあるのでしょうが、わたしは筆記試験による序列やランキングというものが、とても鮮明な時代に若いときを過ごしたので、長い間、周りと比べるということが、自分の中に染みついているなあと感じています。いまはまあもう年を取りましたので、その日一日を大切に、一生懸命に生きているという感じなので、それほど周りと自分を比べるということがありません。

大学を卒業した後、同志社大学の神学部に入り、牧師となり、一人で教会で仕事をするという働き方になりましたので、一般の人たちよりは周りのことが気になりにくい生涯であるような気がします。しかしそれでもやはり人と比較をして、自分はどうだろうという思いがないわけでもありません。SNSのつぶやきなどを見ていますと、自分がどれだけよく知っているか、多くの人はオールドメディアにだまされて、どれだけ愚かな人間であるのかというようなことを、一生懸命に語っていたりして、人間というのはなかなか大変な生き物だなあというふうに思わされます。

比べているとやっぱり疲れます。まあ自分より能力の優れた人というのはふつうにいますから、どうしても自分は劣っているということを感じずにはいられません。自分よりも能力の低い人を見下して喜ぶことはできても、でも自分より能力の優れた人もいるわけですので、どうしても自分を見下すことになります。するとやっぱり疲れます。

宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)は、西武大津店、膳所高校などが出てくるので、滋賀県民必読の小説です。「成瀬は天下を取りにいく」「成瀬は信じた道を行く」「成瀬は都を駆け抜ける」というシリーズ物の青春小説です。主人公の成瀬あかりは、自分と他人を比べるということがありません。いつも自分がやりたいと思ったことをやります。「閉店する西武大津店に閉店まで毎日通う」「シャボン玉を極める」「M-1グランプリに出場する」「200歳まで生きる」。周りの目を気にすることなく、自分がやりたいと思ったことをやる。まっすぐに自分の道をいくところが読んでいて、読者にすがすがしい気持ちを与えてくれます。それがこの宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)という小説がよく読まれている理由なのでしょう。やっぱり周りの人といちいち自分を比べて生きるよりも、まっすぐに自分の道を歩んでいきたいものだと思います。

今日の聖書の箇所は「一番偉い者」「逆らわない者は味方」という表題のついた聖書の箇所です。

イエスさまたちはカファルナウムに来て、家に入られました。そしてイエスさまは弟子たちに「途中で何を議論していたのか」とお尋ねになられます。弟子たちは沈黙をします。それは自分たちのなかで一番偉いのはだれかということを議論していたからでした。黙っていたのは、イエスさまがそんな話が嫌いだろうということを、弟子たちは理解をしていたからです。「だれが一番偉い」というような話、イエスさまは嫌いだろうけど、弟子たちは好きだったわけです。イエスさまのお弟子さんたちは、みんな若者ですから、やっぱり偉くなりたいのです。一旗揚げたいのです。「こいつよりもおれのほうが優秀だろう」と思いたいのです。しかしイエスさまが歩んでおられる道は、そうした道ではありませんでした。

イエスさまは弟子たちを呼び集めて、「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい」と言われました。「あなたは偉い人ですね」とちやほやされる人が偉いのではなくて、すべての人に仕える者がほんとうの偉い人なのだ、あなたたちにはそのように生きてほしいのだと、イエスさまは言われました。そしてイエスさまは、一人の子供の手をとって、弟子たちの真ん中に立たせました。その子を抱き上げて、「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくて、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。」と言われました。

こどもは大人と同じように、偉そうなことをいったり、自分勝手なことをしたりしますが、基本的に小さな存在です。理不尽であると思っても、父や母や大人の言うことを聞かなければなりません。そのような小さな存在である子供のことを尊重して生きていくということが仕えるということであり、そのように生きることが大切なことなのだと、イエスさまは言われました。

イエスさまのお弟子さんであったヨハネは、イエスさまの名前を使って悪霊を追い出している人に出くわしました。それでその人に、「私たちに黙って勝手に、イエスさまの名前を使って悪霊を追い出してもらって困る」と言って、イエスさまの名前を使って悪霊を追い出すのをやめさせます。しかしイエスさまはやめさせる必要はないと言われます。わたしの名前を使って奇跡を行ったあと、すぐあとにわたしの悪口を言うことはできないだろうから、そうしたことに目くじらを立てることなく、おおらかな気持ちで過ごしなさいというわけです。わたしたちに逆らわない者は、私たちの味方なのだから、いちいち細かいことを言って対立を深めていくと、逆らわない者も敵になってしまってよくないだろうというわけです。キリストの弟子だという理由で、一杯の水を飲ませてくれる者は、必ず神さまから祝福を受けるのだから、おおらかな気持ちになって、少しでも自分たちのことを理解してくれる人を増やしていきなさいと、イエスさまは言われました。

イエスさまの弟子たち、また弟子のヨハネは、自分たちのなかで一番偉いのはだれかというようなことを議論したり、イエスさまの名前を語って悪霊を追い出すのをやめさせたりしています。イエスさまの弟子たちは、偉くなりたいとか、人に指図をしたいというような思いにとらわれていて、なかなか困ったことになっています。せっかく生きているイエスさまに出会うという人生最高の体験をしているわけですから、イエスさまの言われることを聞いて、しっかりと生きてほしいと思うわけです。そんな体験をできた人たちは、人類の中でほんとごく少数の人たちであるわけです。「生前のイエスさまにお会いすることができるなって、なんという幸い、なんという特権」。私たちからみれば、そんなふうに思えるわけですが、まあ弟子たちはイエスさまが隣におられるのが普通ですから、そんなふうに思うわけもなく、相変わらず自分たちのうちでだれが一番偉いとか、アイツは私たちに無断でイエスさまの名前を使って商売しているから強く言い聞かせなければならないとか、ちいさなことにこだわっているわけです。小さなことにこだわり、見えを張って生きているわけです。だめな弟子たちです。

しかしだめな弟子たちがいるからこそ、私たちはイエスさまの、神さまの深い愛を知ることができるのです。こんなだめな弟子たちでも、イエスさまは愛してくださっているのだ。こんなだめな弟子たちでも、神さまの祝福にあずかっているのだ。そのように思えるからです。これが弟子たちがとってもりっぱな人間で、謙虚な人間であったりしたら、「そりゃ、こんなにりっぱな弟子たちなんだから、イエスさまから愛されて当然だ」となります。そしてお弟子さんたちはりっぱだけど、「私たちはどうもこんなに立派な人にはなれないよね」と思ってしまいます。

「だめなわたしでも」、神さまはわたしのことを愛してくださっているのです。人と比べて高慢になったり、あるいは卑屈になったりする、恥ずかしいわたしであるわけですが、でも神さまはわたしのことを愛してくださっています。イエスさまの弟子のヨハネがそうであったように、トラの威を借るキツネのように、力におもねりながら、力に屈してしまうような弱さをもっているわたしのことを、でも神さまは愛してくださっています。

イエスさまはこころの広い方であり、「キリストの弟子だという理由で、あなたがたに一杯の水を飲ませてくれる者は、必ずその報いを受ける」と言ってくださるのです。心もとない、信じることの少ない私たちですが、キリストの弟子だという理由で、私たちのことを祝してくださるのです。「一杯の水を飲ませる」という小さな小さなわざを行なう私たちを愛してくださるのです。

どんなときも愛してくださる方が、自分にはいるということは、とても幸いなことです。私たちはとてもさみしい思いになる時があります。だれも自分のことをわかってくれない。ひとりぼっちであるかのような気持ちになる時があります。もちろん、家族や友人がいて、ひとりぼっちであるということはないわけです。いろいろなやさしい言葉をかけてくれる人がいないわけではないのです。それでもやはり、とてもさみしい思いになるときがあります。このさみしさにだれが寄り添ってくれるのだろうかという思いをもつときがあります。

でも私たちには私たちのことを愛してくださる神さまがおられます。自分自身も欠点のない人として生きているわけではないので、ときに人から愛想をつかされることがあってもおかしくないと思います。だめなわたしであるわけです。だめなわたしであるけれども、神さまはわたしを愛してくださり、「あなたはわたしの愛する子、わたしのこころに適う者」という祝福を、わたしに与えてくださるのです。

神さまの深い愛に感謝して、すべてをお委ねして歩んでいきましょう。



(2026年7月26日平安教会朝礼拝式) 




















7月19日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)「力ある方に守られて」

 「力ある方に守られて」

聖書箇所 マルコ9:14-29。227/510。

日時場所 2026年7月19日平安教会朝礼拝式       

 

『イン・ザ・メガチャーチ』は、私たちクリスチャンにとっては、目がいく小説のタイトルです。朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』。2026年本屋大賞受賞ということで、いまよく売れている小説です。グランフロント大阪の本屋さんにいくと、入口のところに平積みで本がたくさん積んでありました。著者の朝井リョウさんの言葉が添えられていました。【15年間、私は“小説を書く”という教会に通っていたようです。あなたはどんな教会に通っていますか】。     

『イン・ザ・メガチャーチ』という小説は、教会生活について書いてある本ではありません。推し活や陰謀論、そういた経済活動の裏側などについて書かれた小説です。かつて推し活をしていていまは陰謀論の活動を行なっている人、現在アイドルの推し活をしている大学生、推し活経済を作り出している会社員などなどの様子を、たくみに描いている小説です。どうして推し活のはなしに、『イン・ザ・メガチャーチ』という題がついているのかということですが、推し活という経済活動を作り出していく方法が、アメリカのメガチャーチの信徒を組織していくやり方と似ているということからきています。

【「まずね、今のメガチャーチって礼拝がライブみたいな感じなんだって。私も全然知らなかったんだけど、楽器の生演奏とかダンスで始まったり、音響とか証明の設備もしっかりしてて、礼拝って言葉からイメージする雰囲気と全然違うみたいなの。お祈りに行くっていうよりもライブに参戦って感じで、非日常感を味わえる場所になってるんだって】。というように、アメリカのメガチャーチは人を集めるために拡大戦略を練っています。推し活もまた裏側では人を集めるために拡大戦略が練られています。陰謀論も人を集めるために拡大戦略が練られています。その手法というのが、メガチャーチの手法と似ているということです。

しかし『イン・ザ・メガチャーチ』という小説を読んでいて、わたしが思うのは、わたしはまあ教会の中にいるわけですが、やっぱり『メガチャーチ』と『スモールチャーチ』は、別物だなあと思います。私たちは個人が自由に信じているということを大切にしています。信じさせる手法ということがあるわけではありません。ですから推し活のような熱心さで教会に集ってきているというような感じは、みなさんにもないだろうと思います。「推し活うちわ」をもって、教会に来るということはないわけです。わたしはちょっと「推し活うちわ」つくってみました。

今日の聖書の箇所は「信仰」ということについて考えさせられる聖書の箇所です。「汚れた霊に取りつかれた子をいやす」という表題のついた聖書の箇所です。

イエスさまの弟子たちが群衆に取り囲まれて、律法学者たちと議論をしているところに、イエスさまがやってこられます。そこには悪霊にとりつかれた子どもがいました。イエスさまの弟子たちにいやしてもらおうと、そこに連れてきたのですが、弟子たちはいやすことができませんでした。悪霊はこの子どもにとりつき、こどもを地面にひきたおし、こどもは口から泡を吐き出し、歯ぎしりをして、体をこわばらせています。てんかんの発作のようなことが起こっているということです。弟子たちが悪霊を追い出すことができなかったということを知って、イエスさまは嘆かれました。「「なんと信仰のない時代なのか。いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか」。激しい叱責の言葉なので、弟子たちのこころは萎えてしまっただろうと思います。

人々は弟子たちがいやすことができなかったので、イエスさまのところにこどもを連れてきました。すると悪霊はこどもに引きつけをおこさせます。イエスさまはこどもの父親にいつからこのような病状なのかと尋ねました。父親は「ちいさいころからです」と答えます。地面に引き倒すだけではなく、火の中に飛び込むこともあるし、水の中に飛び込むこともあるのだと言います。そして「おできになるなら、わたしどもを憐れんでお助けください」と言いました。イエスさまは父親が「おできなるなら」と言ったことに対して、「『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる。」と言われました。それに対して、父親はすぐに「信じます。信仰のないわたしをお助けください。」と答えました。

イエスさまは「この子から出て行け、二度とこの子に入るな」と、汚れた霊に命令をしました。汚れた霊は最後の抵抗として、子どもにひどい引きつけを起こさせます。こどもは死んだようになりました。多くの人々は「死んでしまった」と思ったのでした。しかしイエスさまは子どもに手を差し伸べ、そして子どもを立ち上がらせます。子どもは汚れた霊から解放されたのでした。イエスさまが家に入られると、弟子たちは自分たちがどうして悪霊を追い出すことができなかったのかと、イエスさまに尋ねました。イエスさまは「この種のものは、祈りによらなければ決して追い出すことはできないのだ」と言われ、弟子たちの力不足を指摘しました。イエスさまは弟子たちに「祈りが足りない」と言われました。弟子たちは「祈りが足りないって言われてもなあ」「そりゃ、そうだろうけど、なんかなあ」と思っただろうと思います。

こどもはいやされ、まあ、「よかった。よかった」という話であるわけです。イエスさまは弟子たちがこどもをいやすことができなかったことについて、「なんと信仰のない時代なのか」と言われます。またこどもの父親が「おできになるなら」と言ったことについて、「『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる。」と、お叱りになられます。

まあ、イエスさまからみれば、「信仰のない時代」ですし、「信じる者がいない」時代であるわけです。でもまあ、そんなにイエスさまにほめられるようなりっぱな信仰をもっているのであれば、イエスさまを頼って生きていくこともないわけです。りっぱな信仰など持ち合わせていないからこそ、私たちはイエスさまに頼って生きていくわけです。りっぱな信仰をもってないから、イエスさまに依り頼んで生きているのに、「りっぱになれ」と言われても困ってしまうわと思います。

そういう意味では、汚れた霊に取りつかれたこどもの父親の態度は、なかなか当を得ているような気がします。イエスさまから「できれば」と言うかと叱られると、あわてて、「信じます。信仰のないわたしをお助けください」と答えています。イエスさまから叱られると、とにかく「信じます」と答えます。もうあなたを信じるしかないのですと、父親は答えるのです。ただその信じるということは、自分が信じるということなので、はなはだ頼りないのです。自分は頼りにならない。ですから「信じます」と答えつつ、「信仰のないわたしをお助けください」と、イエスさまにお委ねします。ここに「信じているけれども、信じられない」「信じられないけれども、信じている」という奇妙な信仰がいい表わされています。私たち人間は神さまに助けていただくという形でしか、信じるということはできないのです。私たちは「イエス・キリストを信じる信仰によって義とされる」のです。

使徒パウロはローマの信徒への手紙3章で、「信仰による義」について語っています。

私たちにとって信じるということは、狂信的に信じるということではありません。やみくもに信じるということでもありません。私たちは力ある方がおられるということを知っています。そしてその方をただ私たちは信じているのです。私たちは弱く力のない、また信仰の弱いものです。しかし力ある方が私たちを救ってくださり、私たちを導き、祝福してくださるのです。

イエス・キリストが私たちを導き、祝福してくださいます。イエスさまにより頼んで、こころ平安に歩んでいきましょう。


  

(2026年7月19日平安教会朝礼拝式) 








7月12日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師) 「希望をしっかりともって」

 「希望をしっかりともって」

聖書箇所 マルコ8:22-26。484/507。

日時場所 2026年7月14日平安教会朝礼拝・部落解放祈りの日

 

先日、後輩の牧師さんと話をしていると、その方は「自分がお世話になった二人の牧師さんのような牧会をしたい」ということを言っておられました。お手本があるというのは、未来に向かって歩んでいく時に、とても良い指針になるような気がします。ワールドカップの日本代表選手の中村敬斗選手は、少年のときに元ブラジル代表MFロナウジーニョ先週に憧れ、「ロナウジーニョのようになりたい」と思ったということです。「小さい頃から僕のスターで、毎日映像を見て、僕は足技だったり勉強して真似してました」ということです。

「こんな人になりたい」と思える人がいるというのは、うれしいことかも知れません。アメリカのオバマ大統領に対する黒人のこどもたちのまなざしには、そうしたものがあったでしょう。私たちもマザー・テレサのようになりたいとか、マーチン・ルーサー・キングのようになりたいとか、アルベルト・シュバイツァーのようになりたい、星野富弘のようになりたいとか、思ったりします。もちろん偉人と言っても人間ですから、いろいろな欠けたところもあるわけでしょうけれど、それでも「こんな人になりたい」という思いがあれば、そのことに向かって、希望を持って歩んでいけるような気がします。

使徒パウロはガラテヤの信徒への手紙の中で、【あなたがたもわたしのようになってください】と言っています。ガラテヤの信徒への手紙4章12節の言葉です。新約聖書の347頁です。使徒パウロが「わたしのようになってください」と言っているのは、別に使徒パウロ自身がえらいとかすばらしいというようなことではありません。使徒パウロが「わたしのようになってください」というのは、わたしのようにイエス・キリストを信じて生きていきなさいということです。それが確かな生き方だと、使徒パウロは言いました。イエス・キリストを信じて生きていく。これが確かな生き方なのだ。

使徒パウロは「希望」ということについて、ローマの信徒への手紙5章3節で、こんなふうに語っています。。

イエス・キリストを信じる信仰によって私たちは義とされたのだから、私たちには希望がある。もちろんいろいろな苦難の出来事もあるけれれども、しかし私たちは知っている、【苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを】、希望は私たちを欺くことはない。私たちは神さまに愛されて生きているのだから。そんなふうに使徒パウロは言いました。

使徒パウロは希望をしっかりともって生きていました。パウロの生涯はなかなか大変な生涯でした。キリスト教を迫害していた者が、キリスト教を述べ宣べ伝えるようになり、そして迫害されたり、投獄されたり、伝道の途中で乗っていた舟が難破したりと、いろいろな困難の目に合いました。いろいろな苦難を体験しました。しかしそうした中で、使徒パウロは【わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望はわたしたちを欺くことがありません】(ローマの信徒への手紙5章3−5節)(新約聖書の279頁)と語りました。「希望をしっかりともって生きる」。これは私たちクリスチャンに与えられている大きな恵みです。

今日の聖書の箇所は「ベトサイダで盲人をいやす」という表題のついた聖書の箇所です。イエスさまはいろいろな奇跡を行なわれ、そして神さまの御言葉を述べ伝えていました。当時、病気にかかっているということは、神さまから罰が与えられているというふうに考えられていました。病気にかかっているということだけでも大変なわけですが、そのうえ神さまから罰が与えられていると言われ、人々から蔑まれるわけです。一人の盲人が人々に連れて来られて、イエスさまのところにやってきました。この盲人もイエスさまがいろいろな奇跡を行なわれていることを知り、イエスさまに目を見えるようにしていただきたいと思ってやってきたのでしょう。「この目を治していただきたい」という強い思いをもっていただろうと思います。

イエスさまは盲人を村の外に連れ出します。静かなところへと導かれたのでしょう。静かなところで心を落ち着けて、イエスさまはいやしの業を行なわれました。イエスさまはいろいろな人々をいやされるわけですが、その業は神聖な業であるわけです。心を静かにして神さまの前でいやしの業を行なわれます。

【その目に唾をつけ】というと、ちょっと民間療法的な感じで、私たちの感覚からすると「大丈夫かいなあ」と思いますが、群衆の中から一人この人を連れ出し、そして唾を用いて、いやしの業を行なっておられます。病は悪霊の仕業と考えられていたような時代ですから、少々呪術的な面があるのかも知れません。そしてイエスさまが「何か見えるか」とお尋ねになると、盲人は「人が見えます。木のようですが、歩いているのが分かります」と答え、ぼんやりと見えるようになったことを喜んでいます。ぼんやりと見えているのではまあ不便だろうということで、イエスさまはもう一度、盲人の目に手を当てていやされました。すると今度ははっきりと見えるようになりました。

イエスさまが奇跡を行なわれた話の中には、「秘密保持」ということが示されていると言われます。イエスさまが奇跡を行なわれたあと口止めをされるというのは、「イエスさまが口止めされればされるほど、人々はかえってますます言い広めた」とあるように、それほどイエスさまはすばらしい方だったということです。隠しても、隠しても、イエスさまのすばらしさは人々に告げ知らせられていったということです。

またイエスさまは自分がすごい人だと褒め称えられるために、いやしのわざを行なっておられたわけではありませんでした。いつのまにか自分のことが高く高く褒め称えられていくということについて、イエスさまはたぶんあまりいいこととは思っておられなかったでしょう。弟子のヤコブとヨハネが願ったように、「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください」というような雰囲気が、イエスさまの周りに満ちあふれるようになることを、イエスさまは望んでおられなかっただろうと思います。

イエスさまは目が見えるようになった人に、「この村に入ってはいけない」と言って、その人を家に帰されます。イエスさまはどうしてこの人に「村に入ってはいけない」と言われたのでしょうか。もちろんイエスさまがいやしのわざを行なわれたということになれば、イエスさまの評判が高くなり、なんとなく歪んだ雰囲気がつくられていく、そのことをイエスさまがあまりいいこととは思っておられなかったということもあるでしょう。

そうしたイエスさま側のご都合というのもあったでしょうが、目が見えるようになった人に対する配慮という面もあっただろうと、わたしは思います。村にはいろいろな誘惑があります。人間の世の中だから当たり前と言えば当たり前です。イエスさまの弟子たちの中でさえ、イエスさまがえらくなられたときに、他の弟子たちよりもぜひわたしを取り立ててくださいというような雰囲気があったわけです。イエスさまがいやしてくださったということで、ちやほやされるようなことがあるかも知れません。いま村にいけば、そうした誘惑に陥ってしまうかも知れません。またイエスさまを取り巻く状況もいろいろなことあったでしょう。イエスさまのことをよく思っていない人々もいて、イエスさまが行なわれたことについて、根掘り葉掘り聞いて、イエスさまを陥れようとする人々がいました。いま村にいけば、そうした争いのなかに巻き込まれてしまうかも知れません。

盲人はイエスさまと出会うことによって、よく見えてきていやされ、何でもはっきり見えるようになりました。「何でもはっきり見えるようになりました」という言葉は、目が見えるようになったということだけでなく、象徴的な言葉のように思えます。盲人はイエスさまと出会うことによって、自分がどのように生きていくのかということがはっきりしたということです。

使徒パウロは、コリントの信徒への手紙(一)13章12ー13節でこう言っています。317頁です。【わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である】。

世の終わりのとき、私たちは神さまを顔と顔を合わせて見るようになるけれども、そのとき初めてはっきりと見ることができるのだと、使徒パウロは言いました。パウロは神さまと出会う時に、人ははじめてはっきりと見ることができるのだと言いました。

使徒パウロは「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る」と言いました。神さまの愛が私たちを包み込んでくださっているのだから、私たちは希望をもって生きていくことができる。神さまを信じて歩んでいこう。このことが確かな生き方なのだ。そのようにパウロは言いました。

神さまは私たちをその愛でもって包み込んでくださっています。私たちはしっかりと希望を持って歩みたいと思います。私たちは弱さを抱えている者ですけれども、神さまは私たちをしっかりととらえていてくださいます。私たちの弱さも含めて、神さまにお委ねして、そして希望を持って歩んでいきましょう。


(2026年7月14日平安教会朝礼拝・部落解放祈りの日)




8月30日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師) 「あなたは、神の国から遠くない」

  「あなたは、神の国から遠くない」 聖書箇所 マルコ12:28-34。287/528。 日時場所 2026年8月30日平安教会朝礼拝 神戸女学院はアメリカの会衆派の宣教師によって創られた学校です。神戸女学院は米国会衆派の海外伝道団体(アメリカン・ボード)から派遣された二人の女性...