2023年8月15日火曜日

8月13日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)

「おごれる人も久しからず」


聖書箇所 ルカ12:35-48。120/453

日時場所 2023年8月13日平安教会朝礼拝


平家物語の冒頭は有名です。

【祇園精舎の鐘の声(ぎおんしょうじゃの かねのこえ)

 諸行無常の響きあり(しょぎょうむじょうの ひびきあり)

 沙羅双樹の花の色(さらそうじゅの はなのいろ)

 盛者必衰の理をあらわす(じょうしゃひっすいの ことわりをあらわす)

 おごれる人も久しからず(おごれるものも ひさしからず)

 ただ春の夜の夢のごとし(ただはるのよの ゆめのごとし)

 たけき者もついには滅びぬ(たけきものも ついにはほろびぬ)

 偏に風の前の塵に同じ (ひとえにかぜのまえの ちりにおなじ)】

【『平家物語』(へいけものがたり)は、鎌倉時代に成立したと思われる、平家の栄華と没落を描いた軍記物語である。保元の乱・平治の乱勝利後の平家と敗れた源家の対照、源平の戦いから平家の滅亡を追ううちに、没落しはじめた平安貴族たちと新たに台頭した武士たちの織りなす人間模様を見事に描き出している。和漢混淆文で書かれた代表的作品であり、平易で流麗な名文として知られ、「祇園精舎の鐘の声……」の有名な書き出しをはじめとして、広く人口に膾炙している】(ウィキペディア、平家物語)。

高校生のときに覚えさせられたので、いまだに「おごれる人も久しからず」という言葉と共に出てきます。たぶんわりとわたしはこの言葉が好きなのでしょう。わたしもついつい心の中に高慢な思いが出てくることがあります。「おごれる人も久しからず」ということですので、やはり謙虚に歩んでいきたいと思います。

茨木保さんの『まんが医学の歴史』(医学書院)を読んでいました。医学の歴史については、わたしは知らないことが多く、ああ、そんなことがあったのかと感心させられながら読みました。医学者にもいろいろな人がいて、高慢な人がいたり、強欲な人もいたり、嘘つきがいたりします。また、あまり周りの人の評価とかに関心がなく、ぼーっとした人がいたります。

近代外科学の開祖と言われるアンブロアズ・パレという人は、謙虚な人だったと言われています。16世紀の人ですが、当時、拳銃で撃たれると、火薬の毒に汚染されないように、傷口を煮えたぎった油で消毒をしたり、焼きゴテで焼いたりするということが行なわれたそうです。いま考えると恐ろしいことだと思いますが、それが当時の医学的治療でした。あるときペレは油をきらしてしまいます。しかしけが人はどんどんと運び込まれてきます。ペレは卵の黄身と油を混ぜて軟膏をつくり、それを煮えたぎった油の代わりにつかってみました。けが人たちの傷をやさしく包帯で包みました。けが人達はいままでの治療では考えられないほどに回復しました。その後、治療のために煮え油が使われることはなくなっていくのです。

【ペレは、医学史家から「易しい外科医(げかい)」と称されている。その理由には2つある。1つは、彼が煮え油や焼きゴテという根拠のない残酷な処置を否定し、「侵襲(しんしゅう)を最低限におさえる」という、外科学の鉄則を確立したこと。もう1つは、彼が1人ひとりの患者に対しても、常に愛護的な精神を忘れなかったことだ】(P.52)。ということです。

パレが残した有名な言葉は「我、包帯し、神、これを癒やしたもう」という言葉です。「よくなりましたね」「はい、先生のおかげです」「いえ、私は包帯をしただけです。あなたを治したのは神さまですよ」。そのようにパレは患者に接していたようです。「我、包帯し、神、これを癒やしたもう」。なんとも謙虚な言葉でいいなあと思います。

今日の聖書の箇所は「目を覚ましている僕」という表題のついた聖書の箇所です。ルカによる福音書12章35−40節にはこうあります。【「腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい。主人が婚宴から帰って来て戸をたたくとき、すぐに開けようと待っている人のようにしていなさい。主人が帰って来たとき、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。はっきり言っておくが、主人は帯を締めて、この僕たちを食事の席に着かせ、そばに来て給仕してくれる。主人が真夜中に帰っても、夜明けに帰っても、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。このことをわきまえていなさい。家の主人は、泥棒がいつやって来るかを知っていたら、自分の家に押し入らせはしないだろう。あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。」】。

「主人が婚宴から帰ってくる」というのは、世の終わり・終末のたとえということです。イエスさまの時代はいまの私たちの時代よりも、世の終わり・終末が近いというふうに考えられていました。「もうすぐ世の終わり・終末が来る」ということが、一般的に信じられていたということです。それでもなかなか終末が来ないですから、「ちょっと遅いなあ」というふうに感じる人たちもいて、ちょっとだらけているという雰囲気もありました。

私たちは携帯電話の時代に生きていますから、「いま地下鉄の国際会館駅、もうすぐつきます」というように簡単に伝えることができますが、イエスさまの時代はそういうわけにはいかないのです。主人が婚宴から突然帰ってくるように、終末はやってくると考えられていました。世の終わり・終末はいきなりやってくるのです。ですから「終末はなかなか来ないなあ」などと思ってだらけていると、大変な事になるわけです。ですからいつも目を覚ましていなければならないのです。【腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい。主人が婚宴から帰って来て戸をたたくとき、すぐに開けようと待っている人のようにしていなさい。主人が帰って来たとき、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ】というのは、そういうことです。いつもちゃんとして、主人が帰ってくるのを待っていることができれば、主人のほうもそれ相応の対応をしてくれる。【主人は帯を締めて、この僕たちを食事の席に着かせ、そばに来て給仕してくれる】。だから世の終わり・終末に備えて、しっかりとしていなさいということです。

ルカによる福音書12章41−44節にはこうあります。【そこでペトロが、「主よ、このたとえはわたしたちのために話しておられるのですか。それとも、みんなのためですか」と言うと主は言われた。「主人が召し使いたちの上に立てて、時間どおりに食べ物を分配させることにした忠実で賢い管理人は、いったいだれであろうか。主人が帰って来たとき、言われたとおりにしているのを見られる僕は幸いである。確かに言っておくが、主人は彼に全財産を管理させるにちがいない】。

イエスさまが世の終わり・終末の話をされたときに、使徒ペトロは「このたとえ話は私たち使徒に対して言われていることなのですか、それとも一般的な人々に対して言われていることなのですか」と質問をしました。イエスさまはその問いに直接答えられるということはありませんでした。イエスさまが話されたたとえからすると、まあふつうに考えて一般的な人々に対して語られている教えのように思えます。しかしイエスさまは使徒ペトロの質問に続けて、忠実で賢い管理人の話をしておられます。この忠実で賢い管理人というのは、ペトロたち使徒であるということでしょう。【主人が帰って来たとき、言われたとおりにしているのを見られる僕は幸いである】というように、神さまから使徒として託された業をちゃんとするということが大切だと、イエスさまは言われます。

ルカによる福音書12章45−48節にはこうあります。【しかし、もしその僕が、主人の帰りは遅れると思い、下男や女中を殴ったり、食べたり飲んだり、酔うようなことになるならば、その僕の主人は予想しない日、思いがけない時に帰って来て、彼を厳しく罰し、不忠実な者たちと同じ目に遭わせる。主人の思いを知りながら何も準備せず、あるいは主人の思いどおりにしなかった僕は、ひどく鞭打たれる。しかし、知らずにいて鞭打たれるようなことをした者は、打たれても少しで済む。すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される。」】。

世の終わり・終末のときに備えてちゃんとしている忠実で賢い管理者である僕は、神さまから大きな祝福を受けるわけですが、どうではなくいいかげんなことをしている不忠実な管理者は、神さまから罰せられるのです。神さまは管理者である僕にいろいろなことをまかせているわけです。ある意味信頼されているのです。だからその信頼に応えなければならないのです。しかし信頼に応えることをしないで、いいかげんなことをしていると、あとで罰せられるというのです。

神さまから託された管理者として、してはいけないことというのは、「下男や女中を殴ったりしてはいけない」ということです。管理者は神さまから託されて、下男や女中が仕事をするような体制を整えるのが、その役割であるわけです。しかしそうしたことを忘れて、自分が女中の主人であるかのようになって、下男や女中に対して暴力をふるったり、虐げたりする。そうしたことは許されないことなのです。また終末がくるわけですから、ちゃんとしていなければならないので、贅沢三昧をしていたり、よっぱらってしまっていてはいけないのです。

「下男や女中を殴ったりしてはいけない」というのは、結局、「謙虚になりなさい」ということなのです。力で人を支配しようとするのは、それは神さまの目からすると、それは異常なことなのです。自分のことを異常に高いところに置くからこそ、力で人を支配することができるのです。暴力的であったり、力で人を支配しようとすることを、神さまは強く戒められ、「謙虚になりなさい」と言われるのです。

そしてイエスさまは弟子たちに言われました。【すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される】。あなたたちは使徒として多くの責任を求められ、多くのことを任されているのだから、多くのことが要求されるのだ。なかなかきびしいことが言われています。神さまから選ばれて、その役割を与えられているのだから、謙虚になって、任されていることに誠実に取り組みなさい。世の終わり・終末は必ず来るから、それにしっかりと備えなさい。ぼんやりとしているのではなく、神さまから託されていることを行ないなさい。そんなふうにイエスさまは弟子たちに言われました。

【すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される】。世の中の社長さんたちはたぶんこの聖書の箇所を読まれると、「まさにそのとおりだ」と思われるのではないかと思います。座右の銘にしているというクリスチャンの社長さんなども多いのではないかなあと思います。「やっぱり社長さんは大変だなあ。そこいくと私たちは気楽なもんだ」と、私たちは思いがちですが、そういうことでもないわけです。

私たちもまた神さまに多くのことを任されているのです。使徒ペトロはイエスさまに【「主よ、このたとえはわたしたちのために話しておられるのですか。それとも、みんなのためですか」】と尋ねました。使徒ペトロは十二弟子として、一般的な人々からすると、先にイエスさまを知り、イエスさまに弟子として召された人でした。使徒ペトロはだれよりも先にイエスさまに弟子として召された者の責任があるのです。そしてそういう意味において、私たちもまた先にクリスチャンになった者としての大きな責任があるのです。私たちは先に救われた者として、宣べ伝えるという仕事を神さまから託されています。私たちは伝えられた者として、伝える者になるということを、神さまから託されています。【すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される】。私たちも神さまからたくさん愛された者として、神さまに多くのことを託されています。

神さまはイエス・キリストの十字架のあがないによって、私たちの罪をゆるしてくださいました。そして私たちはクリスチャンとして、永遠の命を受け継ぐ者として、神さまから招かれています。このことはとてもすばらしいことですが、それは私たちがいばることではありません。私たちはときどき勘違いをして、自分がクリスチャンであることを誇りに思うがゆえに、いいばってしまうことがあります。「まだ救われていない人たちに、神さまのことを教えてやる」というような感じで、キリスト教の福音を宣べ伝えていくというようなときがありますが、それはちょっと違うだろうと思います。私たちは救われた喜びを宣べ伝えているわけですから、いばっていてはその喜びは伝わらないのです。

讃美歌1編の11番に「あめつちにまさる」という讃美歌があります。【1.あめつちにまさる かみの御名を ほむるにに足るべき こころもがな。2.おごらず、てらわず へりくだりて、わが主のみくらと ならせたまえ。(3.生くるも死ぬるも ただ主をおもう ゆるがぬこころを あたえたまえ。4.こころをきよめて 愛をみたし、わが主のみすがた 成らせたまえ。5.みめぐみゆたけき 主よ、きたりて、こころに御名をば しるしたまえ)】。もうわたしの年代の人であっても、なかなか意味のわからない讃美歌だなあと思います。

讃美歌21では492番です。讃美歌1編の11番の「おごらず、てらわず へりくだりて わが主のみくらと ならせたまえ」というのは、なかなか印象的な歌詞です。讃美歌492番では「心を低くし、御前に伏す」です。「てらう」というのは「ひけらかす」ということです。(自分の学識・才能・行為などを誇って、言葉や行動にちらつかせる)。「みくら」というのは「大切なものを納めているところ、またそこに勤める下級役人(僕)」ということです。「おごらず、てらわず へりくだりて」というのが、クリスチャンの良き姿勢であるということです。

イエスさまは【「腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい。主人が婚宴から帰って来て戸をたたくとき、すぐに開けようと待っている人のようにしていなさい】と言われました。世の終わり・終末の話というと、私たちはなんだかちょっと遠くの話というような気になってしまいがちです。しかし世の終わり・終末がいつくるか、それは昔の人がそうであったように、私たちにもわからないことです。すぐに来るかも知れないし、またなかなか来ないかも知れません。私たちは備えて待つしかありません。備えて待つと言っても、無理して待つことは出来ませんから、ふつうに待つのです。「おごらず、てらわず へりくだりて」、神さまの僕としてふつうに待つのです。

私たちクリスチャンは、「終末を見つめて、きちんと生きる」ということが大切です。周りの人々から誉めたたえられるような生き方でなくても、神さまとの関係を正しく保って、きちんと生きるのです。私たちは罪人ですから、正しく生きることはできないかも知れません。なんどもなんども神さまを裏切るようなことをしてしまうかも知れません。それでもやはり神さまの前に立つ一人の罪人として、きちんと生きるのです。世の終わり・終末に、神さまの前に立つということを、心に留めて、きちんと生きるのです。できなかったことはできなかったこととして、神さまにご報告し、だめだったことはだめだったと、神さまにご報告する。そして神さまに守られ、神さまに愛されて、人生を歩むことができた幸いを、心から感謝したいと思います。

「おごらず、てらわず へりくだりて」、クリスチャンとしての良き人生を、これからも歩みましょう。




(2023年8月13日平安教会朝礼拝)

2023年8月8日火曜日

8月6日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)

 「隣人を自分のように愛しなさい」

 

聖書箇所 ルカ10:25-42。57/371。

日時場所 2023年8月6日平安教会朝礼拝式・平和聖日

 

今日は私たちの属する日本基督教団が定めた「平和聖日」です。金曜日、土曜日、平安教会では朝7時から早天祈祷会がもたれて、平和のために祈りを献げました。

ことしは平和聖日に、「戦争プロパガンダ展」を計画いたしました。ウクライナ戦争などを見ていると、ある地方への攻撃について、「この攻撃はウクライナの攻撃だ」「いやこれはロシアの攻撃だ」というようなことが言われます。情報戦が行われるわけです。アジア・太平洋戦争のときの満州事変も、日本軍が満州で南満州鉄道の線路を破壊したにもかかわらず、それを中国軍のしわざとして、中国軍に攻撃を始めます。日本軍は「自衛のための行動だ」と言います。自分たちで破壊活動をしておいて、相手の国の攻撃だといい、そして攻め込んでいくわけです。情報のない私たちは国家が出す情報によって、「自衛のための行動」だと思わされ、そして戦争へと駆り出されていくわけです。とても怖いのです。私たちは過去の戦争を振り返りながら、自分たちが戦争に駆り出されて行くことのないようにしたいと思います。

今日の聖書の箇所は「善いサマリア人」「マルタとマリア」という表題のついた聖書の箇所です。

ルカによる福音書10章25−28節にはこうあります。【すると、ある律法の専門家が立ち上がり、イエスを試そうとして言った。「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。」イエスが、「律法には何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」と言われると、彼は答えた。「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』とあります。」イエスは言われた。「正しい答えだ。それを実行しなさい。そうすれば命が得られる。」】。

イエスさまは律法の専門家から「何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか」と問われます。それに対して、イエスさまは「律法にどう書いてあるか」と律法の専門家に問いかけます。そして律法の専門家は、まず申命記6章4−5節の御言葉を引用します。申命記6章4−5節にはこうあります。旧約聖書の291頁です。【聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい】。またレビ記19章18節にはこうあります。旧約聖書の192頁です。【復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。わたしは主である】。

律法の専門家の言葉に対して、イエスさまは「正しい答えだ。それを実行しなさい」と言われました。永遠の命を受け継ぐための正しい答えをあなたは知っているのだから、それを実行しなさいと、イエスさまは律法の専門家に言われました。まあ「知ってるんだったら、それをしろよ」と、イエスさまは律法の専門家に言われたわけです。でもまあ私たちもそうですけれども、知っているからと言って、それを行えるわけでもありません。それで律法の専門家は、「では、わたしの隣人とはだれですか」と、イエスさまに質問をして、とぼけるわけです。

ルカによる福音書10章29−37節にはこうあります。【しかし、彼は自分を正当化しようとして、「では、わたしの隣人とはだれですか」と言った。イエスはお答えになった。「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。ある祭司がたまたまその道を下って来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。同じように、レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」律法の専門家は言った。「その人を助けた人です。」そこで、イエスは言われた。「行って、あなたも同じようにしなさい。」】。

イエスさまはたとえ話をされました。あるユダヤ人が「追いはぎ」に襲われる。追いはぎというのは、まあ強盗のようなものです。半殺しの状態にあるユダヤ人のわきを、祭司は立ち去り、レビ人も立ち去っていく。しかしサマリア人がその人を憐れに思って、手当てをします。宿屋に連れていって介抱し、翌日、宿屋の主人にデナリオン銀貨2枚を渡して、引き続き介抱してくれるように、そして費用がもっとかかったら、帰りがけに支払いますとお願いをします。そうしたたとえを話されたあと、イエスさま律法の専門家に尋ねます。「だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか」。すると律法の専門家は、「その人を助けた人です」と答えます。そしてイエスさまはまた「行って、あなたも同じようにしなさい」と言われました。

「わたしの隣人とはだれですか」という質問は、なかなかきびしい問題です。それは人と人との間に線引きをすることであるからです。ユダヤ人は自分たちは神さまから選ばれた民族であると考えていましたから、どちらかと言えば、自分たちの民族と他民族との間の線引きをきっちりと付けたがる民族であるわけです。ユダヤ人か、異邦人かという、線引きであるわけです。基本的に律法における「隣人」というのは、ユダヤ人内の話であるわけです。異邦人の「隣人」というのはないのです。私たち日本人もどちらかと言えば、自分たちの民族と他国の人とを分ける傾向の強い民族です。日本人か、外国人かという分け方です。

でも実際問題、「隣人」というのは、隣にいる人であるわけですから、だれが隣にいるか分からないわけです。ユダヤ人とは限りません。隣にいる人がユダヤ人である場合が多いとは思いますが、でもそうでない場合もあります。

紀元前720年頃に、北イスラエル王国がアッシリアによって滅ばされ、アッシリアの移住制作によって、サマリアに異邦人が定住するようになります。その結果、ユダヤ人と異邦人の間に生まれた人々がサマリア人であるということが、一般的には言われます。ですからイエスさまの時代のサマリア人に対する感覚というのは、異邦人ではないけれども、純粋なユダヤ人でもないというような感じです。そのためユダヤ人とサマリア人は仲が良くないわけです。

「わたしの隣人とはだれですか」という問いに対して、イエスさまは「だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか」と、律法の専門家にたずねています。隣人の定義だどうだこうだということではなく、「人は隣人になる」のだと、イエスさまは言われます。「隣人はだれか」ではなく、「隣人になる」のだと、イエスさまは言われるのです。隣人とはそういうものだ。困っている隣にいる人が隣人で、それをあなたが助けて、その人の隣人になるのだと、イエスさまは言われました。

「隣人」の話が、間にはいっているので、ちょっと混乱しますが、よくよく考えてみると、そもそも「永遠の命を受け継ぐための話」をしていたわけです。永遠の命を受け継ぐためには、困っている隣にいる人を助けるということが大切なのだということです。ですから「それを実行しなさい」「行って、あなたも同じようにしなさい。」というように、とにかく困っている人を助けに行きなさいと、イエスさまは言われるわけです。

ルカによる福音書10章38−42節にはこうあります。【一行が歩いて行くうち、イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女が、イエスを家に迎え入れた。彼女にはマリアという姉妹がいた。マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。マルタは、いろいろのもてなしのためせわしく立ち働いていたが、そばに近寄って言った。「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。」主はお答えになった。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」】。

私たちは「永遠の命を受け継ぐためには」「隣人とは」「困っている人たちを助けたい」「世界の平和のために」というようなことを話しながら、実際は家族のなかで、「あいつ、どうよ」というようなことを繰り返します。マルタはマリアの態度がいやでした。イエスさまがお家にやってきたので、マルタはイエスさまをもてなすために一生懸命に働いています。しかしマリアはイエスさまの足もとに座って、イエスさまの話を聞いています。それでマルタは「あいつ、どうよ」と思います。そしてイエスさまに「なんとか言ってください」と頼みます。しかしイエスさまはなんともマルタに対して冷たい言葉がけを行ないました。

いいことをしていると思っているときには、人は人のことを裁きがちです。「あいつ、どうよ」と思います。「わたしが一生懸命に、イエスさまのおもてなしをするために働いているのに、『あいつ、どうよ』」。「わたしがこんなに世界平和のために一生懸命に働いているのに、『あいつ、どうよ』」。「わたしが一生懸命にイエスさまの話を聞いているのに、『あいつ、どうよ』」。

イエスさまから「それを実行しなさい」と言われて、それを実行しているうちに、周りの人が実行していないことが気になるということが出てくるときがあります。自分が良いことをしているがゆえに、腹が立って、人を裁いてしまうというようなことが出てきます。マルタもそうでした。イエスさまにお仕えしたいとの良き思いを強く持っていました。そしてマリアのしていることが腹立(はらだ)たしく思いました。そんなとき、イエスさまはマルタに、「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである」と声をかけられました。一生懸命になると、平和でなくなることがあります。こころに余裕がなくなって、人を裁いてしまうことがあります。多くのことで悩んで、心を乱してしまうことがあります。

イエスさまは「隣人を自分のように愛しなさい」と言われました。マルタがそうであったように、身の回りのことでも、私たちはついつい腹を立てて、自分の心の中を憎しみまみれにしてしまうことが多いです。「あいつ、どうよ」「どうして、あいつ、あんなことしているの」。心の中がついつい憎しみや怒りに支配されてしまうということがあります。しかしイエスさまは「愛しなさい」と言われました。あなたは憎しみに支配されてしまっているけれど、でも大丈夫。わたしの愛をあげるから、あなたも愛するようになりなさい。

わたしが「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして」、神さまを愛したように、あなたも愛に満たされていきなさい。わたしが隣人を愛したように、あなたも隣人を愛しなさい。そのようにイエスさまは私たちを招いておられます。

「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる」。マタイによる福音書5章9節の聖書の御言葉です。神さまの愛に満たされて、平和を実現する人として、隣人を愛し、神の子として歩んでいきましょう。




(2023年8月6日平安教会朝礼拝式・平和聖日)



2023年8月3日木曜日

7月30日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)

 「お調子者でごめんなさい」

 

聖書箇所 ルカ9:51-62。18/459。

日時場所 2023年7月30日平安教会朝礼拝式

  

太宰治の『走れメロス』は、友人を人質において妹の結婚式に出席し、帰ってくるという話です。「メロスは激怒した」。メロスは激怒するテロリストです。「必ず、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の王を除かなければならぬと決意した」。しかしメロスは失敗して、人間不信に陥っている暴君ディオニスに捕まります。メロスは死刑になることになるわけですが、死刑の前に妹の結婚式に出て帰ってくるから生かせてくれと暴君ディオニスに頼みます。

【「ああ、王は悧巧(りこう)だ。自惚(うぬぼれ)ているがよい。私は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、メロスは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「ただ、私に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は村で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」】。

しかし暴君ディオニスは信じません。そこでメロスは自分の身代わりに、親友のセリヌンティウスを人質として置いていくから、行かせてくれというわけです。

【「そうです。帰って来るのです。」メロスは必死で言い張った。「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。妹が、私の帰りを待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、この市にセリヌンティウスという石工がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺して下さい。たのむ、そうして下さい。」】。

続きは、お家に帰ってから「走れメロス」を読んでいただいたらよいわけですが、人生には「これをする前に、それをしておきたい」というようなことが起こるわけです。もちろんこのことは大切なことで、こころからそのことをしたいと思っているけれども、でも現実にはその前にそれをしておきたいということが起こるわけです。メロスにとっては「死刑に処せられる」ということはとても大切なことであったわけですが、しかしその前に「妹の結婚式」に出席をすることをしなければならなかったのです。

昔、ビジネスマンがリゲインというドリンクを飲んで24時間働いていたという時代の4コマ漫画にこんなのがありました。「田中くん、大阪に転勤で行ってくれ」「すみません。その前に、トイレにいかせてください」「トイレに行きたいだと、そんな暇あるわけないだろう。いますぐ、大阪に行きなさい」。

まあでも大切なことがあるけれども、でもその前にしなければならないことがあると思えるときというのが、私たちの人生にはあるわけです。

今日の聖書の箇所は「サマリア人から歓迎されない」「弟子の覚悟」という表題のついた聖書の箇所です。ルカによる福音書9章51−55節にはこうあります。【イエスは、天に上げられる時期が近づくと、エルサレムに向かう決意を固められた。そして、先に使いの者を出された。彼らは行って、イエスのために準備しようと、サマリア人の村に入った。しかし、村人はイエスを歓迎しなかった。イエスがエルサレムを目指して進んでおられたからである。弟子のヤコブとヨハネはそれを見て、「主よ、お望みなら、天から火を降らせて、彼らを焼き滅ぼしましょうか」と言った。イエスは振り向いて二人を戒められた。】。

イエスさまは私たちの罪のために十字架につけられるときが近づいてきたことを悟り、十字架に付けられる場所であるエルサレムに向かいます。エルサレムに向かう途中に、サマリア人の村にやってきました。しかしサマリア人はイエスさまを歓迎しませんでした。サマリア人とユダヤ人は当時、仲良くありませんでした。ユダヤ人はサマリア人のことを蔑んでいましたし、サマリア人はそんなユダヤ人のことを嫌っていました。でもイエスさまはユダヤ人の中でもまあいい人なのかもしれないとサマリア人の村人は思っていたかも知れません。でもイエスさまがエルサレムに行かれるというのを聞いて、「やっぱりイエスさまもエルサレムに行かれるのだ。ほかのユダヤ人と変わりない」と思いました。そしてイエスさまを歓迎しませんでした。ヤコブとヨハネはそんなサマリア人たちに腹を立てます。そして「主よ、お望みなら、天から火を降らせて、彼らを焼き滅ぼしましょうか」と言いました。そうした不適切な発言をするヤコブとヨハネを、イエスさまは戒められました。

ルカによる福音書9章56−58節にはこうあります。【そして、一行は別の村に行った。一行が道を進んで行くと、イエスに対して、「あなたがおいでになる所なら、どこへでも従って参ります」と言う人がいた。イエスは言われた。「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない。」】

イエスさまたちはサマリア人の村から別の村に行きました。するとイエスさまに「あなたがおいでになる所なら、どこへでも従って参ります」と言う人がいました。イエスさまのことをすばらしい人だと思い、この人についていきたいと思う、志の高い人であったのだと思います。しかしイエスさまは「狐には隠れる穴があり、空の鳥には体を休める巣がある、しかしわたしには体や心を休める場所はない」と言われました。「そんなわたしに付き従うというのは、並大抵のことではない。それでもわたしに従ってくることはできるのか」と、イエスさまは問うておられるのです。

ルカによる福音書9章59−62節にはこうあります。【そして別の人に、「わたしに従いなさい」と言われたが、その人は、「主よ、まず、父を葬りに行かせてください」と言った。イエスは言われた。「死んでいる者たちに、自分たちの死者を葬らせなさい。あなたは行って、神の国を言い広めなさい。」また、別の人も言った。「主よ、あなたに従います。しかし、まず家族にいとまごいに行かせてください。」イエスはその人に、「鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない」と言われた】。

「あなたについて行きます」という人がいたので、イエスさまは別の人に「わたしに従いなさい」と言われました。その人は、「イエスさま、あなたについて行きます。でもその前に、父の葬りに行かせてください」と言いました。ユダヤは父親の権威の強い社会です。ですから親の葬りを行なうということは、ユダヤでもとても大切なことでした。しかしイエスさまは父の葬りは、他の家族に任せて、あなたは神さまのことを宣べ伝えるために、わたしについてきなさいと言われました。

また別の人も、「イエスさまに従います。しかしその前に最後に家族に会いに行かせてください」と言いました。しかしイエスさまは「鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない」と言われ、一度、わたしについてくるといったのだから、もう家族のことを顧みることなく、わたしについてきなさい。鋤に手をかけて、田畑を耕そうとしている人は、前を向いて田畑を耕す。後ろを向きながら、田畑を耕したりはしない。そのように、イエスさまは言われました。

イエスさまに付き従うということは、なかなか厳しいことであることがわかります。「走れメロス」のメロスではないですが、「このことの前に、せめてこのことをしておきたい」というようなことはあるわけです。メロスは死刑になる前に、せめて妹の結婚式に出席をしたいと思いました。イエスさまに従いますと言った人も、「主よ、まず、父を葬りに行かせてください」と言います。また別の人は、「まず家族にいとまごいに行かせてください」と言いました。父の葬りに行くことも、家族にいとまごいに行くことも、まあ常識の範囲ないだと思います。「ああ、行ってきなさい」と言ってあげるということのほうが良いのではないかとも思えます。

イエスさまの時代は世の終わり・終末ということを、みんなが身近に感じていました。もう世の終わり・終末はすぐに来るというふうに思っていたわけです。ですからあんまり悠長なことを言っている場合ではないというような思いが強かっただろうと思います。どちらかというと激しい時代であるわけです。「どっちにするんだ。どうするんだ」ということが激しく問われるわけです。

マルコによる福音書1章16節以下に「四人の漁師を弟子にする」という表題のついた聖書の箇所があります。新約聖書の61頁です。マルコによる福音書1章16−20節にはこうあります。【イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。また、少し進んで、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、すぐに彼らをお呼びになった。この二人も父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して、イエスの後について行った。】。

イエスさまの弟子選びの話であるわけですが、ペトロとアンデレ、ヤコブとヨハネ、どちらも「すぐに」、イエスさまについていくのです。イエスさまのお弟子さんたちは、いろいろな失敗をするわけですが、でもこの「すぐに」イエスさまについていったということは、とても良いことであったわけです。イエスさまの弟子たちは「主よ、まず、父を葬りに行かせてください」「まず家族にいとまごいに行かせてください」とは言わないのです。

でもまあ、もうすぐ世の終わり・終末が来るということであれば、父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して、イエスさまの後について行ってもよいかも知れません。でも私たちの場合は、なかなかそうもいかないのです。親の葬りということは大切なことだと思います。「この仕事についたら、親の死に目にも会えないということを覚悟しなさい」というようなことが言われたりしました。ですからまあ、葬りにいくことができないということもあるでしょう。あるいは家族にいとまごいに行くこともできないこともあるでしょう。あるいは妹との結婚式に行くことできないということもあるでしょう。それはそれで仕方がないかも知れません。みんな「かわいそうだけれども、仕方がない」と思ってくれるでしょう。それでは「介護」というような場合はどうでしょうか。自分以外のだれかがやってくるから、「まあええか」というふうに言うことができるでしょうか。

実際、イエスさまについて行く前に、やっぱりしなければならないと思えることということは、私たちの生活のなかで起こってきます。それを「不信仰」という言葉でもって片づけることはできないということがあります。

人はどちらかというといさましい物語が好きです。「すべてを棄てて、イエスさまに従った」という物語にこころ引かれていきます。わたし自身もそうです。こころが踊るような信仰の話を聞くとうれしくなります。「棄てられた人の介護をした人たちはだれですか」というようなことは、あまり気に留められてきませんでした。しかし高齢化社会になって、「ケア」の大切さということが言われるようになっています。ケアというのは、家事、育児、介護、あるいは医療や看護というようなことです。

小川公代という文学者が書いた『ケアの倫理とエンパワメント』という本を読みました。いろいろな小説をケアという観点から読み解くという内容です。【ウルフ(バージニア・ウルフのことです)が一九二六年に発表したエッセイには「病気が愛や戦いや嫉妬と同程度に文学の主要テーマになっていないというのは、いかにも奇妙なことである」と書かれている。(しかし、じつはその二年前に病小説とも呼べる『魔の山』がトーマス・マンによって書かれていた。ウルフがマンのこの小説を看過看過(かんか)していたことは極めて驚くべきことである)】と書かれています。とても丁寧に文学の読み直しがなされています。

今日の聖書の箇所などもそうですが、以前は「主よ、まず、父を葬りに行かせてください」とか「まず家族にいとまごいに行かせてください」とか言うことは、それは信仰の観点から見ると、良くないことと考えられてきました。しかし実際問題そうしたことは、私たちの生活から切り離して考えることはできません。

イエスさまの弟子のヤコブとヨハネが「主よ、お望みなら、天から火を降らせて、彼らを焼き滅ぼしましょうか」と言うのを、イエスさまから戒められるという話も、また微妙な話であるわけです。サマリア人から歓迎されなかったからと言って、「天から火を降らせて、サマリア人を焼き殺しましょう」と思うというのは、まあどうかしています。自分たちを英雄視しているので、自分たちは何でもできると思っているのです。私たちは「父ゼベダイを残して、イエスさまに付き従ったヤコブさまとヨハネさまだ」という思いが、ヤコブとヨハネにはあるわけです。

聖書には「イエスは振り向いて二人を戒められた」とだけありますが、わたしはもっと、イエスさまがヤコブやヨハネを激しく叱ったほうが良いのではないかと思います。ただイエスさまにしても、【「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない】にも関わらず、よく父ゼベダイを家に残して、自分に付き従ってきてくれたという思いが、ヤコブやヨハネに対してあるのだと思います。

人にはさまざまな事情や人間関係があり、「これが正解です」というようなことにはなかなかなりません。多くの人は悩みを抱えながら決断し、その決断を後悔したりしながら、前に進んでいきます。またその人特有の個性というのもありますから、「ちょっとどうよ」というようなことをしてしまうというようなこともあります。

わたしはヤコブとヨハネのサマリア人に対する態度はどうかと思いますが、でも一生懸命にイエスさまに付き従っているにも関わらず、サマリア人から冷たい態度をとられたヤコブとヨハネの悔しさもわかるような気がします。そうした中で、ヤコブとヨハネは強がりを言うわけです。「主よ、お望みなら、天から火を降らせて、彼らを焼き滅ぼしましょうか」。でもヤコブとヨハネにはそんな力はないわけです。ヤコブとヨハネが天から火を降らせたというようなことは、聖書のどこにも書かれてありません。そういうことでは、ヤコブとヨハネはなかなかのお調子者であるわけです。

「あなたがおいでになる所なら、どこへでも従って参ります」と言った人も、まあなかなか調子の良い人であるわけです。いろいろなことを考え始めると、なかなかイエスさまに付き従うという決断をすることはできません。いろいろなことが起こるかも知れないというのが、私たちの人生であるわけです。「イエスさまに付き従う」と言った後で、そのようにできない事情が出てくることもあるかも知れません。「すみません。従うことができませんでした」というようなこともあるかも知れません。

先のことはよくわからないのですが、私たちは調子よく「イエスさまに従います」という思いを大切にしたいと思います。「お調子者でごめんなさい」。「すみません。ちょっとできませんでした」ということがあるかも知れません。それでもイエスさまの「わたしに従いなさい」との招きに応えたいと思います。

私たちのことをすべて知ってくださり、そして私たちのことを愛してくださるイエスさまが、私たちを招いてくださっています。「わたしに従いなさい」との招きに応え、イエスさまにお委ねして歩んでいきたいと思います。



  

(2023年7月30日平安教会朝礼拝式)



2023年7月27日木曜日

7月23日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)

 「よき働き人として」


聖書箇所 ルカ8:1-15。17/510。

日時場所 2023年7月23日平安教会朝礼拝

 

ことしの3月、キリスト教主義の学園である恵泉女学園は、恵泉女学園大学・大学院の学生募集停止を行うことを決めました。恵泉女学園はキリスト者である河井道がつくった学園です。河井道はアジア・太平洋戦争中も、国家に対して戦争の愚かさを語る人でした。

恵泉女学園の「史料室だより」には、東京女子大学の准教授の竹内久顕(たけうち・ひさあき)さんが「河井道の平和教育」という講演をされた内容が載ってありました。【恵泉女学園を創設してからの河井の発言であるが、満州事変に対して「満州国が建国されて皆が喜んでおりますが、正と義と愛がその土台でありましょうか、剣をもって建てた国は剣をもって滅びなければなりません」と学園機関紙『恵泉』巻頭言に書いている。日中戦争が開始された1937年には「我々日本人は先進国だ優越民族の国家だと自称していつまでも過信と傲慢の狂奏曲に浮かれているときは、自らの不覚を招来させるのではないかと反省させられる」と日本が中国で行っている行為に対して批判を行っている。愛国という点においても「本当の愛国者というのは国が戦争をやるときに、あるいは国が間違っている時に、それに追随するのではなく、国が間違っている時に、それを勇気をもって批判するのが本物の愛国者である」ということも言っている。日米開戦後、恵泉女学園は監視下に置かれるが、これ以降も「敵にも愛で奉仕せよ」とか「汝らの仇を愛し」 という表現を使っている】【戦争中、キリスト教学校に対する締めつけが強くなって いった時、学校の寄付行為から基督教という文字を削除する傾向があったが、恵泉はあくまでも基督教という文字を削除することはなかった】(「史料室だより」第11号)。

「まあなんともはっきりとものを言っていた人だなあ」と、思わされました。「戦争は婦人が国際情勢に関心を持つまでは決して止まないであろう」と、河井道は言ったと言われています。当時、日本にどれだけ女性の国際政治学者がいたのかなあと思いますが、現代の国際政治学者といわれる人々が、アジア・太平洋戦争の時代にいたとして、河井道ほどはっきりとものを言うことができただろうかと思います。アジア・太平洋戦争というクリスチャンにとってとても困難な時代に、河井道はよき働き人として、イエスさまに従う歩みをしました。

今日の聖書の箇所は「婦人たち、奉仕する」「「種を蒔く人」のたとえ」「たとえを用いて話す理由」「「種を蒔く人」のたとえの説明」という表題のついた聖書の箇所です。

ルカによる福音書8章1−3節にはこうあります。【すぐその後、イエスは神の国を宣べ伝え、その福音を告げ知らせながら、町や村を巡って旅を続けられた。十二人も一緒だった。悪霊を追い出して病気をいやしていただいた何人かの婦人たち、すなわち、七つの悪霊を追い出していただいたマグダラの女と呼ばれるマリア、ヘロデの家令クザの妻ヨハナ、それにスサンナ、そのほか多くの婦人たちも一緒であった。彼女たちは、自分の持ち物を出し合って、一行に奉仕していた】。

イエスさまは町や村を回って、神さまのことを宣べ伝え、そして病の人々をいやしておられました。そして十二弟子と言われる、イエスさまのお弟子さんたちもイエスさまに付き従っていました。いわゆるペトロやアンデレ、ヤコブ、ヨハネ、イスカリオテのユダなどの弟子たちです。しかし初期のクリスチャンの時代、イエスさまに付き従ったのは、男性だけではありませんでした。女性のクリスチャンの働きが大きかったのです。「婦人たち、奉仕する」という表題がついていますが、まさに婦人たちがイエスさまの宣教を支えたのでした。イエスさまがいた時代は、女性のクリスチャンが活躍していたのですが、イエスさまの弟子たちの時代になってくると、「おんなはだまっていろ」というような感じになってしまいます。コリントの信徒への手紙(一)は使徒パウロが書いた手紙ですが、コリントの信徒への手紙(一)14章34節には、【婦人たちは教会では黙っていなさい。婦人たちに語ることが許されていません】と記されています。しかしイエスさまの宣教を支えたのは、女性のクリスチャンたちだったのです。

ルカによる福音書8章4−8節にはこうあります。【大勢の群衆が集まり、方々の町から人々がそばに来たので、イエスはたとえを用いてお話しになった。「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、人に踏みつけられ、空の鳥が食べてしまった。ほかの種は石地に落ち、芽は出たが、水気がないので枯れてしまった。ほかの種は茨の中に落ち、茨も一緒に伸びて、押しかぶさってしまった。また、ほかの種は良い土地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。」イエスはこのように話して、「聞く耳のある者は聞きなさい」と大声で言われた】。

この聖書の箇所は「種を蒔く人のたとえ」という表題のついた聖書の箇所です。このたとえは、もともとは、「神の国は種のように力強く実を結んでいく」ということが、主な内容でした。マルコによる福音書4章1節以下に記されている「種を蒔く人のたとえ」では、そんな感じになっています。マルコによる福音書4章8節にはこうあります。【また、ほかの種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結び、あるものは三十倍、あるものは六十倍、あるものは百倍にもなった】。神の国が、種のように力強く、三十倍、六十倍、百倍になることが記されています。もちろん人に踏みつけられたり、空の鳥が食べてしまったり、水気がないので枯れてしまったり、茨によって成長を邪魔されたりと、うまくいかないこともあるかも知れないけれども、でも本質的にな大丈夫なのだということです。

ルカによる福音書8章9−10節にはこうあります。【弟子たちは、このたとえはどんな意味かと尋ねた。イエスは言われた。「あなたがたには神の国の秘密を悟ることが許されているが、他の人々にはたとえを用いて話すのだ。それは、/『彼らが見ても見えず、/聞いても理解できない』/ようになるためである。」】。

たとえというのは、聞いているときはなんとなくよくわかったような気がするわけですが、語り伝えられていく途中で、よくわからなくなることがあります。イエスさまがたとえで話しをされたのは、よく理解してもらうためだったと思います。でも語り伝えられていく途中で、なんかよくわからなくなるようなことが起こってきます。それで神の国の秘密のために、実はよくわからないように、理解できないように、たとえで話しをしているというようなことが言われるようになってきます。

もちろんわかる人にだけわかるように話すというような話し方がないわけではないのです。「あれを、あれしておいてくれ」とか、私たちも言います。「わかりました。あれを、あれしておくんですね」というようなことはあるのです。仲間内にだけわかるように話すというような話し方というのはあるでしょう。しかしもともとイエスさまがそのような形で、弟子たちや人々に話されたということは、たぶんあまりないだろうと思います。

「種を蒔く人のたとえ」は、「種を蒔く人のたとえの説明」という形で、説明がされています。ルカによる福音書8章11−15節にはこうあります。【「このたとえの意味はこうである。種は神の言葉である。道端のものとは、御言葉を聞くが、信じて救われることのないように、後から悪魔が来て、その心から御言葉を奪い去る人たちである。石地のものとは、御言葉を聞くと喜んで受け入れるが、根がないので、しばらくは信じても、試練に遭うと身を引いてしまう人たちのことである。そして、茨の中に落ちたのは、御言葉を聞くが、途中で人生の思い煩いや富や快楽に覆いふさがれて、実が熟するまでに至らない人たちである。良い土地に落ちたのは、立派な善い心で御言葉を聞き、よく守り、忍耐して実を結ぶ人たちである。」】。

もともと「種を蒔く人のたとえ」では、「種」のほうに強調点が置かれていたのですが、この「種を蒔く人のたとえの説明」では、「種」ではなく「種が蒔かれた状況」のほうに、強調点が置かれています。「種を蒔く人のたとえ」が語り伝えられていく過程で、そのようになっていったのでしょう。「たとえの説明」は、もともとの「たとえ」の説明にはなっていないと思いますが、でも教会で語られる話としては、「そうだなあ」と思わされます。だからこそ、この「種を蒔く人のたとえの説明」の語り伝えられてきたのでしょう。

この「種を蒔く人のたとえの説明」は、とてもわかりやすいものです。蒔かれた種は神さまの御言葉です。そして道端、石地、茨の中、良い土地というのは、私たち人間です。道端は、まあ御言葉を聞くにはけれども、必死に救われたいという気持ちがないので、悪魔が来て、その人の心の中から御言葉を取り去ってしまう。石地は、神さまの御言葉をとても喜んで受け入れるけれども、でも石地なので根付くということがない。しばらくの間は信じているけれども、でもなにかつらいことや悲しいことに出会うと、信じることができなくなる人たちのことです。茨の中というのは、御言葉を聞くけれども、またさまざまな誘惑に出くわすと、御言葉を忘れてしまい、結局は信じることができない人たちのことです。そして良い土地というのは、良い心で御言葉をしっかりと受けとめ、いかなる出来事にであっても、つらいこととかなしいこと、またさまざまな誘惑にであったとしても、御言葉から離れることなく、神さまにつながって生きていく人たちのことです。

イエスさまの弟子たち、いわゆる十二弟子と言われる人々やまたその他のお弟子さんたち、そしてマグダラのマリアや、ヘロデの家令クザの妻ヨハナ、それにスサンナ、そのほか多くの婦人たちも、みんなイエスさまの御言葉に従って歩もうとしていました。イエスさまの御言葉によって養われていたのです。【人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる】(マタイによる福音書4章4節)と、悪魔の誘惑を、イエスさまが受けられたとき、悪魔に言われたイエスさまの御言葉のとおりです。みんなイエスさまの御言葉によって養われていました。しかしそれでも人は弱いですから、イエスさまの弟子たち、熱心な女性たちと言えども、やはりイエスさまの御言葉から離れてしまうときがあったと思います。

そしてみんな考えたのです、自分はどんな土地なのだろうか。わたしは道端なのではないだろうか。いやわたしは石地ではないだろうか。わたしはやっぱり茨の中ではないだろうか。御言葉の種が蒔かれても、それを成長させることができず、イエスさまの教えからすぐに離れてしまう弱い者ではないだろうか。そのように、自らの信仰の弱さを思ったのだろうと思います。そして私たちもまた、弟子たちや女性たちのように、自分たちはどんな土地なのだろうかと、自らに問いかけます。そして自分たちの心の弱さを思います。イエスさまが御言葉でもって養ってくださるのに、そのことを忘れてしまって、不安になったり、心配したり、また誘惑に負けてしまったりする、自分の弱さを思います。

それでも私たちは自分の弱さや無力さを越えて、神さまが私たちに働いてくださり、豊かな実を結ばせてくださるということを知っています。神さまの御言葉は、私たちの弱さに関わらず、【良い土地に落ち、生え出て、百倍の実を結】ぶのです。どんなに私たちがだめな信仰者であったとしても、神さまはかならず私たちの地に神の国をもたらしてくださるのです。

イエスさまが十字架につけられたとき、イエスさまの弟子たちはみな逃げてしまいます。ユダヤの議員であったアリマタヤのヨセフが、イエスさまの遺体を墓に葬ったとき、イエスさまと一緒にガリラヤからきた婦人たちは、アリマタヤのヨセフについていきました。ルカによる福音書23章49節ー24章1節にはこうあります。新約聖書の159頁です。【イエスと一緒にガリラヤから来た婦人たちは、ヨセフの後について行き、墓と、イエスの遺体が納められている有様とを見届け、家に帰って、香料と香油を準備した。婦人たちは、安息日には掟に従って休んだ。そして、週の初めの日の明け方早く、準備しておいた香料を持って墓に行った】。

婦人たちはイエスさまの遺体を納めた墓を確認し、安息日が終わったあと、その墓に行って、そしてイエスさまがよみがえられたことを、主の天使から告げられたのです。そしてそのことをイエスさまの弟子たちに知らせました。ルカによる福音書24章10−11節には【マグダラのマリア、ヨハナ、ヤコブの母マリア、そして一緒にいた他の婦人たちであった。婦人たちはこれらのことを使徒たちに話したが、使徒たちは、この話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった】と記されてあります。婦人たちは良き働き人として、イエスさまに従ったのでした。

私たちは弱く、だめなところも多いですけれども、それでも御言葉に養われている者として、イエスさまに付き従った女性たちのように、神さまの良き働き人として歩んでいきたいと思います。神さまからの愛をいっぱいに受けて、神さまの良き働き人として歩んでいきたいと思います。神さまが私たちにそれぞれの賜物を与えてくださり、神さまのよき業のために、私たちを用いてくださいます。神さまに豊かに用いられたいとの祈りをもちつつ歩んでいきましょう。


(2023年7月23日平安教会朝礼拝)


2023年7月18日火曜日

7月16日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)

 「わたしの罪も赦してほしい」

 

聖書箇所 ルカ7:36-50。6/444。

日時場所 2023年7月16日平安教会朝礼拝式


シンガーソングライターのさだまさしの「精霊流し」という歌は、長崎の「精霊流し」の様子を歌っている歌です。「去年のあなたの想い出が テープレコーダーからこぼれています。あなたのためにお友達も集まってくれました。二人でこさえたおそろいの浴衣も今夜は一人で着ます。線香花火が見えますか、空の上から」。というようにしんみりとした良い歌です。「精霊流し」と聞くと、「灯籠流し」のようなものであるような気がします。川に灯籠を浮かべて、死者の魂を「しんみりと」とむらうというようなことを思い浮かべます。しかし長崎の「精霊流し」はそのような感じのものではありません。テレビでその様子を見て、想像していた歌の雰囲気とまったくちがうのに驚きました。さだまさしは「精霊流しが華かに 始まるのです」と歌っていますが、たしかに長崎の精霊流しはたくさんの爆竹を鳴らして華やかに行われます。

佐野元春の「ザ・ソングライターズ」という本のなかで、さだまさしが「精霊流し」という自分の歌を解説していました。【このなかに、たとえば歌っている人は女性ということで、あなたの船を送るという時に、ふたりでこさえた浴衣を着ているんだね。浴衣を着ているということは、正式な奥さんでもなければ正式な恋人でもない。長崎は結構厳格にその辺を分ける、ちゃんとした遺族は着物を着るんだね。そういう人間関係も実はこの詞のなかに織り込んでいるんです。で、お母さんは浅黄色の着物を着ていると書いてある。これは着物なんですね。浅黄色というのはお盆だけではなくて、長崎のお祭り、くんちでも浅黄色を着ます。あらたまった時には長崎の女性は浅黄色の着物を着るんですね】(P.130)。「なんかめんどくさ」と思いました。「せっかくいい気持ちで、『精霊流し』を聞いていたのに、さださまし、理屈こねるなよ」と思いました。

今日の聖書の箇所もなかなか理屈ぽい話ですし、またその理屈っぽい話を解説するわたしの話も理屈ぽい話になりそうで、聞いておられるみなさんは「なんかめんどくさ」と思われるかも知れません。

今日の聖書の箇所は「罪深い女を赦す」という表題のついた聖書の箇所です。ルカによる福音書7章36−39節にはこうあります。【さて、あるファリサイ派の人が、一緒に食事をしてほしいと願ったので、イエスはその家に入って食事の席に着かれた。この町に一人の罪深い女がいた。イエスがファリサイ派の人の家に入って食事の席に着いておられるのを知り、香油の入った石膏の壺を持って来て、後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った。イエスを招待したファリサイ派の人はこれを見て、「この人がもし預言者なら、自分に触れている女がだれで、どんな人か分かるはずだ。罪深い女なのに」と思った】。

ファリサイ派のシモンという人が、イエスさまを食事に招きました。イエスさまはその招きに応えて、その家に行って、食事の席に着かれました。イエスさまはファリサイ派の人たちとよく論争をしています。ですから私たちはファリサイ派の人と食事をされたりすることはないのではないかと思いますけれども、イエスさまはまあファリサイ派の人たちとも、このように食事をされるわけです。この町にいた一人の罪深い女性が、イエスさまがファリサイ派のシモンの家で食事をされるということを聞いてやってきます。罪深い女性がファリサイ派の人の家にやってくるというのも、なかなか勇気のいることです。何を言われるかわかったものではありません。「罪深いおまえが、わたしの家に入ることができると思うのか」と怒鳴られて、追い出されるかもしれません。しかし罪深い女性は勇気を出して、イエスさまのところにやってきたのです。

罪深い女性は香油の入った石膏の壺を持ってきました。罪深い女性は泣いていました。そしてイエスさまの足の涙で濡らし、自分の髪の毛でぬぐい、イエスさまの足に接吻をして、もってきた香油をイエスさまの足に塗りました。その様子をみた、ファリサイ派のシモンは、「この人がもし預言者であるなら、自分に触れている女性が、どんな人か分かるはずだ。この女は罪深い女なのだから」と思います。ファリサイ派のシモンは「人々はイエスのことを預言者だと言っているれども、これで化けの皮がはがれたぞ。イエスは大したやつじゃない」と思ったわけです。

ルカによる福音書7章40−43節にはこうあります。【そこで、イエスがその人に向かって、「シモン、あなたに言いたいことがある」と言われると、シモンは、「先生、おっしゃってください」と言った。イエスはお話しになった。「ある金貸しから、二人の人が金を借りていた。一人は五百デナリオン、もう一人は五十デナリオンである。二人には返す金がなかったので、金貸しは両方の借金を帳消しにしてやった。二人のうち、どちらが多くその金貸しを愛するだろうか。」シモンは、「帳消しにしてもらった額の多い方だと思います」と答えた。イエスは、「そのとおりだ」と言われた】。

さきほどから、ファリサイ派のシモンと言っていましたら、この箇所でイエスさまをお家に招いたファリサイ派の人が、シモンという名前であることがわかります。名前がわかっているということは、めずらしいことであるような気がいたします。有名な人であったのかもしれません。罪深い女性のほうは名前がわかりません。

イエスさまはファリサイ派のシモンに「シモン、あなたに言いたいことがある」と言われました。わたしなど、「ジュン、あなたに言いたいことがある」などと誰かから言われますと、ちょっとドキッとしてしまいます。「何かきついこと言われるのかなあ」と心配になるわけですが、シモンはなかなか強気です。「先生、おっしゃてください」と言いました。イエスさまはシモンにたとえ話をされます。二人の人が金貸しからお金を借りていた。一人は500デナリオン、もう一人は50デナリオン。1デナリオンというのは1万円くらいです。二人ともお金がなかったので、金貸しは両方ともの借金を帳消しにしてやった。二人のうち、どちらが多くその金貸しを愛するだろうか。そのようにイエスさまはシモンに尋ねました。シモンは「帳消しにしてもらった金額の多いほうだと思います」と応えます。そしてイエスさまも「そのとおりだ」と言われました。

ここで終われば、まあそんなに大した話ではないわけですけれども、イエスさまはそのあとシモンに対して嫌みなことを言われます。ルカによる福音書7章44ー47節にはこうあります。【そして、女の方を振り向いて、シモンに言われた。「この人を見ないか。わたしがあなたの家に入ったとき、あなたは足を洗う水もくれなかったが、この人は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれた。あなたはわたしに接吻の挨拶もしなかったが、この人はわたしが入って来てから、わたしの足に接吻してやまなかった。あなたは頭にオリーブ油を塗ってくれなかったが、この人は足に香油を塗ってくれた。だから、言っておく。この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない。」】。

イエスさまはシモンの家にやってきたとき、シモンは足を洗う水をくれなかった。しかしこの女性はわたしの足を涙でぬらし、髪の毛でぬぐってくれた。シモンはわたしに接吻の挨拶をしてくれなかった。しかしこの女性はわたしの足に接吻してやまなかった。シモンはわたしの頭にオリーブ油を塗ってくれなかった。しかしこの女性はわたしの足に香油を塗ってくれた。だから言っておく。この女性が多くの罪を赦されたことは、わたしに示してくれたその愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない。

わたしはこのイエスさまの言葉を聞きながら、すこしファリサイ派のシモンがかわいそうな気がしました。「赦されることの少ない者は、愛することも少ない」というのは、ファリサイ派のシモンのことなのでしょう。「あなたは赦されていることに気づかないから、愛することも少ないのだ」と言われているわけです。しかし食事に招かれて、あとから「足を洗う水をくれなかった」というように、いろいろと文句を言うというのも、ちょっとまあどうかなあと、わたしは思います。

ルカによる福音書7章48−50節にはこうあります。【そして、イエスは女に、「あなたの罪は赦された」と言われた。同席の人たちは、「罪まで赦すこの人は、いったい何者だろう」と考え始めた。イエスは女に、「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と言われた。】。

イエスさまはファリサイ派のシモンにはきついことを言われましたが、罪深い女性に対してはやさしく接しておられます。「あなたの罪はゆるされた。「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」。わたしがあなたを救ってあげたというのではなく、あなたの信仰があなたを救ったのだ。神さまはあなたの罪を赦してくださったから、安心して行きなさい。罪深い女性は、イエスさまの言葉に励まされて、新しい歩みを始めることだできたのだと思います。一緒に食事をしていた人たちは、イエスさまについていろいろと考え始めます。「罪まで赦すこの人は、いったい何者なのだろう」。

ファリサイ派のシモンとイエスさまとのやり取りを見ていると、わたしはこのような議論を組み立てて良いのだろうかと心配になります。イエスさまは愛を数値化しておられるわけです。500デナリオンの借金と50デナリオンの借金を帳消しにしてもらったとして、どちらが多くのその金貸しを愛するだろうかというのは、愛を数値化しているということです。ファリサイ派のシモンはこの質問に違和感なく、「帳消しにしてもらった額の多い方だと思います」と応えているわけですが、わたしはこんなふうに愛を数値化して良いものだろうかという疑問がわいてきます。そしてイエスさまは、ファリサイ派のシモンと罪深い女性とを比べるのです。【「この人を見ないか。わたしがあなたの家に入ったとき、あなたは足を洗う水もくれなかったが、この人は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれた。あなたはわたしに接吻の挨拶もしなかったが、この人はわたしが入って来てから、わたしの足に接吻してやまなかった。あなたは頭にオリーブ油を塗ってくれなかったが、この人は足に香油を塗ってくれた】。

そもそもだれかとだれかを並べて非難したり、愛を数値化するというようなことが、イエスさまの教えであっただろうかと考えたときに、ちょっと違うような気がします。ルカによる福音書21章1節以下に「やもめの献金」という表題のついた聖書の箇所があります。新約聖書の151頁です。ここでイエスさまは金持ちがたくさん献金したものよりも、やもめがレプトン銅貨二枚を献げたほうが尊いのだというお話をされました。ここでは金額で計ることのできない思いというのがあることを、私たちに示されたわけです。イエスさまはファリサイ派のシモンの罪深い女性に対する思いについて、とても腹を立てておられるのだと思います。それでいつもならそうしたことをしないでだろうことをあえてして、ファリサイ派のシモンを叱責したのだと思います。

ファリサイ派のシモンは、「この女は罪深い女なのだから」と思いました。まあファリサイ派らしいなあと思います。ファリサイ派の人はいつも裁き人になってしまうのです。自分は正しいという位置に立って、人を裁くわけです。「この女性は罪深い女性だ」。じっさい、この女性は一般的に見て、罪深い女性だったのだと思います。そうした仕事をしていたということでしょう。しかしイエスさまはファリサイ派のシモンに、「そういう問題ではないのだ」と言われるのです。「シモン、この人は罪深いとか罪深くないとかではなく、あなたがどうであるのかということが大切なのだ」と、イエスさまはファリサイ派のシモンに問われたのでした。

私たちもすぐ人のことが気になります。「あの人は、どうだ」「この人は、こうだ」。「あの人に傷つけられた」「この人に、こう言われた」。まあ私たちは人間ですから、人のことが気になるわけです。人と比べて、自分の方が良い人間ではないだろうかと思いたい。

しかし大切なことは、イエスさまの愛のうちに、私たちがいるのだということです。イエスさまは罪深い女性に、「あなたの罪は赦された」「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と言われました。罪深い女性は、イエスさまの愛のうちに自分がいるということに、とても安心しただろうと思います。「わたしにはイエスさまがおられるんだ」と、女性は思っただろうと思います。

ファリサイ派のシモンもまた、イエスさまの愛のうちにあるのです。ですからファリサイ派のシモンは、「罪深い女なのに」と思うのではなく、「この女性の罪が赦されるなら、わたしの罪も赦してほしい」と思うことができれば良かったと、わたしは思います。

私たちもまた、イエスさまの愛のうちを歩んでいます。自らの罪深さを認めつつ、イエスさまに素直に「わたしの罪を赦してほしい」とお願いする歩みでありたいと思います。



  

(2023年7月16日平安教会朝礼拝式)

2023年7月15日土曜日

7月9日平安教会礼拝説教要旨(山下智子牧師)

「説教を聞けば直ちに眠りを催し」

同志社女子大学教授 山下智子牧師

「説教を聞けば直ちに眠りを催し」。新島襄は若き日を振り返り、自身がそのような居眠り青年であったことを正直に告白しています。この告白は同志社が創立されて3年半ほどたった1879年5月17日、新島が京都四条で行った演説の原稿「霊魂の病」に明らかです。

使徒言行録にもトロイアの出来事としてエウティコという名の居眠り青年が出てきます。礼拝や授業の際に眠くなるのは誰でも経験のあることでしょう。しかし青年の場合、礼拝での居眠りが命に係わる大事件へとつながりました。彼は窓に腰を下ろしてパウロの話を聞いていましたが、話が夜中まで続いたのですっかり眠り込んでしまい、アッと思った時には3階から地上に落下し、命を落としてしまいました。

最近日本でよく聞かれる「自己責任論」ならば「居眠りするのが悪い」「そんな場所に座るとは不注意だ」と冷ややかに評され、青年は命の責任のすべてを自分で負うことが求められることでしょう。しかし、新島襄によるならば自分が人より正しい者であると思い傲慢なのは誤ったことで深刻な「霊魂の病」です。新島は自身の経験から、この病を癒す大きな力を持つキリストにより「人間の本位」を取り戻すことができると確信したといいます。

エウティコが落下した時、パウロは青年の元に駆け付けると、彼の上にかがみこみ、抱きかかえて、「騒ぐな、まだ生きている」といいました。すると驚いたことに青年は生き返りましたが、聖書はこの奇跡中の奇跡を非常にあっさりと伝えています。

なぜでしょうか。青年の死は、彼自身も含め、皆が彼の命に対して当たり前の注意を怠った結果のあってはならない残念な死といえます。人々は「危ないと起こさせばよかった」「室内に座れるよう詰めればよかった」、パウロは「話が長く難しすぎたのだろうか」「説教に夢中で会衆が見えてなかった」などと後悔の念に駆られていたことでしょう。

だからこそ、「わたしは復活であり、命である」と言われたイエスが、ヤイロの娘を「なぜ、泣き騒ぐのか。子どもは死んだのではない。眠っているのだ」と起こされた時の様に、神が一同を深く憐れんで下さり、青年が生き返った喜びと慰めはあまりにも大きなものでした。個人としても教会としても他人事として「良かったですね」などと軽々しくはとても言えない、自分事として「ああ、命を救っていただいた」と十分な言葉も見つからないまま、深い感動と感謝の内に共に聖餐にあずかり、さらに朝まで主の深い恵みを語り合ったのです。


2023年7月4日火曜日

7月2日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師)

 「礼拝ーありがとうを言いに集う」

聖書箇所 ルカ17:11-19。495/463。

日時場所 2023年7月2日平安教会朝礼拝式

 

ベルンハルト・シュリンクは、『朗読者』という本で有名なドイツの小説家です。『朗読者』は、『愛を読むひと』という映画になりました。最近、岩倉図書館に行くと、ベルンハルト・シュリンクの『別れの色彩 (新潮クレスト・ブックス)』という本が、「お勧めの本」のところに置いてありました。

【齢を重ねたいま、振り返ると、そこに忘れ得ぬ「あの日」の色がある。男と女、親と子、友だち、親しい隣人・・・・・。ドイツの人気作家が、さまざまな別離をカラフルに描き出す円熟の最新短編集】とあります。年をとった人が読むのにふさわしい本ということなので、借りてきました。

「訳者のあとがき」にはこんなふうに書かれてあります。【若い盛りにはついぞ生まれてこなかった過去に囚われては後悔する感情。友人や家族、隣人の死、そのことがきっかけで、過去の記憶が甦ってくる。あるいは再会をきっかけに、記憶が甦る。もしくは、記憶が甦ってきたために、相手と再会せずにはいられなくなる。・・・。すべてに共通するのは、主人公や視点人物の年齢がシュリンク自身の年齢に近いということだ。・・・。老年に至っても(いや、老年に達したからこそ)、自分の若いころの行いについて後悔の思いが増し、ひどいことをしてしまった相手に赦しを求めたくなるのかもしれない】(P.258)。

「あのとき、こうしておいたらよかったのになあ」というふうに、年をとったときに思うことがある。そしてそのことについてあやまることができるのであれば、あやまりたいと思うというようなことが、皆さんにもあるかも知れません。わたし自身にもあります。【老年に至っても(いや、老年に達したからこそ)、自分の若いころの行いについて後悔の思いが増し、ひどいことをしてしまった相手に赦しを求めたくなる】。

今日の聖書の箇所は「重い皮膚病を患っている十人の人をいやす」という表題のついた聖書の箇所です。すこし古い新共同訳聖書をもっておられる方は、「重い皮膚病」というところが、「らい病」という表記になっているかも知れません。日本聖書協会は、「らい病」という表記が、相応しくないということで、「重い皮膚病」というふうに表記を改めています。

ルカによる福音書17章11ー14節にはこうあります。【イエスはエルサレムへ上る途中、サマリアとガリラヤの間を通られた。ある村に入ると、重い皮膚病を患っている十人の人が出迎え、遠くの方に立ち止まったまま、声を張り上げて、「イエスさま、先生、どうか、わたしたちを憐れんでください」と言った。イエスは重い皮膚病を患っている人たちを見て、「祭司たちのところに行って、体を見せなさい」と言われた。彼らは、そこへ行く途中で清くされた。】。

イエスさまはユダヤのエルサレムに行かれる途中に、サマリアとガリラヤの間を通っていかれました。エルサレムはイエスさまの国の中心都市です。ガリラヤはイエスさまや弟子たちの生まれ故郷です。ガリラヤは「異邦人のガリラヤ」「ガリラヤからえらい人がでるはずがない」というように言われるような地方であるわけです。またサマリアという地方も、あまりよく言われな地域でした。聖書には「良きサマリア人」というようなたとえがありますが、それは逆を言えば、「サマリア人にいい人がいるはずがない」というようなものの言い方の裏返しであったわけです。サマリア地方は歴史的にみて、他民族が移住するようなことがありましたので、民族主義的なユダヤの人たちからすると、サマリアは良い地方ではありませんでした。ですからユダヤ人とサマリア人は、イエスさまの時代、仲が良くなかったと言われています。

イエスさまがある村に入ると、重い皮膚病を患っている十人に出会います。この十人は、イエスさまに病をいやしてもらおうと、イエスさまに「イエスさま、先生、どうかわ、わたしたちを憐れんでください」と言いました。イエスさまはこの重い皮膚病にかかっていた人たちを癒やされます。

レビ記13章には「皮膚病」という表題のついた聖書の箇所があります。旧約聖書の179頁です。レビ記13章1−3節にはこうあります。【主はモーセとアロンに仰せになった。もし、皮膚に湿疹、斑点、疱疹が生じて、皮膚病の疑いがある場合、その人を祭司アロンのところか彼の家系の祭司の一人のところに連れて行く。祭司はその人の皮膚の患部を調べる。患部の毛が白くなっており、症状が皮下組織に深く及んでいるならば、それは重い皮膚病である。祭司は、調べた後その人に「あなたは汚れている」と言い渡す。】。

重い皮膚病にかかっているか、重い皮膚病が直っているかを判断するのは、祭司であったわけです。ですからイエスさまは重い皮膚病にかかっている人を癒やされたあと、「祭司たちのところに行って、体を見せなさい」と言われました。イエスさまが病気を癒やされたとしても、祭司たちによって直っていることを判断してもらわないと、社会的にその病気から直ったということにはならないわけです。祭司たちによって直っていると判断してもらうことによって、はじめて社会生活を営むことができるようになるわけです。

重い皮膚病にかかるということは、なかなか大変なことでした。レビ記13章45節以下にはこうあります。【重い皮膚病にかかっている患者は、衣服を裂き、髪をほどき、口ひげを覆い、「わたしは汚れた者です。汚れた者です」と呼ばわらねばならない。この症状があるかぎり、その人は汚れている。その人は独りで宿営の外に住まねばならない。】。

重い皮膚病にかかると自分のことを、「わたしは汚れた者です。汚れた者です」と言って、人々から離れていなければならないということです。ですから重い皮膚病を患っていた十人の人たちは、遠くの方に立ち止まったまま、声を張り上げて、「イエスさま、先生、どうか、わたしたちを憐れんでください」と言ったわけです。イエスさまの近くに寄ってくることが、重い皮膚病のためにできなかったという事情がありました。

なかなか大変なことであったわけですが、イエスさまからこの人たちはいやされたわけです。ルカによる福音書17章15−19節にはこうあります。【その中の一人は、自分がいやされたのを知って、大声で神を賛美しながら戻って来た。そして、イエスの足もとにひれ伏して感謝した。この人はサマリア人だった。そこで、イエスは言われた。「清くされたのは十人ではなかったか。ほかの九人はどこにいるのか。この外国人のほかに、神を賛美するために戻って来た者はいないのか。」それから、イエスはその人に言われた。「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」】。

癒やされた中の一人が、大声で神さまを賛美しながら、イエスさまのところにやってきます。そしてイエスさまの足もとにひれ伏して、イエスさまに感謝しました。この人はサマリア人でした。イエスさまは言われました。重い皮膚病にかかっている10人の人をいやしたのに、わたしのところに現れたのは、外国人であるサマリア人だけだ。ほかの9人はどこにいってしまったのだろう。神さまを賛美するために、ほかに戻ってくるものはいなかったのか。イエスさまはそのように言われました。そして「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った」と言われ、イエスさまはお礼を言いにやってきたサマリア人を祝福されました。

イエスさまのところに戻ってきたのは、サマリア人だけでした。さきほども言いましたが、サマリア人はユダヤ人から嫌われていました。「あんなやつ」というふうに言われることが多かったサマリア人が、イエスさまのところに戻ってきて、神さまを賛美したのです。残りの9人であるユダヤ人は、「イエスさま、先生、どうか、わたしたちを憐れんでください」と言っていたわけですが、祭司たちのところに行った後、イエスさまのところに戻ってくることはありませんでした。まあとても失礼なことをしているわけです。なにか事情があったのかも知れません。祭司たちのところに言ったら、「あのイエスとは関わらないほうがいいぞ」というふうに脅されたのかも知れません。友だちが癒やされたお祝いの席に招いてくれて、そのまま行ってしまったのかも知れません。まあ重い皮膚病にかかって大変な目にあっていた人については、わたしが「イエスさまのお礼を言いに戻ってこないなんて、なんて失礼なやつだ」というふうにあしざまに言うのも、あまりふさわしいことではないのかも知れません。

わたしはこの聖書の箇所を読みながら、「その後、イエスさまによって癒やされたにも関わらず、イエスさまにお礼を言いに戻ってこなかった人たちはどうしただろうか」と思いました。わたしはたぶんこの人たちは後から後悔しただろうと思います。重い皮膚病をいやしていただいたにも関わらず、癒やしてくださった人にお礼を言わなかったことが、年をとったときに、気になってきたのではないかと思います。もちろん、そんなことは聖書のどこにも書いていないのです。「あのときはお礼を言いに戻ることをしなかったけれども、でもいまから考えるととても失礼なことだし、どうしてイエスさまのところにお礼を言いに行かなかったのかなあ。イエスさま、怒っておられるのかなあ」。そんなふうに年をとってから、思っただろうと思います。サマリア人のように、イエスさまのところに戻って、イエスさまから「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」と言っていただいたら、生涯、祝福された人生を歩むことができただろうと思います。

老年に至っても(いや、老年に達したからこそ)、自分の若いころの行いについて後悔の思いが増し、ひどいことをしてしまった相手に赦しを求めたくなるのかもしれない】。イエスさまが重い皮膚病をいやしてくださったのだから、サマリア人のように、イエスさまのところに行って、神さまを賛美したらよかったのに。どうしてほかの9人の人たちはそれができなかったのかなあと思います。

しかしよく考えてみると、そのほかの9人のことを考える暇があるのであれば、時分のことをもう少し考えてみたほうが良いのではないかと思います。私たちもまた神さまからいろいろな恵みを受けていながら、そのことに対して当然のように思い込んで、感謝することの少ないものであることに気づかされるからです。

イエスさまのところに戻っていたサマリア人のように、私たちもまたイエスさまのところに集い、神さまに感謝を献げる者でありたいと思い

ます。私たちは日々、神さまから祝福を受けています。ですから神さまに感謝を献げる者でありたいと思います。

今日は「礼拝ーありがとうを言いに集う」という説教題にいたしました。共に礼拝に集い、「神さまありがとう」と感謝をして、神さまをほめたたえる歩みでありたいと思います。神さまに感謝を献げるために、礼拝に集い、そして一週間の私たちの歩みを整えて行きたいと思います。後悔のない歩みでありたいと思います。


  

(2023年7月2日平安教会朝礼拝式)


8月30日平安教会礼拝説教(小笠原純牧師) 「あなたは、神の国から遠くない」

  「あなたは、神の国から遠くない」 聖書箇所 マルコ12:28-34。287/528。 日時場所 2026年8月30日平安教会朝礼拝 神戸女学院はアメリカの会衆派の宣教師によって創られた学校です。神戸女学院は米国会衆派の海外伝道団体(アメリカン・ボード)から派遣された二人の女性...